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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
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剣士と薬師⑦

 二人目がつり上げられてすぐに搬入口の扉が閉められ凍てつく外気が遮断される。

 同時に操舵室に収容完了の連絡が伝わり、待機状態だった転血炉が出力を上げ始めて、再出航の準備が始められていく。

 このまま何事もなく無事に動き出せば良いのだがと皆が思う中、備え付けられた温度調整装置が冷え切った船倉に温かい風を送り始める。



「始めます」



 ぼんやりと光る解析用の魔法陣の上に、外套を身につけた少女が横たわったままの吊り上げ板が静かに置かれていた。

 薄汚れた外套を着込んだその身体は、まだ小さく幼い子供にしか見えない。

 その右手には不釣り合いな大きな折れた剣の柄。

 少女の意識はほとんど無いというのに、その手は柄をきつく握り大人の力でも引きはがすことができない。

 見た目からは想像できないほどの膂力を有しているのだろうか?

 剣を握ったままなので外套を脱がすことが出来ず、その上に毒を帯びているかも知れない少女の身体に迂闊に触れる事もできず、傷があるか確認する事も出来ず、とりあえずはこのまま診断するしかなかった。

 解析陣の前に立つルディアは指を一つ打ち鳴らす。

 大抵の魔術師は、魔術を操る際のキーワードとなる特定の簡易動作を持つ。

 ルディアのそれは、指を打ち鳴らす動作だ。

 魔法陣が淡く放つ光が一瞬だけ強まり、横たわっていた少女の身体が光に包まれた。

 解析の魔法陣は毒の有無や種別判断に用いられる低位の術。

 毒の反応があれば目に見える形として煙となり結果を示す。

 毒の強さは色と濃さで表される。弱ければ緑色。対象者に含まれる毒素が強まるほどに徐々に煙は色と濃度を増しつつ黄、赤へと変化し、致死量になれば黒へと変わる。

 解析陣が放つ光が収まると、少女の身体から、すぐに煙が浮かび上がってきた。

 煙は赤と黄の二種。ほぼ全身を覆っていた。

 赤くなっている部分は二カ所。一つは胸の上。胃の辺りだろうか。もう一カ所は左手。

 あとは煙が全く発生しない右腕を除いて、全身を同じ濃さの黄色の煙が覆っている。



「…………」



 解析結果を見たルディアは無言のまま口元に手を当てて、僅かに眉を顰め困惑の色を浮かべる。

 このような不可思議な結果が出たのはこれが初めてだ。



「姉ちゃん。クソガキの状態はどうなんだ? そんなにまずいのか」



 黙り込んでしまったルディアの様子に、背後に立っていたマークスが不安を覚えたのか少女の安否を尋ねてくる。

 厳つい外見のわりにはマークスは人が良い部分があるのか、散々やり込められたクソガキと呼びながらも、その表情は少女の安否を心配しているのがよく判る。

 


「たぶん大丈夫……だと思います。毒が全身に廻ってはいますけど命に別状はないかと。ただ変なんです」



「変ってのは?」



「赤くなっている部分が毒の濃い場所。これが2カ所です。左手と胸の部分。ここから体内に毒が回ったっていうなら濃いのも判るんですけど、他の部分が均一すぎるんです。通常なら血液の流れに沿って広がっていくから、接触部分から離れれば徐々に薄くなっていくはずです……それに右腕だけまったく毒に犯されてないってのが」



