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第五話 さようなら

 揺れている。

前世で親父の背中で寝ていた感覚を思い出す。揺れが心地いい。


 僕は顔に走る痛みで目を覚ます。

世界は逆さまで、僕は何かの背中に担がれているようだ。

揺れは心地いいのだが、足首は痺れているし、汗というか獣臭い。

 なんだこれ、あぁそうか僕はモンスターに捕まったんだった。

幸せな夢から絶望的な現実に引き戻される。

僕はどうなるんだろう。やっぱり食べられてしまうんだろうか。


 モンスターを見たのは初めてだ。というか、本当にモンスターなんだろうか。

実は緑肌の人でしたなんて落ちは待っていたりしないのかな。

 しないだろうな……。だとして、こいつは一体なんなんだろう。

世界を牛耳る魔王――っぽくはない、かといって、小鬼ゴブリンほど小さく弱くはなさそうだ。

言葉的に言うならオーガぐらいが一番しっくりくる気がする。よし、こいつは今から鬼と呼ぼう。

 こいつの呼び名が決まったところで僕は一度落ち着いて今の状況を整理する。

 僕はクレアの鬼の特訓から逃げ出したが鬼に捕まって今から食べられてしまう。やばい。まじやばい。どうすればいい? 僕はどうするべきなんだろう? 

とりあえずクレアに教えてもらった強制睡眠スリープを唱えてみるけど効果は無いようだ。悲しい。


 僕が目を覚ましたのに気が付いた緑色は僕を乱暴に振り回す。

足首が取れそうだと思ったけど、そんな余裕があったのは一瞬だった。

 まずぶつかったのは木で、僕はとっさに両腕で頭を守るが、次の瞬間には空が見えて一瞬の浮遊感のあと地面に叩き付けられる。ただひたすらにそれが繰り返され、口の中に血の味が広がる。頭をガードするために曲げた両腕はとっくに折れてしまったようで鈍い痛みが走りつづけている。痛みで意識が朦朧とする。

 僕が動けなくなったのを確認すると鬼は満足そうな唸り声をあげ、再び歩き出す。


 どれぐらいの時が経ったのだろうか。鬼の歩みが止まる。

 朦朧とする意識の中で逃げ出すために周囲の観察を行っていた僕は、洞窟に入ったのを確認する。その中で藁のようなものが敷かれた場所に適当に放り投げられる。そこには白骨化した先客が待っていて粉々になりながら僕を受け止めてくれる。ほこっりっぽいし生臭い臭いがする。思わず咽る。吐きそうだ。

 鬼は僕が咽ているだけで動けないのを確認すると、洞窟から出ていく。

 僕は口の中だけで小さく治癒魔法を唱え、体の怪我を回復させる。こんな所で死にたくない。どうせ死ぬならクレアのところで死んだほうが云千倍マシだ。

 洞窟の入り口とは反対方向に向かう。もし、入り口から出て、あいつとまた遭遇したら目も当てられない。それにこういう時の洞窟ってのは大体の漫画やゲームでは反対から出れるようになっていることが多い。


 その根拠の無い幻想を信じて奥へと進む。が、少し奥に行った所で僕の足音では無い音が聞こえた気がして立ち止まる。なんだろう。なにかいるのか? 

 洞窟の壁に身を寄せ、先のほうを窺う。鬼をそのまま小さくしたような生き物が4匹程いるようだ。よし、こいつらは小鬼ゴブリンと呼ぶことにする。

 僕はそう決めて、入り口のほうへ向かってできるだけ急いで、でも足音は立てないように気を付けながら走る。

 途中でこけたり、骨を踏んで音を出すこともなく入り口が見えるところまで戻ってくる事に成功した僕は外の様子を窺うこともせず、そのまま一気に外へと走り出す。結局、オーガが戻ってきていても奥に逃げられないのだから走るしかない。

 外はまだ明るいようで、連れてこられた道を思い出して走るのは簡単に思えた。足元の落ち葉が乾いた音を立てている。その音がすごくうるさく思える。

 洞窟をでて50メートルほど走ったころに、後ろで唸り声が聞こえた。僕は振り返りたくなるがそのまま走る。走る。走る。全ての事を無視してひたすらに走る。

 後ろから聞こえるのは4つの足音だ。おそらく小鬼が追いかけてきているのだろう。

僕は右に曲がり、左に曲がり、小鬼を撒くが、ついてくる足音が減るだけで完全には撒けない。後ろを振り返ると20メートルほどの距離に小鬼が2匹いた。

 やばい。もう体力が続かない。僕は勝負に出る。

 速度を一気に上げ、2匹を振り切ってやる。横っ腹が痛むが、食われる痛みを想像して我慢する。そのおかげか、2匹は悔しそうな泣き声をあげ僕との距離を開ける。

 ふはは、ざまーみろ。この僕を捕まえて食おうなんて百年早いんだよ。

 僕は前を見て、速度を落とさないように走り続ける。もうすぐで鬼に捕まった場所まで戻れるはずだ。そうしたらクレアに助けを求めて、ちゃんとごめんなさいしよう。もう一度特訓してもらおう。

