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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
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剣士と薬師⑤

 ルディアの乗る中型砂船は大まかに前後と上下5層に分けられた構造の貨客船として使われている。

 最上層に操舵室及び見張り台等航行関連設備や、光球や防御結界などを発生させる魔法陣が刻まれた装甲に覆われた甲板。

 船首側前半分の最下層と下層には、砂船を浮かせるための転血炉等の動力機関が設置されている。

 中層と上層には砲台設置区画を改装した大型船倉。

 船尾側は上層、中層が客室や食堂等の客船区画となり、下層が船員室や食料庫。

 最下層は積み荷に合わせて室内調整が可能な中型、小型の船倉が連なる。

 乗員人数は交代要員と護衛である探索者を含め20人。乗客は最大で80人前後。

 設計が旧式といえる少し古い方の船なので、最新型と比べると性能は多少見劣りするが、元々は中級迷宮用の船であるので、比較的安全な特別区では十分な性能を持っていた。

 船長の言っていた旧簡易魔術工房は、現在は最下層にある中型倉庫の一つとして使われていた。


 

 

「積み荷の運び先は間違えるなよ! そっちは右隣の中倉庫へ! 大型は冷気対策した後は運び出さずにずらして中央を空けろ! 外扉から直接ここに運び入れるんだから、通路も忘れんようにな!」



「第4小倉庫に少し空きが出ました。中型木箱6はいけます」



「裏側もっと力入れろ!」



「この酔いどれ共! ちんたらしてると邪魔だよ!」



 積み荷の札を確認して、帳面に移動先や元位置を記載しながら指示を出すファンリアに、各倉庫の空き状況や積み荷の配置を変えて、何とか空きを作ろうとしていた若者が状況を伝える

 大木箱を何とか持ち上げて部屋の隅にずらそうとする男達の大半は赤ら顔だ。

 出航早々にやる事もないからと酒盛りでもはじめていたのだろうか。

 その横で大きな布袋を次々に手渡して運び出す女性陣が、情けない連れ合いに発破をかける。

 自室に魔法陣形成に必要な道具を取りに戻ったルディアが倉庫のある最下層へと降りてくると、低く重く響く転血炉の稼働音に混じって、ファンリア商隊の者達が騒がしいながらも、実にてきぱきとした動きで積み荷の運び出しをおこなっている所だった。



「すぐ場所を空けるから、すまないけどもう少し待ってもらえるかい」



 鞄を持ったルディアに気づいたファンリアが帳面から顔をあげて呼び止める。



「すみません助かります。でもそんなに場所は取りませんから、少し空けていただければ十分ですよ」



「あーそれがそうも行かなくてね。冷気に弱い商品があって外気が入ってくることも問題なんだが、それ以外にもちょっと厄介な物があるんでね」



 頭を下げ礼を述べたルディアは大事になっているように見えたので申し出てみたが、ファンリアはやんわりと断る。

 


「ここは簡易とはいえ元魔術工房だろ。魔力の漏洩対応処理が完璧なんで仕入れた魔力吸収特性を持った原料類を置いてあってね。お嬢さんの方もせっかく作った魔法陣がすぐに消失したら困るだろ。箱の方にも処理はしてあるが念には念をってことだよ」



 ルディアの表情に浮かんだ疑問に気づいたファンリアが荷札のチェックをしながらその理由を伝えてくる。 

 


「魔力吸収特性……カイナスの実とか、リドの粉末とかですか?リドの葉の香りがしますけど」



「お嬢さん良い鼻してるな。うちの女衆が運び出している大袋に乾燥リドが詰まってる」



 苦みが混じったような香りに覚えがあったルディアが問いかけると、ファンリアが軽く頷いて答える。

 ルディアがあげた二つは大陸南部の特定地域で採取される物で、砂漠の中継都市であるラズファンを経由して大陸中央の工房で精錬、そこから遠方へと運ばれていく輸出品の類だ。

 これらを特殊な方法で精製し純度を高める事で、より多くの魔力を吸収させ、魔力剣や魔具などに用いる素材へと加工する事になる。



「未精製なんで魔力吸収の力は弱いが量が量。しかもうちが直接取引する訳じゃないが、最終納品先がドワーフ王国エーグフォラン。職人気質のドワーフ相手に混じりの生半可な物を仕入れる訳にもいかなくてね」



