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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
見習い鍛冶師と情婦
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見習い鍛冶師と情婦

 息をゆっくりと吸い、吸った時間の倍ほどかけてはき出す。


 目に映る素材を前にはやる心を落ち着かせ、打つべき15万2421の行程を頭の中に描き出す。


 ドワーフならば金属の声を聞き、流れに合わせ、止まること無く打ち上げる。


 ティルは違う。純粋な人間種であるティルには金属の声を聞くことは出来無い。


 だが打ち上げる。


 寝食以外の全ての時を鍛冶に掛け、膨大な経験と学習に基づく知識と勘を持って、ドワーフの特殊能力に並び、いや凌駕する。


 全ては胸の奥にある渇望ゆえ。


 武具を作りたい。剣が作りたい。ただひたすらにそれだけだ。


 それ以外いらず、それ以外に見る物は無い。


 だからこそ届く。


 だからこそ行き着く。


 もう一度息を吸いつつ、右手に持った愛用のハンマーを軽く握り直す。


 心身共に充実した状態。


 だがあえてそれらを一度捨てる。切り変える。


 今から主槌を打つのは自分ではない。


 白銀のレグルスではない。


 珪石のミロイドだ。


 ミロイドの作り上げた武具を見て、分解し、組み直してを、この半年間飽きること無く繰り返してきた。


 その技術。その理念。その思想。


 ミロイド個人は判らずとも、鍛冶師ミロイドは判る。


 見習い鍛冶師ティレント・レグルスには判る。


 死んだ鍛冶師の槌が打てる。


 振り上げた槌を、横たわったミロイドの遺体に、最後の剣となるべき素材の中心へとゆっくりと槌を打ち下ろす。


 中心に埋め込まれた金属片と、槌が噛み合った瞬間に澄んだ音が工房内を軽やかに奔る。


 まるで鈴の音のような心地よい音こそが、ミロイドの魂が奏でる音。


 身体に残る残留思念。


 そしてミロイドの意思が込められた武具を解体して作った刻印金属を反応させて、本人が打つ槌と変わらない意思を生み出す。


 そこにティルの魂は一切込めない。


 込めてはいけない。


 ほんの一欠片でも混ざれば違う物になってしまう。


 だから無心で槌をゆっくりと動かしながら、しかし止まること無く身体のあちらこちらに埋め込んだ刻印金属へと次々に打ち下ろしていく。 


 打楽器を演奏するかのように軽やかに槌が踊り、余韻を残しながら音が奏でられる。


 やがて長く響く余韻が一続きの音となるころに、ミロイドの遺体に異変が発生する。


 硬直し固まった遺体の皮膚に埋め込まれた金属片が、響く音に弾かれるかのように微細な振動を初め、その振動に合わせ、身体の表面が波立ち波紋が広がった。


 あちらこちらで発生した波紋が、ぶつかり、混ざり、絡み合い、徐々に光を放ち始める。


 遺体の全身が淡く発光し始めた瞬間にティルが動く。


 本来の技を思い出し、普段ののんびりしていた動きとは違う、直線的で電光石火の勢いで槌を振るい、複雑に絡み合う波紋に調整を施し、勢いを押しとどめる。


 その手は止まらない。


 あちらこちらに飛びながらも迷うこと無く、正確無比に振り下ろして、威圧的な甲高い音と共に、波紋を制御し最適解で抑える。


 ティルの相槌によって、金属片の振動が弱まり、波紋が生み出す光が収まっていく。

 するとまたティルの手は、動きを変え、ミロイドの槌へと戻る。


 弱まった振動や、光をもう一度取り戻そうと、また踊るように槌を振るい、全身を打っていく。


 先ほどよりさらに軽やかに、早く。


 光が輝きを増し、波紋が少し大きくなる。


 そしてまたティルが直線的に槌を振るい、威圧的な甲高い音と共に波紋を押さえ込む。


 踊る槌と、機械的な槌が交互に入れ替わる。


 まるで違う槌裁きと、奏でる音により波紋が生み出され、静められ、それを幾度も繰り替えしながら、徐々に徐々に槌は早くなり、音と波紋も大きくなっていく。


 波紋が流れる度に、遺体は少しずつ金属色を帯びていき、別の物へと、剣へと変わっていく。


 エーグフォランの、レグルスの秘奥とは、正確に言えば生物を武器素材とすることではない。


 生物という存在を、武器という存在へと変化させる。


 本質その物を変えてしまう。


 まだその道の入り口に到達したにすぎないティルには遠い領域だが、極めれば生物を生きたまま武具へと、その知性特殊能力を持つ生体武具として、生まれ変わらせる事すら出来る。


