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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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鬼翼と狼女王

 最近ロウガで囁かれる噂がある。


 隠棲していたはずの大英雄フォールセン・シュバイツァーが、生涯最後の弟子をとり育生を始めたと。


 しかしその噂には懐疑的な目を向ける者が多かった。


 フォールセンが暗黒時代の終焉と共に探索者としての活動を終わらせ、ロウガ支部長としても既に半世紀前に引退した過去の人。


 あのお方が今更弟子をとるのか? 


 それ以前に幾人もの天才が挑み挫折した大英雄の技を、受け継げる者など現れるのか?


 そういった声が大半であり、フォールセンの邸宅を訪れその弟子との面会を求めた者も少数はいたが、会うことは出来無かったとまことしやかに噂されている。


 やがて、未だに表舞台に担ぎ出されそうになるフォールセンが嫌気を覚え、弟子をとったと理由をつけて拒んでいるのではないかというそれらしい理由が、新たな噂として流れ始めていた。  


 だがそれは今朝までのこと。


 フォールセンが今期の始まりの宮への推薦枠を行使し、その名代として前ロウガ女王ユイナによる推薦を得るための武闘会が開催される。


 協会を通じ大々的に公布された情報は、一部の者達に大混乱をもたらしていた……








「失礼します!」



 早朝のロウガ王城。前王女ユイナ専用執務室への、この日最初の訪問者はノックとほぼ同時に部屋の中に飛び込んでいた。


 息子に王位を譲ったとはいえ、前女王として様々な慈善活動を行い、名誉職に着いているユイナの為の専用執務室は私室に隣接して設けられている。


 王族のプライベート空間といっていい奥まった執務室まで、こんな早朝から押しかけられるのもまた彼女が王族だからにほかならない。


 

「サナ。はしたないですよ。家族とはいえせめて返事は待ちなさい。それにどうしたのですか。先ほど出かけたばかりでしょうに?」



 ノックとほぼ同時に執務室に飛び込んで来た孫娘である王女サナの不作法を、筆を休めたユイナはやんわりと注意する。

 

 人前では王族としての立ち居振る舞いをほぼ完璧にこなしているが、慌てると途端に余裕が無くなり礼儀作法が彼方に消える欠点は、子供の頃から変わらない。


 それにしてもつい先ほど朝の鍛錬へと向かうと出て行ったばかりなのに、何故こんなに慌てて戻ってきたのやら。



「そういう場合ではありません! 大お爺様の名代として御婆様が武闘会を開くという触れが出ています! これは本当の事なのですか!?」



 執務机の側まで早足で駆け寄ってきたサナは、机の上に一枚の紙を叩きつけるように置く。


 今朝印刷が終わったばかりなのかまだ新しいインクの匂いを漂わせるその号外広報には、フォールセンの名の元に武闘会が開催される旨が記されている。


 どうやら街でこの広報を見つけ、慌ててとんぼ返りしてきたらしい。



「あらもう触れが出ましたか。さすがにロウガ支部はお仕事が早いですね。それともフォールセン様のご高名と感心いたしましょうか」



 昨夜フォールセン邸をあとにしてから協会にその足でより、事情を話しいくつか依頼をしていた。


 前女王がいきなり持ってきたフォールセン絡みの依頼に、ロウガ支部は一瞬混乱状態に陥っていたが、それでもこうやって次の日の朝には大きく情報を流しているのだからたいした物だ。


 これで余計な権力争いが無ければ……  



「私も出場させていただきます! もちろんセイジもです!」



 憂慮を覚えるユイナに気づかず、祖母の肯定に目を輝かせたサナが高らかに参戦を宣言した。


 セイジ殿に確かめているのだろうか? 


 半年前の一件以来、おおっぴらに仲間として付き合うことができるようになったはいいが、どうにもサナにはセイジを引っ張り回す傾向が見える。



「サナ。武闘会の趣旨を判っているのですか?」



 孫とはいえ人の恋愛に嘴を突っ込む気は無いが大丈夫だろうかと心配しつつも、それらは表情には出さずユイナは問いかける。



「無論です! 大お爺様の最後の弟子を選抜する為です! 勝ち抜き選ばれる者がただ一人であろうとも、それを理由に大お爺様を敬愛する私が参戦しないなんて選択はございません!」

 


