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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と探索者の街
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剣士の未来図 加筆修正版

「敵が判らないって、新街道を牛耳っている改革派の仕業とかいってなかったかお前?」



「実行犯の連中が言うことを信じるならばだ。正確に言えば、奴らがそう思って、思わされていただけかも知れないということだ。詳しく調べてみたらどうにも不可解な点が多かった。見ろこれだ」



 尋ねてきたウォーギンに対して、ケイスはテーブルの上に地図を広げてみせる。

ロウガを中心に周辺の街道や街、村などを記されている。



「書物によれば今回の妖水獣が巣を作って成体になるまでは数ヶ月が掛かるが、生物に寄生して発症、産卵するまでは最短で2日だ。過去に起きた発生状況と照らし合わせて、一次感染者によって広がる範囲内を想定するとこれくらいだ」



 テーブルの上に広げ、事件の発端となった牧場の大まかな位置に点を打ったケイスは、次いで赤いインクで大きな丸を描き出す。

 それは山間の街を中心にして隣のロウガの街の一部を掠めるほどに広大な円を描き出していた。



「私が戦った実行犯共は、新街道へ客足を移すことを画策していたはずだ。ここがその新街道だ……だがこれでは新街道の街も、一次感染だけで十分に感染拡大範囲になるであろう」



 資料室にあった旧版の地図には新街道は描かれていなかったので、今度は黒いインクで道を描き出していく。

 旧街道は谷川沿いの曲がりくねった山間を進む道だが、迷宮特別区の一部を利用した新街道は元迷宮区域だった洞穴を抜けて一部区間をショートカットしている。

 どちらもロウガからならば健常者の足で丸1日。

 だがロウガの隣国首都へは、旧街道ならば10日はかかるが、新街道経由ならば7日ほどですむ道のりだ。



「寄生から発症まで最短2日か……それなら絶対安全ってわけじゃないか。旧街道を通ってロウガによって一泊してそのまま新街道。街から街に渡る行商人ならそれくらいのスパンで移動するわね」

 


「それだけじゃ無い。この妖水獣は人間種だけで無く、水を飲む動物や渡り鳥なら全てに寄生主にして広がる。水場から水場に渡られたら拡大する一方だ。発生を起こせてもその後の感染範囲までは制御できると思えぬ」



「あー待て待て……もしかしてこいつ野生種じゃ無くて生物兵器か?」



 二次感染、三次感染を考えればその範囲はより広大になっていく。

 寄生先の多さと発症までの短さにウォーギンが浮かべた懸念に、ケイスはこくんと頷く。



「かもしれん。一番古い記述は、この妖水獣によって国民の大半が病に伏して、その間に隣国によって攻め落とされたという逸話が残っている。ただこの国もその後に起きた暗黒時代に滅んでいるので詳しくは判らん。これが野生化したのか、密かに飼育法が伝わったのか判らんが、その後も時折発生しているようだ」 



「そうなると逆にお前の知ってた駆逐方法以外に、感染予防薬か完全治療薬があるかもしれねぇぞ。魔具と同じだ。こっちの意図を外れる動きをする物なんか危なくて使えるか。隣国が占領して併合したって事はその後どうにかしてるんだろ。その記述は?」



「私が読んだ書物の中には少なくとも無い。失伝しているのか、それともあの半漁人が知っているのかは判らん……ふむ。吐かせておけばよかったな」



「あんた、あれにやられてたでしょうが。聞けば聞くほど闇が深いわね。街の勢力争いって言っても、いくら何でも大げさすぎる気がするんだけど。この新街道って方は私が通った道だからなんか判るかも。ちょっと見せて」



「ルディはあっちを通ったのか。どうだった?」



「どうって言っても、まぁ新しく出来ただけあって歩きやすかったわね。元迷宮区だからかモンスターの出現率が、他の街道に比べて少し高いって話だったけど、巡回の探索者達もいたし、途中に野営用のポイントも整備されていたから身の危険は感じなかったわよ」 


