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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
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剣士と薬師④

 砂漠を行き交う砂船。

 水上で用いられる船と構造が似ているために同様の名で呼ばれているが、その下部構造や稼働原理は水上に浮かぶ船舶とは些か異なる。

 どちらかと言えば雪山などで使われるソリを想像した方が判りやすいだろう。

 平坦な船底には魔力伝達のために生体素材が使われ、魔法陣が刻まれた石版が幾つもはめ込まれている。

 石版に刻まれた浮遊陣が船を僅かながらも浮かし、同時に出力比や角度を変える事により前後左右への移動を可能とし、舳先を覆うスカートと呼ばれる金属版で障害物を排除しながら砂の上を滑るように船は進んでいく。

 浮遊陣で船全体を高く持ち上げるには魔力消費が激しく、巡航速度時では浮くといっても人の拳一つ分ほどの隙間を作るのが精々だ。

 その為、起伏の激しい地形や固い岩盤の土地では船底が傷つきやすく、すぐに使用不可能になってしまう事もあり、広大な砂漠を持つ一部の地方のみで用いられる特殊交通手段になっている。 

 多数の魔法陣を稼働させるのは、船中央に積まれた転血炉。

 迷宮モンスターから採取した良質の魔力を含む血や樹液を加工処理し固形化した【転血石】を動力源とする転血炉は、暗黒時代前は協会と少数の大国だけが持つ極秘技術とされていた。

 しかし暗黒時代を迎えた事で事情は変わる。

 迷宮モンスター群に劣勢を強いられていた各国に対して、滅ぼされた大国の術者や家臣達が次々に技術解放を行っていたからだ。

 技術解放と同時に各地で研究改良が行われ、より小型高性能の転血炉が次々に試作、実用化され発展していったのは歴史の皮肉といえるだろう。

 暗黒時代が終焉を迎えた時代も少し昔となった今では、軍事用だけではなく民生品としても取引が行われている商品の1つだった。




 

 

 永宮未完特別区北リトラセ砂漠迷宮群。

 通称『常夜の砂漠』に四時間ほど前に進入した船の周囲は、まだ昼過ぎだというのにすっかりと闇に覆われている。

 遠くの空には灯台としての役割を持つ灯りがいくつか浮かび、それぞれに違う色とタイミングで点滅を繰り返す。

 船の周囲にはまるで蛍火のように浮かぶ光球が、先を照らすと共に、己の場所を他船に知らせて衝突防止に一役を買っていた。



「こいつの船体と炉は20年前の型だが、元々は中級迷宮での拠点用に建造された船だからともかく頑丈だ。重い武装を外したからそこそこ速度も出るんで輸送用にはもってこいって訳だ。ちょっと取り回しやら調整が難しいがその辺はご愛嬌だな」



「それにしたって余剰魔力が随分あるんですね。各部屋個別の室温調整機能とか、よっぽどの高級船にしかないって聞いたんですけど」



 元探索者だったという中年船員の説明に耳を傾けながらルディアは肌を切るような寒さに身をさらしていた。

 先ほどまでは与えられた船室で、暇を持てあまし魔術に用いる触媒の下処理をしていたのだが、材料を入れたフラスコを火に掛けてあとは放置となった所で、突然船長と商隊長であるファンリアから呼び出されていた。

 安全上の措置としてか客室と船の運航を司る区画は直結されていない為、一度船尾の階段から甲板に出て、それから再度船内に入らなければならず、せっかく暖まっていた身体を寒風にさらす羽目になったが、急病人でも出たかと仕方なく思っていた。



「あれな。実は出力調整用なんだわ。ほれさっき武装を外したって言っただろう。元々ついてたのが常時低稼働待機型の砲台でぶっ放さなくても魔力を結構食う。輸送客船には無駄だし重いから取っ払ったはいいが、今度は魔力消費が下がりすぎて普通に船を動かすだけだと炉が安定しなくなった。仕方ないから馬鹿食いする室温調整をつけたって訳だ。そんなわけでお客さんも気にせずどんどん使ってくれ。それで停泊状態でもようやく炉の最低出力に達して安定状態になるんでな」



「贅沢なんだか無駄なんだか。光球を発生させている魔法陣が防御結界と兼用になってましたけど、あっちも稼働可能って事ですか……結界が必要な怪物でも?」



 船壁に刻み込まれた魔法陣は構成自体は基礎的な物で読み取る事は容易い。

 一部分が輝き光球を発生させているが、大部分は光がない非稼働状態でその部分は対大型種用の防御結界の記述となっている。

 特別区と呼ばれる表層部分は迷宮外とさほど変わらない低危険度の地区であると知ってはいるが、些か大袈裟にも思える装備に、光球の光が届かない闇の中に未知の怪物が潜んでいるような錯覚をルディアは覚えた。



