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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と探索者の街
73/119

剣士と死霊術師

「ん。邪魔だな」



 死肉の山から飛びだした細長い小動物の霊らしき存在へと、揺らめく炎でぎらりと光りながらケイスは剣を一閃させ、鋭い突きを打ち放つ。

 ケイスに取り憑こうとしていたのか襲いかかってきた動物霊は、剣が通り過ぎた瞬間に苦悶しのたうち回りながら霧状となって霧散する。

 剣閃の光りとその奏でる風切り音をもって霊体に”斬られた”と思わせる。

 それがケイスが魔力の篭もらない剣で精神体を斬れる理屈らしいが、当の使われた剣であるラフォスは、どうにもやることなすこと理不尽すぎる末娘の行動に呆れ返っていた。



『手慣れすぎだ……習得したばかりの時は苦労していたであろう』



 これがまだ一振りに魂を込めた渾身の一撃というならば、百歩譲って納得しても良い。

 だが剣の天才を名乗るこの化け物は、先ほどから時折飛び出てくる死霊を、まるで小虫を払うかのように乱雑に斬り殺すばかりだ。  



「なんだお爺様。気づいていなかったのか。こやつらは先ほど私が倒したモンスターばかりだぞ。殺されたときの記憶が色濃く残っておるから斬りやすい。同じ剣を打ち込めばいいからな」



 理不尽すぎる剣技を放つ剣術馬鹿は、肉が腐り落ちて白い骨が顔を覗かせている大蛇の頭骨を指さす。

 力任せの剛剣を振るうにしては、か細く美しい白魚の指が指す先にあるのは、真円を描く穿孔。

 薄い蛇の頭骨に、穿孔以外に周囲にヒビ1つ入っていない高度な剣技による一撃だ。



『ずいぶんと腐るのが速い……何らかのトラップか?』



 剣技に関してはケイスは間違えない。ましてや自分の剣と他者の剣を間違えるはずがない。

 それを知るラフォスは、一見死後数日は経っているであろう死骸が、つい2時間ほど前にケイスが倒した大蛇だと認めて、すぐに原因を探る。

 トラップの中には、効果範囲内に入った生物を生きたまま腐らせる呪い以外にも、気体、液体の魔法薬もある。

 ただでさえ魔力を持たず魔力抵抗が出来無いところに、身を守るのは肌の露出が多いドレスで、手持ちの武器も剣一本。

 禄に装備も持たずに迷宮に突入した剣術馬鹿娘では、それらのトラップに対しての、抵抗手段や対抗手段は、即時逃げる以外ほとんど無いに等しい状況だ。



「いや、トラップにしては雑だ。もしトラップだとしたら、こんな骨で出来た小山を見て疑わない愚か者はおらんぞ……水流の流れで死骸を1カ所に集めて、何らかの手段でまとめて白骨化させているのだろ。効率重視のやり方は、どちらかというと工房職人や魔導技師の類いであろうな」



 死骸の山を改めて見上げたケイスは、この無造作に打ち寄せられるままに積み上げた感じからしても、これは作業場だという直感を抱く。

 モンスターの血肉や骨、筋は、古来より加工されて一般的な素材として用いられているから、場所や状況は別としても、初期加工場や資材置き場として1カ所にまとめられているのは特段珍しい話では無い。



『なるほど。確かこの直上は古い工房が集う区画であったな。これほど大量の死骸を用い、先ほどのレイスに見張り番をさせているとなれば……死霊術士関連の施設か?』



「うむ。おそらくな。地下とはいえ街中に工房を構えているのならば、正規許可を持った死霊術士であろうな」   



 ラフォスの推測にケイスはこくんと首を上下に振って同意する。

 死骸や、死霊術と聞くと、一般人はどうしても死骸を操ったり、死人の魂を縛り付けて使役するや、恨みを持った悪霊が悪さを働く等の、負の想像を抱き、偏見をもって嫌がる者も多い。 

 実際に、放置された戦場の死骸に悪霊が宿りゾンビ化して旅人を襲ったり、金に困った死霊術士が墓場荒らしをしたり、大金を積まれて他殺体の処理を請け負ったという事件や噂はよく聞く話で、枚挙に暇がない。