 だがその為には、超人的な技量と、何よりも強靱な意志が必要となる。


 それは生物が生物であることを否定し、生物が武具であるという偽りを真実だとするほどの意思。


 その物のみならず、世界にすら、誤った理を、真なる理と認めさせるほどに、突き抜けた意思の力。


 そこまでいけば生物としての道を半ば外れる。


 狂わなければ到達できない領域。


 だからこそ秘奥。ならばこそ秘奥。


 壊れた者しか行き着けない。


 己の世界を絶対とし、他者の世界を否定し塗りつぶせるまでの、破壊者となって初めてそこへとたどり着く。


 壊れなければ行けない世界。


 壊さなければ見られぬ世界。


 故に到達できる者は少なく、到達に至る道も誰も示さない。師事しない。


 誰が好きこのんでそんな修羅道へと落ちるというのか?


 しかしここに例外がいる。ただ1人の例外がいる。


 他ならぬティルだ。


 ティルは壊れている。


 最初から世界が武具でしか剣でしか無い。


 最初からその世界を見ている。


 最初からその世界で人に語りかける。


 圧倒的な、狂信的な、暴虐的な意思を持ってその狂った世界を持って、何の気負いも無く他者の世界を浸食し塗り替える。


 そこに意思はない。


 考えはない。


 私欲は無い。


 ただあるがまま、ティルがティルである為に、他者を踏みにじり、破壊し、変わらせる。

 だからこそティルが槌を打てば世界は変わる。


 エーグフォランが生み出した、最高にして最悪の鍛冶師『狂綬』から生み出され、『狂綬』へと至らぬかった故に自己に絶望し滅びた魂。


 その魂の抜け殻から生まれたティレント・レグルスとは、変える者で有り、中身を持たぬ者。


 故に他者の槌を振るえる。


 故に他者の相槌として、至らぬ者を、至る世界へと導ける。


 故に鍛冶師として、最高の資質をもちながら、未だ独り立ちできない。


 ティルにとっては鍛冶師という職業は、何かを成し遂げる手段では無い。


 生き様であり、本質。


 目指すべき道も、目標も無いまま、ティルは槌を振り続ける。


 ただ息をするように。


 ただ心臓を動かすかのように。


 それが存在意義であり、存在理由。


 己の存在である鍛冶師としてのみ、ティルは存在する。


 なにも顧みない。


 なにも止められない。


 激しく入れ替わる槌の動きで、腕が悲鳴を上げ、槌から伝わってくる衝撃で強く握りしめた指の皮膚が裂け、爪にヒビが入っていく。


 一降りごとにその顔色からは血の気が引いていき、青白く変わっていく。


 だがそれは当たり前だ。


 今ティルが打ち込んでいるのはただの槌ではない。


 己の存在。己の命その物。


 珪石のミロイドというドワーフを、自らの命を持って打ち負かし、珪石のミロイドという名の武具へと変化させる。


 1つの生命を変化させようとするのだ。ティル自身も命をかけなければ成し遂げられない。


 一歩間違えれば、精魂尽き果てればティルも、生きる力を失い死ぬ。


 それを知りながらもティルには恐怖は無い。


 剣を打つ。


 剣を打っているなら自分が死ぬわけ無いと知っている。


 打ち終わるまで死ぬはずが無い。


 死んではいけない。


 鍛冶師が武器を完成させず死ね無い。


 だから鍛冶師である自分が死ぬわけが無い。


 死ぬならばこの剣を打ち終わってからだ。


 あっさりと死線を越える覚悟を決めティルは槌を振るう。


 ただ1人で、二人分の槌を振るい、一打ちごとに死へと近づいていく。


 しかしティルが死へと近づくということは、それは剣が完成へと近づいていく証。


 ならば喜ばしい。この世で最高の祝事だ。


 だからティルの顔に笑顔が浮かぶ。


 一打ちごとにやつれ、生気を失っていき、土気色に変わろうとも、目が歓喜の色に染まり、凄みのある顔へと、10才の少年が浮かべる、浮かべられるはずも無い凄惨な笑顔に変わっていく。