 どうにも不気味な予感をルディアは感じ取る。

 ほぼ全身に毒が広がっているが、その所為で毒素は各臓器に致命的な症状を与える致死量には到らない程度に薄まっている。

 そして右腕だけは麻痺性の毒の影響を一切受けず、剣を強く握れる状態を辛うじて維持している。

 ルディアの知る毒物知識の常識では考えられない少女の状態。

 未知の毒物とは思いにくい。

 誰かが人為的にこの状態を作り出したと判断するのが妥当だろうか。

 誰かがこの少女に治癒を施したのか……それとも。

 しかしいくら思考しても、ルディアにとって未知の答えが得られるわけではない。

 仮説を立てるのが精々だ。

 それよりも今は優先すべき事がある。



「とにかく治癒を先に行います。毒の特定をします」



 口元に当てていた手を離してルディアが再度指を打ち鳴らすと、今度は魔法陣が激しい勢いで点滅を繰り返していく。

 既存の毒物であればさほど時間もおかず魔法陣が特定し、未知の毒物であっても類似した物を提示してくる。

 後は解析結果に合わせて解毒薬を製作すればいい。

 ルディアの師であれば、一瞬で特定し治癒も同時に行う高位解毒魔法陣を製作できるのだが、独り立ちしたとはいえルディアもまだ新米薬師でしかなかった。



「毒が大サソリの物ならすぐに血清を打ちます。他でも低度な毒物なら薬は調合できます。私の手に余る物でなければ良いんですけど……クライシスさんでしたっけ? この子の身体のどこに触れたか覚えていますか。触れた部分が強く痺れるとかあれば」



 特定が出来るまでは僅かだが時間は空く。

 今のうちにもう一人の患者の状態も把握しておくべきだろうと、少女の後に引き上げられた護衛の探索者へとルディアは目をむける。



「触った場所か……呼吸を確かめる為に触った顔だな。剣をはがそうとした右手と、脈を診た左手は素手で触ったな。後は肩に担ぎ上げた時の腹の部分やらいろいろだ。正直どこって聞かれても答えようがねぇ。俺の痺れの方は末端の四肢だ。無理すりゃ動けるけど力が入らない感じだ」



 自分は症状は軽いから後で良いと断っていたボイド・クライシスは横になったまますぐに答える。

 こちらは少女とは違い意識もはっきりしており受け答えも普通にできる。

 


「何か変な所とかありました?」



「変といってもな……そういや顔なんかは氷みたいに冷たくなっていたのに、脈を確かめた左手だけは妙に温かったか。汗ばんでいるみたいに少しだけ濡れていた」


   

 反応が濃くなっている部分である左手がおかしかったと聞き、何気なく少女の左手に目をむけたルディアはすぐに違和感に気づく。

 先ほどよりも左手の煙の色が赤黒くなっている気がしたのだ。

 少女の左手へ目をこらししばらく観察した結果、それは気のせいではないとルディアはすぐに結論づける。

 ルディアが観察している間も、その左手から浮き上がる煙はけばけばしい赤から黒みをました不気味な色へと目に見えて変化していく。



「毒が強まっている……わけじゃなさそうね」



 船倉内が暖まってきたことで毒が活性化したかと一瞬疑ったルディアだったが、すぐにそれを否定する。

 左手の煙が色を増すに従い、全身を覆う黄色い煙が僅かずつだが薄くなり始めている。

 それだけではない薄目の防寒用手袋で覆われた左手が水に濡れたかのようにうっすらと滲み、青白かった顔には血色が戻り始め、苦しげだった呼吸も安定していく。

 少女の変化にルディアの周囲で経過を見守っていたファンリア商隊の者達も気づきざわつき始める。

 何が起きているのかは判らずとも、ルディアの表情や雰囲気から通常では有り得ないことが起きている事に気づいたのだろう。



「お嬢さん……こいつは?」



 ファンリアの声にも不審げな成分が強く混ざる。

 ルディアはまだ治癒を施していないというのに、少女の顔色や呼吸から見ても、どう見ても急速に回復し始めているようにしか見えない。

 


「仮定なんですけど……この子自身が毒を左手から無理矢理体外に排出しているとしか」



 ルディアは少女の左手を指さす。

 左手を覆う手袋は表面から水滴が滴り落ちるほどに濡れ始めていた。

 全身に回っていた毒を左手へと集中させ、一気に排出し始めているとしか見えないのだ。

 