 だが死霊術の本質はそうではない。

 同様に霊に対応する聖職者は、一般的な霊に対する対処では、払ったり清めたりと負の効果を打ち消すことが出来る。

 しかし死霊術士は違う。

 死骸や魂がもつ負の感情を術によって偏向制御し、正の効果へと反転させる事が出来る。

 そこに宿る魂を操ったり、骨や肉体に細工を施すことで、より効果を強めたり、別の特殊な効果を生み出す事が出来る。

 極めて重要な技術でありながら、人が抱く想像によって、世間一般的には、好奇の目で晒されたり、冷遇されているのが実状だ。

 一昔前まではそんな偏見から街中には居住できず、町外れの墓地近くや、モンスターがはびこる山奥などに住まうことしか出来ず、常に不便と危険を強いられていた。

 次代のなり手に苦慮し、知識や技術の継承が危ぶまれ、それどころか庶民が抱く想像通りの裏家業へと、死霊術士全体が落ちる危険性まで現実視されかけていた。

 迷宮から生み出されるモンスター達の死骸がもたらす富の恩恵を受けていた探索者協会や国、そして偏見を受けていた死霊術士達が作った自己防衛のためのギルドは、そんな死霊術士達を守る為にも、厳しい制限はあるが街中での居住や店舗開設を許可認可する法を設け、保護する方針を近年は実施している。

 そしてロウガは近隣ではもっとも大きな探索者協会支部が存在する探索者の街。

 数多くの探索者が拠点とする街で、それだけの需要と供給が考えられるのだから、街の地下にこれほど大規模な工房があったとしても不思議な話では無い。



「正規の死霊術士ならば、助力を請うたり、話を聞けるやもしれんな……む。丁度いい。誰か来たな」



 背後から鳴った音に気づき、ケイスは剣を構えたまま様子を窺う。

 古い貯水池の中に作られた、比較的新しい通路の先にあった地上へと続くと思われる階段への扉が、蝶番が軋む音とともに開かれ、カンテラの明かりが見えた。

 目をこらしながら気配を窺ったケイスは、二人の人物を確認する。

 降りてきた二人の人物のうち先を行くのは小柄な老婆だ。

 暗褐色のローブに身を包み左手にカンテラを持ち、右手には一応の用心で杖をついているのか、石の通路を打つ木の杖が奏でる甲高い音が響いた。

 そのすぐ後ろには20代前半ほどのひょろりとした若い男。

 こちらは職人が身につけるタイプの厚手の前掛けをしており、顔にかからないように髪を縛って後ろで一本に縛っていた。

 よく見ればその男の背中には、先ほど逃げ出したレイス少女が隠れていて、ケイスの方をおそるおそる窺う半透明の顔が見えた。

 揺ったとした足取りで歩いてきた老婆のもつカンテラの明かりが、ケイスの全身を照らし出す。 

 右手には血やら体液で濡れた大剣。左手にはカエルの大腿骨を使った悪趣味極まりない粗雑な燭台もどき。

 つい数時間前までは立派な仕立てだったドレスは、地下水路の戦闘でぼろぼろになり幽鬼の纏う衣のようになっている。

 極めつけはその背後には死骸で出来た山。

 その丹精で整った顔だけ見れば花も恥じらう極上の美少女ながら、全身これ異常で身を包み、さらにその醸し出す気配は、背筋を寒気が走る物騒な化け物。



「おぉや、ホノカ殿が騒ぐから急いできてみればずいぶんと小さな侵入者だこって。どこから入りなさったお嬢さん。迷子としちゃずいぶん勇ましいから冒険かい」



 しかし老女は、状況によっては鬼女の類いと疑うであろうケイスを見てもさほど動揺せず、左目が白く濁った両目を見開き、皺だらけの顔をくしゃりと歪めおかしげに笑ってみせた。



