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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と探索者の街
62/119

剣士と水狼

「っと。ここに…うぁ、こいつ水獸使いの一族だわ。この感じは裏仕事専門かな」



 拘束された水棲種族魚人の男の懐を漁っていた女性探索者のレンス・フロランスは、隠しポケットから見つけた小袋に詰まった砂ほどの黒い粒を取りだして、しばらく掌で転がしてからと断言する。

 水で構成された半透明の身体を持つレンも、男とは違う種族ではあるが水中を住居とする水棲種族である水妖族。

 探索者協会ロウガ支部治安警備部隊の一隊であり、水上、水中で起きた探索者絡みの事件、事故の捜査を主に管轄する『水狼』に所属している。

 本来は街中で起きた事件はレン達の管轄外で、別のパーティが担当するが捕縛された不審者に水棲種族がいるということで、水狼が派遣されていた。 


 

「へー。この種みたいのでわかるのかい?」



 掌の中で転がる粒を興味深げに見るのは、森を住処とするエルフ種族の出身で水狼の副隊長である女性探索者ナイカだ。

 虫使いである彼女は召喚虫を使い、周辺警戒を行っているが、今のところ拘束された者達以外の怪しげな行動をする輩は発見しておらず、少し手持ち無沙汰になっている。



「あ、触ったらダメ。これ本当に種だから。水辺なんかで動物の皮膚に付着してから、血管を通って脳に寄生するタイプの妖水獸。脳を麻痺させて操り人形にする。えげつないタイプの呪生物。あたしみたいな低温肌なら良いけど、普通の体温でふ化するよ」



「そらまたえぐい。御禁制品だろ」 



 レンの注意に出しかけた手を慌てて引っ込めたナイカは、少しだけ顔を険しくする。

 この手の危険生物は街中への持ち込みは原則禁止されており、研究用として許可が下りたとしても厳重な管理下に置かれるのが通例だ。



「御禁制品って……間違ってないけど副長、年寄り臭い。外見に合わせてよ」



 見た目だけなら20代前半で若々しいが、時折年寄りめいたことを口にするナイカの実年齢は300を越える。

 元々長寿種族な上に上級探索者であるナイカは外見上は老いることは無いが、中身のほうはそうも行かず、言動が時々年寄り臭くなるのは致し方ないのかもしれない。



「あたしの勝手さ。もう一人の方も他に持ってないかよく調べときな。ロッソ。そっちはどうだい?」



 レンの頭を軽く叩いて立ち上がったナイカは、死亡した男を調べていた新米隊長であるロッソ・ソールディアに手がかりを尋ねる。



「武器以外はそこらで見る品ばかりで、身元確認の出来るもんはねぇな。これやっぱりただの賊やら強盗とかじゃねぇぞ……あー……なんで一発目からこんなクソ厄介そうな事件の担当になってんだよ俺は」



 面倒気な口調ではあるが、念入りに死体を調べているロッソの表情は浮かない。

 元々ロッソはフリーの探索者として、あちらこちらのパーティを気儘に渡り歩いていたので、こういった地味で面倒な予感がする仕事はあまり性分に合わないせいか、気のりがしていなかった。

 師匠筋に当たるナイカからの推薦という名の強制命令で無ければ、協会仕えのお抱え探索者など絶対にならなかっただろう。



「ぐちぐち五月蠅い子だね! 報告は最初のだけで良いんだよ。あんたを隊長に推したのはあたしなんだから、恥かかすんじゃないよ。で死因はガン坊が言ったとおりなのかい?」



 ため息混じりの弟子を後ろから蹴飛ばしたナイカは、致命傷となったであろう折れ曲がった男の首を指さす。



「わーってますよ。マジで一発ですよ。しかも闇雲に狙ったんじゃ無くて、完全に骨と骨の関節部に一点集中で肘を叩き込んで粉砕してます。なぁガンズさんこれ本当にあんたじゃないのか?」 