 そんな事を考えてたら視界が涙で滲む。足が何かに引っ掛かり、バランスを崩してしまい地面に倒れる。

 茂みが揺れ、現れたのは小振りなナイフを持った1匹の小鬼だった。なんでとか撒いた筈だとか思考がパニックを起こす。

 小鬼は僕の顔をそのナイフで切りつける。僕はなんとか躱し、頬に傷がつくだけで終わる。僕の頬から血が流れているのを見ると嬉しそうな鳴き声をだす小鬼。すると、遠くのほうで同じような声が聞こえ、瞬く間に3匹のゴブリンが集まってくる。

 罠。そんな言葉が頭によぎる。僕は罠に嵌められたようだ。2匹が陽動で、残りの1匹が罠を張る。残りの1匹はわからないが違う場所で待っていたのかもしれない。

 あぁクソ! こんな雑魚モンスターみたいなやつらに罠に嵌められるなんてすごく不愉快だ。しかもそのうちの1匹なんて舌なめずりしてやがる。腹が立ってきた。

 僕は落ち着いて戦えば、この程度のモンスターに負ける気はしない。鬼には勝てないかもしれないが、小鬼程度なら倒せそうだ。

 さっきは必死で逃げていたから、戦うなんて選択肢が無かっただけだ。そうだ、決して怖いとかそんなんじゃないはずだ。

僕は体を起こし、魔法を唱える。僕が唱えるのはクレアが特訓で使ってくれていた魔法『ストーン』だ。

が、発動しない。何度も唱えるが全く発動する気配は無い。

小鬼達が僕を指さして笑い転げているように見える。 そのうちの1匹が僕にナイフを見せてくる。なるほど、あのナイフに毒かなにかが塗ってあったのだろう。それで魔法が使えないのか。

 なら、僕がするのはただ一つだ。反転して全力で走る。クレアの名前も叫ぶ。助けてーとも叫ぶ。

走り出して、すぐに追いつかれた僕は小鬼に捕まる。各手足をそれぞれ1匹ずつが掴み、僕は引き摺って巣と思われる洞窟まで連れ戻される。

 そこには鬼が待っていて、僕は鬼の前に置かれる。

鬼は僕を見て、小鬼を見る。見られた小鬼は鳴き声をだし、鬼はそれを聞いているようだ。

 小鬼が黙ると鬼は僕をつかみ右腕を思いっきり引っ張る。僕の肩から、筋肉や皮膚、骨がさようならを告げる音が聞こえてくる。僕は半ば意識を失いながらテレビか何かを見ているような感覚でその光景を眺めている。この痛みはクレアの特訓で何度も経験済みだが、あの時と違い治癒魔法はいつまでまっても飛んでこない。

 僕と完全にさようならした右腕はさっきまで鳴き声をだしていた小鬼に与えられる。小鬼はすぐに僕の右腕だった物を食べている。そして次の小鬼が鳴き、今度は左の肩から先が僕とさようならする。

同じように残った2匹が鳴き、それぞれに僕の足だった物が与えられる。

 達磨にされた僕は最後、鬼に食べられるのだろうか。

あぁ、クソ。こんな死に方ならちゃんと頑張ればよかった。決めたことを辞めて、逃げ出した罰がこれなんてあんまりだ。こんなの最悪だ。

 せめて最後こいつらに一矢報いたい。たとえば僕の体には悪い菌が居て、こいつら急に死んだりしないだろうか。

 そんな事を思っていると鬼は僕を食べずに、代わりに僕の口に葉っぱを突っ込む。

僕はそれを飲み込んだりする力はもう無いんだけど……などと思っていると、無理やりに胃袋までゴツゴツした汚い手を突っ込まれてしまう。葉っぱが胃袋に残り、鬼の手は引き抜かれる。

 僕の体が光る。熱い。苦しい。痛い。意識を失うことすらできずに達磨になった体でのた打ち回る。

鬼は僕を骨の山に放り投げる。熱い。痛い。痛い。痛い。痛い。



――――翌朝だろうか、僕は目を覚ます。いつの間にか眠っていたようだ。

 洞窟の中は暗い。外では太陽の光を受けた木々が輝いている。

 僕は目をこすり、起き上がる。怖い夢を見た気がする。あれ、昨日何してたんだっけ。思い出せない。僕は何をしていた……?

 洞窟から出る。そこには鬼が居た。僕は走って逃げ出す。昨日の事も思い出した!

 でも達磨にされたはずなのに手足がある。なんで? 僕はわけがわからないままひたすらに走った。

 小鬼に捕まり、また手足がさようならを告げる。そしてまた葉っぱを胃袋に入れられ骨の山に捨てられる。僕は痛みでぐちゃぐちゃの頭の中で前世の動物達を思い出す。

 肉食動物は捕まえた獲物をわざと逃げさせ、子供に狩りを教えると言う。なるほど。おそらく今行われているのはそれだろう。そして、あの葉っぱは回復薬的ななにかなんだろう。僕は無限に使える練習台ってところだろうか。僕は体が治ったらどうやって逃げるか考えながら痛みを耐え続ける。



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