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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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挑戦者の日常 鍛錬

「全身が純白の毛に染まった虎族か……獣人族を調べるなら東方王国時代の資料がよかろう。あの国は国内に数多くの獣家、氏族を抱えておった。文武百家の中には希少種族が長を務める一族もいおったな」



 かつては管理協会ロウガ支部としても使われていた広いフォールセン邸。


 その地上部よりもさらに広いという地下倉庫へと続く石段を降りていくフォールセンの背を追いながら、ケイスが後に続く。


 ひんやりとした冷気を伝えてくる石壁は、上の母屋よりも古い時代の様式。かつてこの場所に立っていた、東方王国時代の古城地下構造を改装して使っていると知る者も今はもう少ない。



「しかしフォールセン殿の手を煩わせずとも、置いてある場所だけ教えてくれれば探すぞ。この後来客の予定があるのだろう?」



「なに約束の時間まではまだある。それにここの倉庫は少し広いでな。ケイス殿が気を引かれる武具も多いので、目的を忘れぬように付き添いは必要だろうて」



 ここの所の付き合いで、ケイスの度を超した武具マニア振りは、フォールセンもよく知る所。


 なにせ鍛錬のために最初に使う武具を選ぶのに、吟味するといって一昼夜をかけるような凝り性だ。


 剣と防御短剣の組み合わせをどうするかと、おもちゃ箱をひっくり返して遊ぶ玩具を選ぶ幼児のような、楽しそうでかつ真剣に悩んでいたケイスの顔を思い出し、フォールセンは笑いながら、付き添った理由を答える。



「むぅ。フォールセン殿は存外に意地悪だな……しょうがないではないか。武具に目を引かれるのは剣士として当然の事であろう」



 むくれたケイスを見て、フォールセンはまた笑う。


 見せる表情は年相応の、しかもとびきりの美少女なのに、その内容は不釣り合いにもほどがある武具というギャップが、可笑しくてしょうがない。



「ケイス殿らしい答えだな。だがそうなるとケイス殿の心を惑わす物ばかりとなりそうだな」



「うっ……そんなにか? フォールセン殿の好みは私と合いすぎるから、絶対に惑わされるではないか」



 まずは頑強さ。その後切れ味、そして最後に扱いやすさ。


 それがフォールセンとケイスの求める武具の順番だ。


 どれも高レベルなら言うことはないが、ともかく頑強さを求めるのは、この両者が似通った才能の持ち主であるからに他ならない。


 切れ味は己の技で補い、扱いにくさは鍛錬を持ってして克服する。


 頑強であれば、他はどうにかする。どうにでもなる。


 天才にとって、なまくら刀などという言葉は存在しない。


 どのような武器であろうとも、それこそ、そこらで拾った木の枝であろうとも、剣とするほどの隔絶した天才達。


 完成した天才であるフォールセンと、まだ途上ながらも天才であるケイス。


 この二人の波長が合うのは、ある意味で必然の事だ。



「ぬぅっフォールセン殿の武具か……うぅ……しかし調べが」



 武具に心が引かれる。しかしそれで目的を疎かにしたり、忘れたら本末転倒。だが見たい。


 誘惑に負けそうなケイス半泣きになりかけていたが、



「よし! 決めた!」


 

 しばらく悩んでいたケイスは何か思いついたのか、一転笑顔になって手を打つと、とことこと階段を下りてフォールセンの隣へと並ぶと、その顔を見上げながら己の右手を差し出す。

 


「フォールセン殿。私は目をつぶって倉庫内をすすむから手を引いてくれ。そうすれば惑わされずにすむ」



 見れば我慢できなくなるのは自分でも判っている。なら見なければ良い。シンプルで単純なケイスらしい解決策だ。


 

「おや、良いのかなケイス殿。剣士が利き腕を他人に預けて?」



「問題無い。私は左手のみでも戦えるし、何よりフォールセン殿は私の師で最強の剣士であろう。利き手を預けて何を心配する必要がある」  



 フォールセンの笑い交じりの問いに対して、ケイスはそれ以上に輝く屈託のない顔で胸を張って答えてみせる。


 恐れ知らずの台詞は、可愛いと呼べるレベルではなく、実に生意気な世間知らずの小娘と、他人の目には映るだろう。


 ましてや相手は大英雄と謳われるフォールセン。だがケイスには、世界的な英雄相手でも、遠慮や気後れなど全く皆無だ。



「むしろ何かあれば、フォールセン殿のお手を煩わせることなく、私が戦ってみせるぞ。良い鍛錬だ」


 

