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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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挑戦者の日常 夕刻

 老薬師フォーリアが氷水につけてからよく絞ったタオルを、女性獣人の額や首筋に置き当てていく。 


 フォーリアとウォーギンの見立てでは、倒れた原因は魔具の不調からの魔力過剰浪費による生命力低下と、外套内部温度の上昇による軽い熱中症。


 幸いにも身体が頑丈で生命力に優れた種族である獣人だから、どちらの症状も命に別状はなく、血管が集中している部位を冷やし熱を下げる処置をしながら、生命力回復促進の強化魔術薬を時折投与すれば問題は無い。


 ただ、だいぶ消耗しているようなので、意識が戻るまでは一晩はかかるだろうとのことだ。



「……染めたようじゃないし、この娘さんビャッコ様かねぇ。初めて診る種族さんだよ」



 その根元まで純白になった毛に思い当たる節があったのか、種族名を指すらしき1つの言葉をフォーリアは口にした。



「ビャッコ様? フォーリア殿どういう種族か知ってるのか」



「あたしの薬師の師匠の師匠が若い頃に薬草の買い付けにいった山奥の里に、真っ白な毛を持つ虎獣人族がお住まいだったとか、昔話に少し聞いたくらいなんで、そういう種族がいるって聞いただけで詳しくは知らんのよ。すまんね」



 年老いたフォーリアの師匠の師匠の若い頃となればかなりの大昔のこと。さすがに暗黒時代に遡るまではいかないだろうが、直後か極めて近い昔になるだろう。


 かつて火龍や迷宮モンスターが荒れ狂った暗黒時代に滅び去った国は街レベルの小国も含めれば3桁に及び、絶滅したり、壊滅状態に至った種族に至っては数え切れないほど。


 徹底的な破壊による伝承の途絶で、今の時代には名や存在さえもほとんど伝わっていない種族も多く、少数が生き残った種族も血脈を保つために山奥にひっそりと暮らしていて、知られていないことも多い。


 だがこれほど見事な純白の毛色を持つ種族ともなれば、少しくらいは噂になりそうな物だ。



「フォーリア殿でも知らぬか。ウォーギン。この者の魔具から何か判るか?」



「独特の術式だ、相当古い。おそらく東方王国の流れをくむ一派の作だと思うが、俺に判るのもそれくらいだ。魔導技師ギルドを通せりゃ少しは調べも進むんだがな。まともに情報が返ってくるかどうか微妙だな」



 外套が軽鎧に変化した際に見えた魔法陣の形状を記憶を頼りにスケッチしていたウォーギンが、その形状から推測が出来る事を教えてくれるが、手がかり以上といえる情報ではない。


 これ以上の情報を得るならば、大陸中から魔具に関する情報が集まる魔導技師ギルドに頼るのが一番。


 だが、カンナビスゴーレムの水面下での情報提供の打診を拒否した所為で、ギルドの一部とはいえ、かなり上の方からウォーギンは睨まれているので、様々な嫌がらせがあるようだ。



「ウォーギンには世話になっているし、何より私の大切な友人だ。その邪魔をするとは良い度胸だな。斬ってくるか?」



「おまえな。気持ちはありがたいが、ただでさえ睨まれているのに、これ以上揉め事が起きたら追放されるかねないから止めろ」



 嫌がらせよりも、ケイスが暴れる方が厄介な事になるのは火を見るより明らかなので、ウォーギンは即答で拒否し、横で聞いていたルディアもケイスのいつも通りすぎる刃物思考に深く息を吐く。



「なんでもかんでも斬りたがらないでよ……事情なんかこの人が目を覚ましたら聞けば良いでしょ」



「それではこの者が敵だったときに後れをとるぞ? このような魔具を使ってまで自分の気配を隠すような者だ。姿を見られたら殺すという厄介な者かもしれんではないか」



 ルディアの窘めに、ケイスは不満げに頬を膨らませる。何故自分が警戒する理由を理解しないと。


 目の前で倒れていたから助けた。


 だが斬るかどうかは別だ。もし自分が思ったとおりの敵ならば斬るだけだ。それ以前に……



「この者は、私より強いのだぞ。警戒するのは最低限の備えだ。先ほどもいったとおり敵ならば斬る、敵でないならば、助けた礼代わりに手合わせをさせるのは当然であろう」



 強い者を求めるのはケイスの本能。強い者と戦いたい。勝ちたい。越えたい。


 喰らい尽くして、さらなる高みを目指す。


 見事な白毛の下に隠れた筋肉は、一瞥しただけで判るくらい、敏捷力に優れた素腹らしい戦士の肉体。


 戦う以外どのような選択肢があるというのだ?