「陣の消去と再設置には触媒やらで費用も時間もかかる。だから探索船だった時の陣をそのまま使ってるだけ。心配しなくても特別区じゃその結界が必要になる奴や、まして旧式とはいえ中級迷宮探索船の結界を破る奴なんぞ出てこないよ。たまに獲物と間違えた馬鹿なサンドワームが砂を飛ばしてた時に使うが、それもあとの掃除が大変だからってくらいか……って言いたい所なんだけどな」



 ルディアが僅かに不安を除かせていた事に気づいた船員が心配ないと笑ってみせたが、急に表情を改めると声を潜めた。



「この間の始まりの宮が始まる直前くらいからだな。砂漠入り口のここらで小型船が何隻も行方不明になってるんだよ。運悪く谷に落ちたのかモンスターにでもやられたか判らないが破片の一つも見つかってない。でだ、薬師のお客さんを呼んで来いってのもこいつがらみっぽい」



「随分物騒な事で……でも単なる薬師のあたしに何しろと?」 



 なにやら不穏なことが起きているのは判ったが、なぜ呼ばれたのか判らないルディアが問いかけた所で、前をいく船員の足が扉の前で止まった。



「そこらはファンリアさんか船長から詳しく聞いてくれ。中でお待ちだ。俺はこれから上で見張り再開。案内はここまでなんで」



 扉の横にはハシゴがかかりその上には見張り台らしき櫓が組まれている。

 どうやらここが目的地のようだ。

 船員が扉を開けると中から暖かい空気が流れ出してきた。ここも温められているらしい。



「案内ありがとうございました。見張り頑張って下さい」



 仕事がある人間をいつまでも拘束しておくのも悪い。

 ファンリア達に聞いた方が早いだろうとルディアは案内してくれた船員に軽く会釈をしてから扉を潜った。

 室内は小さめの小屋ほどの広さだ。

 魔法陣の出力調整をするための水晶球がいくつか並び、壁にはリトラセ砂漠全体を描いた大きな地図がかかっている。

 部屋の中央には卓が置かれ、その上には魔術道具である立体地図が広げられ、船が進むのに合わせて地図が描き出す起伏が変化していた。



「寒い中わざわざ悪いねお嬢さん。どうだい駆けつけ一杯。温まるよ」



 地図を見ていたファンリアが入ってきたルディアに気づいて、右手に持っていたワインの瓶を掲げる。

 ファンリアが掲げる瓶にはつい先日、酒場でルディアが奢ってもらった王家の紋章が入っている。

 どうやらこの間と同じレイトラン宮廷酒造製の品のようだ。

 卓の横には船に乗ってすぐに紹介された口ひげを生やした船長の姿もある。

 船長は眉を顰め難しい顔を浮かべていた。

 室内には他にも三人の船員がおりそれぞれ作業をしているが、何処か落ち着きがないように見える。 



「真っ昼間から飲む趣味はないんで。それよりどうかしたんですか。何か問題でも?」



 怪我人や病人が出たので薬師として呼ばれたにしては操舵室と言うのも妙な話。

 自分がなぜ呼び出されたのか判らないルディアは酒の誘いを軽く断ると単刀直入に尋ねてみる。

  


「船長。お嬢さんに説明をたのまぁ」



 素気なく断られたファンリアはあまり気にした様子もなく、後は船長に任せるとグラスを煽った。



「判りました。申し訳ありません。わざわざご足労を。先ほど先行している先守船の護衛探索者から連絡があったのですが……」



 ファンリアから丸投げされた船長だが嫌な顔一つ浮かべずルディアに一礼してから説明をはじめる。

 ルディアよりも船長の方が倍以上年上のはずだが、乗客相手だからだろうかその言葉遣いは極めて丁寧だった。

 先守船は本船より先行して進む事で、谷や山など地形の確認を行い本船へと情報を送り、時には障害となるモンスターを他所へ誘導したり排除したり、他船が出した先守船や小型砂船と接触し情報交換を行う役割を持つ。