 かといってやたらと偉そうな言葉遣いや、横柄な態度とは裏腹に、その顔や目に浮かぶのは紛れも無い尊敬と、それ以上の好意の色。


 ケイスはその人物が持つ肩書など、最初から眼中にない。


 判断基準の1つにはなるかも知れないが、最終的には自分がその人物が好きか嫌いか。この一点に集約する。


 だから誰が相手だろうと変わらない。


 市場の片隅に生きる物乞いであろうとも琴線に触れるならば敬意を持って接する。


 大国の王や高位神官という権力者であろうとも、気にくわなければ斬る。


 そのケイスの生き様は危ういを通り越して、社会不適合者であり、騒動の種をばらまき、自らも危険に巻き込む自殺行為に他ならない。


 現にその怒りのままに暴れた先日の襲撃では、大騒ぎの末にいろいろと引っかき回し、当人も死にかけている。


 だがケイスは変わらない。変えられない。自覚の有る無しでは無く、それがケイスの性質だと、フォールセンは目の前でまざまざと思い知らされた。

 

 今もみせる無邪気な子供らしい愛らしさがケイスの一面であると同じように、怒りによって暴れ狂う凶暴な龍王たる一面もまた紛れも無くケイスの素なのだと。



「それは頼もしい。では護衛はお任せするので、この先のエスコートを私が仰せつかろう」

   


 毎日剣を振っているというのに豆の1つも出来無いケイスの手を、フォールセンは握り返す。



「うむ。任された」



 嬉しそうに頷いたケイスは、早くも目をつぶるとフォールセンのゆったりとした足取りに合わせて階段を下り始める。


 目をつぶっているのかと疑いたくなるほどふらつきも無く歩くケイスと、フォールセンが階段を下りきると、短い通路となっていてその行き止まりに地下倉庫へと通じる頑丈な鉄扉が姿を現した。


 扉の表面にはいくつもの魔術文字や刻印が刻み込まれ、物理錠だけで無く、魔術的にも封印されていることを感じさせる物だ。


 禍々しさを感じさせるほどに厳重な封印が施された扉に、フォールセンが懐から古めかしい鍵をとりだし、その鍵穴へと差し込む。


 そのまま右に捻ると鍵はあっさりと回り、錠が外れる音だけが小さく響いた。


 だがこの時、魔力の流れを目で見る事が出来る者がこの場にいれば、思わず驚きの声を上げただろう。


 鍵をいれ、回す。ただそれだけの行為に数十もの使用者特定魔術が用いいられ、さらにその数倍もの結界魔術が、一瞬で開放された事に。


 複数の高等魔術を干渉させること無く、1つの機構に納める。魔導技師のウォーギンならば垂涎の研究対象となるだろうが、魔力を持たず、開かない扉ならぶち破ってしまえば良いケイスは、それに気づいた様子もみせず、



「この先だな。私は絶対目を開けないから、フォールセン殿も私を惑わすようなことを言わないでほしいぞ」



 自分の好奇心を刺激しないで欲しいと、フォールセンに注意していた。








 目をつぶり、暗闇の中に身を置いても、入ってくる情報は数多い。


 肌に当たる空気の流れ。高く響く足音とその反響音。冷たく乾燥した地下倉庫に漂う匂い。


 視覚に頼らずとも、戦えるように鍛練は積んできたが、闘気による肉体強化が出来無くなり、五感の感受力が大幅に落ちた事で、探知能力がだいぶ低下している。


 落ちた分をどう補うか。


 低下した感覚と肉体の反応速度に合わせた闘法の構築。


 考える事、やることもまた数多い。


 だから今の状況は、普段ならば暗闇の中をすすむ良い訓練だと一も二も無く考え、実際先ほどまで思っていた。


 だが今のケイスの驚異的なまでの、そして盲目的なほどに一点突破な集中力は、別の部分に注ぎ込まれている。


 それは自分の右手。もっと正確に言うならば右手で握っているフォールセンの手の感触や、そこから感じられる闘気の流れだ。


 武具には確かに強く心が引かれる。だがそれ以上にケイスが強く引かれるのは強い相手だ。


 利き手を強者に預けた状態から、一瞬の駆け引きで切り込めるか、引き倒せるか。


 どうしてもそれを考えてしまう。もはやそれはケイスの本能だ。

  

 だから一瞬の隙を突いて、フォールセンに襲いかかろうとするのだが、ケイスが行動を起こそうとする直前、ほんの一瞬手前に、フォールセンが僅かに歩調や歩幅、手を握る強さ、息づかいを変えてしまう。


 気勢を削がれ、ならばと次の瞬間を狙おうとするのだが、その次もまた崩されてしまう。


 何度襲おうとしても、確実に読まれてしまう状況。


 思い通りいかないならば、普通はいらつきを覚えストレスが溜まりそうな物だが、ケイスは自分が手玉にとられることに、あまりの達人振りにワクワクして逆にストレス解消になっていた。



「フォールセン殿の寝首をかくにはどうすれば良いのだ? 私が斬ろうと思って、ここまで出鼻を防がれるのは初めてだぞ」



 目をつぶったままだというのに律儀に顔だけはフォールセンのほうを向けたケイスは、天使の笑顔で物騒な事この上ない台詞を吐き出す。


 自分が隙あらば襲いかかろうとしていることは、フォールセンも当然気づいているので元から隠す気も無い。 



「ケイス殿は素直だからな。剣筋と同じく、ずるさや狡猾さが無いので至極読みやすいよ」



 一方でフォールセンのほうも、見境無く襲いかかってくる狂獣が近距離に、それも左手を預けているというのに至極落ち着いた声で返す。



「フェイントならよく使うぞ? 実際何度か入れているが全て効かんぞ」



「それはケイス殿が一人で全てやろうとするからだな。一人で出来る事などたかが知れておる。そして一人で出来る事ならば、対応もまた一人で出来るは道理。仲間を伏せおいたり、罠を仕掛け変えたりなど、一人では出来無い無数の選択肢をとられれば、また対応が変わるであろうな」