 急所一点のみを狙い無駄が無い鋭い一撃が叩き込まれた戦闘痕跡。

 これをやったのは奥で治療を受けている少女という話だが、とてもそうは見えない。

 なんというか手慣れているのだ。

 少なくとも初めてやったという類いでは無い。

 同じように何度も首を叩き折った経験があるからこそ、ここまで的確に狙えたというのが伝わってくる。



「まぁ信じられないのは判るが、俺じゃねぇよ。それよかナイカさん。40越えたのに坊は止めてくれ」



「なに言ってんだい。それを言ったらあんただってウォーギン坊やのことをギン坊よびだろ」



「あー、俺も坊やはなるべく止めてくれるとありがたいんだがナイカさん」



 管理協会直下の技術指導教官として強面で知られるガンズも、探索者になり立ての頃からの顔見知りであり大先輩でもあるナイカに掛かっては小僧っ子扱いだ。

 ガンズの元パーティメンバーであり亡くなった父がナイカの世話になっていたウォーギンに至っては、生まれた頃から知っている所為で未だに幼児扱いだ。



「あたしからすりゃ100をすぎてもまだまだひよっこさ」



 抗議の声を無視したナイカは思案顔を浮かべる。



「しかしどうにも気にくわないね……偽造された偽の依頼書とそいつを取り戻そうと強引な手を使ってきた連中か。決めつけたくは無いけど主流派と革新派絡みだろうね」



 ロウガの街は、今大きく分けて2つの派閥がある。

 復興初期からの利権を守ろうとする主流派と、街の拡大にともない外部から新たに参入してきた革新派だ。

 主流派からすれば革新派は、自分達が苦労して金と人を注いで育ててきたロウガの街に新しく来て旨みだけを手に入れようとする寄生虫。

 革新派からすれば主流派は、極めて閉鎖的な自分達に有利なルールで、新しく開発された地区で生まれた利権さえも全て手に入れる強欲な連中。

 この両者の争いは年々激しくなり、権威としての象徴である王家から委任されたという形で、この探索者の街を実質的に牛耳る管理協会ロウガ支部内でも、激しい権力争いが繰り広げられている。

 ロウガの治安を守るべき治安警備隊にも、両派閥からの賄賂や脅迫等の介入工作が行われており、いくつもの事件が捜査されることも無く闇に葬られている始末。

 不正を取り締まるべき者達が、その不正の中にいる。

 この現状を憂いたある上級探索者が、大なたを振るい警備部隊の編成や人員が一新されたのはつい先日のこと。

 今までは食いっぱぐれた三流探索者に協会が仕事を与える形で編成されていた警備部門を人数的には縮小することになるが、中級以上の実力者であり信頼できる探索者達を集めて少数精鋭集団として再編成されている。

 実力的には遥かに格上の上級探索者であり師匠でもあるナイカが、中級探索者であるロッソの下に付いているのも、先を見据えての処置だ。

 もっともロッソからすれば、師であるナイカに四六時中試験を受けているような気分がして、実に居心地の悪いものだ。



「仕掛けてきたのはどっちですかね? エンジとギドには先に動いてもらってますけど、どっちか判ればまだ証拠確保も楽なんですけど」



 黒幕が誰かは判らないが、本物と同様の素材、処置で作られた精巧な偽の依頼書を見る限りロウガ支部内に力を持っているのは確実。

 騒ぎに感づいて出入り記録を抹消されるかもしれないと判断したロッソの指示で水狼に所属する残り二人の探索者である侍エンジュウロウ・カノウと戦神神官ギド・グラゼムは、町に出入りするためにいくつかある街門で記載された入街記録を確保するために、手分けして向かっていた。



「さてね。こいつらの身元が判明すれば少しは判るんだろうけど、そっちはあいつらに任せて、あたしらはそのお嬢ちゃんの聴取といこうかね。面白い話が聞けそうだね」



 ナイカが奥の扉へと目を向ける。

 敏感な聴覚を持つエルフであるナイカは家の奥からこちらに向かっている3つの足音を捉えていた。

 すぐにドアノブが回されて、ゆっくりと扉が開いて最初にレイネが姿を現し、次いでナイカをも凌ぐ長身のルディアが少し身をかがめながらドアをくぐって部屋の中に入ってきた。

