第七話 決戦
僕は洞窟から出てまっすぐにクレアと特訓していたあの場所をまっすぐ目指す。
雨で泥状になった土が足にまとわりつく。うっとおしい。
後ろからは小鬼四匹が追いかけてきているが、小鬼達も同じ様に泥が苦手なのか追いかけてくるペースが明らかに遅い。
それ以外の小鬼達の行動はいつも通りで、しばらく走っていると二匹が居なくなる。
罠を張りに行ったのだろう。馬鹿な奴め。
僕はニヤケるのを我慢し、ただただ走る。
僕は木々や小さな茂みを使い、残った二匹の小鬼を分断する。
後ろから着いてくる小鬼が一匹に減った所で目的地に到着する。
僕は素早く反転し、小鬼を掴み強制睡眠を詠唱する。小鬼が倒れ込む。
息が上がっているが、ここで時間をかけるわけにはいかない。
僕は落ちていた拳大の石を握りしめ小鬼に跨り、逃げ出せないように押さえつける。
まずは顔だ。僕は小鬼に向かって全力で石をふりおろす。
石が、眠り惚けている小鬼の顔面を直撃する。牙が折れ、破片が飛び散る。
小鬼が目を覚ます。僕はもうすでに二打目を振りおろしている。
石は小鬼の目に当たり、青い血がまき散らされる。
小鬼は必死に僕の拘束を解こうとしてもがいているが、逃がしはしない。
僕は何度も何度も石を振りあげ、小鬼に向かって振りおろす。
そのたびに青い血があたりに飛び散る。
ただひたすらにその動作を繰り返す。
小鬼の抵抗がだんだん弱くなる。
僕はそれでもやめない。
頭が終わったら次は体、腕、足と順番にすべて破壊してやる。
小鬼が完全に潰れてぐっちゃぐちゃの肉塊になりはて、僕は石を落としてしまう。血で滑った。
僕は石を拾おうとして気付く。
少し離れた位置に小鬼が三匹いる。
三匹の小鬼達が僕に向かって雄叫びをあげながら向かってくる。
やばい、逃げないとと思うが、僕は動けない。
僕はまた地獄につれもどされてしまうのだろうか。
でも、一匹殺した。殺してやった。ハハハ、ざまーみろ。
三匹が僕に到達する直前で、燃える。
え? なんで?
燃えながらもがき苦しむ小鬼達は踊っているように見えた。
小鬼の向こうに人影が見える。
小鬼は最後の抵抗だろうか、ナイフを人影に向かって投げそのまま倒れた。
細胞が焼ける臭いが辺りに立ちこめる。
人影が近づいてくる。
その人影は姿がはっきり見える距離まで近づいてきて僕に向かって話し出す。
「あー……助けてあげたお礼に訊かせてほしいのだが――」
その声は、その姿は……僕がずっと求めてきた人。
クレア!
