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子猫はミステリを繰り返す

作者: 北郷 信羅

 『モンタナ州いっぱいに、文字を詰め込んで』

 記すべき二〇一五年現在の戸波(となみ)(みなと)の習慣。それは子猫と見合うことだ。その子猫はこの若者が暮らすアパートの近くに、いつも座っている。より正確に言えば、彼のアパートの隣には小さな郵便局があって、その駐車場として使われている土地に子猫はいた。

 人懐こい、とはとても言えない子猫だった。黒い毛色のその猫がどうしてそこにいるのかを湊は知らない。もしかしたら、郵便局で働いている老夫婦の飼い猫なのかもしれない。或いは、首輪をしていないので野良猫なのかもしれない。ただ、湊がそれを確かめたことはなかったのではっきりしたことは分からない。しかし、飼われているかどうかなんてことは湊にとってどうでもいいことだ。彼にとって大切なことは子猫がそこにいることだけ。何か、救われる思いもあるのかもしれない。

 うるさい社会の中で湊と子猫が見つめ合うその間だけは静かだ。わずか数秒だがその穏やかな時間は湊にとって、なんとなく特別だった。


          *


 その日も、湊はいつも通り子猫の姿を見つけ、目を合わせた。

 湊が子猫の目を見た瞬間である。強風が吹いた。

 強風に背を押され、湊は二、三歩前によろけた。しかしその先にいる子猫は何事もないかのように座って、湊を見つめている。そんな子猫の姿を見て、ふと湊は目の前にいる子猫に吸い寄せられているような錯覚に陥った。

 気がつくと、湊は真っ白な部屋にいた。壁も床も天井も真っ白な、六畳ほどの部屋。と言っても、家具どころか窓も扉もないので、「部屋」と言うよりは「箱」と言った方が的確かもしれない。

 その箱の中にあるものは二つ。一つは戸波湊。そしてもう一つは真っ黒な子猫である。真っ白な空間の中にあって、湊の目に真っ黒な子猫はひどく異質なものに映った。

『僕の遊び場にようこそ』

不意に、子猫の背後の壁にタイプされるようにして文字が現れた。

「……誰だ?」

湊が問いかけると、壁の文字が消えた。と、同時に今度は天井に文字が現れる。

『目の前にいるだろ? それとも、お前には視えていないのかい?』

「目の前、って……」

湊の目の前には子猫が一匹いるだけ。それ以外には何もない。

『目に見えるものだけを信じない姿勢は大事だけれど、視えているものを「普通じゃない」って理由で否定するのは間違っていると思うね』

今度は床に文字列が並ぶ。その言葉が意味することを理解できないほど、湊も頭が悪いわけではない。

「―――なら、君は何者なんだ? ただの猫、って言うにはちょっと無理があると思うけど……」

湊の問いに対して、子猫はくあっと欠伸をしてから答えを示した。

『僕は子猫だよ。名前はまだ無いし、これからも無い。僕はずっと子猫なんだ』

「まるで『吾輩は猫である』だな。でも、答えになっていない」

『ふむふむ。夏目漱石の処女作くらいはおさえているね。良かった良かった』

湊の指摘は無視して、子猫はマイペースに話を続ける。

『こんなことも知らなかったら、僕はさっさとここからお前を追い出しているところだよ。ところでこの作品のモデルになった猫が、漱石の家に迷い込んだ黒い野良猫だってことをお前は知っているかい? ほら、物語の冒頭も、こう続くだろう? 「どこで生れたかとんと見当がつかぬ」ってさ』

