第三話 魔法使い
いつもの部屋、いつものベッドで目を覚ます。
ベッドの横では椅子に座ったままナレインが眠っている。
僕が倒れてからずっと心配して見ていてくれたのだろうか、その顔は少し疲れているように見える。
僕はベッドから抜けだし、ナレインに毛布を掛けてやる。
窓から見える空はまだ暗い。晩御飯を食べていないせいかお腹が鳴る。
ナレインを起こさずに何か食べよう。
僕は扉を開けようとし、隣の部屋から話し声が聞こえてくるのに気付く。
扉を開けないまま話を盗み聞く。
「だから! なんども言ってるだろう! うちの子供が魔法を使ったんだって!」
1人はリグルの声。少し興奮している様子だ。
続いて年配の男の声がする。その声はリグルを落ち着かせようとしているのかゆったりとした口調で言う。
「じゃから、まだ2歳の子供が、魔法をそれも省略術式で発動させるなどあり得ないじゃろ。」
扉に近づいてくる2つの足音。
僕は慌ててベッドに戻る。
扉が開く。
「おう、起きていたのかナキア。大丈夫か?」
リグルはそういうと僕の頭を優しくなでる。
僕は大丈夫だと返事をする。
リグルと一緒に部屋に入ってきた白衣のおじいさんはジョーンと名乗ると、
僕の目の前で、いきなりナイフで自分の腕を少し切る。赤い血がじわっと滲み出す。
「ヒーリングと言ってみてくれるかな?」
「ふぃーりんぐ」
僕はわざと間違う。
さっき盗み聞いた内容からここで魔法を発動させるのはまずい気がしたのだ。
想像でしかないが、おそらく天才だとかなんとか言われてわけのわからないまま生活が変わってしまうような気がする。
僕はこの世界の事をまだちゃんと知らない。
知らない所で目立ってしまうのはよくない気がするのだ。
ジョーンはうなずき、リグルに向かって言う。
「やはり、お主の勘違いではないのか?この子からは魔力など全然感じぬが」
「そんなはずはない。俺のここの傷が治ったんだぞ!」
リグルはそういって首筋を見せつけるが、そこにもう傷はない。
ジョーンは少し苦笑いしながら傷がないことをリグルに告げる。
リグルは少し恥ずかしそうだ。
いつの間にか起きたナレインも笑っている。
ジョーンは白衣のポケットから緑色の液体の入った小瓶を取り出すと一気に飲み干す。
腕の傷が塞がる。あれは回復薬だろうか。そんなのまであるのか。
傷が治ったのを確認するとジョーンは白衣のポケットからノートを取り出し、何か書き込む。
そしてポケットに空き瓶とノートを直しながら、
息子さんがもう一度魔法を使ったら連絡してくれと両親に言い残し、家を出ていく。
玄関の扉が閉まる音と馬の嘶きの後、リズムよく走る足音が遠ざかっていく。
リグルとナレインは僕の頭を撫で、僕に毛布を掛けて部屋から出ていく。
僕はベッドに寝転がり、お腹が減っていたことを思い出す。
でもそんなことはもうどうでもよかった。
やっぱり異世界だ!魔法があるんだ!
そして僕は2歳で魔法を使える!天才だ!
夢のバラ色天才チートライフだ!
でも、少し冷静になる。
おそらく人に見つからないようにしたほうがいいだろう。
前世の記憶でも目立つ奴は叩かれていたし、人の妬みは怖い。
なるべく目立たぬように生活したほうが、賢い生き方ってやつなんだろう。
僕は賢い生き方で生きていく事にする。
チート?なんなのそれおいしいの?だ。
そして僕は空腹を訴える胃袋を無視し、眠る。
朝になる。
いつものようにリグルが出かけ、僕はナレインと過ごす。
いつもの日常だ。
夕方になってリグルが帰ってくる。今日は怪我していないようだ。
今日も怪我して僕にヒーリングしてくれと言って来たらどうしようか悩んでいたんだが杞憂だったようだ。
しかし、その手には1冊の分厚い本を持っている。
リグルは僕にその本を渡し、読んでみろと言うが僕は文字をまだ読めない。
とりあえず部屋に持って行く。
1目見ただけで高級そうな装飾の施された表紙。
開く。
1ページ目は目次だろうか。たくさんの文字が並んでいる。
ぱらぱらとページをめくってみる。
炎の絵、水の絵、土の絵。
ページごとに違う絵とたくさんの文字が並んでいる。
もしかして魔法の教科書だろうか。わくわくしてきた。
部屋に入ってきたリグルが自慢げに告げる。
「町まで行って買ってきた。初級魔術集だ!」
初級魔術集!
