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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
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剣士と振り回される人々

 この時期によく吹く南から流れる夜風には、リトラセ砂漠からの砂が含まれ、空を霞ませ星を隠してしまう。

 頂点近くに影の縁から僅かに顔を覗かせ、儚い明かりを放つ朧月のみが孤独にたたずむ夜空が広がる。

 そんな霞む夜空の中に背の翼に魔力を通し、空を駈け昇るスオリー・セントスの姿があった。

 地上からの目を欺く隠形魔法陣を展開させながら、スオリーは疲れ切った身体を気力で動かす。

 下手すればカンナビス周辺が壊滅しかねない事態。

 カンナビスゴーレム復活”未遂”事件からは、既に10日が過ぎている。

 現場検証は既に終わり、これから管理協会本部主導で数ヶ月にわたる再現実験で原因究明が行われる手はずとなっている。

 スオリーは数ヶ月後に出るはずの、結果を”決める”為に空に上がっていた。

 微かな月あかりの中、薄雲の中に佇む大きな影を見つけ、スオリーは翼を急かす。

 影の主は、管理協会本部の重鎮であり上級探索者でもある『竜獣翁』コオウゼルグだ。



「お待たせいたしました。コオウゼルグ様」



「私も今来たばかりだ。気にするな。堅苦しくてかなわん」



 先着していたコオウゼルグの側でスオリーが羽を止めて膝をつき頭を垂れて挨拶をすると、挨拶はいらんとばかりにコオウゼルグは煩わしそうに手を振って答えた。

 管理協会本部で発足する事件調査班の最高責任者であり、同時に結論ありきな今回の終着点を描き出したのもまたこの老賢者だ。



「時間が惜しい。初めてくれ」



「はい。少々お待ちください。すぐに展開します」



 スオリーは立ち上がると展開したままの隠行魔法陣の中心部に懐から取りだした杖を伸ばしその先端を突き立てた。

 足場の無い空中だというのに、杖はまるで堅い大地に突き立てられたように直立不動となった。

 杖の先端部には鋭利な刃物によって切断され平たい平面をみせる小振りの宝石がいくつも埋まっている。

 通信用魔具に使われる宝石よりも純度を高め、数も増やしたこの魔術杖は、同じ構造の分身となるもう一つの杖との間に、高い秘匿機能を持ち合わせた直接通話を可能とする。

 その通信可能距離も一般的な通信魔具など足元にも及ばず、海を超え別大陸との即時通話も可能とする特注品だ。

 詠唱を唱えたスオリーが陰行魔法陣の記述を一部変更して、長距離通信を可能とする兼用魔法陣へと切り変えると、すぐに足元の魔法陣から水晶で出来た鏡が浮かび上がる。

 浮かび上がった鏡には既に1人の人影が映っていた。

 だが鏡に映るのはスオリーが普段の定時通信で報告を入れていた上役の姿では無く、ずいぶんと若い青年だった。



『あの子は無事か? 意識は戻ったか?』



 鏡の向こうの青年は、表情は落ち着いている風を装ってはいたが、焦りが透けて見える早口で問いかける。

 それこそ国で一番のテイラーが仕立てた衣服に身を包んだ薄茶色の髪の青年の瞳は、高い魔力をその身に秘める証である青く透き通っている。

 この人物は誰か?