 そして最後に一人の美少女が顔を青ざめさせながら居間へと入ってきた。

 全身のあちらこちらに包帯を巻かれ、打撲の跡や青あざ、擦り傷、切り傷など無数の怪我を負っている。

 だがそれでも、その幼くとも人目を引く美貌は一切色あせることも無く、元より持つ華やかさと怪我を負った儚げさという矛盾した2つの美を体現してみせる。

 100人中100人が文句なしで美少女だと評するだろう少女は、呆然としているのか目の焦点があまり合っていない。

 この深窓の令嬢めいた外見ならば、普通は、命を狙われたことに恐怖したとか、逆に人の命を奪ってしまったことに対しての後悔などを抱いて、茫然自失となるだろうか?

 しかしこれはケイスだ。

 美少女風化け物だ。



「……こんな痛みが毎月だと……これなら内臓を抉られた方がまだマシだぞ……いや、そうか……まてよ……いっその事、子宮をくり抜いてしまえば良いのか!? レイネ先生! 子宮摘出手術を出来るか!? 生理痛とやらを起こす元から立てば万事解決ではないか! 初潮などという巫山戯た物に勝てるだろ!」



 部屋に入ってくるなりぶつぶつつぶやいていたかと思えば、急に顔を輝かせ名案だとばかりにレイネに頼み始めた。

 周囲の状況や流れなど完全に無視している。  



「出来ません。あとケイちゃんはもう少し恥じらいを覚えましょう。女の子がそんな事を大声で言ったらダメよ」



 馬鹿な発言をするケイスの頭をぺっしと叩いたレイネが、にこやかな笑顔を浮かべながらも注意する。

 普段のケイスなら真正面からの素人攻撃など無意識でも簡単によけて反撃に移れるが、どうにもレイネに対しては自動防衛本能が働かない。

 苦手意識というよりも、親身に叱ってくれる人には逆らえないという深層心理が働いてしまうからだろう。

 好きな人物には警戒レベルが下がるというよりも無になるケイスらしい特徴といえる。



「あんたって子は……人が色々気を使ってやったのに、なんで自分から言うのよこの馬鹿」



 ケイスが恥ずかしがるかと思い、後処理やら掃除をして隠蔽工作をしたというのに、まさか自分から、しかも大声で言い出すとは。

 頭痛を覚えたルディアもレイネに習い、ケイスの頭を一発叩いておいた。



「うー。怪我をしているのだからポンポン叩くな。いくら私でも少しは痛いんだぞ」



 これはルディアも同様で、防御も出来ないケイスは怒りながら涙目で睨みつけるのが精一杯だ。

 つい先ほどまで寝込んでいた上に戦闘をやらかして返り討ちになりかけたのは間違いないが、それにしては元気すぎる。

 その理由はレイネによる痛み止めの術が効いている所為もあるが、不治の病かと思っていたのが、一応は数日で収まると聞いた所為だ。

 一月に一度なるというのはネックだが、それでも痛みさえ収まり、ご飯さえあればいくらでも闘気を生み出して、怪我を治せるし、戦闘力だって存分に発揮できる。

 戦う事さえ出来れば自分は何でも出来るし、何でもやる。

 戦闘狂のケイスにとっては、戦えなくなることが何よりの困り事で、それ以外は自分の力でどうとでもなるという非常におおざっぱな考えゆえだ。



「なぁ本当にこれか? いくら何でも無理があるだろ」



「発言無視したら、被害者にしか見えないんだけど」



 部屋に入ってくるなり頭のおかしな言動を全開にし始めたケイスに、ロッソやレンは困惑気味だ。

 一応鍛えられているようだがその手足はロッソから見れば枝みたいな物で、大の大人、しかも現役の探索者の首を一発で叩き折れるようにはとても見えないからだ。



「あー俺も他人が言ったら巫山戯んなって怒鳴るが……こいつが確かに叩き殺したぞ」



 すねているケイスを見ていると、直接その戦闘を目にしたガンズでさえ、先ほどのは幻か夢だと思いそうになってしまうほどだ。

 ロッソ達のの発言は仕方ないと思うガンズは、黙ったままのナイカへと視線を向ける。



「…………………ユ……さ…?」