 という理屈が通じるのは、あいにくというか当然というかケイス本人のみだだろう。



「このバーサーカー娘は……嫌がったら止めてあげなさいよ。承諾無く襲ったらレイネ先生に言いつけるわよ」



 一般的な常識の中に生きるルディアには、力説されても理解が出来るはずも無い。


 理解は出来無くとも、戦闘狂の血に火が点った事を察したルディアは、戦いたがるケイスを引き留めるのは無理だと早々に諦め、次善策を提示する。


 ロウガに来て最大の収穫は、傍若無人で常時暴走状態なケイスへのストッパーというべきか、それとも天敵というべきなのか、レイネという対ケイス最終兵器を得た事だ。



「ゥ……むぅ。判った。だがこの者が敵だったら、レイネ先生は関係なく斬るからな」



 すぐ怒られるうえに、頭が上がらず、逆らえないレイネの名を出されると、さすがにケイスといえど不承不承だが頷くしかない。


 いっその事、敵だったら確実に戦えるのに良いのだがと、物騒な事を考えながら、深い眠りにつく女性獣人を眺めていたケイスは、ふと思いついて椅子から降りる。


「ちょっと早いが、フォールセン殿の屋敷に行ってくる。蔵書に古い物も多いから、この者について何か手がかりがあるやもしれん」



 疲労していた足元はちょっとおぼつかないが、全力疾走するならともかく、ただ歩く分ならば、問題無い程度には回復していた。


 何時もなら、世話になった礼に、フォーリアの店の掃除やら、倉庫整理の手伝い、近所への配達などの雑用をこなしつつ、夕食まで過ごすが今日は予定変更だ。



「あんた今日は倉庫の掃除をやるっていってたでしょ。どうするつもりよそっちは?」



「ウォーギンがいるではないか。私より背が高いから高いところにも手が届くぞ。それに斬るためだけでは無いぞ。種族特性が判れば治療もより的確になるであろう」



「お前ほんとナチュラルに人を使うな……飯食わせて貰った礼がわりになるから文句は無いけどよ」



 何時ものことといえば何時ものことだが、自分勝手すぎる言動だが、ケイスと付き合い続けるなら、この程度の事を一々気にしていれば早々に胃をやられるだけだ。


 胸を張るケイスと、その発言に諦めと呆れの混じった顔を浮かべるルディア達を見て、フォーリアが微かに笑いを浮かべ、


「あぁならちょうどいい。ケイスお嬢ちゃん。メイソンさんから、腰が痛いからって頼まれていた湿布薬があるから、ついでに持っていってくれるかい」 



 少しでもルディアの心労が和らぐ大義名分を作ろうとしたのか、お使いを1つケイスに頼んでいた。








 知らなければ湖や湾と見間違えるほどに川幅の広い大河コウリュウ河口。


 差し込んでくる夕日を眺めながら定期の渡し船を使い、ケイスは対岸のフォールセンの屋敷がある旧市街区へと渡る。


 夕刻で家路に急ぐ勤め人や職人達と時間が被ってしまったのか、船の上は少しばかり混雑していて、座席は全て埋まっていて、立ち乗りもそこそこいた。


 何時もなら、もう少し遅い時間の船に乗るので、ここまで混んでいたのは計算外だが、早く調べたいので、次の船を待つのももどかしく、混んでいるは承知の上で乗った次第だ。



「むぅ……やはり泳いだ方がはやいな」



 僅かながらも水龍の血を引く故か、ケイスは泳ぐのは大好きだ。


 どうせなら泳いで渡る方が早いのだが、コウリュウは流れもそこそこに速く、かなり広く深いので基本的にロウガの街中は遊泳禁止区域となっている。


 自分なら力が落ちた今でも造作もないと知っているが、下手に泳いで渡ろうとして誰かに見つかれば、子供が泳いでいると警備兵に通報されるのは確実。


 今の力では逃げるのは難しいので、保護されるだろうし、そうなればレイネにも連絡が行きかねない。


 自ら叱られるネタを増やす趣味は、さすがにケイスにも無い。


 人の多い船室にいるよりも風に当たれる後方デッキに陣取り、やることもないので水面を眺めていると、不意に現れた巨大な影が水面に長い影を伸ばし始め、僅かに波が強くなり、船が揺れはじめた。


 影の出元のほうを見てみれば、見上げるほどに巨大なストーンゴーレムが、ゆっくりとした足取りで川の中から浮上してきた所だった。


 普通のゴーレムは人や動物などを模した物で、デザインに凝っている物も多いが、今川の中から浮上してきたのは左右非対称で直線的なラインが目立つ少し不格好な形状をしていた。