「わー! ヨツヤお婆! 警戒無く話しかけちゃダメだって! だからそれ化けもひっ!?」



 その様子に後ろで隠れていたレイスが飛び出てくるが、化け物呼びに気分を害したケイスの一睨みで身を縮こませ、慌てて男の背に隠れた。



「五月蠅いと斬るとさっきも言ったぞ。何度も言わせるな。耳と脳が詰まっているならば私の剣で貫いて掃除してやるぞ」



「淡々と言ってるのが逆に出来そうで怖いって!? 逃げよ! 逃げようよミナモさん!?」



「いや、ホノカちゃん。あんた幽霊だろ。さっきもそう言っていたけどどうやって剣で切るって」



 ケイスの風体に驚いて唖然としていたミナモと呼ばれた男は、耳元で怒鳴られて我を取り戻したのか、魔力もない剣で霊体が切れるわけがないという常識を口にする。

 しかしその常識は、次の瞬間、非常識の既知外な美少女風化け物によって、薄紙のごとく破られる。

 ケイスの背後。騒ぎに刺激されたのか死骸の山から動物霊が数体飛びだした。

 その不意打ち攻撃に対してもケイスは慌てる事も無く、剣を振るい、動物霊達に生前と同じ剣戟を叩き込み、瞬く間に消滅させてみせた。



「ほら! これ! これだって! 見たでしょ!? ミナモさん! これだってば!」 



「…………ありえねぇ」



 つい今目の前で起きた事だが、あまりに非常識すぎる剣技にミナモはしばし唖然としてから呆然とつぶやく。 

 ミナモが呆気にとられている間も、ちょろちょろと飛びだしてくる動物霊をケイスは羽虫を叩きつぶすかのように、処分していく。



『どうやらあれはレイスロードのなり損ないであろうな。きりが無いぞ』



 慌てふためいた言動や、10代前半のその幼い見た目からは今ひとつ実感は湧かないが、これだけ意識がしっかりとしていてちゃんと話せるのだから、ホノカはレイスとして強い力を持つ上級存在であり、存在だけで周囲の霊を活性化させるレイスロードの類いだとラフォスが指摘する。



「おいそこのレイス。本当に少し黙れ。お前が騒ぐ声に引かれてこいつらが出てくる」



 動物霊達が活発に動き出した原因を特定したラフォスの助言に従い、剣を振りながらケイスは一瞬だけ切っ先をホノカへと向けた。

 せっかく手がかりが得られそうなのに、これ以上時間を無駄に浪費する気は無いケイスは、先ほどまでの警告から一段階あげた殺気を打ち放つ。

 既に斬るという言葉はいらない。

 斬ると決めた瞬間、次の瞬間には剣を振るだけだ。

 今までとは違うケイスの言動に、無いはずの心臓が鷲づかみされた錯覚に陥ったホノカが小さな悲鳴をあげて空中でへたり込む。

 ガクガクと全身を震わせながら、喋ったら殺されると思ったのか、自分の手で口を押さえ悲鳴を何とか押さえ込みながら、目に大粒の涙を浮かべていた。

 だがホノカが黙ると共に、際限無くわき出していた動物霊達の出現が止まる。

 残敵処理とばかりにケイスはその隙に剣を数度降って、周囲を漂っている動物霊をそのまま切り伏せた。   



「ひひぃ。うちの看板幽霊を斬られちゃたまらないから、剣を納めてもらえるかい剣士殿。霊体をただの剣で切るなんぞ珍しい物を見せて貰った礼に、お茶でもご馳走させてもらうよ」



 ケイスの剣技を見てもヨツヤという老婆は、驚かず、恐怖を覚えるでも無く、面白げに笑い、さらには茶に誘ってくる。

 笑ってはいるがケイスを侮っているようではない。現に先ほどまでのお嬢ちゃん呼びから、剣士殿と呼び方を変えている。

 どうやら心底、無茶苦茶なケイスの剣技を面白いと思っているようだ。



「お、おい婆ちゃん?」



 ケイスの得体の知れ無さに及び腰のミナモに対して、心配するなとばかりに手を振ったヨツヤは、ケイスの返事も待たず、無防備の背を向けて歩き出す。

 そういえばそろそろ喉も渇いてきた。

 狩った獲物の血で乾きを潤してもいたが、基本的に甘党のケイスとしてはそろそろ砂糖のたっぷり入った温かい茶が飲みたくなっていた。

 侮られたり、小馬鹿にされて笑われるなら、誰が相手でも斬りかかるつもりのケイスだが、自分を剣士として接してくれるならば礼儀くらいは守る程度の節度は、さすがに身につけている。



