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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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挑戦者の噂

「あのケイスって娘。どうやらソウセツの旦那の隠し子か、その血筋らしいぞ」



 探索者となるための試練『始まりの宮』前となれば、迷宮隣接都市の酒場で噂されるのは、今期の始まりの宮に挑む有力株と相場が決まっている。


 トランド大陸東方地域における最大都市ロウガでも、その多分に洩れずあちらこちらで、出所も知れない四方山話が、酒のつまみ代わりに盛んに囁かれる。


 今期はつい先日に行われた大英雄のなのもとに行われた武闘大会において、圧倒的な強さで、他の参加者を惨殺、壊滅させた少女の話題で持ちきりとなっていた。



「はっ? 胡散臭いなそりゃ。どっから出て来たんだよ」



「知り合いの知り合いで古語研究している奴がいるんだが、そいつの話じゃケイスってガキが名乗ってた技名にオウゲンて言葉が含まれてるんだとよ。しかもほれあの旦那、今じゃ堅物だけど、昔は女癖が悪いって……」



 赤ら顔の職人達は噂話を小声でやり取りしているつもりのようだが、酒が回っているせいかやたらと声が響いていた。


 ……またケイスが怒りそうな変な噂話か。


 聞く気も無いのに耳に届く得体の知れない噂話に、精神的な疲れを覚えたルディアはカウンターに突っ伏したくなる。


 よりにもよって名前を聞いただけで不機嫌顔になるソウセツの血縁者扱いされるとは。この場にケイスがいたら、一悶着を起こしていただろう光景が脳裏に浮かぶ。


 それ以外にも耳に届いた噂話といえば、


 力を失った元上級探索者だ……


 古代魔術でこの時代に逃げて来た東方王国の生き残りだ……


 どこぞの亡国姫の亡霊に取り憑かれた狂戦士だ……


 人の皮を被った新手の迷宮モンスターだと、出るわ出るわの、面白半分の戯れ言の山ばかり。


 最近ロウガで噂の化け物娘が、見ず知らずの他人なら楽しめるかも知れないが、友人であるルディアからすれば、噂話の多さは、現在進行形で厄介事が加速度的に増えている何よりの証左でしか無い。


 これが飲みに来ているならば、酒がまずくなるだけなので即座に河岸を変えるところだが、あいにく今は配達した魔術薬の検品待ちという立派な仕事中。


 ロウガの酒場でよくあるように、この店もまた探索者向けの依頼仲介や引き渡し代行をしており、ルディアが今世話になっているリズン薬師工房のお得意先の一つだ。 

 


「すまないルディアさん。待たせすぎか」



 ウンザリ顔を浮かべているルディアに気づいたのか、酒場の店主が検品の手を休めると、カウンターの下から紙の束と未開封の酒瓶を取り出す。



「どうせうちで最後だろ。もう少しかかるから、次の発注依頼書でも眺めながら、今度入荷した新酒の試飲でもしててくれ」



 慣れた手つきで封を切った店主がコルクを抜いて、薄紅色の果実蒸留酒をグラスに注いでいくと、果実の香が強く漂い、思わずルディアは喉を鳴らす。


 北方大陸出身者には、雪に閉ざされた冬に果実は高価な贅沢品。その代用ではないがその香りがふんだんに閉じ込められた果実蒸留酒は、冬のお供として大人気の品。


 もちろん酒飲みを自称するルディアもその例外では無い。



「それじゃ、一杯だけいただき……」



 差し出されたグラスを受け取り、まずは香りを楽しもうとしたルディアだったが、依頼書の束の一番上に書かれた共通文字に目を奪われ、その手が止まった。


『嬢ちゃんを探っている連中が出てるぞ。詳細は下記に』


 簡潔に書かれていた一文。今の状況でその主語が誰を指しているかなど考えるまでも無い。


 配達ルートの関係上、ここの店が最後になるので、ケイスやウォーギンと待ち合わせしたことも数度あるので、店主もケイスの顔くらいは知っている。


 この様子では顔だけでは無く、アレが最近話題の化け物少女だと気づいているのは間違いない。


 探索者向けの酒場は、彼ら向けの情報も扱っている。探索者達にケイスの同行を探る依頼を出した連中がいるという忠告だろうか?


 色々と考える事はあるが、この香りがこれ以上飛ぶのも勿体ない。


 グラスを傾け空気と一緒に含むと、口の中に甘い香りが広がり、それとは裏腹の喉を焼く刺激の強いのどごし。弱い酒では物足りない北大陸人向けの実にルディア好みの味だ。


 こういう良酒は腰を据えて純粋に味わいたいが、本題の話は聞いておくべきだろう。


 グラスを無言で揺らして、ルディアは続きを促す。 



「北大陸人向けの香りと強さだろ。よければボトルで入れるかい」 

     


「いくらです?」



「共通金貨で五枚。すぐに無くなるって感じじゃないが、一応確保しておいた方が良いかもしれんな」 

  


 急を要する情報じゃ無いが、用心はしておけ。その言葉に含まれた意味を察したルディアは、懐を探る。


 ケイスから押しつけられた金はまだ少し残っているが、共通金貨五枚分にはちょっとだけ足りない。



「じゃあボトルで。これそのままもらってきます」



 ここでケチって、後で痛い目を見るのも馬鹿らしい。精神安定剤としての酒と情報だと思えば安い買い物だと考え、ルディアは封の切られた酒瓶と依頼書と称した紙の束を指さした。