 サナの背から雄々しくも優雅に生える猛禽の翼が、歓喜に打ち震えている。


 フォールセンを心の師と仰ぐ孫娘には、今回の件は名実共に弟子を名乗る事が出来る絶好の機会に見えているようだ。



「全く貴女は……今回の武闘会はお弟子を選ぶ為などでは無く、フォールセン様が推薦権を行使なさるためです」



 サナが持ってきたチラシに目を通したユイナは、条件や主旨がしっかりと書かれているのを見て嘆息を吐く。


 どうやらフォールセンの名の下に行われると聞いた段階で、後の細かい部分は目に入っていなかったようだ。  


「今回の武闘会は前期の出陣式で起きた騒ぎや、あらわになったセイカイ殿の企てによる悪影響をご心配なさったフォールセン様のご厚意によって……」



 前代未聞の出陣式への闖入者によるロウガの象徴ともいえる英雄噴水の破壊。


 末端とはいえ名家シドウに属するセイカイとロウガ支部の一部も関わる陰謀劇。


 さらには最近取りざたされる若手探索者の実力や質の低下。


 探索者やロウガ支部への、一般大衆の不安増大や、信頼低下に繋がる不祥事が連続した事態を憂えたフォールセンの厚意により、急遽ではあるが今回の武闘会開催となった。


 才能ある若者を見いだしロウガ支部全体でバックアップして、探索者全体へのイメージ改善を図るためである。


 武闘会への出場資格を16才以下のみに限定したのは、年齢が満たないが才能に溢れ事情がある者に与えられる推薦権の本来の建前があった故致し方ないという事情に加え、低年齢者が大英雄の名の下に見いだされるという筋書きは、大衆受けが良いと判断した為。


  

「私が名代となったのは、フォールセン様が表立って動くと、貴女のように勘違いする者も増え収拾がつかなくなる恐れもあったのと、闘技会会場として我が王城の野外鍛錬所をご提供する運びとなったためです」



