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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
48/119

剣士と竜獣翁

 宵闇に目立ちすぎる白い布を纏ったケイスは、人気の途絶えた裏路地を素足のまま音も無く駆け抜ける。

 気を失ったルディアを肩に担ぎ、簡易な検査用貫頭衣の上には病室にあったシーツを羽織っただけというあられもない恰好。

 足にシーツが絡んでくるうえに、長身のルディアを荷袋のように肩に担いでいるので、バランスはこの上なく悪いが、その強靱な足腰に物をいわせ、無理矢理に速度を維持してみせる。



「まだしばらくはいけるな」



 当て身を喰らわせて気絶させたルディアの息を探り、意識が戻るまでまだ少し掛かるとケイスは勘で判断。

 壁を蹴って横道へと飛び込んだケイスは、ざわめきが聞こえる大通りへと進路を変える。

  


『娘。あちらには追っ手が来ているはずだ。どうする?』



「もう少し続ける。ルディに迷惑を掛けるわけにはいかんからな」



 胸元に仕舞い込んだラフォスの問いかけにケイスは迷うこと無く即断し地を強く蹴ると、路地裏から大通りへと飛び出す。

 ケイスが飛び込んだ先は夜の帳が深くなっても、まだまだ人で溢れる花街の一角。

 歳を誤魔化す為なのか派手な化粧をした薄着の娼婦達が纏う鼻につく濃い香水の香りが鼻につく。



「なんだ足抜けか?」



「担いでいる方はガキだぞ!?」



「おう嬢ちゃん初物か! 2人揃って俺が買ってやろうか!?」



 薄着の上にシーツを外套のように纏ったケイスと、その肩に担がれ微動だもしないルディア。

 どこかの娼館から抜け出してきたように思われても仕方ないケイス達に興味深げな声が飛ぶ。

 突然の闖入者の姿に、商品の品定めをしていた客達は見た目だけなら極上のケイスに好色な目線を向けるが、客引きをする呼び込みや娼婦達は面倒に巻き込まれては敵わないと迷惑そうに顔をしかめる。

 それらの視線を一切無視して周囲を探ったケイスは、1件の娼館にめどをつける。

 厚めの屋根と頑丈そうな太い柱。そしてなにより衆目を集められる絶好の位置。

 膝を沈め、闘気を足に込め脚力をさらに強化。

 ルディアを担いだまま、ケイスは纏ったシーツを翻しながら高く高く跳躍する。  

 群衆の頭上に大きな影を映しながら空を舞ったケイスが、娼館の屋根へと音をたてて着地すると、ざわめきの質がわずかに変化する。



「な、なんだいまの!? 魔術か!?」



「の、飲み過ぎたか……」



 10代前半とおぼしき幼い少女が、人を担いだままだというのに娼館の屋根まで一足飛びで跳び上がるという、現実感の薄い光景に、誰もが目を疑う。

 戸惑いの色を多く含んだざわめきと共に、その声につられた新しい視線が娼館の屋根煮立つケイスへと向かうなか、甲高い呼び子の音色が響き渡る。

 

  


「いたぞ! あそこだ!」



「あまり近づくな! 囲んで捕らえろ!」



 ケイスを探索していた衛兵の声が響き、花街の喧騒をさらに荒々しい物へと塗り替える。

 ちらりと視界を周囲に飛ばし見れば、散開して探索に当たっていたのか、数人で固まった衛兵のグループが4つほど。

 それらが一斉にケイスのいる娼館へと走りよってくる。

 些か乱暴気味に人波を掻き分ける彼らの手には、魔力で出来た捕獲網を飛ばす事が出来る捕獲魔具。

 魔術攻撃に一切の抵抗が出来無いケイスの魔力変換障害者体質は、追っ手には既に連絡済みのようで、近接戦闘に極化した戦闘力も考慮し、遠距離から捕らえようということらしい。

 位置関係を確認したケイスは、全身を一瞬だけ沈めてから一気に伸び上がり、気を失ったままのルディアを天高く放り投げた。

 



「げっ! 投げ捨てやがった!?」



「う、受け止めろ! 急げ!」



 藁で出来た案山子のように軽々と放物線を描くルディアに、衛兵達は慌てふためく。

 あの高さから意識無く地面に叩きつけられたら、無事では済まない。

 ルディアを助けようとするその隙を突き、ケイスは行動を開始する。

 屋根を蹴ったケイスは、突然の捕り物騒ぎに混乱する大通りの雑踏の中に飛び込み、己の低身長を逆手に取り、人込みに紛れてルディアを受け止めようとする衛兵へと次々に襲いかかった。