「そんな話はどうでもいいだろ」

と湊が言っても、子猫は聞く耳を持たない。

『漱石と黒猫との間には不思議な縁があってね。漱石が胃潰瘍で危篤に陥った時に黒猫が身代わりになって死んだ、なんて逸話もあるんだよ』

「質問に答えてくれ」

やや苛立ちが混じり始めた湊の声に、子猫は前脚を一通りグルーミングしてから答えた。

『つまりね、猫とミステリとは、切っても切れない関係にあるってことだよ。それ以上でも、それ以下でもないの』

「……なんだか、まるであなた自身は猫の姿をとっているだけみたいな話しぶりだな」

と返しながら、湊は現れる言葉の雰囲気が変わったことに気づく。しかし自身の言葉遣いも、同格の相手に対するものに変わっていることには気づかない。

『「子猫」ね。でも、大体合ってる』

この子猫、先ほどまではオス、というか男性のような雰囲気の喋り方をしていたが、今は違う。

『私が子猫であるのには理由があるけれど、子猫でなければならない理由はないの』

「それはどういう……。それに、『私』って―――」

一人称も変化して、まるで女性のようである。

『猫に九生有り、って言葉を知らないの?』

「……そうか、そういえば猫にはいくつも魂があるって話があったな」

『Mer.Good King of Cats, nothing but one of your nine lives』

「ん? 猫の王様……ああ、『ロミオとジュリエット』か」

『へえ、ついてきているじゃあないの』

子猫がぴんと尻尾を立てるのに続いて、文字がたたたっと現れる。

『「猫王どの、九つあるというおぬしの命をたった一つだけ所望したいのだが」。シェイクスピアの悲劇でも、語られているよね。命の数だけ魂が、人格もとい猫格があっても不思議はないでしょう?』

「なるほど、それは分かったよ」

湊は、ともすれば飲み込まれてしまいそうなほどに重ねられる子猫の言葉を振り払うように頭を振ってから、自分の言葉を子猫に投げかける。

「―――でも、そろそろこんな(たわむ)れは終わりにしてくれないか」

しかし子猫はゆっくりと瞬きをして、相も変わらずマイペースに答えた。

『正解だよ、君』

「なにが」

『戯れこそが私の目的なんだよ』


          *


 戯れる猫。

 そう聞いた人は、どんな姿を想像するか。おそらく玩具かなんかにじゃれつく様子を想像するだろう。そして大凡(おおよそ)、それは正解なのだろう。

 ところが今、戸波湊の前に座って身繕(みづくろ)いするこの真っ黒な子猫は、言葉を使って戯れていた。人間相手にその知恵を試すような戯れは、ある意味では玩具にじゃれつく猫と同じなのかもしれない。違うのは、玩具として転がされているのが人間だということだ。

「アポくらい、とって欲しいもんだな……」

思わず湊がこぼした独り言に応えることなく、子猫はマイペースに話を進める。

『質問しよう。お前の名前は?』

子猫の足元に言葉が並んだ。

「戸波湊」

『素晴らしい』

子猫は尻尾をぴんと立ててその言葉を綴る。

「何が素晴らしいんだ」

『僕は君であっても良かったってことだよ』

いつの間にやら戻った男性の口調で、子猫は不可解な言葉を返す。

「あなたの言ってることはいちいち分からないな」

『子猫の戯れだよ? そんな大人みたいに構えるべきじゃないよ』

子猫は子供に言い聞かせるように湊の目を見てから、言葉を続ける。

『次の質問をしよう。君は何月生まれ何年生まれ?』

「それは、……ん?」

ここで、湊は自分の中身がすっかり欠落していることに気付いた。

「―――分からない」

まるで、「戸波湊」というレッテルが貼られただけの器であるかのように、彼は自分が何者であるのかが分からなくなっていた。

『何を言っているの。答えはもう()うに発表済みだよ』

子猫は顔をくしくし擦りながら言葉を並べたてる。

「お前、何をした……?」

記憶を失った恐怖も相俟(あいま)って、湊の語気は思わず荒くなる。

『今も今までも、私は戯れているだけ。それ以上でもそれ以下でもないよ』

しかし子猫は相変わらずその場に座り込んだまま、リラックスした様子で言葉を返した。

『遊ぼうよ、君。そうしたら君が失った記憶も、君が欲しい答えも手に入るよ』

「答え……?」

戸波湊は何かの答えを探し求めていたらしい。それが何であったのかは今の湊には分からないが、その分からない問いの答えを、目の前の子猫は持っているようである。

『さあ、質問に戻ろう。君は何月生まれの何年生まれなの?』

「……」

湊は胸ポケットから手帳を取り出した。取り出してから、自分が手帳を持っていたことに気付いた。中身を調べてみるが、全くの白紙だった。

 とにかく、子猫が持っているという何かの問いの答えを知りたいと、湊は思った。そのためにはまず、自分を取り戻さなければならない。

「答えは発表済み、ってことはあなたの言葉のどこかに答えが含まれていたってことだよな」

『そうだね。そういうことだね』

子猫は身繕いしながら相槌を打つ。

「生年月日か。数字が出てきた話は……」

湊は手帳に子猫との会話を書き出していく。

 子猫の外郭について。夏目漱石の話があった。

 子猫の中身について。シェイクスピアの話があった。

「『ロミオとジュリエット』か」

猫王の台詞について語った時には、数字が出てきていた。

「『猫に()生有り』、『猫王どの、()つあるというおぬしの命をたった()つだけ所望したいのだが』。……足りない」

それだけでは数字は三つ。まだ足りないのだ。

「いや……原文があったか」

子猫は最初に原文を語っていた。「Mer.Good King of Cats, nothing but one(・・・) of your nine(・・・・) lives」と。

