第一話 僕は寝たきり。
目を開ける。
知らない天井。見知らぬ部屋。病院というか民家みたいな部屋。
ただすごく広い。僕が住んでいるワンルームの部屋の4倍以上はあるように思う。
部屋の外に人の気配も感じる。どうやら死んではなさそうだ。ちゃんと体の感覚がある。良かった。
僕は起き上がろうとする。が、まったく力の入らない体に驚く。
(あぁそうか。どれぐらいかはわからないが、かなりの時間が経ったのだろう。ずっと寝ていた僕がいきなり今までのように起き上がろうとしたから体がついてこなかったんだ。)
僕は半ば無理やりな理論で納得する。だけど厳しい現実が僕の幻想を破壊する。
何度やってもどんな風に力を入れてみても起き上がることはできなかった。
「寝たきり」の文字とベッドに横たわる自分の姿が脳裏に浮かぶ。
こんな状態で生き残るなら死んだほうがマシだったと思う。
この状態で何年生きるかわからないが、楽しいことなんてこの先ないだろう。
手も動かせないこんな状態では、自分で歩くどころか糞尿の世話だって人に頼るしかない生活だろう。
トラックに轢かれ死んだと思っていた僕は目覚めた後、動かない体に絶望した。
どれくらいの時間が経っただろうか体感時間ではすごく長い時間が経ったように思う。
僕はとりあえず落ち着くことに決める。いつまでも絶望していても仕方ない。
先生か看護師さんに説明してもらおう。
そうすれば現状を理解できるし、もしかしたら今だけ薬か何かの影響で動けないだけなのかもしれない。
僕は看護師さんを呼ぼうとしてナースコールを探すが動かない体では無理だった。悲しみの感情がまた顔を出し始めるがなんとか抑え込む。
大きな声で呼ぶしかないか、そう思い息を吸い込み声を出す。
だけど口から出てきたのは泣き声だった。驚く僕の気持ちを無視して口からはどんどん泣き声が飛び出す。
僕は必死に、泣くのを止めて声を出そうとするが一度でてしまった泣き声につられてどんどん悲しい気持ちが増幅されていく。もう自分で泣くのを止めるのは無理だった。
この際、思いっきり泣いてすっきりしようと決めギャンギャン泣く。
そうしてしばらく泣いていると見知らぬ女性が僕を覗き込みに来ている。
僕は少し驚く、泣くのも一瞬止まる。ブロンドの髪と青い目、白い肌の綺麗な女の人だ。
この女の人は看護師の制服を着ていない。昔、社会の教科書で見たどっかの国の民族衣装みたいなのを着ている。おいおい、誰だよと思うけど僕の口からはまた泣き声が出てくる。
女の人は僕に向かって優しく微笑み、何か喋っている。
が、日本語ではない言葉で僕にはこの女の人がなんて言っているのかわからない。
どこか他の国の人で、入院患者のお見舞いに来ていて、泣き声に驚いて見に来たのだろうか。
だとしたら少し申し訳ない。人の迷惑になってしまったようだ。
とにかく看護師か医者どっちでもいいから早く来てくれよと思い、また泣き出しそうになる。
そんな僕の思いを無視して女の人は僕の両脇の下に手を差し込み、僕を軽々と持ち上げる。
抱っこされてる。
理解不能の状況に僕の脳が悲鳴をあげる。
寝たきりになったと思ったら見知らぬ綺麗な女の人に抱っこされていた。
言葉にしても理解不能だった。
でも抱っこされて背中をトントン、トントンとリズムよく叩かれて僕は安心感に包まれる。
目覚めてからずっとパニックだったのが落ち着いていく。
頭の回転も戻る。そして考える。
僕をこんな風に赤ちゃんみたいに抱っこするなんてできるだろうか。
おかしい。この女の人がすごい力持ちだったとかはありそうにない。
だとしたら僕の体になにか変化があったんだろうか。
ちゃんと手も足も動かせはしないが存在を感じる事は出来ている。達磨にはなってない。
だとしたら僕はどうなってしまったんだろう。
僕は抱っこされている状態のまま頭を動かして辺りを見回す。
そして窓ガラスにうっすらと映る美女に抱かれている赤ちゃんを見つける。
僕の見知った僕はいない。目の前の美女とガラスに映る美女は同じだ。
もしかしてあの赤ちゃんが僕なのか?
少し前に読み漁った転生系の小説達が頭の中で騒いでいる。
僕はもしかして生まれ変わったのか?
強くてニューゲームの文字が僕の頭にちらつく。
いつの間にか泣き止んでいた僕は再びベッドに戻される。
僕は考える。転生した事実はもう受け入れている。
転生系の小説を読んだときに、その世界に少し憧れていた自分もいた。
もし、自分が強くてニューゲームな人生を生きられるならどうやって生きようと考えた事は山ほどある。
前世では努力なんてしてこなかった。
でも才能は人並み以上にあったように思う。
勉強でも運動でも大体の事は人より良くできたし、苦手なことは特になかった。
当たり前だが、僕より上手いやつはいたし、頭のいい奴もいた。
そいつらは努力していたのかもしれないし、才能もあったのかもしれない。
僕はそいつらに努力してまで勝ちたいとは思わなかった。
僕は僕の才能でできる所からできない奴らをみているほうが楽しかったのだ。
ちょっとやってみて、人よりうまくできた物は自慢したが、友達が頑張って僕よりうまくできるようになると僕は興味を無くした。後悔することも多々あるが、それでも努力は嫌いだった。
あの時、友達と一緒に努力していれば違う人生を送れていたのかもしれない。
今度の人生は思いっきり努力しようと決める。
僕は今までにない決意を固め、この決意表明として「頑張るぞー!」と大声で叫ぶが、赤ん坊の僕の口から出たのは大きな泣き声だった。