「で、では、大お爺様の弟子選抜という噂は!」



「それこそ根も葉もない噂です」



「そ、そんな……」



 あくまでも政治的事情や、将来も見据えたイメージ戦略の一環であるとにべもなく告げたユイナの説明に、サナはがっくりと肩を落とす。


 先ほどまで滾っていた背中の翼も、しゅんと落ちて、心なしか色つやまで悪くなったようにみえる。



「……早朝からお騒がせし申し訳ありません御婆様。私は鍛錬へといってまいります」



 朝から押しかけた非礼をわび頭を下げたサナは、残念で仕方ないという無念を顔に貼り付けながらヨロヨロと執務室から出て行った。


 心ここにあらずといった状態。気もそぞろに鍛錬を行って怪我をしなければ良いが。



「根も葉もない噂か。全く、お前は昔からしれっと嘘をつくな」



 扉が閉まると共に、バルコニーへと続く庭側の扉が開かれ、ユイナの夫であるソウセツが入室してくる。



「お疲れ様ですソウタ殿。ロウガの街は本日も変わりなくですか?」



 ソウセツの言葉には一切触れず、にこりと微笑んで夫をねぎらったユイナは茶を入れるため席を立つ。



「変わらずだ……忌々しいことにな。見させて貰うぞ」



 むすりとした固い表情のまま答えたソウセツは、サナが持ってきた広報を手に取ってから部屋の隅に設置された応対用のソファーへと腰掛ける。


 昨夜の夜回りでは禁制品を扱う闇商人や、納入する探索者崩れを幾人か捕縛したが、あくまでもそれらは末端。


 いくらでも出てくる有象無象にすぎず、ロウガに根付く闇はまだまだ色濃く広い。


 互いに不老長寿である上級探索者であるため、実際の年齢よりかなり若く見えるが、長年連れ添った夫婦である二人の間に詳しい言葉はいらない。



「今日はナツメや陳皮などを使ったお茶にしてみました。香りはいかがですか?」



 ソウセツの心労をねぎらいながら、対面へと腰掛けたユイナは、ほんのりと果実香りがする淡い色のついた茶をポットからカップに注いでいく。


 オリジナルのハーブティー作りは、息子へ王位を譲ってから少しは暇ができたユイナが新しく始めた趣味だ。



「少し甘い。もう少し苦みがあっても良い」



 カップを取りソウセツは香りを嗅いでから一口飲み、正直な感想を口にする。


 下手になにも考えず美味いと返せばすぐに見抜かれ、具体的にはどういう風にだとからかい気味に攻めてくる。


 亡くなった義母ユキも似たような事を良く仕掛けてきたので、ソウセツにとってこの手の対処はなれた物だ。



「少し配合を弄ってみますね。義母様のようにはまだまだいきませんね。やはり色々と自作をした方が経験も積めてよろしいのでしょうか」



 本職の料理人顔負けに、飲む人の好みや体調に合わせ、何時も最適な飲み物や食べ物を提供していた義母にはまだまだかなわないと、ユイナは懐かしそうに微笑みを浮かべた。



「あの人のアレは食い道楽が過ぎた結果だ。そこまで真似をされたら適わん」



 一方でソウセツも二口、三口とカップを傾けつつ、懐かしげではあるが少し苦い色をその顔に覗かせる。


 遊びたい盛りの少年期に、漬け物を作るのを手伝えやら、干物にする魚を捕ってこいなど、仕込みを色々手伝わされた記憶が蘇っていた。


 自作の茶だけならまだしも、往年には酒まで造り始めるほど。


 元々料理好きではあったが、あそこまで生き甲斐を見いだしていたのは真面目すぎる性格ゆえか、それとも家庭を守ることに誇りを持つという東方女性の血だろうか。


 義母と同じく東方の血を引く証である黒髪をなびかせる妻へと視線をむけたソウセツの脳裏には、また同じく黒髪が印象的な少女の顔が浮かんだ。


 最近では義母よりも多く頭に浮かび、さらには頭痛の種となる騒動をこの数ヶ月でたびたび引き起こしているケイスの顔が。 



「祖父殿が動いたのはあの馬鹿娘のためだな」



 公報を読み終えると、ソウセツは前置きもいれず断言する。


 いくら広報でそれらしい理由を並び立てようとも、事情を知る者からすれば隠棲したフォールセンが動くには、今回の武闘会の理由としてはあまりに弱すぎる。


 あの程度の不祥事で動くなら、この半世紀で既に何度もフォールセンは動いていた。 



「今期の始まりの宮に剣士殿は挑むおつもりです。ですが年齢が足りませんでしょ。しかしフォールセン様が推薦をなさろうとしても、ご本人が拒否されるだろうとのことです」



「あの頑固者のバカ娘が。まだ自分が弟子だと公表させないつもりなのか」



 厄介すぎるケイスの性格をここの所の関わりで嫌でも知っているソウセツは、ユイナの説明で事情をほぼ完全に察し、眉間に皺を寄せる。


 ケイスを弟子にすると、フォールセン本人から最初に聞いたのは誰でも無いソウセツ自身。 

 しかしそれから数ヶ月も経つのに、フォールセンが弟子をとったという話は、あくまでも噂で、それも信憑性が低い流言飛語扱いされる始末だ。


 『大英雄の最後の愛弟子』その名誉ある称号を素直に受け取っていれば、良い物をどうして拘るのか、ソウセツには理解出来ない。


 安易に推測が出来るケイスの出自は、世界的な規模の戦乱さえ呼び起こしかねない危うい物のはず。


 だが本人は隠しているつもりなのか、それともこちらが気づいていても気にしていないのかどちらかは要として判らないが、隠れる気も無く自由すぎるほどに動き回っている。



「フォールセン様にお伺いしましたら、ご自分の武がまだフォールセン様の弟子を名乗るほどには、達していないからとのことです。可愛らしい理由では無いですか」



 ユイナはころころと笑っているが、妻が面白がるのに比例してソウセツの皺は深くなる。



「どこが可愛い……正直に化け物だぞアレは。私達が関わらずえないほどにな」 



 本来ソウセツ達、ロウガ支部治安警備部の役割は、人外の力を持つ探索者達の取り締まり。


 あくまでも探索者やそれに準ずる力を持ち、一般の警備兵では対処が難しい者、その治安警備部が12才の少女が起こした騒ぎをたびたび相手にしなければならないという段階で、既に異常事態だといえる。