「ご商売の邪魔するわけにもいきませんから大人しく待ってます」



 魔力吸収特性を持った物質は、一度魔力を吸収してしまうと再吸収は不可能な代物が多い。

 精錬し高純度魔力を吸収させれば高額で取引が出来るが、未精錬で弱い魔力しか含有していなければ途端に安値となる。

 だからこそ運搬には外部からの魔力を遮断する専用の箱や袋を用いるのが、最低限の備えとなっている。

 少量とはいえ船の炉から魔力を引いて解析魔法陣を展開しようというのだから、ファンリアの用心は当然の物だろう。

 説明に納得したルディアは、ずぶの素人が手を出しても荷運びの邪魔になるだろうと、数歩下がりその長身痩躯を壁に預け、運び出しが終わるのを待つことにした。

       






 倉庫の中心部分に立ったルディアは、鞄を置いて片膝を付くと床板を右手で撫でる。

 すぐに指先が僅かな取っ掛かりを探り当てた。

 指先に僅かな魔力を込めながら、船長から聞いていたリズムで軽く床板を4回叩くと、その部分の床板が僅かに沈み込んで横にずれる。

 掌ほどの大きさで開いた床の中には鈍く光る銀板が姿をみせた。

 模様にも見える彫り込みは魔力供給を司る術式を現している。

 これが船長の言っていた魔法陣設置用の設備だろう。 

 

 

「これがこうだから…………」



 彫り込みを指でなぞりながらそこに刻み込まれた術式を読み取り、自分が展開する魔法陣への魔力供給の手順をルディアは確認する。

 幾つもの国が滅び、多数の種族が壊滅に近い状態まで追い詰められた暗黒時代は膨大な負の遺産を今も残しているが、同時に幾つもの発展をもたらしていた。

 主立った物では異なる種族、異なる国の者達が共同戦線を張る為に新設された共通言語、物資のやり取りを迅速に行う為の共通貨幣。

 そして魔具分野の急速な進歩である。

 各系統の著名な魔術師達が幾人も集まった共同研究により、低位魔術や魔具の規格統一が行われており、船の炉から魔力を引くこの術式も共通術式として普及している物の一種だ。



「ちょっと薄めるか」



 思った通り使用に問題はないが、供給される魔力の量は思っていたよりも多い。

 これなら触媒を少し減らしたほうが、上手く作ることが出来るだろう。

 小さく呟いたルディアは鞄の中から、鮮やかな赤色の液体が少量と水が入った薬瓶を床に置く。

 次いで手提げの木箱を取り出して留め具を外して蓋を開く。

 木箱の中は三段に分かれ一段目と二段目はそれぞれが小さな枠で区切られている。

 枠には小袋に入れられた粉や小瓶の練り薬、丸薬が種類別に整頓され、制作日や購入日の印したメモが貼り付けてある。

 一番下の三段目には、計量用の器具がまるで新品のように磨かれて納められている。

 燃えるような赤毛で女性にしては長身の派手と目立つ外見ながらも、その中身は生真面目で几帳面なルディアの性格が判るような中身だ。

 まずは水が入った瓶の蓋を外すと水を計量瓶で計ってから細長い瓶へと移し、そこへ同じように計った赤い液体を少量足し入れる。

 木箱から丸薬を二種類取り出して瓶の中に入れ、煎った種子を磨り潰した黒い粉を指先の感覚で計り一つまみ。

 指で蓋をして瓶を軽く振って中身を混ぜると、丸薬と粉が液体の中に溶け込んでいき、赤から灰色へと色彩を変化させて、さらさらした中身が、どろっとした粘りのある物へと変わった。

 ルディアが作り出したのは術構成を手助けする触媒液だ。

 触媒を単体で使うよりも効率よく短時間で術を形成する事ができるが、その反面術に合わせた適正な触媒液を作るにはある程度の専門知識を求められる。

 もっとも薬師が本分であるルディアには、この程度はお手の物だ。

 右手の人差し指と中指を伸ばし指先で触媒液をすくい取ると、先ほど開いた穴を中心にして、指を筆代わりにルディアは大人の両手を広げたほどの大きさで円形の陣を描きはじめる。   