 答えは一瞬でわかったが、さすがに予想外な人物の登場にスオリーがつい言葉を失っていると、



『オジキ。邪魔するなと伝えてあったよな。隠匿してあるが長時間使用で魔力波長をかぎつけられたら面倒な事になるぞ』



 何時もの上役は苦り切った声を出しながら、次いで鏡の中に姿を現す。

 短髪の黒髪頭を掻きながら姿を現した痩身の中年男は、ここ数日ほとんど寝ていない所為で目の下に真っ黒なクマを作り疲れ切った表情で青年を邪険に追い出す。

 鋭い目付きと引き締まった肉体は戦士の物……それも立ち居振る舞いや、全身に無数に見える傷跡が正規軍では無く探索者や傭兵出身者だと窺わせる。



『今回は心臓を刺されたとは聞いていないぞ。どこが無事に倒したというのだ』



『攻撃を心臓で跳ね返すなんて、巫山戯た技をまたやらかした所為だ。あれが勝算も無くやるか。心配する必要は無いだろう』



 先ほどの青年の抗議の声が姿無く響くが、中年男はウンザリとした顔で答える。

 色々とぞんざいな扱いをしているが、上役がイドラス・レディアスがオジキと呼ぶ人物は、一人しかいない。

 物の見事に当たった回答にスオリーは、ルディアからもらった胃薬はあとどのくらい残っていただろうかと、現実逃避気味に考える。

 青年の風貌をした人物こそが、南方大陸統一帝国ルクセライゼン現皇帝であり、ケイスの実父であるフィリオネス・メギウス・ルクセライゼンその人だ。

 その治世は半世紀を超え実年齢は70に手が届くフィリオネスだが、彼もまた不老長寿の存在である上級探索者。

 龍殺しの英雄を祖に置く国の成り立ち故ともいうべきか、ルクセライゼンにおいて帝位に即位する条件の1つに、迷宮に挑み上級探索者となることがある。

 皇帝は不老を持って全盛期の知性と肉体を保持し、大陸1つに渡る広大な国を治める事を求められる。

 数多くの英雄譚に謳われ、民を思い、民と共に歩む事を、己の命題にあげ、民衆に支持される皇帝フィリオネス。

 今世を生きる英雄の一人であり、世界最大の国力を誇る大帝国の長。



『大怪我を負った娘の心配をして何が悪い』



 だがその英雄皇帝も一皮剥けば人の親。

 ましてや問題児という言葉の概念から覆しかねないほどの問題児であるケイスを娘に持ったその心労は察してあまりあるほどだ。

 


「……うちの姪っ子はどうだ?」



 フィリオネスの相手をするのが面倒になったのか、ウンザリと息を吐きながらイドラスはケイスの様子を確認してきた。  

   

 

「は、はい。全身に負っていた裂傷は軽度だった為ほぼ完治しております。胸に負った傷も順調に回復しておりますが、未だ意識は戻っておりません。ですが頭部に損傷を負った形跡は見えず、水を口元に運べば摂取しますし、右手に堅く剣を握りしめたままで離そうともしませんので、医師もどうしてこれで目覚めないのかと首を捻っています」

  

 

 口元に薬入りの水差しを運べば、無意識でもケイスは口にし嚥下している。

 これなら何時目覚めてもおかしくないはずだというのが医師の見立て。

 しかしこの診断が出てから既に3日。

 ケイスは未だに目を覚ましていなかった。



『…あの馬鹿の事だからそれは自分で眠りについてるな』



 だが幼い頃からケイスを知る者にとっては、それはたいしたことでは無かった。

 二歳の頃から迷宮に捕らわれたケイスの場合、裂傷程度なら怪我のうちに入らず、四肢の欠損や内臓器官の損傷もザラと、地上の離宮龍冠にいる最中は治療中で絶対安静状態がデフォルト。

 しかし戦闘狂のケイスが動けないからと大人しく寝込んでいるわけも無く、深手を負った自分を恥て、次の戦いに備えると、回復に専念しつつ、イメージトレーニングを行う為に、自らの意思で明晰夢を自在に見られるようになったのはいつからだったろうか。

 昔はケイスが寝込んでいる時間は一般教養を教え込む時間だったのが、それ以来寝ても覚めても戦闘しか頭に無くなり、ますます人間離れした思考になったのは致し方ないだろう。



『どうせ今回も怪我を負ったのか、思い通りに剣を振れなかったかが悔しくて、夢の中で剣でも振ってるんだろ……オジキ。心配するなとは言わんがあいつに限ては無駄骨だって判ってくれないか』



『イドまどろっこしいですわ。叔父上。あまり時間を長引かせては余計な疑いを招きます。これ以上お時間がいるようでしたらご報告は後日改めてという事になりますが、よろしいでしょうか?』