「はぁっ!? そんな事出来るのか?」



「おいおい。ってことは左手のそれは毒かい?」



 自信なさげにルディアが答えると、ファンリアやマークス達が唖然とした表情を浮かべる。

 身体を活性化させて毒を体外に排出する。それ自体は不可能ではない。ルディアも知識として知っている。

 だがそれほどの高度な肉体操作を行える者は極限られている。

 竜種などの上位怪物種。

 もしくは肉体操作に特化した力である所謂闘気を操れる者。

 それもよほどの熟練者が使う高位技法しか思いつかない。

 そんな事を人間種にしか見えず、まだ幼いといえる少女が行えるのだろうか。

 しかも意識がほぼ無い状態でだ。

 ルディアの理性はそれに否と即答で返してくる。

 それがルディアの知る常識。薬師としての当たり前の世界というものだ。

 だがそのような当たり前の常識をあざ笑うかのように、少女の身体からは現実に急速に毒が抜けていた。



「……結果が出ました。やはり大サソリの毒みたいです」



 驚愕を覚えている間も解析を続けていた魔法陣が、結果を知らせる浮かびあがらせた。

 その結果は予想通り砂漠に生息する大サソリの毒もしくは類似した毒素。

 これならば砂船に備え付けの血清で十分事足りるだろう。



「強制毒排出か。何者だこのお嬢ちゃん。まさか上級探索者か?」



 探索者であるボイドは技のことを知っているのか、他に比べて多少驚きの色は少ない。

 最高位の探索者。上級探索者。

 数多の迷宮を踏破し、神の恩恵『天恵』を幾つも得た彼等は超常の力を有すると同時に、不老長寿の存在となる。

 中には見た目が20代でありながらも、既に数百年近く生きている人間種も存在するという。

 見た目が幼く見えるだけで、この少女もその一人なのだろうかとボイドは疑問を口にする。



「否それはないだろうよ。こんだけ見た目の若い上級探索者がいれば存在が広まってるはずだ。だが眉唾な与太話以外じゃ俺も聞いたことがねぇな……少なくとも普通じゃないのは間違いないがね」



 だがファンリアがすぐに否定する。

 見た目が子供の上級探索者。

 これほど特異な探索者がいれば、交易商人として大陸中の情報を集めているファンリアの耳に入ってこないはずがない。



「私もファンリアさんと同意見です。私は上級探索者を直接は知りませんが、師から大サソリ程度の毒ならば、上級探索者と呼ばれる者達は無効化、吸収するのが当たり前と聞いています。この子の場合一応は影響を受けているようですから……正直黙って見ていた方が良いのか、血清を打った方が良いのかも判りません」



 普通の者であれば大サソリの毒は命に関わるほどだろうが、探索者達は違う。

 その身に宿した天恵が、彼等の基礎能力を底上げし通常では有り得ないほど強靱な肉体を作り上げる。

 現にボイドが良い例だろう。

 おそらく彼も少女を通して大サソリの毒に蝕まれているはずだが、受け答えが出来る程度の影響しか受けていない。

 一方で少女は意識をほぼ失っている。

 毒の量が多いのかも知れないが、それでもただの大サソリの毒だ。

 噂に聞く上級探索者と考えるのは難しい。

 しかし少女が一体何者かと問われたとしても、答えは浮かんでこない。

 ルディアにとって未知の存在としか言うしかなかった。

 判断が付かずルディアは口元に手を当て思わず爪を噛む。

 悪癖だとは判っているが、どうにも行き詰まった時に出るルディアの癖だった。 


 

「何者かは後で確認するとしてだお嬢さん。こちらのお嬢ちゃんの意識はすぐに戻りそうなのかい?」



 考えあぐねているルディアの様子を見かねたのか、ファンリアが助け船を出してくる。



「確約は出来ませんけどたぶんす……」



 ――バンッ! 



 ファンリアの問いかけに答えようとしたルディアの言葉は、突如響いた破砕音、次いで起きた砂船全体を揺らす震動で遮られる。

 急な震動にバランスを崩したルディアはたたらを踏み、長身痩躯が祟りそのまま強く尻餅を打つことになる。

 


「っぅ……今度は何?! くっ!?」



 痛む尾てい骨を擦りながらルディアは身を起こそうとしてまたも響く振動に転びそうになり慌てて膝をつく。

 破砕音は連続して鳴り響き船全体を揺らしつづけ、立ち上がることもままならない。

  

 

「船長! 何があった!?」



 続く震動の中を踏ん張って堪えていたファンリアが、震動が一瞬だけでも収まったとみるや老体とは思えない機敏な動きで伝声管へと飛びつく。



『サンドワームの砂弾です! 防御結界で防いでいますが、着弾箇所から出力が急激に低下して結界が相次いで消失! 直撃を受けています! 護衛探索者にガードさせていますが砂弾の数が多く手一杯です!』