「手慣れたもんだなお嬢さん。絡み酒のクマを潰した手腕も見事だったがたいしたもんだ」



「親方勘弁してくれ。あん時は鬱憤が貯まってたんだよ。確かに一瞬で潰れたがよ」



 澱みのないルディアの手際を見たファンリアがタバコを吹かしながら褒める横で、醜態を思いだしたマークスが溜息を吐く。

 荷運びを終えたファンリア商会達の者は休憩をかねてか、倉庫の隅に集まってルディアの作業を見物している。

 見られているルディアとしては少しやりづらいのだが、娯楽の少ない航海中という事や同乗させてもらった恩義もあり仕方ないと諦めていた。



「そりゃ良い。うちの軟弱亭主が酒盛りをはじめたらお嬢さんに頼んでクマさんみたいに潰してもらおうかね。酒代が半分以下で済みそうだよ」



「ちょ! 母ちゃん。そいつは勘弁してくれ」



 マークスの言葉に恰幅の良い中年女性がしみじみと呟くと、大荷物を運んで疲れたのか横でへたれ込んでいた夫とおぼしき男性が情けない声をあげ、他の者達から笑い声が上がる。

 さっきの荷運びの時もそうだが、このファンリア商隊はそれぞれの仲がよく結束力も強く一種の家族のような関係を作っているようだ。

 気ままではあるが孤独な一人旅を続けるルディアはそれが多少羨ましく、故郷の家族や師の事が一瞬脳裏を掠める。

 早く工房を開く場所を決めて自分も腰を落ち着けるべきか。

 柄にもない事を考えながらもルディアの指は迷い無く陣を描いていき、一分ほどで陣を完成させる。

 立ち上がったルディアは触媒液の付いた指先をハンカチで拭い、広げていた道具類を片付けてからファンリア達の方へ振り向く。  

 


「完成したので試します。一瞬強く光りますから、直視しないように気をつけて下さい」



「はいよ。ほれお前ら目をそらしときな」 



 ファンリアが周りに注意を促して自らも吸いかけのタバコを携帯灰皿に仕舞ってから眼を細める。

 周囲の大半は顔を逸らしたが、ルディアの手腕に興味深げな幾人かは顔の前に手を掲げたり、ファンリアのように眼を細めている。

 術の続きを見物する気のようだ。



「お嬢さん。準備良しだ。ぱーっとやってくれ。かかった触媒や薬の代金はこっちに請求してくれていいからよ」



「助かります。実費にしておきますから」



 費用的にはたいした額ではないが持ってもらえるに越したことはない。

 ファンリアに軽く謝辞を述べてから、ルディアは陣に向き直ると一歩下がり左腰に下げた鞘から直両刃の短剣マンゴーシュを左手で引き抜く。

 籠状になったナックルガードには銀で作られた魔術文字の飾りが施され、柄頭には小振りの緑色の宝石が一つ。

 どちらも魔術補助の役割を持っており、防御短剣であり魔術師の杖でもある短剣は、旅に出る時にルディアが師から譲り受けた物だ。

 高名な刀匠の作ではないが良品でルディア自身との相性も良く、術の構成や維持をする際には心強い相棒といえるだろう。

 ルディアはゆっくり深く息を吸ってから左手の逆手で短剣を引き抜いて胸の前で構え、右手に印を作って柄頭の宝石へと指先で軽く触れ、いつも変わらない冷たく硬い石の感触を感じ取る。

 吸った息を今度はゆっくり長く吐き出しながら、緩やかに脈打つ己の心音へ意識を集中する。

 己の持つ生きる力【生命力】を魔術使用に適した形に変換する事で生まれる力こそが魔力である。

 魔力は心臓より生まれる。

 最初にルディアが師より授かった魔術師としての基礎。

 心臓で発生した魔力が血の流れに沿って全身に拡散し蓄積されていくイメージを描き出すと共に、ルディアの体内で魔力が急激に発生し高まっていく。

 高めた魔力を右手の指先へ。

 指先から柄の宝石に。

 宝石で属性変換された魔力が、ナックルガードに刻み込まれた魔術文字へと伝達され、術式を構成した文字が微かに光り出す。

 陣の起動に十分な魔力が貯まったことを経験で悟ったルディアは、短剣の切っ先を先ほど描いた陣の中央へと向ける。

 図形は正確に描き、十分かつ制御しやすい形で魔力は蓄積されている。

 この上で補助としての正式詠唱を行う必要はないだろう。

 強い光で目が眩まないように、軽く瞼を閉じてからルディアは簡易な命令を放つ。

 