 昨日どころか、つい一時間前まで無かったはずの砂山が突如隆起していたり、通行可能だったはずの場所が巨大な谷に変化しているなど北リトラセ砂漠においては日常茶飯事。

 刻々と地形が変化するリトラセ砂漠迷宮群において、小回りも制動も容易い小型船ならともかく、中型以上の砂船が遭難も事故も起こさずに安全に進む為には先守船の存在は必要不可欠と言えた。

 その先守船が通常の点滅の合間に異なる点滅を挟んでいる灯台の存在に気づいたのは、つい30分ほど前。

 元々は砂漠を進む者のための休憩所として作られていた灯台だが、乗り合いの大型砂船が定期的に就航する今は徒歩や騎乗生物を使って砂漠越えをするような者はおらず、緊急時の避難所として使われている。

 そして灯台の設置された岩場に半日以上連続して生体反応を感知した場合にのみ、非常を知らせる点滅が自動点灯、救助要請の点滅が発せられる。

 救助要請を確認した先守船は本船に連絡後、すぐにその灯台へと向かい意識を無くして倒れ込んでいた人物を発見。

 凍りついたぶ厚い外套に身を包んでおり脱がせることが出来無くて種族や性別は判らないが、小柄でひょっとしたら子供かも知れない。

 とりあえずは極寒の岩場よりはマシだと船内に運んだ所で異変が起きたと……



「背負っていた探索者が船に辿り着くなり急に倒れました。幸い意識ははっきりしていますが、手足の末端に麻痺を感じて動かなくなったそうです。症状的にはこの辺りの砂漠に生息する大サソリに刺されたのとほぼ同じようなのですが」



 困惑した顔を浮かべている船長の事情説明が終わると、酒をちびちび飲んでいたファンリアが卓の上にグラスを置いてルディアへと向き直る。



「サソリつってもここは一応は迷宮内。人よりもでかい奴でな。さすがにそんなのに刺されたんじゃすぐ気づく。本人も痛みもなかったそうだ。一緒にいた他の奴等は無事。原因がよくわからねぇから薬師であるお嬢さんの意見を聞こうって訳だ」



「意見って言われましても……状況的に考えるならその救助者ってのが怪しい事この上ないみたいですけど。救助者に接触したのは倒れた方だけなんですよね」



 実際に見てみない事には詳しい事は判らないが、倒れた本人に刺された自覚もないというのならば、原因は助けられたその人物にあるように思える。

 救助者が何かしようとしたのか、それとも救助者の衣服についていた毒物が皮膚から浸透したのか。

 通常の薬物、毒物ではそう易々と皮膚から体内に浸透する事はないが、浸透しやすい即効性の薬品を作る事はそう難しくなく、ルディアもいくつかは製法を知り所持もしていた。



「探索者が倒れたあとは、誰も救助者には直接接触しないようにしています。大サソリの毒であるなら解毒薬は常備してあるのですが、判別が出来ない現状では投与はさせていません」



 船長の判断は妥当だろう。

 自身も同じ立場なら同様の判断をしているだろうとルディアは思う。

 薬と毒薬は紙一重。

 症状が似ているとはいえ、もし違った場合は解毒薬を与えた影響でより深刻な事態を招きかねない。

 


「調べてみないとあたしからも何とも言えません。すぐに戻って来るんですか?」  



「いえ、倒れた者がマッパーだった事もあり安全のために先守船は灯台に停泊させ、本船が合流のために南323灯台へと向かっています。あと30分ほどで合流予定です」

 


「設置には十分か……船長さん。解析用の陣を設置したいので何処か開いている部屋はありませんか。できたら平面でそこそこ広さがあると助かるんですけど」



 ファンリアからは薬師として船に乗る事を条件に乗船賃をまけてもらっている。

 これも仕事の一つだとルディアは考えながら、解析用魔法陣制作に必要な図形と触媒を頭の中に思い浮かべる。



「それならここはどうでしょうか。今はただの船倉ですが元は簡易工房です。魔法陣設置設備もあったはずなので使用可能です。炉からも魔力を引く事が出来るはずです」


  

 卓の引き出しから船の見取り図を取りだした船長が最下層の一室を指さした。

 作成した陣への魔力供給が可能ならば、作成維持のために使う触媒の量はかなり減らす事ができる。

 勿論頼まれ事なので、使用した触媒代をファンリアか船長に請求可能だが使わないですむならそれに越した事はない。

 ルディアとしても異論はなく船長へ了承の返事を返しながら先ほどの会話を思いだす。

 操舵室へと来る途中に聞いた小型船が連続で姿を消したという話。

 それが件の遭難者と関係あるかは判らないが、どうにも厄介な事になりそうだと予感を覚えていた。

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