『……転血炉……最大まで……結界維持を最優先! ……』



 早口で答える船長の声に混じり、機関士とおぼしき船員の怒鳴り声が聞こえてくる。

 切羽詰まった声が事態の緊急性を嫌が上でも認識させる。



「結界消失っておい! 大丈夫なのか?」



「親父! ここもやばいんじゃないか! 搬入口だから装甲が薄いぞ!」



 元中級迷宮用拠点船である砂船の防御結界は、特別区においては破格とも言える防御力を有している。

 その事はこの貨客船を馴染みの船としてよく利用するファンリア商隊の者達もよく知ることだ。

 現に今までは襲撃があったとしても船体が直接被害を受けたことは皆無だ。

 だがそれは防御結界があってのこと。素の装甲は最新型に比べて弱く、さらに搬入口がある分防御能力が弱い。

 不測の事態に動揺が広まりかけた中、鋭い声が響く。

  

 

「落ち着け!」



 声の主はファンリアだ。

 普段の飄々とした老商人としての表情は消え失せて、幾多の修羅場を抜けてきた交易商人としての一面が顔を覗かせる。



「船長! 俺等が直衛に出るから、護衛の探索者達は迎撃に出してくれ! 若い連中は女子供を船体中央に避難させろ! クマ! 目眩ましでも威嚇武器でもいいから在庫から引っ張り出してこい! サンドワームを追い払うぞ!」



 矢継ぎ早にファンリアが指示を下すと、浮き足立っていた者達の動揺が一気に収まった。

 ファンリアが商隊長としてどれほど信頼されているのかよく判る光景だ。

 次いでファンリアは未だ座り込んだままのルディアへと目をむける。



「お嬢さんはボイドの兄さんの毒を抜いてくれ! その兄さんは強いんでな! 出てくれればなんとでもなる! ……それとも腰が抜けてるなら手を貸すがね」



 にやりと笑う顔には動揺の色は微塵の欠片もなく、絶対に何とかなると雄弁に物語っている。

 ならばルディアとていつまでも動揺して倒れ込んでいるわけにもいかない。

 戦闘は向いていないが自分にやれることをやるだけだ。

 ルディアは倒れ込んだときについた埃を払いながら立ち上がると鞄を手に取り、

 

 

「大丈夫です。怪我人が出たらあたしの所に。医者のまねごとくらいなら……」



 ――ヴォゴッ! 



 薬師として簡易治療ぐらいは出来るとルディアが答えようとした瞬間、それまでで最大の破壊音が響き渡る。

 一瞬遅れて強烈な衝撃と震動が船倉を襲いルディアは再び床に打ち付けられていた。












 気がつくとルディアの目の前には真っ暗になった船倉の床があった。


 

「……っ……っぅ……」



 倒れ込んだとき打った側頭部がズキズキと痛むが、身体の方は軽い痛みがあるだけで折れたような感じは無い。。

 痛む側頭部を抑えながらルディアは身を起こし周囲を見渡してみる。

搬入口には大穴が空き、冷たい外気が吹き込んでいた。どうやら運悪く搬入口に直撃を受けて装甲が抜けたようだ。

 先ほどまで船倉を煌々と照らしていた光球が消滅していたため、光源は破壊された搬入口から差し込む灯台からの微かな淡い明かりのみで視界は酷く悪くなっていた。

 ひっきりなしに続く破砕音は未だに鳴り響き、止むこと無き振動が船体を揺すっている。



「……っ……」



 さほど離れていない位置から人の呻き声が聞こえてきた。

 


「だ、大丈夫ですか!?」

  


「……な、なんとかな……姉ちゃんの方は大丈夫か? 



 ルディアの問いかけに答えたのはマークスだ。

 暗くて姿はよく見えないが彼も倒れ込んでいるようだ。



「口を開くと砂が入って来やがるな……ち、直撃……でもうふぇふぁのふぁ」

 

 

 ルディアの問いかけに最初は普通に答えていた、マークスだが急に呂律が回らなくなってしまった。



「ちょ、ちょっとマークスさんどうしたんですか? 大丈夫なんですか?!」



「…………」



 ルディアは再度声をかけてみるがマークスからは明朗な返事が返ってこない。

 ただ言葉にもならない呻き声が返ってくるだけだ。

 致命傷でも負っていたのか?