「ん。他者の力に助けを求めることは理解する。しかしそれでは、私の力のみではフォールセン殿に勝てないことになるでは無いか。それでは意味が無い。私はフォールセン殿に今はまだ勝てずとも、少なくとも一太刀を入れたいのだぞ」



「焦らずともケイス殿ならば、遠からずこの老いぼれに一太刀を入れる事など造作も無くなろうよ」



「それは謙遜だ。少なくとも私には、今の私がフォールセン殿に一太刀入れる絵図が思い浮かばんぞ。無論いつかは入れられるようになると思っておるし、するが、それはだいぶ先の話であろう。だが私はすぐにでも一太刀入れたいのだ」



 会話を交わしながらも何度も隙を窺い襲いかかる瞬間をケイスは模索するが、それもやはりちょっとした行動で防がれる。


 このまま無視して襲いかかるかとも考えるが、どうにも嫌な予感が抜けず二の足を踏む。


 ケイスが。ここまでフォールセンに一太刀を入れたがるのには訳がある。


 実にケイスらしい理由が。



「やれやれ。そこまで意地を張らんでも……ケイス殿は紛れも無い、私の、それも最後の弟子だぞ」



「うむ。当然だ。こうやって今も鍛錬に付き合っていただいているのだ。フォールセン殿は私の師であり、私は弟子だ。だが一太刀も入れられない私が、臆面も無くフォールセン殿の弟子であるなんて名乗れるか」


 

 フォールセンを師として敬愛してはいるが、自分自身が弟子だと名乗るのはまだ認めていない。


 それがケイスの主張であり、弟子と名乗るのは、一太刀入れてからということらしい。



「師である私が認めておるのだから、名乗れば良かろう」



「むぅ。それはダメだ。今の私は力もだいぶ落ちている。さらにフォールセン殿に一太刀も入れる事が出来ず技も拙いのだぞ」



 ため息交じりの師の言葉に対して、頑固で偉そうすぎる弟子は真面目な口調で反論を開始する。



「そのような状態でフォールセン殿の弟子だと名乗ってみろ。弱い私が恥知らずや、笑われるのは我が身の不徳の致すところだと恥じた上で、笑ったその者を斬れば良いが、もし見る目が無いとフォールセン殿を笑い名声を傷つけるとなれば、そのような戯言を発した者のみならず一族を根切りにしたうえで、私の命を詫びに捧げても、返せないほどの罪だ」



 数え切れないほどの心からの賞賛や、こびを売るためのおべっかの言葉をその身に受けたフォールセンだが、まじめくさって言うケイスの言葉に込められた思いの重さは、悪い意味で歴代でもトップクラスだ。


 前時代的というか、思い込みやすいというか、矜持や誇りという感情にやたらと拘るケイスの事だ、一族郎党を根切りは例えでは無く実際にやりかねないであろうし、やるだろう。


 

「だから、最低でもフォールセン殿に一太刀いれられるだけの実力を持つか、私がフォールセン殿の剣を受け継ぐにふさわしいという名声を得るまでは、先生達や親しい友以外の他者に弟子だと名乗る気は無いぞ。そして私が望むのはやはり前者を得た上で後者だ」



「欲張りだなケイス殿は」



「うむ。フォールセン殿の最後の弟子を名乗るのだ。世界一欲張りになるぞ。だからフォールセン殿も誰にもいわんでくれ。そして今のように本気で相手してくれ」



 自分を侮らず本気で相手をしてくれる強者がケイスは大好きだ。フォールセンはそのケイスの好みに、これ以上無いほどに適合する師。


 だから敬愛し、その誇りを守るのは、不肖の弟子としての役目。


 目をつぶったままだが、誰もが美少女と認めるしかないケイスは、家族に向けるのと変わらない極上の笑みを余すこと無くまき散らす。



「せめてその笑みで襲いかかってこようとするのは、止めてもらえるとありがたい。思わず油断しそうであるな」



 このまま貴族や有力者の集まる夜会にでも連れて行けば、その微笑みだけで有力な後援者がそれこそ鈴なりでできるほどの美貌を持つ少女が笑いながら、狂獣のように隙あらば襲いかかろうとしている。



「でも私の笑顔を見ても油断しないであろう。だからフォールセン殿は私が師であり、尊敬に値するし、好きなのだ」



 いろいろと厄介な過去、事情を抱えているであろうケイスを、自分の最後の弟子として公表し守ろうとするフォールセンの思惑は、その弟子の常識を越えた頑固さ、そして非常識な思考によって妨害されていた。

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