「ん。ご馳走になる。こちらこそ礼を言うぞ。ありがとうだご婦人」



 剣を納めたケイスはヨツヤの背中に向けて軽く頭を下げてから、呆然としているミナモや、びくびくと震えているホノカの横を通り抜け、その後についていった。


















 ヨツヤ骨肉堂。

 ロウガ旧市街区の古い工房街の片隅。倉庫などで入り組んだ路地のさらに奥。詳細な地図を持っていても、迷いそうになる自然の迷路の中にその店はあった。

 ロウガ復興初期に建造されたという古い石組みの住宅兼倉庫脇の階段を下りた、半地下がヨツヤ骨肉堂の店舗になる。

 扱う商品は店名が示すとおり、モンスターの肉や骨など、武器素材や魔法薬の一次加工品や、それらを使って作られた魔具や呪物が主な商品となっている。

 扱う物が扱う物だけに興味本位でくる冷やかしを避ける為に、看板すらなく、店の扉もただの分厚い木の一枚板と外見だけなら倉庫にしか見えない作りだ。

 しかし店の扉を開けて中に一歩足を踏み入れれば、実に風変わりで、そしてグロテスクな品物が並ぶ、死霊術師独特のセンス溢れた店作りとなっている。

 扉の上部にくくりつけられたのは、初代店主の物だという頭蓋骨を使ったドアベル。

 10畳ほどの店内には高い棚がいくつも並ぶ。

 その棚に目一杯に詰め込まれた得体の知れない骨やら、金属で出来た心臓が所狭しと乱雑につみあげられていた。



「ふむ。珍しい物が多いな。ほう……これは深海大ミズチの目だな。すごいな生きてるぞ」



 水棲モンスターを操る躁魔術に使われる、埋め込み型魔具でもあるガラス瓶に入った赤目の眼球がぎょろりと動いてケイスを見つめる。 

 生きている目ならばかなりの上位モンスターでも意のままに操る事が出来る一級高級品だが、無造作に置かれた上に少し埃を被っていた。

 よくよく見れば、そこらの草むらにすむ蜥蜴の尻尾の横に並ぶのは、寒冷地の温泉にしか生息しない希少種の温水リザードの尻尾だったり、吸血蝙蝠の牙とセットで入っているのは、竜牙兵作成触媒だったりと、玉石混合にもほどがあるラインナップだ。



「おいミナモとか言ったな。何故この店はもう少しちゃんと分けないのだ? せっかくのよい商品が目立たないぞ」



 店舗奥のカウンターに陣取り水晶で出来た爪を磨いているミナモに、ケイスは正直な疑問をぶつけた。



「剣士だってのに、種類や善し悪し判るのかよお前さん」



 湯が湧くまでのちょっとした待ち時間。ちょろちょろと店内を見ていたケイスが興味本位の物見遊山かと思えば、予想外に目利きだったことに少しばかり驚きの色を見せた。

 一体何者だという疑問が当然のごとく湧くが、横でぷかぷかと浮いている看板幽霊のホノカが「知りたくない知りたくない、聞かないで」と青ざめて震えながら小声で囁き、ケイスに対する完全拒絶反応を見せている。

 このホノカを無視して自分の疑問を解決するためにケイスに聞こう物ならば、夜中に枕元に立たれてしくしく泣かれるという、色々な意味で精神的にくる状況になるのは目に見えている。

 ミナモはしかたなく素直にケイスの質問に答えるだけに留める。



「商品に値札が無いだろ。うちの店は基本的に値段交渉のみ。いかにも高級品でございなんてしてたら、三流でも金のある術師に買われちまう。死者を扱っているんだから、その死を尊重しろってのが初代の理念。価値が判る奴、使える奴は、こちらが勧めなくても勝手に良い物を買ってくんだとよ」