「と、なると順番的に生年月日は九千百……なわけないし、」

今年は二〇一五年。これは湊の記憶にある。

「九十一年と区切っても後が続かないよな……」

と、ここまで考えてから、湊は大事なことに気がついた。そしてそのタイミングを見計らったように、子猫の言葉が綴られた。

『問題というのは、問題文が間違っていれば一生かかっても解けないよね』

「―――九月、だってことだな」

子猫の質問は「生年月日がいつか」ではなく、「何月生まれの何年生まれか」だ。つまり五つの数字の意味はまず誕生月、そして生まれ年ということになる。

「一九九一年の九月が、俺の生年月ってことだよな?」

『正解』

子猫はその文字が現れると同時に、にあぁとひと鳴きした。無音な文字による会話の中で湊はその時初めて、子猫の声を聞いた。その声は普通の子猫となんら変わりない。

 しかしその子猫が投げかけてくる問いは、決して可愛いものではない。

「こんな質問……。しっかりぶら下がってないとそうそう答えは見つからなそうだな……」

『ではついでに、誕生日も聞いておこうかな』

「誕生日?」

『そう。私に無くてあなたにあるもの、それは使わず数えてね。私も手伝うから』

もちろん、これも問題文だということは湊にも分かる。

「あなたに無くて、俺にあるもの……」

猫と人間の違いについては詳細に考察すればたくさんあることだろう。だがそこから誕生日など浮かび上がるだろうか。

「……数えるものなんて、他にないからな」

と言って、湊は自分の手を見る。

「三十日、だろう?」

『ふうん。その心は?』

湊を試すように、子猫は彼の目を見つめる。

「数えるのに使えるのなんて指だけだ。でも猫にあるのは足だけ。だから俺の手の指はカウントしない」

『うんうん』

「加えてあなたは『私も手伝うから』と言った。それはつまり、あなたの足もカウントに入れるということだ。だから答えは―――」

『惜しいね』

言いかけた湊の前に、大きく文字が綴られた。

「えっ」

『でも、まぁおまけかな。君の知恵は足りていたから。足りなかったのは知識の方だ』

「知識って……あ」

思い当たった様子の湊を満足そうに見ながら、子猫は言葉を続ける。

『一般的に猫の後ろ足の指は四本ずつだよ』

「……二十八日」

『そういうこと』

子猫は尻尾をぴんと立てて言った。

「まあ当てたことで答えが手に入ったから、結果オーライか……」

湊はやや悔しそうに唸った。が、やはりここでも子猫はマイペースに話を進める。湊が喜ぼうが悔しがろうが、そんなことはお構いなしである。

『さて、では次の質問をしようか』

「この分じゃ、俺の欲しがってたであろう答えまではまだまだ道半ばなんだろうな」

湊のぼやきともとれる発言に対して、子猫はゆっくりと瞬きしてから応じる。

『そんなこともない。次はお前の問いに大きく近づく問いだ』

「本当か?」

『嘘はつかないさ。では質問。お前は何者だ?』

「―――はあ?」

実に抽象的な問いである。

「それをさっきから部分的に順を追って明かしてきたんだろう? なのに急に問い全体を丸投げするなんて……」

『ふむ、では言い方を変えよう。お前の社会的な姿はなんだ?』

「職業ってことか……?」

社会的な立場というのは、その人間がどういう存在かを端的に表せる記号と言える。学生なのか、サラリーマンなのか、フリーターなのか。そうしたことが明らかになれば確かに、戸波湊が求めている何かに近づくことができるかもしれない。

