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第四話 緑、逃げ出した後で

僕の体と同じ大きさぐらいの岩が飛んでくる。

僕は体を懸命にひねり躱す。

しかし回避距離が足りなかったのか僕の腕が岩に潰される。


「あああああああぁぁぁぁぁ!」


何度目かわからない絶叫が森の中に響く。

クレアとの特訓は悲惨だった。



僕は自分のベッドで目を覚ました後、クレアに連れられ森に来ていた。


「これから特訓を始める。

 君が私に魔法をかけられたら合格、終了だ。」


クレアはそういうと僕に一つの呪文を教えてくれる。

対象の体に触れながら唱えると相手を眠らせられる魔法。

僕は教えてもらった呪文を心の中で復唱する。


(我は望む、此の者に癒しの深き眠りを与えん、強制睡眠スリープ


そうして森の中で特訓は始まる。

小さな川のほとり、少し開けた場所で50メートルほど離れて向き合う。

川の音が耳に心地いい。それ以外の音はない。

クレアに触れながら呪文を唱えるだけなんて簡単じゃないか。

クレアの「始め!」の声で僕は思いきり走りだす。

クレアまでの距離はあと40メートル、30メートル。

どんどん近づく。あと20メートルぐらいに迫ったときクレアが右手を僕に向ける。

右手の正面に岩がいきなり現れる。

僕に向かって飛んできていると認識した瞬間に僕の体は弾き飛ばされる。

とっさに両腕でガードしたが、効果はなかったようだ。

僕は血を吐きながら転がる。

痛いと思ったのは一瞬だった。

クレアが治癒魔法をかけてくれたようだ。

僕は再び開いた距離を詰める。

今度は岩が飛んでくる前に横に進路を変え、岩を躱す。

走る。

僕はこけてしまう。

足がもつれた。

違う。

立ち上がろうとした僕は足が岩に潰されているのを見る。

驚きと恐怖、激痛が一気に僕の脳を襲う。


「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


あまりの激痛に意識を失いかけるが、クレアの治癒魔法で足が治されかろうじて意識を失わずに済む。

岩から抜け出した僕は心が折れている。

もう嫌だ。

こんな痛いの耐えられない。

泣きながら必死に走る僕に飛んでくる岩。

潰される体。響く絶叫。

何度かその地獄に耐えるとクレアは告げる。


「おーい、次の岩で今日は終わりにしよう。

 もし、それを避けて無傷だったなら君にチューしてやろう。」


その言葉を聞いて僕は再び走り出す。

チュー目指して僕は岩を待ち受ける。

もう心は折れきっているが、なんとなく避けるコツみたいなのもわかってきた。

よく見て、全力で走る。

そうすれば無傷とはいかなくても軽傷で済む事が何度かあったのだ。

クレアが狙いをつけ、岩を放ってくる。

岩が回転しながら飛んでくる。

右に走る。全力で走る。岩が地面にあたって砕ける音が背後で聞こえる。

僕は止まって体を見る。

腕、両方ある。

足……も、大丈夫だ。ちゃんと僕は地面に立っている。

クレアのほうに向きなおりながら僕は言う。


「やった!やりまし……」


もう一つ岩が飛んできていた。

その岩は僕の胸に当たり、みぞおちをえぐり下半身を押しつぶす。

僕は肺から空気が押し出される感覚と激痛によって意識を失う。




目を覚ますとクレアが覗き込んでいた。下から見ても可愛い。


「あー……その、すまない。間違えて2発目を撃ってしまった」


あぁ、そうだ。僕は岩を躱したのだ。

今日初めて躱した。

感動しながらクレアのほうを見たのに僕と目があったのは岩だった。悲しい。

でも、約束は約束のはずだ。僕はクレアにチューを要求する。


「先生、チューの約束はどうなりましたか?」

「おぅ、してやろう」


そういうとクレアは寝転がっている僕に覆いかぶさるように降りてくる。

クレアは目を閉じ、迫ってくる。黒い髪が僕の顔にかかる。甘い匂い。唇の感触。やわらかい。

クレアが離れる。胸の鼓動がやばい。クレアに聞こえていないだろうか。


