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第六話 鬼ごっことかくれんぼ

第三回戦の開始は早朝だ。僕は前の二回と同じミスはしない。

 木々の間から降り注ぐ太陽の光が綺麗だ。こんな状況じゃなければクレアと散歩したいとさえ思う。

 後ろから迫る敵が二匹に減った所で僕は走る方向を反転、小鬼に向かっていく。

 思わず、四肢が引きちぎられる光景が蘇り、足が竦む。だがここで頑張らなければもう一度あの地獄だと自分に言い聞かせ踏ん張る。

 僕の行動に反応できずに一匹がバランスを崩す。僕はそいつに体当たりを食らわせ地面に倒す。よし、いい感じだ。もう一匹は少し離れた位置で止まり、様子を伺っている。

 好都合だ。起きあがろうとしている一匹を僕は周りに落ちていた手頃な石で殴り、強制睡眠スリープの呪文を詠唱する。小鬼ゴブリンが動かなくなる。よし、よし! 

 もう一匹が怒ったような唸り声をあげて、僕に向かってくる。正直、怖い。

 逃げ出したくなる気持ちを押さえつけ、そいつをしっかりと見る。大丈夫だ、クレアの岩の方が速かった。この小鬼なら余裕で見切れる。大丈夫、しっかりやれ。僕は自分に言い聞かせるように大丈夫と心の中で何度も繰り返す。


 小鬼は動かない僕を見てニヤついている。汚い歯が開いた口の隙間から覗く。唸り声で僕がビビったとでも思っているのだろうか。まったく、バカな奴め。

 僕は小鬼に舐められている現実に少しのいらだちを覚える。

 小鬼は僕にまっすぐ迫り、飛びかかってくる。

僕は体を左に捻り回避する。小鬼が驚いた顔をしている。僕は回避しながら空中の小鬼を掴み、強制睡眠を唱える。

 小鬼が地面にうつ伏せで落ちる。動かない。あれ、死んだ? いや、胸が上下している。眠っているだけらしい。

 落ちた衝撃で死んでくれればよかったのにと思いながら僕は静かになった森で考える。どうやって止めを刺そうか。

 どうやらこの二匹はナイフを持っていないようだし、石で殴るしかないようだ。

 僕がそう考えて、石を拾った所で遠くから小鬼の鳴き声が聞こえる。

 心配した仲間がこの二匹を呼んでいるのだろうか。だとしたらやばい、僕は仲間の小鬼達が戻ってくる前に逃げなくてはならない。

止めを刺してから逃げるか今すぐ逃げるか、僕は悩む。

 また鳴き声が聞こえる。さっきより近い。

 僕は石を捨て声が聞こえた方と違う方角に駆け出す。

少しして、さっきまで僕が居た場所の方から大きな鳴き声が聞こえてきた。ざまーみろと笑みがこぼれるのを我慢できない。




 しばらく全力で走った、鬼が追いかけてきている様な気配も感じない。

 そんな中、隠れるのに良さそうな茂みを見つけた。体力の限界だった僕は少しその茂みで休むことにする。 

 あたりに落ちている葉っぱを集めその中に潜り込んだ。すこしでもカモフラージュできていればいいんだけど……。

 僕は息を整え、体力が回復するのを待つ。辺りは静かだ。

 葉っぱの青臭い匂いが僕を包む。風が吹き、木々が音を立てる。そろそろ出ようか。


 僕がまた走り出そうかと思い、動こうとした瞬間、風の音に混じり奴らの鳴き声が聞こえてくる。結構近い! 