 苛立ちを隠そうともしない女性の声が急に割り込んでくると有無を言わせぬ響きを持っていた。

 一応確認を取る体を取っているが、実質的な宣告に他ならない。

 これ以上口を出すなら追い返すと。



『……判った邪魔はせん』



 フィリオネスの不承不承であるが承知する声が響くと、上司であるイドラスが無言で首を振りスオリーに報告を始めろと促す。



「今回の件は、表向きには偶然が重なった末に起きた事故として処理する手はずになっています。原因はあの方が使用された剣にあるという事に。未だ由来や詳細な解析は出ていませんが、あの剣が龍の骨を用いた物である可能性は極めて高いそうです。剣の欠片と破壊された魔具の魔力に反応して、衣服に付着していた土の中に残っていた魔法陣が復活したという形になります」



 今回発生したゴーレムは、事件二日前にゴーレム起動実験が行われたベント街区闘技場の土が、偶然ルディアの衣服に付着し、決闘が行われたルーファン商業街区鍛錬所へと持ち込まれた事が発端。

 ルディア達とカンナビスライトの制作者であるリオラが接触した事実は第三者の証言もあり、実際にルディアのコートのポケットからはリオラのブーツ底からこぼれ落ちたと思われる闘技場の土が微量ながら検出されている。

 そこまでは紛れもない真実。

 だがそれ以降は無理矢理に理屈をつけ、偽りの筋道を重ねる物へとなっている。



「幸いと言うべきか、事件前に街の買い取り屋に、あの方から委託された薬師が龍の力を含んだ転血石を大量に持ち込んでいます。俗称で羽の剣と呼ばれているあの剣には龍の力が色濃く残り、その欠片だけでも大きな力を持っている危険物であるという論法に一定の根拠を与えれます」



『羽の剣か……出所は不明なままなんだな』



「はい。カンナビスの協会直属鑑定士チームや、委託した武器商ギルドによる調査も行われましたが、現在も製法に関する手がかりすら未だ掴めていない状況です。ただ彼らに言わせれば、訳の判らない極めて高度な品なら、十中八九はエーグフォラン産。それも7工房のどれかかが関わっているだろうという話です」



『口伝がメインで資料を残さないドワーフ鍛冶には聞くだけ無駄だ。作りたいから作るで個人個人が自由気儘にやっているからまともな製造記録はあって無いがごとしだ。国直属の7工房ですらそれは変わらんな』



 見て覚えろを地でいくドワーフ鍛冶の技術は基本的には師から弟子への直接継承。

 教本なんぞ読む暇があれば自分の肌で感じろなドワーフ達には、誰が何時作ったかなんて詳細な資料は期待出来ない。

 もし問い合わせても、知るか。その武器よりもっと良い武器が作ってやるといわれるのが落ちだ。



「はい。ですが逆に由来を追えないからこそ、真相を霧の彼方に覆い隠せるかと。無論あの剣にその様な力はございませんので、コオウゼルグ様の引き続き御協力を要請いたしました。ただ承諾するかどうかは詳細を聞いてからとの事です。コオウゼルグ様と変わらせていただきます」 



 スオリーはいったん言葉を句切ると杖の前から退いて、コオウゼルグのために場所を空ける。

 コオウゼルグは今回の事件をうやむやに、ケイスの存在、正体を隠し、偶然が重なった魔力暴走による事件だったとする為の案を提案してくれたが、まだ協力の確約はしていない。