「どうだ、満足したか?明日の訓練も頑張ればまたチューしてやろう」


僕は明日もまた頑張ると返事する。

クレアは嬉しそうに、そうだ頑張れなどと言って笑っている。

僕は起き上がり、辺りが暗くなっているのに気づく。

クレアは魔法で土のドームをつくり、中に入る。

僕も続いて中に入る。

中は狭すぎず、広すぎず2人で寝転ぶのにいい感じの広さだった。

なんとなく昔、雪で鎌倉を作って遊んだのを思い出した。


「今日からここで寝泊まりする、

 君が合格するまで家には帰れない。

 もちろん両親に許可は取っているし、これは両親からの依頼でもある」

「どういうことですか?詳しく教えてください。おねがいします、先生」

「いいだろう。

 君の両親は、君が『魔法使い』として、

 生き残れるように訓練してほしいとジョーン魔法商店に依頼した。

 そこで、ジョーンはたまたま店にもどってきた私に依頼を丸投げした。

 かくして、私は君の先生となり君の家に帰ってきた。というわけだ」


なるほど、と思う。

でも、魔法使いなら魔法を教えてもらったほうがいいんじゃないだろうか。

僕が訊くとクレアは僕に問題を出してくる。


「君は、自分の勝てない強大な敵が現れたらどうする?

 出せるだけの全力で一か八か攻撃するかい?

 それとも諦めて無残に殺されるのをただただ待つ?

 それともそれとも敵から逃げ、仲間に知らせる?」


うーん、この選択肢なら逃げて仲間に知らせるのが正解なんだろう。

そう答えるとクレアは嬉しそうだ。


クレアが寝転び、僕も隣に寝転ぶ。

布団などは無いが、寝転んだところの土がいい感じにやわらかくなっていて、寝心地は悪くない。

クレアからもっとこっちにおいでと言われ、近づくと思いっきりハグされる。


「今日は本当に頑張ったな。

 私はお前の事が嫌いだったり憎かったりしていじめているわけではないのだ。

 むしろ好きだ。これからも君には辛く厳しい特訓が続くだろうが、

 それは君に死なれたくないからあえて厳しくするだけなのだ。わかってほしい」

「はは、大丈夫ですよ。ちゃんとわかっています。僕も先生が好きですよ」


僕がそう言うとクレアは僕をハグしたまま寝息を立て始める。

僕も疲れていたのかすぐに眠ってしまう。


そんな特訓が続く日々。

1週間が経ち、1か月が経ち、僕はだんだん岩を避ける事ができるようになって行く。

クレアに近づくことは全くできないが……。

それでも特訓を続け、半年が過ぎる頃には岩だけなら9割近く避けられるようになる。

そうすると特訓のレベルを上げるとクレアが言い、岩だけでは無く、炎も飛んでくるようになる。

僕はまた全然避けれなくなってしまう。

それでも心が折れずに頑張ることができたのはクレアのご褒美のおかげだろう。

クレアとチューするとき僕は幸せだった。

いくら体を潰され焼かれたとしても最後にはチューが待っていると思うだけで頑張れた。



しかし、そうして1年以上がたったある日、僕は逃げ出す。

とうとう僕の心は折れてしまったのだ。

クレアの目覚める前に土のドームを抜け出し、村を目指して一気に走る。

後ろになにかの気配を感じ、僕は速度を上げてさらに走る。

と、なにかにぶつかる。人……だろうか。

緑色の肌、身に着けている腰布はぼろぼろだ。

上を見上げると顔がある。

僕はすいませんと言って横を通り抜ける。

が、腕をつかまれて止められる。

なんだよ、謝っただろ!こっちは急いでるんだよ!と思い顔を睨む。

緑の顔。黄色の目。頭からちょこんと突き出たツノ。

僕は気づく。モンスターだ。

やばい、走ってきたせいで喉はカラカラだし息も上がってる。

呪文を唱えられない。

足を掴んで逆さまに持ち上げられる。

僕は暴れてみるが全く降ろしてくれる気配はない。

それどころか僕の顔面に、こん棒が振り下ろされる。

僕の意識は簡単に切られてしまう。




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