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吐露

激励をおくるセレスに手を振り、大時計を気にしつつ中庭に向かう。


リシアと会うのは、中庭が多い。待ち合わせの場所としてだけではなく、迷宮科の掲示板が所在しているからだ。リシアなら暇を見つけて重要な情報がないか確認をするだろう。 そんな性格のはずだ。


春の花から初夏の新緑へと移り変わりつつある木々を横目に、煉瓦敷きの小道を走る。煉瓦が芝に変わる辺りで、アキラは小走りから用心深い歩みに変えた。


アキラの予測通り、小柄な後ろ姿が中庭で逡巡していた。何と声をかければ良いのか少し考えて、いつも通りで良いのだと思い至る。


「リシア」


名を呼ぶ。思ったよりもか細く発されたそれを、リシアは確かに聞き取ったようだった。


不安げな表情で振り向く。


「……今、暇かな。話したいことがあって」


適切な挨拶が思いつかず、単刀直入に用件を話す。リシアはしばらく立ちすくみ、僅かに頭を縦に振った。


「私も」


リシアの口が小さく動く。


「話したいことがある。たくさん」


そうして、傍らの長椅子に腰かけた。


アキラもリシアの隣に腰掛ける。ふと足元を見ると、綺麗に揃えられたリシアの両足が目に入った。


セレスと所作が似ている。


そう気付いて、居住まいを正す。


彼女も貴族の一員なのだ。


「えっと」


先に口を開いたのはリシアだった。


「アキラの用件から、どうぞ」


ぎこちない言葉で勧める。


何から話そうか。迷宮の事、学則の事、昨日の事。少し迷って、


「放課後、待ち合わせはここでいい?」

「え、あ……うん」


ハロのことを思い出したのか、リシアは頷く。


「……お金は私が出す。大丈夫、浅い階層だったし手持ちで十分だと思う。渡してくれたクズリもあるし」


大丈夫。


自分に言い聞かせるように、再びリシアは呟いた。


ひとたび、沈黙が訪れた。


「ごめ、」


リシアが口を開く。謝罪の言葉のように思えたそれを飲み込み、言い直す。


「ありがとう」


精一杯の気持ちが、ありありと感じ取れる言葉だった。しかしふと目を落とすと、言葉とは裏腹に制服の裾から覗く脚が僅かに震えていた。


怖いんだ。


そう感じ取って、アキラは少女の動向を見守る。


「助けてくれたのも、そうだけど」


震えが喉にまで至っているのか、覚束ない声音だった。


「今まで、ありがとう。付き合ってくれて」


震えは感染るのか。嫌な予感がして、アキラはジャージの膝小僧を揃えた両手で抑える。


「昨日アキラが言った通りなんだ。迷宮に一人で潜る事は出来ないって学則があって……だからあの時、一緒に行こうなんて言ったの」


固唾を飲み込んだのか、しゃくりあげたのか。小さくリシアは息を飲む。


「アキラのこと、ずっと、利用してた」


堰が切れた。


そうアキラが思った瞬間、リシアの言葉も止まらなくなる。


「この機会を逃す手は無いと思ったの。マイカがいなくなって、ずっと一人だったから。何も知らないのも都合が良かった。全部全部、自分勝手な理由で」


熱がこもった言葉と涙が溢れ出す。


ずっと苦しかったのだと、今更ながらアキラは気付いた。


アキラがどう思っていようと、リシアの中ではアキラとの関係は「利用」の延長線だったのだ。しかしいつまでも「ただの同行者」と割り切れるほど、リシアは計算高く薄情な人間ではなかった。


罪悪感は不安や恐怖と共に肥大化して、今にもリシアを押しつぶそうとしている。


「ごめんなさい。振り回して、怪我もさせて、迷惑ばかりかけてしまって」

「リシア」


いつになく小さく見える少女の肩に触れる。


「迷惑だと思ったこと、一度もないよ」


充血して薄赤く染まった目が、アキラの顔を見つめる。


唇を一旦真一文字に結び、リシアは震える声で囁いた。


「でも、役立たずだし、何度も危険な目にもあわせたのに」

「色んなことを教えてくれて、ちゃんと助けにも来てくれたよ」


迷宮でのひと時は、掛け替えのない時間だった。それを与えて、そして一度は助けに来てくれたリシアに……怒りは無い。


ただ。


「そんなに苦しまないで。もっと色んなこと話して、楽になってほしい」


学則は学則で、アキラに出来ることは限られているかもしれないけど、こうやって話す事で少しは気が晴れるだろう。


今のままではリシアのためにも良くない。それくらいは機微に疎いアキラにもわかる。だからこそ話してほしい。


「本当に、気休めにしかならないかもしれないけど」


そこまで告げて、言葉を飲んだ。


隣に座るリシアが両膝を抱え、本格的に泣き出したからだ。


「あ、ご、ごめん。何の解決にもならないけど、伝えたくて」


動揺し、弁解じみた事を言う。


「ううん」


うずくまるような姿勢でリシアは声を絞り出す。


「ずっと不安で。でも、今全部話して、良かったって、思ったの。ごめんね。最低な事言ったのに。一人だけ楽になって」


澱を流すようにリシアは涙をこぼす。その様子を見て、急いでアキラはジャージの懐を探った。


いつかそうしたように、ちり紙ではなく珍しく入っていた手巾を差し出す。


「大丈夫?鼻かんでいいから」


リシアは何事か喚いて、手巾を受け取った。目頭を品良く手巾の端で押さえながら、暫く肩で息をする。


その間、アキラは寄り添うように隣に腰かけていた。

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