 上、中、下そして初級。

 さらにそれぞれの特性で赤、青、緑、紫、黒、黄、白、金。

 計4段階、8属性に分別される永宮未完は、極一部の特別区と呼ばれる物を除いて、それぞれの迷宮へと立ち入る資格を持つ探索者しか存在が認識できない結界が張られている。

 資格を持たぬ者には、その迷宮への入り口へと入ることはおろか、見ることも出来無い。

 一般人でも入れる区域は浅い表層部の特別区になるがその特別区とは別に、迷宮としての機能を無くす廃迷宮化する地域が時折発生することがある。

 廃迷宮化する原理は未だ解明されていないが、今までは探索者しか通れなかった近道が解放されることにより、物流状況が大きく変わることが判れば、利益に目ざとい商人達には十分だ。



「ただ通行料とか宿代は高かったわね。他の物資も完全に足元を見られてる感じ。あと行程の7割くらいが地下通路だから、景色は代わり映えしないし、薪や飲料水の準備されているポイント以外じゃ狭くて野営しづらいって所ね」



 山道を行く旧道では、薪に困ることも無くわき水自然の恩恵に預かる事も出来るが、固められた土で出来た地下通路がメインの新道ではそうはいかない。

 休憩ポイントなる場所も、一部通路が広くなっている部分に限られ、そこにはゴーレムなどを店番にした無人販売所となっている辺り、とことんまで稼ごうという意思が見えている。

 しかしこれは仕方ないだろう。巡回護衛探索者を雇ったり、廃迷宮化した事で自然劣化が始まった地下通路の修復、補強などで、街道として維持するには多額の運転資金が必要となる。

 だからこそあらゆる手を使って、利用者を増やそうとするのだが……  

 


「でもそんな事を言い出したら、街中の安全で無料な道だけ使いなさいって話でしょ。要はよくあるちょっとお高い近道よ。そこそこ通行量もあったし、生物兵器なんて使わなくてもいいでしょ」 


 

「大量感染が起こらずとも事が露見すれば、ロウガ支部がいかに不正塗れであろうとも摘発に動かざる得ない。これだけのリスクを冒さずとも他にいくらでも利用客を増やす手はある。そうなると考えられるのは、もっとより大きな策謀だ」



「それでこのリストに載った連中全部が怪しいってわけね」



「うむ……この方面の街道を全て潰すためか、大感染を引き起こしあるかも知れない感染予防薬、治療薬での荒稼ぎを画策しているか、もしくはロウガの街その物を標的とした隣国の策か。情報が少なすぎて正直いくらでも動機が予想できる」



 先ほど投げ捨てたリストをケイスは睨み付け舌打ちをする。

 目的が絞れなければ、怪しい動きを行っている者達の中から目星もつけられない。

 せめて襲撃してきた探索者の情報があればいいが、彼らは既に拘束されて、ケイスが手の出せない牢獄の中だ。  

 


「治安部隊に大きな動きはないか?」 



「これ関連かは判らないが、ツレの一人が支部の資料室に勤めてるんだが、そいつの話じゃ幾人か職員が拘束されたらしい程度だ。通常の治安維持任務に出ている連中以外の動向はわからねぇな」