 


「くっ。がぁっ!?」



「そこにがはっ!?」



 群衆を己の姿を隠す壁に変え、するすると駆け抜けたケイスは、衛兵と交差する一瞬で闘気を込めた拳を下腹部へと撃ち込み次々に気絶させていく。

 ケイスが通り過ぎた後には、股間を押さえ泡を吹く衛兵達の哀れな姿と、青ざめた顔を浮かべる男性客の群れが出来上がる。



『……慈悲という物は無いのかお前は』



「安心しろ。潰してはいない」



 悶絶し泡を吹く衛兵達の哀れな姿に種族は違うといえど、同じ雄としてラフォスが深い同情を覚えるが、末娘は涼しい顔で答え地を蹴る。

 包囲網の一角を崩したケイスは、落下してきたルディアを空中でふわりと受け止めつつも再度屋根に昇る。

 瞬く間に数人の衛兵を殴り倒し、派手な立ち回りをするケイスに、花街の視線は戸惑いの色で染まる。 

 右手を胸元に突っ込んでラフォスを抜き出すと、闘気を込めて硬質化させ大剣としての本来の姿へと変化させる。

 抜き出したラフォスを大きく一降りし群衆の目に焼き付けつつ、呼吸を戦闘状態へと変更。

 脈打つ心臓が激しく送り出す血流に闘気を乗せ、全身から抜き身の殺気を無差別に撃ち放つ。

 総毛立つほどに寒気を覚える殺気がケイスの全身から醸し出される。

 身構える衛兵。

 一歩退く客。

 腰を抜かしへたれ込む娼婦。

 人々が思わず様々な反応を見せる中、ケイスは追跡者の隊長クラスと思われる衛兵をじっと見つめ、



「…………」



 無言で左肩に担いでいたルディアの首筋へと刃筋を這わせる。

 近寄れば斬る。

 紛れもない殺気が、ケイスが本気だと、群衆を錯覚させる。

 衛兵相手に派手に立ち回りをする向こう見ずな行動が、さらに信憑性を増していく。



「っ!」



 衛兵長が一瞬見せた逡巡の色を確かめたケイスは、背後に飛んで集まる視線を断ち切ると、屋根伝いに逃走を開始する。



「い、一班は追跡を続行! 二班は救護に!」



 逃亡を始めたケイスに我を取り戻した衛兵長の声が飛び、


「なんだったんだ今の?」



「あ、あれ人間だったのか? 蛇みたいな化け物じみた動きしてたぞ」



「……昔から噂されてた少女娼婦の怨霊だったら笑えねぇぞ」



 背後から聞こえる衛兵の叫びや、無責任な噂が紛れこんだざわめきを耳に捕らえながら、ケイスは次々に屋根を跳び一直線に夜の街を駈ける。

 屋根を踏み抜かぬように、的確に頂点部の棟木を捕らえながら進むケイスが向かう先は山岳都市カンナビスの特徴ともいうべき街区の端である断崖絶壁。

 大陸を隔てる巨大山脈の山肌に存在する僅かな平地を最大限に利用して作られている街区と街区を結ぶのは山肌をくり抜いて作られた隧道か、街区と街区を結ぶ索道のゴンドラ。

 翼を持たない種族にはその二つのルートが、カンナビスで移動する際の足であり、常識。

 だがこの美少女風化け物にはそんな理屈は通用しない。

 靄が掛かった夜空から降り注ぐうっすらとした月あかりだけで足元さえもおぼつかないというのに、ケイスは一切の躊躇も無く断崖絶壁からその身を躍らせた。

 浮遊感と共に感じる吹きすさぶ風に身を任せると、バタバタと外套代わりのシーツがざわめきだす。



「お爺様。私に合わせろ」



『またか。承知した』



 僅かな角度がついてはいるが断崖絶壁といっても過言では無い堅い岩肌が視界を瞬く間に通り過ぎていく中、ケイスは身体を僅かに捻り右手の大剣を崖に打ち込む。

 闘気を送り込み硬度と重量を増したラフォスの刀身はあっさりと岩肌に突き刺さり、それでは飽き足らず、硬い岩石を薄紙のように切り裂いていく。

 