 先祖の言い分は判らなくもないが、死霊術師としてはともかく、店主見習いとしては全く商才の無いミナモからすれば毎度毎度値段交渉で苦労させられるのでたまった物では無い話だ。



「ふむ。使う物は自分の目で選べと言うことだな。剣士であろうと魔術師であろうとそこは絶対に変わらない基本理念だ。ここの店の初代殿は使い手のことを信頼しているよき商人だな」 



 合点がいったのかケイスはパッと輝くような明るい笑顔を見せて力強く何度も頷き、ドアの上の頭蓋骨へと敬意の目線を一度向けた。 

 そこらの貴族令嬢では到底かなわない高貴さと愛らしさを兼ね備えた極上の笑みを浮かべる美少女が見つめる先には、からからと音をたてる頭蓋骨という、何とも表現しがたい状況に、何ともいえないケイスのズレをミナモは改めて感じる。

 普通ケイスくらいの幼い少女であれば、まず店内に並ぶこの異様なラインナップに怯えて、店に入ることを嫌がるものだ。

 これが好奇心旺盛なやんちゃなガキ大将であれば、その商品価値も知らず、べたべたと商品をいじくり回して、気味の悪い物を触った勇気を誇ってみせるだろう。

 実際に地下工房でもある貯水池で侵入者警報が鳴ってホノカが追い払いに向かうのも、どこからか噂を聞きつけた街の悪ガキ共が、肝試しと称して入り込んだりするのが年に1、2度あるからだ。

 しかしケイスはその両方と違う。

 怖がるでも無く、かといって不用意に触れる訳でも無い。

 ただ純粋に商品の品揃えに感心し、そして初代店主の理念に共感を覚えてみせる。

 ケイスの見た目と言動がちぐはぐすぎて、現実味が無いにもほどがある。

 目の前にいて疑いようもないほどに存在感がありながら、存在を疑いたくなるほどに、常識外を行く化け物娘。

 まるで自分がケイスという名のお伽噺に引きずり込まれたかのような、馬鹿げた錯覚を覚えるほどだ。  



「ひひひっ。どうだいお近づきの印になんか持っていくかい? お安くしとくよ」



 カウンター裏のちょっとした台所となった給湯室から、湯気の立つポットと年季の入った茶道具を持ってでてきたミナモの祖母でもある現店主のソノ・ヨツヤはこの風変わりな化け物が気に入ったのか、普段なら口うるさいほどに安易に安売りするなという口で、全く正反対の台詞を笑いともにこぼしていた。



「ん。そこの二股蛇を彫り込んだ再生不可の投げナイフが気になるが、今は持ち合わせが無いから、取っておいてくれ。お金が出来たら買いたい」



 ケイスが指さす棚の一番上には、柄に二股の蛇が絡む精巧な飾りが彫られ赤黒く塗られた禍々しい瘴気を放つ呪術ナイフが鎮座する。

 それは回復魔術どころか、神術による再生すらも阻害して、激しい痛みと一生癒えない傷を負わせる『生乾きの傷』と呼ばれる効果を持つ一級品呪術ナイフだ。  



「やはり剣士殿は判っている方だね。さてこの婆にそんなお客人が、何故うちの地下工房に現れたか茶飲み話がてら聞かせてもらえるかい」



 術のえぐさや値段もこの店の中で最高品を迷うこと無く選択したケイスに、この上ない上客になるとでも思ったのか、ヨツヤ婆は白濁した目を歪めて笑いながら、店の雰囲気にそぐわないさわやかな香りがする緑茶を注いだカップをケイスへと差し出した。











「ん。もう一個砂糖をもらうぞ。それでこれが件の指と指輪だ」



 おかわりでもらった緑茶をちょっと舐めてまだ苦かったので、8個目になる角砂糖を入れながら、フォールセンの屋敷で世話になっている辺りはぼかしつつも店の地下に到達した事情を話し終えたケイスは、懐からカエル革の即席袋を取りだし拾った指輪つきの指をカウンターの上に広げて見せた。 