「……起動」



 閉じた瞼の上からでも判る強い閃光が一瞬輝き、次いで薬品が焼ける微かな刺激臭が漂う。

 ルディアがゆっくりと瞼を開くと床へと目をやると、先ほどまではくすんだ灰色で描かれていた魔法陣が、深い緑色光を放っている。

 描いた図形や放つ光に異常は見られず、中心にある銀板からの魔力供給も問題無く追加の魔力を供給しなくても大丈夫なようだ。



「問題はなさそうかねお嬢さん?」



 ルディアがほっと一息を吐いた所で、その様子を見ていたファンリアが声をかけてくる。



「えぇ。無事完成です……といってもここまでは教えられた通りにやるだけですから。こっからです。解析して毒の判別。場合によっては解毒用に薬を作らないといけませんから」



 ここからが本番だとルディアは握ったままのマンゴーシュを鞘へと戻して意識を切り替える。

 この魔法陣で出来るのはあくまでも毒の解析だけ。

 解毒ができるわけではない。

 船長達の言っていた通りに大サソリの毒であるならば、解毒剤もあるとのことなので問題はないのだろうが違った場合はまた厄介な事になる。

 手足が麻痺したという船員。

 倒れていたという謎の人物。

 故郷を出てからいろいろな地方を周りつつ、時には薬師として旅費を稼いだりもしてきたが、こういった非常事態に遭遇するのは初のことだ。

 自分が柄にもなく緊張している。

 その事に気づいたルディアが小さく息を吐きだしながら呼吸を整えようとした所で、船倉全体が微かに揺れはじめた。

 

   

『先代。すぐに南323灯台に到着します。整備された港と違うので停船時に大きく揺れます。そちらの倉庫の扉は操舵室側で開けますので付近から離れていて下さい』



 船内側の扉付近に取り付けられた伝声管から船長の声が聞こえ、砂船が急速に速度を落としていく。

 それに平行して徐々に揺れが強くなっていき、ルディアは僅かに歩幅を広げて衝撃にそなえた。

 ファンリア達も床に直接座ったり、近くの壁に手をかけてバランスをとった体勢となっている。

 しばらくして船全体が一度大きく揺れてからようやく震動は収まる。

 倉庫に響いていた高稼働状態の転血炉の重低音も小さくなっていた。

 どうやら目的地である灯台近辺へと到着して完全に停船したようだ。



『扉を開けます。外気が入ってきますので防寒着を着用して下さい。先守船は扉直下にいますのですみませんが引き上げをお願いします』



 船長の指示にルディアは赤髪を纏めて羽織っていたマントの中にしまい込み、ボタンを留めて頭をすっぽりとフードで覆う。

 荷物の運び出しで薄着となっていたファンリア商隊の者たちも手近に置いていた防寒着を各々身につけると、引き上げロープや釣り下げ板の準備をしはじめる。

 完全停止状態から再始動する場合は、中型船ではどれだけ急いでも10分ほど必要になる。

 魔物避けの術が施された灯台近辺で、低危険度の特別区といえども、すぐに動け無い以上襲撃警戒を厳重にするに越したことはない。

 ただそちらの警戒にほぼ全ての船員や探索者を廻した為に、先守船から本船側へと倒れた探索者や意識を失っている救助者を引き上げる為の人手が足りなくなり、暇をしていたファンリア商隊の者達がその役目を引き受けていた。

  

       

「船長。準備ができたぜ」  

 

 

 老体ながらも自ら引き上げに加わるつもりなのか、作業用の手袋を身に着けたファンリアが伝声管越しに船長へ合図を送る。



『了解しました。開けます』



 搬入口の横に取り付けられた大きなベルが大きな音をがなり立てると共に、外気を隔てる為に二重となった厚い扉が左右に開き始めた。

 開いた隙間からは肌を切り裂くような冷気と共に、微かな明かりにキラキラと照らし出された細かな砂粒が倉庫の中へと吹き込んでくる。

 光を放つ灯台が近くにある為か、常世の砂漠においても満月の夜と同じくらいには明るい。

 