僕は嬉しすぎて声が出せない。そんな僕にクレアは続ける。
「この辺りで小さな男の子を見なかっただろうか。
私の大事な弟子なのだ。名前はナキア・フィニットと言うのだが」
「せ……先生!」
「む?私は貴方の先生になった事など――ナキア!? 君なのか?」
僕はクレアに飛びつき、一気に今までのことを話し出す。
飛びついたときにクレアのローブが汚れてしまった。
クレアの顔は疲れきっているように見えた。
目の下にはくっきりとしたクマができているし、綺麗だった黒い髪は見るからに痛んでぼろぼろだ。
もしかして僕の事を探し続けてくれていたんだろうか。
クレアは僕の話を聞いてくれている。目に涙が浮かんでいる。僕も涙が溢れて止まらない。
話が終盤にさしかかったときいきなり押し倒された。
「ちょ、先生! まだ昼間ですよ!」
「君は本当に馬鹿だな。敵だよ。
君はここで寝ころんで待っていたまえ。
すぐに私が倒してきてやろう」
クレアはそういって、立ち上がる。
そして小鬼の亡骸をみて激怒の唸り声をあげている鬼に向かっていく。
そして、右手を鬼に向け魔法を放――たなかった。
首を傾げているクレア。僕はその状態で理解した。
もしかして、ナイフ当たったんじゃないか。
クレアに大声でナイフには毒か何かがあって魔法が使えなくなることを伝える。
クレアは、「なるほど」と頷いている。
鬼がクレアに向かって走り、棍棒でクレアをぶん殴った。
クレアは吹っ飛び、僕から見えなくなる。
鬼がクレアの飛んでいった方向に歩き出す。
やばいやばいやばい。
なんとかしなきゃ。
どうする、なにができる。考えろ。
魔法? だめだ鬼には効かなかった。
素手で殴る? 恐らく効果は無さそうだ。
クレアと鬼の間に立ちふさがる? 二人一緒に死ぬだけだろう。
僕は死んでも構わない。でもクレアには生きてほしいと思う。
じゃあどうする。
僕の目に光を反射したナイフが映る。
あれだ。あれでメッタ刺しにすればいくら鬼でも……。
僕はナイフを拾いに走り、そのままクレアの飛んでいった場所を目指す。
クレアの元にたどり着く。
気を失っているのか動かないクレア。腕から白い骨が飛び出している。出血が酷い。
僕はクレアと鬼の間に立ちふさがり、ナイフを構える。
ビビるな、ビビるんじゃない。ここでやられたらクレアが死ぬ。
鬼はそんな僕に対して勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作で棍棒を振り上げる。
僕は鬼に向けてナイフを突き出す。
鬼の棍棒が振りおろされナイフとぶつかりナイフが折れる。
僕は折れたナイフを捨て、鬼の目を狙い殴る。
鬼はそれを頭をすこし傾けただけで回避。そのまま左手を握りしめ突き出してくる。
見えているが体がついてこない。
僕の腹に鬼の左拳がめり込む。
一気に胃液が逆流してくる。膝から崩れ落ちて吐き出す。
その間に鬼はクレアの頭を踏みつけている。
クレアは意識を取り戻したようで、僕に向かって叫ぶ。
「逃げろ! 逃げて生きろ! 」
僕はクレアに背を向けて走り出す――事はできない。
ここで逃げ出したらクレアはどうなる?
まず間違いなく殺されるだろう。
それで僕はどうする?
村に戻ってのほほんと暮らすのか?
すべて忘れて? 楽しいか?
そんなクソみたいな人生ならここでクレアとともに戦った方がいいじゃないか。
僕の足が鬼に向かって動きだす。
鬼はなにが楽しいのかそんな僕の動きを見て笑っている。
僕が鬼にたどり着く。おもいっきり全力で殴る。
無心で殴る。殴る。殴る。殴る。
鬼はうっとおしそうに手を振り払う。僕はそのぜんぜん力の入っていない動き一つで吹っ飛ばされてしまう。
それでも何度も走り、何度も殴る。
本気でうっとおしくなったのか鬼は棍棒で僕を殴る。
ぶっとんだ僕は足が動かなくなる。
折れたようだ。腕ももうかなり前に折れて動かない。
それでも這って鬼に向かう。
鬼はクレアを素手で殴る。
クレアの赤い血が周りの木々を汚していく。
間に合え。なんでだよ。なんでこんな無力なんだよ。
魔法使えて浮かれてたのは何だったんだよ。
目の前のかわいい女の子一人守れずに死ぬのかよ。
でろよ。なんかでろよ!
こんな時ぐらいでろよおおおおおおお!
僕の周りに五つの火球が浮かぶ。
それは鬼に向かって飛んでいく。
鬼の手を焦がし、体を焼き、命を燃えさせる。
鬼が倒れ、僕はクレアの元にたどり着けずに目の前が暗くなる。
クレア……。
どうか……生きて……。