「でも、その答えはどこにあるって言うんだ……?」

『答えなら、お前がもう示しているだろう?』

「俺が?」

湊には、その自覚はない。しかし子猫がそう言うのであれば、湊自身の言動に答えに繋がるものがあるということなのだろう。

「俺が言ったこと……、やったこと……」

湊は手帳を取り出すと、そこにこれまでの経緯を改めて書き出していく。

「ん、待てよ、手帳……?」

胸ポケットに入っていた手帳。自然に取り出して使っていたが、自然に取り出している時点で不自然である。

 湊は何の疑問も抱かなかったのである。となれば、戸波湊は日常的に手帳を使う習慣があったということになる。それが職業柄なのかそれとも性格なのかまでは、断定できないが。

『お前を特定する手がかりは、手帳を含め四つほどあった』

「……」

子猫の言葉を目で聞いて、湊は努めて湊を客観する。

 これは非常に困難なことだ。自身の無意識の言動を自身で把握するには、その行動のひとつひとつに疑問を投げかけ、明確な理由づけを行っていかなければならないからだ。

「『吾輩は猫である』に『ロミオとジュリエット』……」

ひとつひとつ、丁寧に検討する。

「文学作品に関する知識は、そこそこ持っているのか……?」

『それは確かにお前がお前になるきっかけではあったのかもしれないが、決定的ではないな』

子猫の言葉は、つまりこうだ。「四つの手がかりには当てはまらない」。

「……」

湊は、また考える。

「『アポくらい』……アポ?」

そしてまた検討する。

「アポって、日常的に使うか……?」

『アポイントメント。「面会の約束」の意味で使われることが多いみたいだね』

「誰かと会うことが多かった、のか?」

『二つ目だね』

どうやら当たりらしい。手帳と合わせれば職業の候補を挙げられないこともないが、答えを絞るにはまだ手がかりが少ない。

 子猫は四つあると明言しているのだ。残り二つを見つけてから候補を絞っても遅くはあるまい。湊は再び、ほんの少し前の会話を思い返す。

「『こんな質問を繰り返されたら、』……」

『僕の質問に対する愚痴だね』

「愚痴ってつもりじゃあない。いや、待てそれより『ぶら下がってないとそうそう答えは見つからなそう』って……」

『妙な表現だね。一般的、ってほどでもないけど、普通は名詞として使うんだけどね』

「名詞? ―――っ!」

子猫の言葉を聞いて、湊の頭に衝撃が走った。取り戻した記憶が急激に頭に流れ込んでくるような衝撃だった。

『三つ目』

子猫の言葉が天井に浮かんだ。

「……『当てたことで答えが手に入ったから』」

湊はすぐに、だが絞り出すように言った。

『これも「当てる」を一般的な意味でとれば、違和感のあるフレーズだよね』

子猫は顔をくしくし洗いながら言う。

「手に入れた情報を答えを知ってるやつにぶつけて、反応を窺うことを言うんだ」

湊はその意味をもう、すらすらと説明できた。

『これはさっきの「ぶら下がり取材」よりも専門的で決定的だよね』

「ああ、その通りだ」

子猫の言葉に、湊は頷く。

『さて、これで四つ(そろ)った。それじゃあ、今一度問おうか。君は一体、何者だい?』

「戸波湊。入社二年目の、新聞記者だ」


          *


 戸波湊は猫と戯れていた。しかし湊にしてみれば、「戯れる」というよりかは「遊ばれている」と表現した方が正しいように思われた。

『さて、まだまだ新人の新聞記者の戸波湊君』

と、子猫は言った。いや正確には綴った、である。

『私はね、君は全く新聞記者だなぁと思ったの』

「どういう意味だ」

湊は少し目を細めて、睨むような視線を子猫に向けた。あまり良い意味を包含しているようには聞こえなかったからだ。

『深読みしないで。表面だけさらって。私は、子猫なんだから』

子猫はそう言って、またマイペースに話を進めた。

『それはともかく、いよいよ君お待ちかねの質問だよ』

「俺が何を求めていたか、だよな」

『そう』

戸波湊が知りたくて、誰にともなく投げかけた問い。それが何だったのかを、湊はまだ思い出していない。

『その「何か」は、君が口に出さなくても私にははっきり聞こえていたよ』

「それは……、どういう意味だ?」

『強い想いだったからね。ここに来る直前のことを思い出せば、自ずと問いは出てくるんじゃないかな』

「直前……?」

