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弁明

斜陽に向かって歩く。


悠々と水路を進むオークを眺めながら、アキラは口を突いて出そうな質問を飲み込んだ。


何故エラキスに来たのか。


何処で公用語を学んだのか。


どんな暮らしをしているのか。


地上と関わることはあるのか。


次から次へと思い浮かぶ問いに、アキラの口元はますます引き結ばれる。とても興味はあるが、今聞くべきことではない。


先を歩くリシアに話しかける。


「……もう少しで入り口に出る。衛兵に出会ったら」

「その時は、説明する。攻撃される前に」


リシアは振り向いて、そう言った。逆光で表情はよくわからない。でもその声音は、浮蓮亭に向かう前に聞いたものとよく似ていた。


「助けてくれたから、恩返しがしたい」


そうリシアが告げると、ナグルファルは感嘆の滲んだ溜息をついた。


「こんな幼子に、そのように言わせてしまうとは……不甲斐ない事この上ない」


しみじみと呟くナグルファルに何か言おうとしたが、間を見計らえずにアキラは心の底で右往左往する。リシアは小さく「おさなご……」と繰り返し、足を進める。


赤い夕日に目を細め、少女二人と異種族は元の水路に出る。橋の下からまず、リシアが辺りを偵察するために顔を覗かせた。続いて、アキラも水路に映る街並みを見つめる。


静かだ。


人影一つ見えない街を二人は見渡す。先程までの人だかりや歩き回る衛兵はどこに行ってしまったのだろうか。


階段を上がり、橋の袂に出る。人がいないことを確認して、リシアはオークに小さく囁く。


「ナグルファルさん」

「大丈夫かね」


少女が頷き返事をしようとした瞬間、煉瓦を走る足音が響いた。


アキラは辺りを見回す。リシアも動揺したように口をつぐみ、目を見開いた。


どこかの路地に衛兵がいる。何か通報か証言でもあったのか、この橋を目指しているようだ。だんだんと近付いてくる足音を気にしながら、アキラは辺りを見回し、リシアの姿をじっと見つめた。


濡れた服を見て、慌ててジャージの上着を脱いだ。


「これ、羽織って」


肩にジャージをかけると、察したように少女は包まった。その様子を見てほんの少し安堵する反面、つくづく気が利かない人間だと内省する。


「ありがとう」


鼻を赤くして、少女は告げる。


そうしている間に、足音の主が細い路地から姿を現した。


「君達、早くここから……」


どこかで見たことのある顔の衛兵はアキラに気がつくと、頭をかいた。


「あれ君、さっき会ったよね」


そう言って手灯を掲げ、側に立つリシアに気付き声を上げる。


「その子、濡れてないか」

「はい。この子が行方不明になっていた学苑生徒です」


アキラが告げると、衛兵は一瞬眉をひそめた。その表情に違和感を覚える。


しかしすぐに衛兵は声を張り上げる。


「……行方不明のドレイク、見つかりました!」


その声が響き、やおら路地が騒がしくなる。散らばっていた衛兵が集まりつつあるようだ。


「歩けるかい?」

「ええ……」

「なら、役所で手当てを受けてもらうといい。まだ医者が待機しているはずだ」


真剣な表情で、衛兵はリシアに告げる。


「君が見つかったということは、まだ怪物が周囲に潜伏しているかもしれない。二人ともここから離れて」


衛兵は背に手を回し、肩から下げていた銛を構えた。


まずい。


思わずアキラは衛兵の肩を掴み、


「銛を下ろしてください!」


リシアが衛兵の目の前に歩み出た。


小さな少女のどこから出て来たのか。大きく、滔々と響く声だった。


衛兵の動きが止まり、戸惑うように銛を体に引きつける。


アキラもまた、リシアの声を聞いて衛兵の肩から手を離す。


「な、なぜ」

「私は、『怪物』に攫われたのではありません。彼に助けられたのです」


少女が息をつく。


路地から多くの衛兵が雪崩れ込み、二人を囲むように立ち止まった。


リシアの言葉が聞こえていたのだろう。やって来た衛兵のうち、兜をつけた男が問う。


「気が動転しているのか」


その言葉に落胆の色も見せずに、リシアは首を横に降る。


「見てください。傷一つ無いでしょう。あなた方の言う怪物が、ヒトを捕らえて、貪りもせずに棄て置きますか」


肩にかけていた赤ジャージを脱ぎ、小脇に抱える。傷どころか綻び一つない制服の裾から、雫が滴る。


兜の男は言葉に詰まったように、くぐもった音を出した。


「彼は水路に落ちた私を見つけ、この暗渠まで連れて来ました。銛の飛ぶ下流では自身も私も危険だと判断したからです」

「しかし」


周囲のどこからか、否定じみた呟きが聞こえた。


「確かにあれは、怪物」

「違います。ここにいるのは言葉を解し、私を助けてくれた、歴としたヒトです。怪物などどこにも居はしません!」


鬼気迫る言葉だった。


衛兵達は静まり返り、アキラでさえ言葉を忘れた。


水面が揺蕩う。


「私にもちょっとこう、物申させてくれ」


突如橋下から現れたオークに、衛兵達がどよめきうろたえ出す。


「なっ、かっ」

「こんにちは諸君」


騒ぐ外野に茫然としていたアキラは我に帰る。ナグルファルとリシアを遮るように立つ。


「リシア嬢ばかりが矢面に立っているようでたまらん」

「こいつ喋ったぞ」

「そうです。意思の疎通も出来ますし、交易もします。ヒトなんです」


しゃくりあげるように、リシアが息を吸った。


「だから、攻撃しないでください」


衛兵もアキラも、ナグルファルでさえも、黙したままリシアを見つめた。


アキラは視線を下に落とす。


少女の華奢な足は、震えもせずにしっかりと地を踏みしめていた。

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