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怪物(2)

先輩二人を見送り、アキラとリシアは浮蓮亭へと向かう。


つい数日前まで何度も通った道だというのに、今日は周りが気になってしまう。日が空いたせいか、異国通りの妙に緊迫した雰囲気のせいか。


ドレイクの冒険者一行とすれ違い、行先を目で追う。一行は駅の手前を水路の方向へ曲がっていった。


気になると、周囲の人の流れが駅や役所ではなく水路に向かっているように見えてきてしまう。先程のシラーとのやり取りを思い出しながらも目的をもう一度確認して、リシアはアキラより半歩前に出た。


浮蓮亭の所在する狭い路地は、以前と変わらぬ様相だった。扉の前でリシアは密かに意を決する。把手に手をかけて静かに押すと、鈴が微かに鳴った。


「いらっしゃい」


変わりない店内の奥から、店主の掠れ声が出迎えた。その声が何故だか以前より穏やかに感じられて、リシアは少し不思議に思った。


「なんだか久しぶりだな、二人が揃うのは」


店主の言葉に、リシアは申し訳なさそうに微笑む。確かにリシア自身も、異国通りと同様にここに来るのは随分と久しいような気がした。まだ二日かそこらしか経っていないだろうに。


「夜干舎はいる?」


杯を置いて席を勧める店主に従う。やけに静かな店内を見渡すと、いつもの席にひっそりとハルピュイアが腰掛けていた。


……面白くなさそうな顔をしている。


「こんにちは」

「どーも」


輪をかけてぶっきら棒な挨拶を交わし、ハルピュイアは足を組み替えた。


先に話を切り出すことにしたリシアは、先日交わした契約の書類を差し出す。


「昨日の事だけど、」

「……やっぱりその事だよねえ」


ハロはため息をつき、上衣の懐を探った。


硬質な音を立てて、卓の上を陶貨が転がる。


「黒字」


その言葉の意味がわからずに陶貨を見ているリシアの隣で、アキラが合点がいったように頷いた。


「クズリ、結構高く売れたんだ」

「あっ」


昨日アキラが持っていて、帰り際にハロに渡したクズリか。確かに大きな傷も無かったから、毛皮は高値で売れただろう。


「同行者が居るから回収代も割引」


折角の美少年が台無しな表情で、ハロは付け加える。


「『いい運動になったじゃないかー』とまで言われちゃったよ」


代表のお言葉なのだろう。


片肘をついて不満げに口を尖らせるハロに向かって、リシアは礼をする。


「……助けてくれてありがとう。代表がいる時に改めて、お話をしたほうがいいかしら」

「まだ何か書類あるの?今ケインもライサンダーも席を外してるから、明日以降になると思う」


代表ともう一人の組合員は、仕事中のようだ。ふと気になって、ハロに聞いてみる。


「もしかして怪物退治とか?」

「いや、怪物退治反対運動」


なんだそれは。


リシアが怪訝そうに首をかしげると、隣のアキラが口を開いた。


「今世間を騒がせている怪物の正体は、ヒトかもしれないんでしたっけ」

「ケインたちはそう言ってるね。行政やらがどう思ってるかはわからないけど」

「ヒト?異種族ってこと?」


唐突に始まった「怪物」の正体談義に面食らいながら、リシアは二人の話に入る。


リューの話では姿も明らかではなかった怪物だが、ここ数日の調査でかなり解明されてきたのだろうか。


「オークって知ってる?北の漂海民なんだけど」

「聞いたことはある。セリアンスロープの一種で、生涯を海上で過ごすとかなんとか」


それも寝物語の中で、父が聞かせてくれたのだ。「この間の学会でこんな発表があった」という文脈だった気もするが……。


ただその話では、滅多にジオード付近まで南下して来ることはないという話だった。


そもそもエラキスは海に面していない。どうやって街中に入ってきたのだろう。


「水路を遡上して、暗渠に潜伏してたらしい」


ハロの言葉に、一人リシアは納得する。そう考えると、エラキスは進入経路や隠れ場所には困らない街だ。街中水路と暗渠だらけなのだから。


「水路に水門とか関所とか、とにかく出入りを管理できる所は無いの?」

「そんなの……想定してないと思う。船はともかく水中を進むヒトなんて、これまで来たことがないから」

「うそ、それ国としてどうなの?」


そう言って呆れたように、ハロは椅子に深くもたれる。自分が責められたわけでもないのに、リシアは少しバツが悪くなる。


「エラキスの人々はジオード統治以後、外界との接触があまり無かったのだろう」


簾の向こうで店主が呟く。


「厭な言い方になってしまうが、ここは閉鎖的だ。迷宮が見つかって他種族が増えても全く変わっていない」


閉鎖的な街。


その言葉がやけに重く、澱のように沈んだ。


「それが今回の騒動を引き起こしている」


店主の言葉を聞いて、アキラが目を見開いた。何か思い当たることがあったようだ。


「……もし、川にいるのが本当にオークという人種なら」


一旦アキラは口をつぐむ。言葉を慎重に選ぶようなその様子に違和感を覚えて、リシアはアキラを見つめる。


暫しの沈黙の後、アキラは口を開き辿々しく呟いた。


「エラキスはヒトを討伐する依頼を黙認した街、という風に取られてしまうのでは」


リシアは息を呑む。


「うん」


何でもないように、ハロは肯定した。


「だからまともな冒険者は反対してるんだよ。まずは本当に怪物か確認しろって。ま、色々と手遅れかもしれないんだけどさ」


手遅れ。


その言葉を聞いて、リシアは背中が総毛立つのを感じた。

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