「目に見える動きは無しか」



 期待はずれのウォーギンの答えに、ケイスは苛立ちの色を僅かに濃くする。

 秘密裏に動いているのか。それとも何も判らず動けていないのか。

 街に出ることが出来無いので、情報収集も出来無いから、こうして伝聞や資料を当たるしか手が無いのが、ケイスには不満だ。



「この資料に載っている者達を見る機会があれば、斬るべき者は判るであろうが、何か良い機会は無いか?」



 せめて怪しいと思った者達を直接に目にする機会があればだいぶ違うというのに。

 自分は剣士。

 その自分が斬りたいと強く思う存在であるならば、それが自分にとっての敵。

 その勘に任せて動けばどうとでもなるというのに。



「見れば判るっていって全員を斬りつけそうじゃない。あんたの場合は……」



 血なまぐさい場面を想像したのかルディアは顔をしかめている。



「機会つってもな。こんだけの面子が集まるなんぞそうは……あーあるっちゃあるか。明日の朝に出陣式があるから、ギルドの上の連中とか参加するだろ」



「出陣式? 戦争でもあるのか?」



 ウォーギンの言葉にケイスは首を捻る。

 ロウガ地方では小競り合いやにらみ合いなどはあるが、戦争と呼べるほどの大戦が起きそうだという話を聞いた覚えは無かった。



「ちげぇよ。始まりの宮に挑む探索者志望の連中を送り出す式典だっての。ロウガの恒例行事で祭りみたいなもんだよ」



「ロウガのみならず近隣の王族やら領主なんかお偉いさんも集まるって話だっけ。ケイス。行こうとか思うの止めときなさいよ」



 ケイスが一瞬目を輝かせたのを目ざとく見つけたルディアがすかさず止めに入る。



「どうしてだ?」



「物々しい警備があるに決まってるのに、標的がいたら後先考えずに突っ込みかねないでしょあんたの場合は」



「うっ……むぅ。そんな事は無いぞ……たぶん」



「どーだか。ともかく外には行けないんだから大人しくしてなさいよ。レイネさんに叱られるわよ」

 


 本や資料を当たっているだけでは埒が開かない。

 だからといって外に行くと怒られる。

 事態の進展の無さに対する苛立ちが、殺気となってケイスの身体から放出され始める。

 ここ数日剣を振るどころかまともに触れてもいないので、禁断症状が出ているのもあるのだろう。

 ケイスの苛立ちは獰猛な野生生物と同じ檻にいるような圧迫感をともなってはき出されていた。



「ケイス。物騒な気配が出てるから引っ込めときなさい。判っていてもこっちの心臓に悪いのよ」



「俺なんて変な汗が出て来た。お前。相当ストレス溜まってるだろ」



 ルディアがカタカタと触れる己の右手を目でさして抗議の声をあげ、ウォーギンも濡れた掌をみせる。

 ケイスの事を知る二人だからまだ良いが、見知らぬ他人の前でこれをやったら、血の気の多い相手なら一瞬即発の事態になり、気の弱い者なら卒倒しかねない空気の悪さだ。



「ん。すまん……むぅ。フォールセン殿のように己の内で留められればいいのだが、私はまだまだだな」



 息を大きく吸って怒りを抑え込んだケイスは、先日のフォールセンの剣戟を思い出して珍しく反省する。



「フォールセン先生で思い出したけど。お前やっぱり喧嘩を売ったんだってな」



「聞くの止めときなさいよ。どうせ頭が痛くなる理由で切りつけたんだろうし」



「喧嘩では無い。挨拶だ……私の剣が全く通用しなかった。正確に言えば剣を振ることさえ出来無かった。あの時の剣戟を真似してみたいのだが、私にはまず気配を抑える事が難しい。剣が振れないので、ここ数日は殺気や剣気を抑えて自分の気配を遮断する陰行の練習を平行して行ってはいるのだが、どうにも難しい」



 あの時のフォールセンが見せた感じ取れない剣戟。

 動きや音、気配さえ全て消し去りながらも、己の力を発揮して神速の域へと到達する。 外へ出す力を0とし、己の内で100と出す。

 理屈はその天才性を持ってケイスも理解するが、理解は出来ても、模倣が出来無い。

 目の前で見ながらも、自分で再現が出来ない事などケイスにとっては初めてのことだ。

 己の身体能力だけでケイスの感覚すらも欺くハイレベルの陰行術。

 魔力を持たない、捨てたケイスにとって、気配を掴ませず、欺瞞できれば、剣戟の距離へと踏み込むことが容易くなる、あの技は是が非でも習得したい技だ。

 だがその道のりはまだまだ遠い。

   


「あんたが屋敷内で大人しく見えた理由ってそれもか。陰行って要はあれでしょ。自分の存在を目立たなくさせるって感じの」



「うむ。細かくは違うが、大まかにはそういう事だ。接近するだけで無く、達人や上位モンスターになれば剣の出を見極めたり、剣線を読んでくる連中もいるからな。それらを読ませない、読めない事が出来るようになるからな。うむ。やはりフォールセン殿は素晴らしい剣士だ。天才である私が認める天才な事はあるぞ」