『いくぞ。しっかり掴まっていろ』



 ラフォスの返答にケイスが柄をぎゅっと握る、同時に刀身の性質が軟質に変化し岩盤を切り裂いていた剣が止まりった。

 柔らかくなった刀身がケイス達の体重を受けて柳の枝のようにしなる。

 岩肌に叩きつけられる寸前で剣を再度硬質化。

 勢いよく元に戻ろうとする剣の反動を利用したケイスは、跳躍の勢いでラフォスを引き抜きつつ、垂直に落ちていた方向を無理矢理に修正して前方へと飛ぶ。

 そのまま夜目を利かせ崖沿いの僅かな凹凸を足がかりにケイスは次々に横へと跳んでいく。

 もし追っ手が来ていたとしても崖の途中から横飛びをして、落下開始地点から大きく逸れているとは思うまい。

 追跡者達の目を眩ます為にしばらく横移動してから、大きなくぼみを見つけたケイスは一度そこで足を止める。

 ルディアをそっと降ろすと大きく息を吐き、呼吸を整える。



「今のでごまかせると思うか?」



『この娘を生かしておけば、どうであれお前との関係性を疑われるであろうな』



「むぅ……面倒だな」



『ゴーレムの復活と龍魔術の使用で、お前が疑われるのは当然。だがこの薬師は無関係。刻が経てば疑いも晴れるであろう。放っておくのがこの薬師にとって一番では無いか?』



「そうもいかん。ルディは私を親身に世話してくれた恩人だ。私が一人で逃げて、後の面倒を押しつけるわけにはいかん。大陸中央の協会本部に連れて行かれて事情聴取や検査を行うという事だが、事が事だ、下手すれば年単位で拘束されんか?」



『人に限らず生物は我ら龍の力を恐れる。さほどの時間でもあるまい、それくらいは致し方あるまい』



「お爺様達は長い時を過ごすから良いが、人はそこまで生きられんぞ。ルディもやるべき事があるのに、無駄な時間を背負わすのは嫌だ」



『ならば娘と共に我を差し出せば良かろう。我が全ての元凶とすれば一応の説明はつく。さすればこの薬師もすぐに開放されるだろう』   



「それも嫌だ。お爺様は私の剣だぞ。それに剣に宿る魂がお爺様だとばれたら、父様達に迷惑が掛かるかもしれん。何故お爺様が私に反応したのか。私の容姿で勘ぐる者が出るやもしれん」



『ならばどうする気だ? このまま薬師を攫って逃げる事は出来ぬぞ。お前と違ってこの娘の身元ははっきりしている。後々面倒なことになるぞ』

  


「うむ。薬師ギルドだな。いっその事あそこに乗り込んで、ルディが来たという記録を破棄してしまうか」



『……何故お前はいちいち行動方針がそうも直情的で荒々しいのだ。止めておけ』



 迷惑を掛けたくないと言いつつ、もっと面倒なことに巻き込んでいると思わざるえない。

 ラフォスは心の中で嘆息しつつも、ケイスの提案を却下する。



「ふむ。こうなれば……………」



 どうすべきかと思案していたケイスは急に口を紡ぐと、空の一角へと視線を移した。

 ケイスの瞳が警戒色を強める。

 一瞬、そうほんの一瞬だけだが、視線を感じた。

 強く鋭い気配。

 ケイスよりも遥か格上の存在がそこにいたはずだ。

 気取られているか判らないがケイスは息を静かに深く吸い、呼気を整える。



「はぁっ!」



 鋭い呼気と共に岩肌を蹴ってケイスは空中へと躍り出る。

 足場も何もない宙へ自ら飛び出すなど、自殺行為以外の何物でも無い。 

 気配を感じた位置は空中。

 今見てもそこには何もいない。

 だがそれが気のせいだったとはケイスは考えない。

 己の勘を絶対と信じる。

 ましてや自分より上の存在を感じた。

 自分より強い者には、本能的に斬りかかりたくなる戦闘狂な本質が、絶好の機会を見過ごすはずは無い。   

 空中で体を捻ったケイスは己が信じた位置へ向けて剣を振り下ろす。

 何もないはずの空中。

 だがそこに確かな手応えを感じる。

 堅い。

 石造りの城壁へと剣を打ち込んだ時のような重い感触。

 刃が見えない何かに受け止められ、ケイスは空中に留まる。

 受け止めたられた。ならば、

 


「せやっ!」



 不動となった柄を足がかりにしケイスは空中で再度跳躍。

 その小さな身体を精一杯使って、前方宙返りからの回転踵落としを、見えない何者かに向かって打ち放つ。

 しかしその奇襲攻撃さえも、姿を隠す存在には読まれていたのか、足首を強く握られる感触と共に軽々と受け止められる。

 