「一応カンテラを先端につけて降ろせ。負傷者かも知れないから高価な荷物を扱うつもりくらいに丁寧な作業でな」



「あいよ親方」



 ファンリアの指示に商隊の者達は各々答えると、慣れた手つきで扉近くの床や壁に埋め込まれていた滑車の着いたクレーンや留め具を引き出して、直下に止まっているであろう先守船へとロープで結んだ板を降ろしはじめる。

 てきぱきとした手際と連携の良さにルディアは手伝える事もなくただ見ているだけだ。



「……判ったまずは倒れていた奴からだな!…………右手が固まって柄から離れない? 判った気をつける! よし引き上げるぞ!」


 

 扉から外に顔を出して下の探索者と大声で手順を確認していたファンリアの息子だという中年男性が後ろの仲間に指示を出す。

 ガラガラと滑車が鳴り、吊り上げ用と予備兼姿勢補助用の2本のロープがゆっくりと引かれて救助者が乗せられた板が上がってくる。

 作業の邪魔にならないように気をつけながら、ルディアは扉に近寄ると僅かに顔を出して下へと目をやる。 

 板の上に仰向けに寝かされた人物は薄汚れた外套に身を包み意識がないのかぴくりとも動かない。

 その身体はまだ子供かも知れないと思うほどに小柄だ。

 右手には小さな体格にやけに不釣り合いな大きな柄が握られている。

 根元から折れているが、その柄の大きさや切断面からみても随分大きな刀身が付いていたようだ。

 先ほど確認していた右手に気をつけろとはこのことだろう。

 寒さで指が硬直して離れなかったのだろうか?

 完全に吊り上がった所で、鈎付き棒を持っていた商人が、器用に引っかけて船内へと板を引き入れる。

 近くで見ればやはり小柄なことがよく判る。

 ルディアが長身な事もあるがその背丈は半分ほどしか無いだろうが。

 外套から出ている砂にまみれたその手はほっそりとしていて女性的だ。

 接触した船員が倒れたと聞いているので、不用意に触れる事はできないが、フードに隠れた顔だけでも見ようかと、ルディアが近付いた所で大声が上がる。



「こ、の柄!? まさかあん時のガキか!?」



 声をあげたのはこの船にルディアが乗り込む事になった原因のマークスだ。

 救助者が握っていた剣の柄を見てかなり驚いているようで、唖然とした顔を浮かべている。

 後ろの方でロープを引いていたマークスからは、完全に引き上がるまで姿が見えなかったのだろう。



「マークスさん知り合いですか?」



 ルディアはマークスに問いかけて見たが驚愕しているのか反応はない。

 


「ほれ、お嬢さんがクマに散々聞かされた件の娘さんだよ……顔も間違いないな。まいったね。こりゃ」  



 固まっているマークスの代わりにファンリアが問いに答えると、素手で触れない為か、鈎棒を器用に使って倒れていた人物のフードを取り去り、素顔を確かめて小さく頷く。

 その顔はまだ幼さを色濃く残した10代前半の少女。

 青白い顔で少し吊り気味の目もとを、苦しそうに歪めていた。

 極寒の中に晒されて血の気が失せた唇の端は、僅かに切れて血が凍りついている。

 あまり手入れがされていないのか硬そうな長い黒髪は砂まみれだ。

 だがそんな状態でありながらもこの少女の素顔は人の目を引く所がある。

 


「この娘ですか…………大剣を軽々と扱ったっていう」



 散々聞かされた愚痴からルディアが想像していた姿は、子供と言っても、もっと荒んだ者であった。

 だが目の前に倒れているのは、同性であるルディアの目から見ても、紛れもなく美少女だと断言できる。

 そんな少女に対するルディアの第一印象は予想外。

 その一言に尽きる。

 その風貌もさることながら、まさかこんな状況で散々愚痴で聞かされた少女に会うことになるなどルディアは微塵も考えてはいなかった。

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