言葉だけで胸が高鳴る。
しかし、キッチンで料理中だったはずのナレインが僕の頭上からリグルに怒る。
「ちょっと! 高かったんじゃない!?」
「いいだろ別に。俺の子供が魔法使いになれるかもしれないんだぜ?」
「それはそうだけど、これぐらいなら私が教えてあげられるじゃない!
それに、ナキアはまだ文字も読めないんだよ!」
僕が文字を読めないと知らなかったのかリグルは驚いた顔で僕を見る。
いやいや、そんな顔で見られても……。むしろ2歳で字読めるわけないだろうよ。
リグルは僕が文字を読めると思っていたようで、肩を落としナレインにすまなかったと謝る。
さっきまであんなに嬉しそうだったのに、この変わりようはちょっとリグルが可哀そうだ。
僕は助けてやることにする。このまま本を返すとか言われたら最悪だし。
「ありがとうパパ!大事にするね!」
嬉しそうに本を胸に抱きしめ最高の笑顔を作り言う。
もちろんナレインへのフォローも忘れない。
「ママ、これで僕も文字の勉強できるね!頑張るから教えてくれる?」
リグルは嬉しそうな顔に変わり、ナレインに言う。
「ほら、ナキアも喜んでるしいいじゃねーか。俺ももっと仕事頑張るからよ」
「もう! ナキアもしっかり勉強がんばる?」
「うん、僕いっぱい頑張るよ!」
どうやら本を返品するような事態にはならずに済んだようだった。
良かった。
次の日から文字の勉強が始まる。
ナレインの教え方が良かったのか、僕の頭が良かったのか
僕が魔法を使ってみたい気持ちを抑えていられる間にスムーズに覚えられる。
僕は文字を覚えると、部屋で一人、本を読むようになる。
1ページ目は目次ではなく、魔法を使うときの注意だった。
魔力の枯渇は命に係わるとかなんとか。
後のページは、魔法の使い方や効果が載っていた。
どうやら魔法を使うには呪文全文を詠唱するやり方と省略し、唱える方法があるようだ。
呪文を頭の中で何度も繰り返し唱え、記憶する。
だけど僕はまだ魔法を唱えない。
理由は二つある。
目立ちたくないのが一つ、
ヒーリング1発で気を失った僕が魔法を使って大丈夫なのか不安なのがもう一つの理由だ。
リグルは僕が魔法つかえたほうが嬉しいのかもしれないが、もう少し待っていてもらおう。
そうして僕は魔法を使わずに暮らし、この世界の事をちゃんと学ぶ。
現代と言う先入観を捨てて見直した結果、いろいろなことがわかる。
リグルの仕事はモンスター退治だ。クレーム処理ではなかった。
村の近くの森を警戒し、モンスターが出れば討伐する。
ナレインもリグルと同じ様で、リグルが剣士、ナレインが魔法で補助と言ったところか。
そうして大した変化もなく日々が過ぎていく。
僕はさらに大きくなっていく。
一人で外出することのできるようになった僕は村の外れまで行き、魔法を試す。
この村では珍しく何も生えていない放置された畑。
そこが僕の選んだ場所。
試すのは石を出現させる魔法。土の魔法のページの1番目の呪文。
僕はひたすらに読み込んで頭の中に記憶された呪文を唱える。
「大地より生まれし塊よ今ここに出でよ、ストーン」
僕の手の平が輝き、体の中から何かが出ていく感覚に襲われる。
そして目の前に握りこぶしぐらいの大きさの灰色の石が出現する。
成功だ!
意識を失う感じもない。何かが出ていく感じは少し気持ち悪かった。
でも僕の胸は高鳴る。
何度か「ストーン」を試す。
全文と省略も試す。省略で唱えた時のほうが若干、石のサイズが小さい気がする。
そうして僕の目の前に石の山が出来上がり、僕は満足する。
火と水の魔法も少し試す。
ちゃんと発動し、僕は家に帰る。
家に帰りながらさっきまでの事を思い出してニヤニヤする。
周りから見れば立派な変質者だ。まぁ小さいから許されるだろうが。
そうして家につき、普段と変わらぬ生活を送り眠る。
眠る前に、ベッドの中で、前世なら完全な厨二病だなと思いながら
僕は手の平を前に向け心の中で「ストーン」を唱える。
目の前に石が現れる。ベッドに落ちる。
え?