 腐りかけた指と付着した血で薄汚れた指輪は、切断されたから既に数日が経過しているだろうか。

  手を伸ばしたヨツヤ婆はためらうこともなくその指に触り感触を確かめつつ、伸ばした剣指で印を施すと術を発動させる。



「ほぉ。こりゃ斬られてから3日と半日って所だね…………あぁ残念ながらこの指の持ち主ももう亡くなっておるよ。この残留思念の無念さや恨みは、殺されたと見て良いだろうね」



 術を使い霊的繋がりを調べたのか、ヨツヤ婆はすぐに首を横に振ってみせた。

 発見した状況や場所だけにある程度は予測していたが、致し方ないとケイスは小さく息を吐く。

 自分は力を持っている。

 だから困っている人を助ける。

 それは唯我独尊で傍若無人なケイスが抱く、唯一の他者から授けられた行動指針。

 日々化け物へと目覚めていく娘を思い、今は亡き母が施したケイスを人として縛り付ける、留めるための鎖。

 ケイスは家族が大好きだ。

 家族の為ならば何でもするし、自分の力をどこまでも高めようと思う。

 だから母が残してくれた、困っている者がいるならば助けるという、単純明快な行動にも、常に己の全力を持って動いている。

 しかしいくらケイスといえど、死者を助けることなどできない。

 本来の力を発揮していた龍魔術を使えた幼い頃であろうと、死者蘇生など出来無い。

 愛剣に宿る遠き祖先のラフォスにしても、ヨツヤ達の死霊術とて、ただ魂が残っているのであれば呼び寄せ、留めたり、宿らせるだけ。

 つまりは他者の力によって、この世に留まっているにすぎない。

 会話を交わせても、共に戦えても、それだけだ。

 ケイスの本質は奪う者。殺す者。君臨する者。

 すなわちこの世の最強種たる龍の中の龍。龍王。

 まだ幼く、力足らずとも、その本質を宿すケイスにとって、自らの餌とは、喰らうべき者とは、すなわち生者とは、己の力だけでこの世に存在する存在。

 他の力によって存在する死者をいくら喰ったところで、ケイスの心は満たされない。

 必要だったのと、斬る事が出来無い物が存在するのが気にくわないので、死霊を斬る剣技を手には入れたが、死霊を斬っても、生者と違い高揚感が起きず、あまり心が震わない。

 これが自分の命を脅かすほどの強敵だったりすれば、また違うのだろうが、あの程度の力量しかないのであれば、剣を振るうのが何よりも大好きなケイスが、地下の死骸の山を前にしても、湧いてきた死霊を邪魔だったりうっとうしく思ってしまうのもその所為。

 持って生まれた性故に、生者と死者を明確に区分が出来てしまうからだ。 



「仕方あるまい。ではヨツヤ殿。指の持ち主はどこで眠っているか判るか? 乗りかかった船だ。迎えに行って、家族の元に帰してやらねばならんな」



 気を取り直したケイスはすぐに次の行動へと移る。

 死者を助けることは出来無い。

 だがその思いを、残した無念をくみ取ることは出来る。

 残された者へと届けてやることは出来る。

 自分に出来る事をする。全力で。

 ケイスはいつだってそれだけだ。 

 単純明快。

 子供の理屈。

 だがそれ故に、他者にもケイスの本気は伝わりやすく、その持って生まれた強い影響力故に人を動かす。

 良くも悪くもだ。



「知り合いじゃないって話なのによくやるな……指輪の図柄を写させてもらっていいか。これがどこの誰か、知り合いの探索者に調べてもらう事が出来る。十中八九厄介ごとぽいから秘密裏だな。というわけでホノカちゃんたのめるか」