 ゴーレムが些か不格好な歪んだ形をしているのは、同種のゴーレムと接合して橋桁などに使われる歩く建材となっているからだ。


 あれほど巨大なゴーレムを大量に使うほどの、大河コウリュウを横切る大橋が建設中だが、その完成は10年以上先という気の長い計画だ。


 なるべく波を立てないようにゆったりと動いているが、かなり水深があるのに、胸から上が出るほどに巨大なゴーレムが、水を掻き分けて浮上してきたのだ。


 川船としては大きい方だが、ゴーレムから見ればオモチャの笹舟のような渡し船がかなり揺れるのは仕方なく、頻繁に出没するので立ち乗客も慣れた物で、それぞれ足を踏ん張ったり、近くのロープや壁につかまっている。


 いつもならケイスもこの程度の揺れならば、その抜群のバランス感覚をもって微動だもしないが、今日は足元に力が入っておらず蹈鞴を踏んでしまう。


 その弾みで近くにいた女性の足を踏みそうになり、近くのロープをつかんで体勢を立て直した。



「っと……失礼したご婦人」



 年頃の少女には似つかわしくないケイスの言葉遣いが少し可笑しかったのか、ベール付きの日よけ帽を目深に被っている女性は、僅かに見えている口元に小さく笑みをみせた。


 ただ嫌な感じの笑みではなく、可愛らしいとでも思ったのか好意的な色がケイスからは見て取れた。



「あら、ご丁寧にありがとうございます。お嬢さんお怪我をなさっているのかしら、大丈夫ですか。どこか座れるようにお願いしましょうか?」



 良くも悪くも目立ちすぎる幼い美貌を隠す為に、包帯を巻いているケイスがふらついたのを見て、女性が体調を気遣う。


 聞こえてくる声の感じは若いが、その話口調は、上品で少しばかり年寄りめいている気がする。


 その帽子に隠れる耳が長いエルフなどの長命種だろうか?


 見知らぬ者の正体は気になるが、敵意は感じず、気になるほどの強さも感じない。何よりケイスを気遣ってくれる優しい人物。


 夕暮れとはいえまだまだ強い日差しから、肌を焼けることを嫌っているだけかも知れない。


 ベールの下の正体を確かめようという不作法を起こす気は無かった。


 

「ん。気づかい無用だ。少し身体が疲れているだけだからな。でもありがとうだ」



 尊大な言葉遣いと裏腹に、ケイスは丁寧に姿勢を正して女性へと頭を下げる。


 敵意には剣を、好意には礼を。


 両極端すぎる思考はケイスの単純さ、ひいては幼さを明確に現していた。



「お疲れですか。もしよろしければ少しおまじないをして差し上げましょうか? 疲労回復ができますよ」 

 


 女性はほっそりとした白い手に印を作ってみせる。その印は上位神【康応西母神】とその系列神を信奉する神術師の基本印だ。


 神術は、魔術と似通っているがまた違う物。


 魔術が己の魔力によって超常の力を生み出すものであるならば、神術は神に祈ることでその力を賜る物。


 基本的に魔術よりも、神術の方が習得は難しく、さらに術それぞれの効能も限定されるが、効果範囲や威力などは魔術よりも神術が上回るとされている。


 高位の神術師を見極めたければ、その組んだ印を見ろという言葉がある。


 同じ形であるというのに、そこから受ける印象や感じる力が、低位と高位の術者では明らかに異なると言われるからだ。


 女性が組んだ印は、無理な力が入らず自然で、そして優しさを感じさせる物。


 相当に腕の立つ神術師だと、ケイスは判断する。 


 もしやって貰えば今の疲労感などたちどころに抜けるかも知れない。



「ん~遠慮させていただく。貴女の腕を疑うわけではないぞ。疲労回復のために薬をもらったから、その者達に失礼に当たるからだ」



 だがそれは、フォーリアやルディアの好意に対する明確な裏切り。今の体調でも半日もあれば完全に復調できるはず。


 差し迫った脅威となる可能性は、女性獣人だけだが、彼女が意識を取り戻すまでには治るなら、この女性の申し出を断るのがケイス的には正解であり、唯一の答えだ。



「そうですか。良いご友人をお持ちのようですね」



 素気なく断られたというのに、女性のほうは気を害した様子も無く、むしろケイスの言葉になぜか我が事のように嬉しそうにクスクスと笑みをみせていると、対岸に船が近づいたことを知らせる鐘が鳴り響き始めた。



「ん。ついたようだな。私はいくところがあるのでこれで失礼する」



「ご縁がありましたらまたお目にかかりましょうお嬢さん」   



「うむ。その時に治療をうけるなら、世話になろう」



 手を振る女性に向かってケイスは頭を下げてから、ぞろぞろと動き出した乗客の間をすり抜けながら搭乗口へと向かって駈けていった。 



「……それにしてもソウタ殿は何をして、あの剣士殿にそこまで嫌われたのでしょうか?」



 ケイスの後ろ姿に懐かしげな目を向けた女性が楽しそうにこぼした独り言は、乗客達のざわめきにかき消されていた。

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