 そこにいるのは、ただの狂った鍛冶師だ。


 誰かが息を呑み、苦しそうに唇をかむ。


 変わってしまう、戻って来られないのでは無いかと心を痛める。


 しかしティルには見えない。


 見ないのではない。見えない。


 事ここに至れば既にティルの意識は無い。


 なにも見えていない。なにも聞こえていない。


 唯々槌を振るう為に、他者の世界を己の世界で塗りつぶすために存在する。


 がむしゃらに、踊るように、一心不乱に槌を振るう。


 ミロイドの槌も、ティルの槌も意識はせずとも、自然と、高速で切り変わる。


 閃光のように煌めく槌が、振り下ろされる度に遺体が大きく波打ち、皮と肉が埋め込まれた金属と同化し、急激に形を変えていく。


 銀色に輝く刀身で出来た一本の剣へと。望まれる剣へ。


 珪石のミロイドの遺作にして、珪石のミロイドという名の剣へと。 

 

 いつの間にか波紋の中心にティルの意図には無い印が浮かび始めている。


 それは神印。


 神が認める力を持つ物へと与えられる印にして、この世で唯一の生きている迷宮『永宮未完』において宝物として存在する事を許された印。


 物を作り、生み出す者なら誰もが望み、渇望する最高の名誉。 


 しかしティルの目にはそれも映らない。


 そんな物は見る価値すら無い。見いだす価値も無い。


 唯々剣を打つ。打つ。打つ。


 自分とは何のゆかりも無い。ただ偶然最後に居合わせた存在を剣とするために、全身全霊を、命の全てを賭けて剣を打つ。


 ティルにとってそれが全て。


 武具を剣を打つことが全て。


 目の前にある一降りのために、全てを注ぐ。


 先のことなど見ない、考える事も無い。


 今一瞬。この剣のみに全てを注ぐ。


 ティレント・レグルスにとって、この世とは今この瞬間はこの剣だけをさす。


 剣しか見ない。


 剣しか考えない。


 剣に全てを捧げる。


 鍛冶師にとっての情婦である剣に己の全てを捧げる。


 だからこそティレント・レグルスは狂っている。


 だからこそティレント・レグルスは最高の鍛冶師となれる。


 だからこそティレント・レグルスは、一度終わった存在でありながら見いだされた。


 己を剣と呼び、剣を求める剣士と共鳴するために。


 もっとも狂った剣士と、共に歩み、高め合い、相対する存在に、もっとも狂った鍛冶師となるために。


















 新規サブクエスト発生


 サブクエスト名『ムゲンの剣』


 最重要因子 復讐ムゲン剣『ミロイド』と次期メインクエスト最重要因子赤龍との邂逅ルートを設定……設定完了。


 クエスト発生時期調整……調整完了

 ちょっと短いですがティル編はこれで一端区切り。

 あえて会話を一切入れないエピソードで、周囲に一切興味の無いティルの異常性を強調した作りにしてみましたが、そうしたら文章が稼げなかったのが盲点でした……無駄な会話って重要なんだなと改めて認識しましたW

 剣の能力やら、復讐の顛末なんやらはケイス編でいきます。

 次はちょっと作中での時間を一年ほど飛ばして、『始まりの宮編』

 ケイスが探索者となる為に、旧作のメインタウンであるロウガに付いた辺りの予定です。

 その一年の間のエピも色々あるんですが、書いていると何時までも探索者にならないなってのと、基本的にケイスが独特な思考で暴れる、斬る、人助けをするな感じなんで、詳しく書かなくても作中で噂話として出せば想像できるかなと狡します。

 お読みくださりありがとうございます。

 遅筆ですがお付き合いいただけましたら幸いです。


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