『分からなきゃ大ブッシュ大統領にも協力してもらうといいよ。モンタナ州に文字詰め込んで、その壁降りれば見えてくるものもある』

子猫は天を、こちらを仰いだ。

「何を言ってるんだ?」

『ああ、こっちの話。世界は此処(ここ)だけじゃない、ってね。それより、思い出したかい?』

「それは、……」

湊は、瞑目(めいもく)する。そして過去の、ここに来る直前の自分を思い返す。

「……っ」

すると、想いが流れ込んできた。子猫に向かって、心で訴えかけていた想いが。

『思い出したみたいだね』

子猫の言葉に応じて、湊は口を開いた。

「……事故があったんだ。交通事故」

『ふうん』

「飲酒運転の車が歩道に突っ込んで、……それで、小学生の男の子と女の子が亡くなった」

『それで?』

途中で途切れそうになる湊の話のその先を、子猫が促す。

「俺がその事故の取材に行ったんだ。そしてその現場で、……」

湊はそこで一度、乱れそうになる呼吸を整えた。

「―――『あなたは何をしているの』」

『周囲から非難されたわけだ』

子猫は床にべったり座り込む。しかし目線は湊から外さない。

「俺はそれまで、『仕事』をしていたんだ。『作業』って言ってもいい。取材っていう作業をしていた」

湊は俯き、強く両手を握りしめた。

「でも、その時そう言われて初めて、自分がしていることの意味を考えた」

『……なるほど』

「なあ、子猫。俺はあの時、確かにお前に答えを求めたんだ」

湊はやっとの思いで顔を上げて子猫を見据える。

「記者は、ジャーナリストは……いかに人を救うのか、って―――」

子猫は、しばらく湊の目をただ見つめていた。

 しかししばらくすると姿勢を正して、

『結論から言えば、ジャーナリストは人を救えないよ』

と言葉を綴った。その言葉を目にして、湊はがっくりと肩を落とした。

「なら、俺がやっていることは……」

しかし落とした視線の先に、さらに言葉が続く。

『でも、救える人を救われるべき人の元へ導くことはできる。伝えることでね』

「!」

ばっと勢いよく顔を上げた湊に、子猫は視線を合わせた。

『今日この場所で、君は何も分からない無知な状態から自分を知って自分が考えるべき問いを見つけただろう? それと同じように人を救う力を持っている人がいても、その力や或いは救うべき人のことを知らなければその人は動けないんだ。知らなければ始まらないんだよ』

「救える人に、知らせる……」

『そう。それが君のこれまでしてきた、そしてこれからしていくことの意味だよ。だからこれからも君は、伝えるんだ。伝えなきゃいけない。こんな力が求められていますよ、ここで助けを求めている人がいますよって』

「―――そう、だな」

湊は子猫の言葉を目に焼き付けるように、じっと見据えて言った。

『さて、そうしたら……遊びの時間はこれでおしまい』

その言葉が現れると同時に、窓もない部屋の中を再び風が吹き抜け始めた。

「っ! 待ってくれ!」

今度は子猫の方から湊に向かって()(すさ)ぶ風を、湊は正面に受けながら叫ぶ。

「結局、あなたは何者なんだ!? 俺を救うために来てくれたのか!?」

「言っただろう。僕は子猫だ」

返ってきたのは、男の子の声。小学生くらいだろうか。

「その声は……?」

「最後だから、少しだけ借りてるの」

今度は女の子の声だ。

「嘘だろ、まさかあの時の……!」

「考えすぎだよ、お前。たまたま丁度いい遊び相手が見つかったから、たまたま集まってきた魂連れて、僕の遊び場にご招待したに過ぎないんだからさ」

可笑しそうに笑う男の子の声。

「私は子猫。これまでも、これからもね。そうしてまた、君みたいな遊び相手を探すんだ。だって私は子猫だから」

女の子の声もはしゃいでいる。

「「それじゃあまたね」」

二つの声が重なって聞こえた。

「―――ありがとう」

湊の言葉が届いたのかは分からない。ただ遠くなっていく子供の唄声だけが、聞こえてきた。

「こねこ と遊んだ となみ は みなと」

「帰った みなと は しんぶんし 作る」

 湊が帰った郵便局の駐車場にはもう、子猫はいなかった。


※「モンタナ州」の問いは端末によって「表示調整」で上手くいかない場合もあります。その場合はメモ帳などにコピペして調整してみてください。

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