 

「お爺様! 最大加重!」



 左足をラフォスへと伸ばし、刀身に触れて闘気を最大注入。

 闘気を込めれば込めるほどラフォスの質量は加速度的に上昇する。

 如何に浮遊の術を使っていようとも、自重の数十倍、数百倍の重量に耐えきれるはずも無い。

 あまりの質量に相手が落下しはじめ慌てふためく隙に斬ってやろうという目論見……だがその目論見は外される。

 宙づりになったままのケイスの体は落ちていかない。

 ラフォスの質量はますます増していくというのに、それでも動かない。



「思い切りの良さとは裏腹の計算された三段構えの攻撃か。やりおる」



 唸るような低い声が響き岩のようにゴツゴツとした肌を持つ巨体の老人が陰行を解除し姿を現す。

 獣人と竜人のハーフらしき二つの種族の特徴を持つ老人の顔。

 ケイスには見覚えがある。

 カンナビスですれ違った人の中でも、もっとも腕が立つとふんでいた老人だ。

 この老人ならば自分の攻撃を防ぎ、さらにはラフォスの超重量に耐えても不思議ではない。



「その顔……展望台で会ったご老体だな。貴方も協会の追っ手か?」  



「そうだと言ったらどうする?」



「無論斬る。他の者なら手加減してやれるが、ご老体なら本気を出さなければ出し抜けそうも無いからな」



 剣も攻撃も受け止められ逆さづりにさせられているというのに、ケイスはどこまでも傲岸不遜に宣言する。

 自分の行く手を塞ぐ者がいるならば、例えどれだけ格上であろうとも斬る。

 それがケイスの絶対方針に他ならない。

 

 

「私は確かに協会の者ではあるが追っ手では無い。むしろ味方だ。悪いようにはせんから剣を置いて去れ。そうすれば見逃そう」



「ふん!」



 老人の提案に、握りしめた拳でケイスは返答を返す。

 岩のような見た目通りに堅い感触が返ってくるだけで、眉根一つ動かさない老人にダメージが入った様子は見て取れない。

 一発ではダメならばと老人の腹に目がけてケイスは乱打を立て続けに何度も打ち込む。

 頑丈な皮膚を通過し、内臓へと衝撃を与える為に闘気も込めているが、内部まで通せた手応えは無い。

 闘気コントロールに長けた獣人故の技か。

 それとも純粋な技量の差か?

 どちらにしても自分の打突技は老人には通用しない。

 ならば剣技で押し進む。

 未だ絡めたままの左足でラフォスと繋がり、剣質を軟質へと変化させる。

 急激な変化に刃を掴んでいた老人も虚を突かれたのか、その太い手指からするりと刃が抜け落ちた。

 即座に足首を返し剣を蹴り下げ、目の前に。

 拳を引き戻すついでに剣を受け止め、腹に力を込め覚悟を固める。

 足首をつかまれたままでは、何時何もない虚空に投げつけられるか判らない。

 ここはまずは確実な脱出。


 …………勝つ為ならば片足を捨ててやろう。 

   

 左足を掴む老人の手首を狙ったとしても硬化した皮膚で防がれるやも知れない。

 ならばとケイスは躊躇無く自らの左足首へと握った刃をむけた。

 ラフォスの切れ味なら、切断の瞬間にさほどの痛み無くすぱりと切断できる。

 その後に続く痛みも、これだけ格上の者と挑める高揚感で打ち消せる。打ち消してみせる。

 戦いこそ喜び。

 相手が強ければ強いほど滾る血が魂が、ケイスを突き動かし始めていた。

 だがケイスが振るう剣よりも遥かに速く動いた老人の尾が、剣と足首の間に飛び込み、硬質化した鱗が一撃を易々と防ぐ。

 勝利の為に自らへと刃をむけるその狂人思考。

 常人には理解しがたく読みにくい物だが、幸い、それともあいにくと言うべきか、老人には懐かしくなじみ深い物だった。



「カヨウ。肉を斬らせて骨を断つ程度ならまだ判ろう。しかしお前達の血族は何故こうも簡単に四肢の一つを捨ててくる。理解しかねるぞ」 



『その子と私共では勝算の見積もりが遥かに違います。ケイネリア。剣を納めなさい。その方は私も大恩があるお方です』 



 極めて不本意だという感情を有り有りと含んだ声が老人の側で響き、次いで姿を隠していたスオリーが現れると共に、繋がったままの長距離通信魔法陣が生み出した鏡にケイスの祖母であるカヨウの姿が映し出される。