 剛胆なナイカもさすがに驚いて言葉を無くしたのか、聞き取れないほどの小さな声で何かをつぶやいた驚愕の表情でケイスの顔をまじまじと見ていた。



「ふん。煩わしいな」



 驚愕する三人の視線と、その意味に気づいたケイスは不機嫌そうに眉を顰めると、拘束されて気絶さしている侵入者達の方へと無造作に近づく。

 そして腕を軽く動かして動作を確認してから、軽く跳び上がると気絶している魚人の首元に目がけて、



「ちょ! ストップストップ! なにやろうとしてんのあんた」



 側にいたレンが慌てて空中でケイスの体を抱き留める。

 弾力のある水で出来た肉体を持つレンだから何事も無く受け止められるが、もし受け止めていなかったらケイスの繰り出した肘は魚人の首元に突き刺さっていただろう。



「見たままだが? お前達が疑っているのだから実演して見せようとしただけだぞ。先ほどそれを倒したの間違いなく私だぞ」



 むっと眉をしかめた不機嫌顔でケイスは死体を指さして答える。

 外見から自分の実力を疑われたり、侮られるのを嫌うケイスらしいといえばらしい行動だが、さすがにいきなり殺しに行こうとするなぞ誰も考えていなかった。



「もっとも実演しようがしまいがこいつらは殺すがな。ルディ。私の剣を持ってこい。こいつらの首を撥ねる」



 しかしケイスの方はあっさりとしたもので、今から収穫でも行くというような気楽さで殺害を宣言する。

 実にまじめな表情で、冗談で言っているように見えず、周囲はさらに困惑する。 



「待て待て。そいつらからは色々聞きたいことがあるんだから殺すなよ」



「私の獲物を盗る気か? なら先にお前とやっても良いぞ。お前はなかなか強そうだ。強者とやるのは好きだぞ」



 割って入ったロッソにケイスは傲岸不遜な笑顔で答えて胸を張り、拳を構えた。

 今にも一戦やらかしそうな物騒な雰囲気をケイスが発し始める。 

 どうやら頭の中が戦闘意識のままで、さらにどうにもならなかった腹の痛みが今は収まっているので、交戦意欲が高いようだ。

 何故こんな流れになると皆が唖然としている中で無事なのは、ケイスをよく知るルディアとウォーギンだ。



「なぁ何とか出来るか」



「無理に決まってるでしょ。ケイスが戦うって決めたら、そう易々と引き下がらないのはあんたも知ってるでしょ」



 ウォーギンの耳打ちにルディアは憮然と答える。

 こと戦闘に限ってはケイスは何を言っても聞き入れる可能性が極めて低いと知るからだ。



「しゃーねえな。なら戦えなくするか。レイネ。鎮痛神術の解除って出来るか? どうせ掛けてるんだろ」



 ため息を吐いたウォーギンはレイネにそっと耳打ちをする。

 さっきまでこの世の終わりみたいな表情を浮かべていたくせに、戦いとなるとすぐに我を忘れる辺り、本当に単純だ。



「あ、はいはい。大人しくしないケイちゃんにはお仕置きが必要みたいだからなら逆にちょっと痛くしましょ」



 ウォーギンの提案にすぐに頷いたレイネが印を作り小声で祝詞を唱えだした。



「私はこいつらを全員殺して仇を討ってやると約束している。もし邪魔立てをしようとするなら全員倒してで!? っあ!? はっう!?」 



 物騒な台詞を宣い目を輝かせかけていたケイスだったが、急にぶり返してきた腹部の痛みで力が抜けたのか、膝をついて床にへたり込んでしまう。



「レ、レイネ先生、な、なにをするんだ……す、すごく……い、痛い。さっきよりも。うぐ。ひ、ひどいぞ……なんで邪魔を、するんだ」



 下腹部を押さえ身を丸めたケイスは、よほど耐えかねる痛みなのか既に涙声だ。

 ただその目の好戦的な色はまだ消えていない辺りが、戦闘狂のケイスらしいといえばらしかった。

 結局レイネ達の説得を受けてケイスが殺害を”一時的”に断念するまで、10分ほどの時間が必要となった。

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