 不安を覚えたルディアがそちらに何とか這いずり寄ろうとした所で、



「ん。心配いらないだろう。サンドワームの砂弾だ。奴等の砂弾にはサソリの毒が混じってるみたいで触れてるだけで毒が回ってくる。周囲に飛散しているから吸い込んだのだろうな。私は慣れたからこれくらいなら大丈夫だが」



 暗闇の中で傲岸不遜な幼い声が明朗に響き渡った。



「サンドワームめ。せっかく温まってきたというのに穴を開けて冷気が入り込んで来るじゃないか。まったく迷惑な奴等だ」


 

 不機嫌そうなその声は、この異常事態に対してもまるで近所の野良犬が五月蠅いという世間話をしているかのように軽い。

 急な声に驚き振り返ったルディアの目の前で、誰かが立ち上がる。

 船体の穴から入り込む僅かな光に浮かび上がるその影は随分小柄だ。



「他に倒れているのは……14人か結構いるな。ん……そう言えばお前は大丈夫そうだな。お前も私と同じで毒物に耐性があるのか?」



 声の主は夜目が利くのか、この暗闇の中でも倉庫の中が見えているようだ。

 倒れている人数を確認してから、ルディアへと振り返り無邪気な声で不思議そうに尋ねてくる。

 


「わ、私は薬師だから。多少は毒物耐性があるのよ」



 相次ぐ非常事態に神経が麻痺していたのか、それとも何処か人を従わせるような響きを持った声に牽かれたのか、ルディアは我知らず自然と答えていた。



「おぉ! そうなのか。うん、やはり私は運が良い。ならここは任せるぞ。サソリ由来の麻痺性の毒だから抜いてやってくれ。状況はよく判らないが、どうやら私を助けてくれたようだしな。お礼だ。この迷惑な虫の相手は私がしてやろう」



 何処か嬉しそうで勝ち気な声が返ってくる。

 今の答えに何を喜び運が良かったと言える要素があったのか、答えたルディアにすらよくわからない。

 どうにもマイペースな相手にルディアは言葉を無くす。

 現実感がないと言えば良いのだろうか。

 声の主が誰であるのか?

 ルディアも理解はしている。

 だがそれを認めるのは、今までの常識を全て覆す事に他ならず、理性が拒否していた。

 なぜならその相手は、つい先ほどまで毒物に侵されて、意識を失っていたはずなのだから。



「と、次が来るな。おい。頭を下げていろ。天井方向に流すが剣が短くなっているので、方向が逸れるかも知れん」



 だがそんなルディアの常識を無視した影は手早く告げ、小さな音を立てながら床を鋭く蹴った。

 ルディアの目では残像を追うのがやっとの高速の踏み込み。

 一気に最高速へと躍り出た影がさっと右手を振るう。

 まるで吸い込まれるかのように、その右手に向かい船体の穴から何かが飛びこんでくる。

 

  

――シャァツ! ダン!



 金属をすりあわせたかのような音が響き、穴から飛びこんできた物体が逸らされて天井にぶち当たり衝撃音が響いたか。

 次いでルディアの頭上からバラバラと砂の固まりが降り注いでくる。 

 一体今何が起きたのかルディアには理解できない。

 その右手に握られていたのは到底剣と呼ぶことも出来ない柄だけの代物のはずだ。

 どうやってそんなガラクタで高速で飛んできた砂弾を先読みして防げるというのだ?



「あぅ……すまん。人のいない方にやるつもりだったんだが狙いが逸れた。刀身がもう少し残っていれば上手く流せたんだがな。む。仕方ない。後でちゃんと謝るから許せ」



 だが影にとっては、それは当然のことなのだろうか。

 むしろもっと上手くできるはずだと、むぅと不機嫌なうなり声をあげてからルディアに軽く頭を下げる。

 

 

「あぁそれと後1つ。こいつ等はサンドワームの変種のようで少し違う。私が知っている特性を他の者にも伝えておきたいのだが、指揮所は上で良いのか?」



「……え、えぇ」



 頭を上げた影はあくまでもマイペースを貫き、おそらく操舵室のことを尋ねてきた。

 茫然自失となっていたルディアは言葉なく頷くのが精一杯だ。



「判った。じゃあここは任せたぞ。ふむ。助けられた礼での戦闘か。良いな。私好みだ!」



 だがそんなルディアの様子を気にも止めていないのか、影は何処か楽しげに答えると、大きく破砕した穴から外へと飛び出ていった。

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