 僕は動きを止め、息を殺す。複数の足音と共に奴らの鳴き声が聞こえてくる。僕を捜しているようだ。怖い。見つかったらどうしようか。さっきと同じように戦おうか。

 僕の居る茂みのすぐ近くに奴らはやってくる。鼻息が聞こえてくる。臭いで僕を追ってきたのだろうか。

 奴らのうち一匹が茂みをかき分ける。頼む気づくな。お願いだ、去っていけと僕はひたすら念じる。念が届いたのか奴らは短く鳴くと去っていく。

 葉っぱしかないと思ってくれたのだろうか。よかった。

 僕は落ち着いて四匹との戦闘をシミュレーションするが、勝てそうに無い。

 僕は足音と鳴き声が去っていっても辺りが暗くなるまで動かなかった。まぁ動けなかっただけなんだけど。

 そして完全に辺りが暗くなり、静まり返った森の中で僕は動きだす。被っていた葉っぱから出て、茂みの中からでる。

 そして僕は見てしまう。茂みの向こうに立つ、見知った影。その影は僕に近寄り、顔を近づけてニターっと笑う。鬼だ。僕の細胞全部が逃げろと叫んでいる気がした。

 僕は鬼の横を走り抜け、逃げ出す。が、僕の動きは鬼の棍棒一振りで止められる。

 夜の森の地面は冷たくて気持ちいい。なんて無意味な感想が浮かび、僕は捕らえられてしまう。

 悔しさで涙が溢れるのを止められなかった。



 その後、巣まで連れ帰られた僕はいつも通り四肢をちぎられ、葉っぱで蘇る。僕の心は折れていた。

 逃げて、小鬼達の練習台になるのはもう辞めだ。

 ここで僕が小鬼達に『人間の狩り』を経験させることによって後に別の人たちが襲われてしまうかもしれないと思ったから。


 その後、何度も逃げたり隠れたりして頑張るが、その度に小鬼が学習し賢くなっていくのを感じ、僕は逃げるのを辞める。

 洞窟のじめっとしたここで死ぬ覚悟を決める。


 鬼が洞窟の入り口から入ってくる。

 明らかに隙を見せているのに逃げない僕を見に来たようだ。

 僕に対し鬼は低い唸り声を出し、威嚇して逃げ出させようとしてくるが、僕は無視してやる。

 ハッハ、馬鹿め。僕がいつまでもその程度で逃げると思ったら大間違いだ。

 こっちはもう死んだ方がマシだと思っているのだ、逃げるのはもう諦めているのだ。いくら威嚇されたって逃げてやらねーよ。


 そんな僕の気持ちを読みとったのか鬼は諦めたような顔をして、僕を殴りつける。

 僕は殴られた衝撃で洞窟の壁に頭をぶつける。額が切れたのか、血が流れる感じがする。

 いつの間にか移動した鬼は僕が逃げ出しやすいように、洞窟の入り口とは反対側に立って僕を見ている。

 僕は血を流しながら鬼を見て笑ってやる。

 鬼がゆっくり近づいてくる。あぁ、やっとか。やっと僕は死ぬ。たぶんあの棍棒か殴打で殺されるのだ。

 痛いだろうがもうこの地獄から解放されるなら良いとさえ思える。

 家族の事が頭に浮かんだ。前世も現世もどっちもだ。

僕が死んだらやっぱり悲しんでくれるのだろうか。

 この鬼に報復したりするとしたら死なないで欲しい。

 できれば強い人を呼んで戦って欲しいと思う。

 強いといえばクレアだ。途中で逃げ出してごめん。逃げ出さずにちゃんとやってれば今頃まだ辛くも楽しい生活を送れていたんだろうか。あぁ本当に頑張れば良かった。


 鬼が僕の右腕を掴む。

 あぁ叩きつけて殺すのか、僕はそう思ったのだが鬼の行動は全然違った。

 いきなり僕の手を食べ始めたのだ。親指以外の指にかぶりつき、噛みちぎる。

 想定外の行動と激痛に思わず絶叫する。

 僕の絶叫に嬉しそうな表情を浮かべた鬼がさらに僕の手を食べる。右手の指はもう親指しか残っていない。

 僕は逃げ出したくなる。堪える。ここで死んでやる! 

 鬼は僕の右腕を離し、左手を掴む。そして左手の人指し指を噛みちぎる。

 僕はもう無理だった。耐えられなかった。

 僕は逃げ出した。

 拙い走りしかできなかったが必死に走った。

 小鬼達が追いかけてくる。

 僕は必死に抵抗するが無駄だった。

 巣に連れて帰られる前に僕は小鬼達に残っている指を食べられてしまう。

 両手両足の無い僕の四肢をいつも通り引きちぎり鬼は満足そうだ。

 そして葉っぱを食べさせられ、また次の地獄がやってくる。

 僕はおとなしく逃げ出す。捕まる。四肢がさようならする。そして葉っぱだ。

 鬼は僕の『活き』が良くなって満足そうだ。



 僕は地獄の中でやっぱりこいつらは殺すしかないと思う。

僕の思考はこいつらの死で埋め尽くされる。

殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すす殺す殺す殺す殺す。




 それから何度も地獄が繰り返され、僕にも変化がある。

 明らかに身長が伸びているのだ。

 ちぎられることか葉っぱかわからないがどっちかが影響しているのだろう。

 そして身長が伸びた僕は小鬼より大きくなった。それでも鬼の7割程度しかないが、これは大きな変化だ。

 体が大きくなった事で、小鬼のナイフによる一撃にさえ気をつければ何とか四対一でも勝てそうだ。まぁまだ一度も勝ったことはないのだけれど。

 それと僕には戦いやすく、小鬼達が苦手な場所も見つけた。

 それは川の近く、少し開けた場所。

 そう、クレアと特訓していたあの場所だ。

 僕は逃げ回りながら遂にその場所を見つけたのだ。

 森の中からその場所を見つけたとき、僕はクレアが居ると思った。もうこの地獄が終わるのだとも。

 希望。唯一この環境から逃げ出せる希望。

 でも現実は非情だった。そこにクレアは居なかった。

 森から出た小鬼達の動きは鈍くなっていたように思うが、クレアの居ない現実に打ちのめされた僕に戦う力はもう無かった。

 何度か逃げながら訪れてみたが、やっぱりクレアは居なかった。

 小鬼達も森の中以外での戦いに慣れていっている様だった。 やばい、小鬼達が森以外の環境に慣れてしまったら……。

だけど、その焦燥感のおかげでも心の準備ができた。


 僕はやる。

 明日、小鬼達をぶち殺し、鬼も殺してやる。

 もし、全滅させるのが無理でも何匹かだけでも殺す。

 絶対に殺す。

 僕は手足の回復を待ち、朝になるのを待った。

 朝になり、いつも通り僕は逃げ出す。

 天気は雨だった。しっとりと体に染みいるような雨。

 

 ついに決戦の日が始まった。


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