僕は今呪文を唱えていない。
ほかに部屋には誰もいない。
もう一度同じように心の中で「ストーン」を唱える。
同じように石が現れベッドに落ちる。
目の前に石が2つ。サイズは省略呪文で出した時よりさらに小さく、ビー玉ほどしかない。
もしかして詠唱なしでも出せるのだろうか。
ベッドのそばの机から初級魔術集を出して読んでみるが、
呪文の発動には詠唱が必要と書いてあるだけだった。
僕は2つの石をとりあえず窓の外に放り投げる。
魔法の証拠は消しておく。
明日になったらナレインに聞いてみよう。
そう思い僕は眠る。
起きるとすぐにナレインのもとへ初級魔術集を持って向かい、聞いてみる。
「詠唱せずに魔法が使えるかって?どしたの?文字わからなくなっちゃった?」
ナレインは僕が文字を読めないからそんなことを言い出したと思っているようだ。
「ちがうよ! ママは魔法つかえるんでしょ? 呪文を心の中で唱えて使ったりできるの?」
「ん~?ママには無理かな?
どこかでそんな話聞いたことあるような気もするけど、普通の人には無理だよ。
だからナキアも頑張って字の練習しようね。どの字がわからないのかな?」
僕は適当に文字を指でさし、教えてもらう。
やばい。
このままじゃ頭の中で練習さえできない。
もう正直に魔法を使えることをナレインに言ってしまおうか。
そうだ、そうしよう。どうせならリグルの帰ってきた時に言おう。
そう決めて僕はその日1日を適当に過ごす。
だけど、夕方になってもリグルは帰ってこない。
ナレインは心配そうに落ち着かない様子で家の中をうろうろしている。
日が完全に落ちて、外が暗くなる。
リグルはまだ帰ってこない。
もしかしてモンスターに……などと嫌な予感が僕の家を包む。
ナレインは泣きそうな顔をしている。
と、玄関が開く音がする。
僕は玄関へ走る。
ぼろぼろのリグルを背負う女が立っていた。
黒で統一されたローブと魔女帽子、整った顔立ち。
肩まで伸びた黒い髪が綺麗だ。
「この男の家か? 連れてくるのが遅くなった。すまない。」
女はそういうとリグルを床に降ろす。
ナレインがリグルに治癒魔法をかけ、体の傷は治るがリグルは起きない。
「森で迷っているところを助けられたのだ。」
女は「クレア」と名乗り、説明を始める。
森で道に迷い魔力も尽き、困っていたところでリグルに出会い村まで案内してもらおうとしたこと。
その途中モンスターと出会い、リグルが負傷したこと。
魔法の使えない体でなんとかリグルを背負って歩いてきたこと。
そこまでクレアが説明した所で、リグルが目を覚ます。
「おう、泣きそうな顔でどうした?」
ナレインはもう抱きついている。
リグルもアハハとか笑っているが、ナレインのことを抱きしめている。
もげろリア充め。
そしてナレインが落ち着いてもう一度説明が始まり、クレアは家に泊まることになる。
クレアに僕はいろいろ聞く。
無詠唱で魔法を使えるか聞くと、
「そんなのは簡単だ。」
と言い、魔法を使おうとしたのだろうか、右手を掲げ少しの間の後に元に戻す。
僕は辺りをよく見てみるが何も変化はないように思う。
僕は首を傾げクレアを見る。
「すまない。魔力切れだ」
すごく恥ずかしそうに僕に告げる。
その顔がかわいすぎて僕も恥ずかしくなる。
そうして夜が更け、次の朝。
クレアはリグルと共に家を出ていく。
可愛かった。
年齢は17か18と言ったところだろうか。
もし、魔法を教えてもらうならああいう人がいいなと思う。
そして昨日言えなかった魔法を使えるようになった事実を今日言おうと決め、1日を過ごす。
夕方、リグルとクレアが戻ってくる。
あれ、クレア?なんで?
でも、ナレインもリグルも当然、みたいな顔をしているし、クレアも普通に晩御飯を食べている。
僕がクレアの顔を見すぎていたのか、クレアは僕を見て言う。
「どうした?私の顔に何かついているか?
あぁそうだ、そういえば言ってなかったが、
今日からお前に魔法を教えることになったクレアだ。よろしく
これからは、クレア先生かお姉ちゃんと呼びたまえ」
え?
僕は戸惑う。
家族には魔法が使えることは秘密にしていたはずなんだが……?
「この前、お前が寝言で魔法使ったのを見て、俺とナレインで相談して決めたんだ」
「もし、嫌だったらちゃんと言いなさい」
え、寝言?まじで?
僕は焦る。いやいや、寝言で発動とか危なくね?
というか、ナレインさんよ、先生の目の前で嫌とかたとえ本当に嫌でも言えないです。
それにクレアが先生と言うことに関しては嫌というかむしろすごくうれしいです。
「よろしくお願いします。先生」
「ははは、私の指導は厳しいぜ?ただし、お姉ちゃんと呼ぶなら優しく教えてやろう」
「よろしくお願いします。お姉ちゃん」
そして僕の本格的な魔法の勉強が始まる。