 世界的にも名を知られた暗黒時代を終わらせた大英雄フォールセン・シュバイツァー。


 その名の下で行われる武闘大会は、優勝者にはロウガ支部初心者講習会へ未成年者でも参加できるフォールセンの推薦が与えられるという報酬だけが約束されていた。


 得られる物が推薦状ただ1つと、馬鹿には出来ない。


 フォールセンの名の下に選ばれたという価値は、より大きな富や名誉に直結している。


 各種工房からの武具提供、大手ギルドからのスカウト、大陸各国王家や大商家との繋がりやすさなど、使い方次第ではいくらでも考えられる。


 フォールセンという名には今もそれだけの価値がある。


 名誉を求める個人はもちろんのこと、ロウガ近郊の名家門や武技流派から、勝ち残りを期待されて選ばれた者達も数多く参加していたのは当然といえば当然の事だ。


 優勝が出来なくとも、広く注目されている武闘大会で一門の若者が活躍をみせ、名を馳せれば、家門や流派のよい宣伝となるという思惑と共に。


 だがその希望と計算はケイスによって無残に潰された。


 半狂乱になった参加者が一撃の下に残酷に屠られていく悪夢が、公衆の面前で展開され、面目を潰された家門や流派は数え切れないほどだったのは言うまでも無い。


 しかも未だ正式発表はないが、あの化け物は少し前に噂になっていたフォールセンが自分の剣を伝えると話した弟子かも知れないという噂が、より状況を最悪にしていた。


 あの武闘大会と全ての参加者は、化け物を鮮烈に世間へとお披露目する茶番劇だったのではないかと考えるものが世間では多くいる。


 そしてあまりにも人間離れした信じられない戦い方に、アレは大がかりないかさまで全てが計算された剣劇でしかないと疑った見方をする者もまた多くいる。


 この一連の噂で面白いことといえば、一番に黒幕だと疑われそうなフォールセンに対して、否定的な話が無いことだろうか。


 人格者で知られる大英雄が、このようなことをするはずがない。おそらくはあの少女とその後援者がフォールセンに無断でやったことだろうという話が大勢を占めている事だ。 


 これが、一部の者達の敵愾心を決定的にさせている。


 いかさまを否定すれば、自分達の期待していた若者があの小さな少女の無様に負けた事になる。


 かといっていかさまだったと嘯けば、あの少女と共に大英雄の名声を悪用したという悪評に繋がる。


 肯定も否定も出来ず、ただ黙っているしか出来ないというジレンマが、恨みとなって積もり続けるという悪循環が始まっていた。


 さすがにフォールセンには手は出せないが、ケイスと名乗った謎の少女が報復可能な相手かどうか調べようとするのも当然の結果だ。


 しかし当の本人はどこに消えたのか、大会終了直後から雲隠れしており、未だその姿を確認した者はいない。


 あと数日で初心者講習会は開催される。

 

 それまでにその正体を探ろうと、躍起になっている勢力は両手に余るほどとなっていた。









「よくこうも、多方面から上手いこと恨まれるな。ケイスどうすんだ? 結構有名所の道場とかもいるぞ」



「はぐ。こいつらは美味いが歯ごたえが無くて、もぐ……物足りなかったからかな。斥候に来るのが現役探索者や、有名道場の門下生なら丁度良い鍛錬相手だ。依頼者を聞き出して逆に斬りにいってもいいな」



 ぱちぱちと音をたてる焚き火の前でルディアの土産の酒をちびちびと飲みながらレポートを読んでいたウォーギンの問いかけに、炙っていた巨大カエル腿肉にかぶりつきながらケイスはいつも通り傲慢に答える。 



「あんたはまた気軽に……ウィーも黙って食べてないで文句の1つもこの馬鹿に言いなさいよ。黙ってると付き合わされるわよ」



「ん、ボクは姿を隠せればどこでも良いし、ケイが狩りして来てくれるから、ご飯に困らないし、斬る相手がいるからあんまり癇癪も起こさなくて、ほとんどのんびり出来てるから特に文句なくて。ぶっ通し稽古の相手とか、襲撃は勘弁だけど」



 ケイスと同じくカエルの太ももにかぶりついているウィーは、焚き火でぬくぬくしながら眠たげなあくび交じりで答える。


 その様は虎の獣人というよりも家猫のようだ。


 時折ケイスがあまりに五月蠅いので鍛錬相手をしているが、それも短時間ですんでいるので、気が抜けているようだ。



「むぅ。本当はウィーが稽古にもっと付き合ってくれるのが良いのだぞ。だが同意無く稽古に付き合わせたらレイネ先生にまた叱られるから、我慢してるんだぞ」



「あはは。ケイって本当にあの女医センセに弱いね。あれだけ強いのに」



「孤児院時代から、レイネの奴は悪ガキを躾けるのが得意だったからな。さしものケイスも、あいつにかかりゃ手のかかるガキでしかねぇよ」



「二人とも五月蠅い! レイネ先生は怒らすと怖いんだから仕方ないだろ!」 



 この天才共は……


 状況を判っていないならまだ救いがあるが、状況を完全に把握したうえで、何時もと変わらない三人に、自分一人が真面目に考えて悩んでいることが馬鹿らしくなってくる。


 しかしだからといって見限ることが出来ないのが、ルディアの欠点であり長所だ。



「あんたらは、少しは真剣に考えなさいよ……特にケイス。多方面に盛大に迷惑を掛けてるんだから少しは反省しなさいよね。こんな所に逃げ込む羽目になったのも、世間を騒がせすぎたからだってのに」



 ロウガ旧市街工房地区ヨツヤ骨肉堂の階段から地下へと下りた地下水道。そこが初心者講習会が始まるまでのケイスの鍛錬場所兼潜伏場所となっていた。 

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