「…………ふん。御婆様か。承知した」



 不機嫌に答えたケイスは警戒の色を残しつつも力を抜く。

 闘気が遮断されその手に握られていた刀身がだらりと垂れ下がる。

 カヨウの登場に対してケイスに驚きはない。

 祖母の情報網がトランド大陸中に張り巡らされていると話には聞いていた。

 それに自分の行動が捉えられていない訳が無いということも。

 


「逆さづりではこちらが話しにくい。一度戻れ娘」



 コオウゼルグが軽く腕を振ると、ケイスの体はふわりと浮かび、ルディアが横たわる崖のくぼみへとゆっくりと戻る。

 崖に着地したケイスは剣を肩構えにしたまま、二人の亜人種へと目を向け、

 


「御婆様の知り合いで竜人と獣人のハーフとなると上級探索者のコオウゼルグ殿……それにその杖。スオリーは御婆様の間者だな」



 老人の顔を再度見つめてから、その横に浮かぶスオリーと彼女が手に持つ杖を一瞥する。


 杖がこの通信魔法陣を構成する魔具だと判断しケイスは正体を即断する。



「はい。ご無礼はお許しください。貴女様の監視を仰せつかっております」



 ケイスの言葉にスオリーは膝をつき頭を垂れた。



「やはりか。戦闘職ではないとはいえ技量を見抜けぬとは……うぅむ」


 

 これだけの陰行を行える魔術師が近くにながら、その正体に気づけなかった自分自身にケイスは怒りを覚える。

 スオリーが広義な意味では身内だからこそ良かったが、これが悪意持つ者であったなら。

 腕を組みケイスは不機嫌そうに唸る。

     


『ケイネリア。時間をあまり掛けられません。先ほどもコオウ様よりも申し出がありましたが』



「その事ならば断る。私の剣に宿っている魂は先代の深海青龍王ラフォス・ルクセライゼン。お爺様の事がばれると余計に不味いことになるぞ御婆様。私を大人しく逃亡させろ。御婆様や父様に迷惑をかけるのは私の本意では無い」



 祖母の言葉を途中で遮りケイスは事実を単刀直入に告げ、唯一の要求を突きつけた。



「「!?」」



『『なっ!?』』



『また馬鹿馬鹿しい戯れ言が真実になりましたか』



 ケイスの爆弾発言に、さすがに予想外だったのかコオウゼルグもスオリーも沈黙してしまった。

 鏡の向こうでも幾人かの呻き声や達観した感想が聞こえてくるが、カヨウだけはその真意を確かめ様と思ったのか、ケイスを見つめ、そしてすぐに嘆息する。

 基本的にバカ正直というか根が素直というか、直情的で嘘をつくのが苦手な孫は、その場から逃げる為に口から出任せを言うような性分では無いと知るからだろう。



『……なんでそう毎回、毎回、厄介事を引き寄せてくるんですか貴女は』



 赤龍王の作り出したゴーレムが復活するよりも、青龍王の魂が復活しているとなれば、それは何より争乱の火種となりかねない一大事。

 龍王の持つ知識、そして力は容易く国を討ち滅ぼすほどに強大だと誰もが知るからこそだ。



「私に言うな。恨むなら私を弄ぶ神を恨め御婆様。お爺様は私の剣だから連れていく。もし私の剣を封印するというなら御婆様といえど死を覚悟しろ。あとルディは私の命を救ってくれた恩人だ。今回の件で迷惑が掛からないように私は自己判断で動くぞ。他に用事が無ければ私はいくぞ」


 

 しかしケイスは気にしない。

 相手がなんであれ、世界がどうであれ、1年以上ぶりに会った祖母であれ、今の自分の目的には関係ない。

 最優先目標はラフォスを連れて行くことと、ルディアに迷惑を掛けないこと。

 この二つだけだ。

 自分の我を通す為ならば、誰が相手でも敵に回すし、戦う覚悟はとうの昔に出来ている。



『コオウ様。いかがなさいますか』



「嘘では無いのだな?」



『残念ながら。最悪という事象の方からこの子には尾を振って近寄って参ります故に』 



 カヨウの断言にコオウゼルグは朧月を仰ぎ重い重い息を吐きだしてから、ケイスへと目を向けると、



「仕方あるまい。娘。一度死ぬ覚悟はあるか?」



 ぎらりとその口元の牙を威嚇するように剥きだした。  

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