「武闘会には当然アレも出てくるのだろう。下手をすれば死人が出ないか?」



 ケイスで憂慮すべきは力よりも、あの異常性格だとソウセツは考えており、概ねその考えは間違っていない。


 気にくわなければ殺しに来るし、気に入っても本気で倒しに来る。どちらにせよケイスの思考は大元に剣と戦いしかない。


 その本性が遺憾なく発揮される舞台としては申し分ない。



「私個人の観点からすれば、フォールセン様の推薦を得るためならば、命など惜しくないという方が望ましいのですが、そういう訳にもまいりませんでしょうね」



 ほんわかとした微笑みのまま少しばかり本性を覗かせたユイナが、片手を振って術を発動させ、風を起こし執務机の上の書きかけの書類を手元へと引き寄せる。


 それは今回の武闘会における大会ルールの草案といえるものだ。



「このようなルールを考えております。これならば怪我人位で死人まではいかないでしょ」 



 その書類をユイナはテーブルにのせた。


 それを受け取ったソウセツは、ゆっくりとその中身を吟味していく。


 ロウガ近隣の街も含めて、おそらく100から300ほどの参加希望の若者が集うだろうというのがユイナの見積もり。


 特に出身地での制限は設けていないが、開催までの期間の短さを考えれば、ロウガとその近隣の街だけとなろう。


 下手に期間を設ければフォールセンの高名に釣られ、外からさらに多くの探索者希望の若者が集うことになりかねない。 


 年齢制限はあるが、探索者の街であるロウガ市街の武道場や数々の戦闘技能を教える教室の数と、フォールセンの高名を考えれば最大300という数字もあり得なくない。


 その中にはケイスのように並外れた実力を持つ者もいれば、もしかしたらという可能性にかける者や、己の実力を過信する未熟者などもいるだろう。


 有象無象の中から、選ばれるのはただ一人だけ……


 

「まずは予選として探索者としての資質を見抜くために集団戦。後に個人技を見る形でのトーナメントと考えております」



 楽しげな微笑みを見せるユイナが語るように、そこには二段階に別れた選別方が書かれている。


 まずは大きくふるい落とす集団戦。後に個人技と。 



「ずいぶんと意地が悪いなコレは。トーナメントが必要になら無い事態もありうるのでは無いか。もしコレがなれば心折れる者もでるぞ」



 だが妻の性格や考えを知るソウセツは、細やかに書かれたルールの中に、予選だけで全てが終わる条件が1つだけ隠れていることに気づき、少しだけ責める目線を飛ばす。


 死人は出ないだろうといった言葉には確かに間違いは無いが、それは肉体での話で、精神的に殺される者が、来期以降に本来の適正年齢になっても、探索者となる事を諦める者が大量に出る事態になりかねない罠だ。



「最近は安易に探索者を目指す若者が増え、それに伴い、資質の低下や死亡者が増大しております。探索者としての資質を示す良い機会となりましょう。ましてや今回は大英雄の名の元の大会。私が用意した1つだけの最適解にいたる位で無ければ、その名にふさわしくはありません」



 適正無き者は折れればいいと言外に語り、微笑んだままユイナは茶を口にする。


 何時も微笑みを絶やさぬ裏で、相手の戦力や地形から冷徹な判断を下すパーティの頭脳役だった妻の一面を、ソウセツは久しぶりに見た気がする。


 おそらくだが、サナが先ほど勘違いしていた今回の武闘会はフォールセンの弟子を選抜するためという噂。その噂の出所はユイナだとソウセツは見ている。


 そうすることで優勝者が、フォールセンの弟子であると公言しなければならない空気を作り出すために仕掛けたのだろう。



「あの馬鹿娘に見抜けると? もしかしたらそう考えるかも知れんが、今の力ではそれを果たすのは難しかろう」


 

 果たしてユイナがわざと作った可能性にケイスはいたるだろうかと、ソウセツは懐疑的な色をうかべる。


 常人ではまず考えない思考と、常人ではまず抜けられないほどの試練がそこには待っている。 


 思考はともかく、今の力ではケイスが突破できる可能性は限りなく〇に近いはずだ。



「昔、義母様に伺ったことがあります。英雄を越えた英雄。大英雄と至るためには何が必要かと」



「義母殿の事だ。碌な答えでは無いだろうな」



「いえ素敵なお答えでしたよ。『そんな事考えてるやつは至らない。後先考えない馬鹿だけよ』とお答えくださいました」



「全く……お袋らしい。やはり碌な答えじゃないな」



 大英雄を馬鹿扱いするとは。


 そんな台詞を嬉しそうに言う義母の顔が浮かんだソウセツは、昔の呼び名を口にしながら苦笑するしか無かった。

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