「うっ……姿を消して伝令役だよねミナモさん。あ、貴女、判明するのが遅いとかで斬らないよね」



 散々脅かされたケイスに対する警戒は未だ強いが、同じ死者として思うところがあるのか、ホノカも怯えつつも頷く。

 霊体であるホノカならば霊探知術などを使われないかぎり、姿を消してしまえば人目につかず誰かと連絡を取りやすい。

 指輪の主を調べることで、殺した誰か、もしくは誰か達に調べている探索者達がいると気づかれても、依頼主までは辿りにくいはすだ。



「ん。よいのか? 助かるぞ。二人ともありがとうだ」



 思ってもみなかったミナモ達の提案に、喜色を込めた返事を返したケイスは、その口調は何時ものごとく上から目線だが、感謝して嬉しく思っていると誰でも判る極上の笑みを浮かべるとぺこりと頭を下げた。



「ヨツヤの人間なら死者を敬えってのが家訓だからな。そうだろ婆ちゃん?」



「ひひ。そうじゃ。あたしらだっていつこうなるか判らんさぁ。そうしておやり」



「んじゃ早速写しを取ってくるか……写し用の薄紙ってどこだったか?」



「左の棚の4段目か、右奥だったかな。あぁ、もうミナモさんが探すとますますぐちゃぐちゃになるから。あたしも手伝うよ」



 どうやら信念以外にもこの店の乱雑さに一役買っているらしいミナモの雑さを見かねたのか、ホノカもすぐに後を追い店の奥へと消える。

 静かになった店内には、指を触り術を唱えるヨツヤ婆の声だけが微かに響く。

 数十秒ほどしてから顔を上げたヨツヤ婆が、ケイスを試すようにその顔を見つめた  



「……剣士殿は迎えに行くのはやめておいた方が良さそうだ。届けるのはこの指と指輪だけにしておくのはどうだい」  



 その口調からして、死骸のある場所が判らなかったというわけでは無さそうだ。   

 ならケイスが返すべき言葉は1つだけだ。   



「どこで眠っている?」



「あの工房よりさらに地下まで落ちているね。もっと正確にいえば引きずり込まれたってところかね。無念を抱く死者ってのは、同じように暗い情念や恨みを抱く死者を呼び寄せるからね」



 ヨツヤはカウンターの裏から古びた羊皮紙を取りだし広げる。

 それはここの地下の貯水池と、さらにその地下に広がる避難所らしき広い部屋が描かれた古地図だ。

 地図を見るからに貯水池の底には、もう一段深く広い空間が設けられており、先ほどの死骸の山から対岸側に、そこへと降りる階段が存在していた。



「かつての暗黒時代に龍に殺された連中の死骸がそこに最終的に集まったって曰くのある場所で、当時の死霊が今も彷徨う最深部の墓場。古い霊だから力も弱まっている上に、ずっとそこに留まっているんで出てくることもないが、火龍の魔力やら殺された連中の思念が混ざり合って、何度祓っても死霊が無限にわき出てくるんで、あの双剣様ですら死体の回収はしたが、弔うのを断念して封鎖して立入を禁じた領域だよ。力は弱いっても数が数だ。好奇心で入った探索者が何人も取り殺されたり、発狂したりしてるね。いひひ、どうするね剣士殿?」



「意地が悪いな。ヨツヤ殿。地図を見せておきながら聞くことではあるまい。無論行くに決まっているであろう……むぅ、やはりまだ苦いな。あと2つもらうぞ」



 ぺろりとなめた緑茶がまだ好みの甘さでなかったケイスは、瓶から角砂糖を2つ掴みスプーンでかき混ぜてから一気に飲み干す。

 行く道は判っている。

 なら行くだけだ。

 自分がそうすると決めたのだ。

 ならば迷うことも無いし、考えるまでも無い。



「ん……ご馳走になった。では少しいってくる。そうだ。お腹が空いた時用に砂糖をもらっていくぞ。瓶は後で返しに来る」



「中身は構わないが、少し値の張った瓶だから手荒に扱わないでおくれよ。ではお早いお帰りを待っているよ剣士殿」



 茶を飲み干し立ち上がったケイスはカエルや蛇の肉だけでは飽きていたので砂糖を瓶ごと掴んだ。

 度を超した常識知らずにも、その甘党にも驚きの様子も見せないヨツヤ婆の怪しくそして楽しげな笑い声を聞きながら、ケイスは羽の剣を掴むと、店の片隅の地下へと続く階段へと足を進めた。 

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