 らしすぎる傲慢な言葉に、ルディアとウォーギンは顔を見合わせ、



「目立たないの無理だろ」「……でしょ」



 同時に心に浮かんだ突っ込みを口にする。

 ただでさえ行動が突飛な上に、自分で自分を天才と呼ぶこの自己主張の激しい性格。

 そのケイスが身につけたいのが、自分を目立たせなくする気配を押し殺す陰行術。

 全く真逆の性質をもつ気がするのは気のせいでは無いだろう。

 


「……五月蠅い。抑えるのが苦手なのは判っているが身につけたいのだからいいだろう。私は剣の天才だ。ならば出来る。なぜなら私が決めたからだ」



 斬りたいから斬る。戦いたいから戦う。

 自分の性格はさすがのケイスとてよく判っているが、剣の技であれば自分が出来ぬわけが無いと開き直って見せた。



「……怪我が治っても、フォールセン様に無理に剣の稽古を頼んだり、夜討ち、朝駆けとか仕掛けんじゃないわよ。レイネさんに言いつけるから」



 同じ屋根の下に大英雄フォールセンがいるのだ、実戦稽古が大好きなケイスが大人しくしているとは思えず、ルディアが忠告というか警告をしておく。

 


「失礼な事を言うな。剣の稽古を頼むのだぞ。師に対しては礼節をつくすのは剣士として当然の責務だ」



「挨拶代わりで剣を向けた奴が言ってなければご立派な台詞だな……そういや今日は先生は? お部屋でご静養中か」



 呆れていたウォーギンだったが、少し表情を改め真顔になるとケイスにフォールセンが在宅中か尋ねる。

 支部長という役職を退いた後は、体調も優れない所為もあってフォールセンが私室に篭もっていることが多いのは、この屋敷で生活していた者なら誰でも知ることだ。 



「いや、今日は珍しくどちらかにお出かけだ。行き先もお帰りの時間も判らないが、メイソンなら知っているであろう。確認するか?」   



「あー……そこまではいいわ。中央への留学に色々援助してもらったのにこの様なの謝罪しなきゃならねぇんだが、さすがに明日食うのにも困る現状だと会わせる顔ってのがな。せめて最低限の食い扶持くらい確保してからにするわ」



 ケイスの回答に、ウォーギンは露骨にほっとした顔を浮かべる。

 故郷に錦を飾る事は出来無かったが、せめてまともな生活をしているようには見せたいようだ。



「なんだそんな事か。ならば心配するな。今回の始まりの宮は避けたが、半年後の始まりの宮で私は探索者となる。すぐに駆け上がるつもりだから、そうしたらルディとウォーギンは私専属の薬師と魔導技師として雇ってやる。いくらでも給金ははずんでやるから安心しろ」



 ウォーギンの懸念に対してケイスは自信に溢れた顔で答えてみせる。

 自分の描く未来図に一切の不安を抱いていないのは、子供ゆえか天才ゆえか。

 どちらかは判らないが、ケイスが本気なのだけは嫌でも伝わってくる。



「普通は探索者になったばかりの初級、下級探索者は自分の食い扶持を稼ぐので精一杯で、中級探索者でもお抱え技術者なんぞ夢のまた夢なんだがな。どう思うよ。未来のご同業よ」



 ケイスの事だ。

 本当にそれを成し遂げてみせるに決まっている。

 それがどれだけ荒唐無稽に聞こえ、無茶であろうともだ。

 空前絶後の勢いで、猛進していくと確信している。

 それが、それでこそルディアが、もう一度会いたいと願った世界一馬鹿な天才だ。



「勝手に人の未来まで決めないでよ……ケイス。やっぱあんたが目立たないって絶対無理ね」



 ケイスほどの才能に求められることに、薬師としてのプライドがくすぐられこそばゆくなるほどだが、それを表情に出すのは何か癪だ。

 仏頂面を浮かべたルディアの脳裏には、半年後に世間を騒がせるであろう快進撃を続けるケイスの姿が鮮やかに浮かんでいた。   

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