 あくまでもこうする事が出来ると提案してきただけだ。



「久しいなイドラス。お前が今の草の頭を務めているとはカヨウからは聞いていたが、あの荒くれ者が立派になったな」



 僅かに柔和に見えなくも無い程度に目を細めたコオウゼルグが、まずは無難な話題からはいる。

 イドラスの母はレディアスの性が表す通りカヨウ・レディアス。

 カヨウとコオウゼルグは共に暗黒時代を戦い抜いた勇者パーティの一員であり、カヨウの長男であるイドラス自身もこの老賢者とは何度も面識がある旧知の仲だ。

 今現在トランド大陸全土に細々とながらも根を張る諜報組織である『草』を現場で取り仕切っているのは、カヨウからその役目を引き継いだイドラス。

 だからコオウゼルグとの交渉の場に立つのが、イドラスの役目でもあるが、



『コオウ老。昔の話は止めてくれ、ありきたりな若気の至りというものだ』



 当の本人としては色々弱みを握られているので、遠慮したいと如実に顔に書いてあった。

 イドラスは歴史に名を残す英雄である母親をもち、皇帝フィリオネスの最側近である守護騎士として近衛騎士団を率いる父親をもって生まれた。

 ルクセライゼンでは英雄として知られる両親の下で生まれ育ったはいいが、過度の期待やプレッシャー等の重圧に負けたイドラスは、若かりし時代に一時国を捨て出奔した過去を持つ。

 トランド大陸に渡り探索者をやる傍ら傭兵や賞金稼ぎとして過ごしていたが、その間に母のパーティメンバーだった他の英雄達には、幾度か助けられたりしているので今も頭が上がらない状態になっていた。



『ふん。そう思うなら精進しろ。カヨウは息災か』

  

   

『元気もなにもお袋なら俺の横に来てる。コオウ老に直接に詫びを、あと報告を入れたいとな。変わる』 



 苦手な相手はとっとと逃げるが勝ちといわんばかりに、イドラスが鏡の中から消えると、すぐにイドラスと同系色の黒髪と黒い瞳を持つ女性。カヨウの姿が映し出される。



『お久しぶりですコオウ様。この度は我が孫がご迷惑をおかけ致しまして。あの娘の存在を黙っていた事も含めて、まことに申し訳ございませんでした』



 鏡の中に映ったカヨウは微笑を保ちながら、今回の謝辞と非礼をわびる為に深々と頭をさげた。



「構わん。お前の血筋であるなら私の身内だ……しかし姿形と剣技でお前の血筋である事は判ったがイドラスの娘ではなく、小僧の娘だったとはな。ならば隠すのも理解するが、娘をしかと明かすなら父親の役目ではないのか? 私はあの娘の真名をまだ知らされていないぞ」  



『だ、そうですが陛下いかがなさいますか』



『……そう責めてくれるなコオウ老よ。私とてあの子を隠したくて隠しているわけではない。出来る事ならば、我が子だと正々堂々と日の当たる場所に手を引いてやりたいのだ』



 フィリオネスが重いため息と共に再び姿を現しカヨウの横に並ぶ。

 ルクセライゼンの国内事情を考えれば、公式には子のない現皇帝の血を引く唯一の娘。

 詳しい説明を聞かずとも、その存在が如何に危険で、そして深い事情を持つか察せ無いコオウゼルグではない。

 だが知らぬ相手の為に動く気はないと、その瞳が如実に物語る。



『あの子は、ケイネリアスノー・レディアス・ルクセライゼンは紛れもなく私の子だ。リオラ・レディアス……いや我が甥の妻であったリオラ・メギウスと私の間に生まれたな……』



 ケイスの生まれ持った超常の力と数奇な運命。

 娘を他者に紹介する。

 父親としての役目を初めてこなすフィリオネスは、重い口を開きながら、徐々に語り出した。 



「……なるほど。深海青龍の先祖返り。しかも神木を持って生まれた者か」



 ケイスの生い立ちとその力を聞いたコオウゼルグは、数々の疑問が合点がいき一気に解消していく様に、知識欲が満たされ快感にも似た感情を覚える。

 あの見た目通りの幼い歳で、化け物じみた戦いを見せるのも納得がいる。

 龍の血を蘇らせた末子にして神木持ち。正真正銘の化け物なのだと。

   


『下手にあの子の存在が明るみに出れば我が国は割れる。貴殿も承知であろうが我が国の始祖は悪龍ルクセライゼンを討伐した英雄であり、同じく木をもって生まれた特別な存在。不義の子と思うか、始祖の再来と思うか。己に都合の良い方に解釈するであろう……さらに言えばあの子は女子だ』



 ルクセライゼン帝位継承資格が与えられるのは、現皇帝の嫡子である男子のみ。

 それはルクセライゼンが国として成り立って以来の伝承。

 さらに帝国として統合された際に、旧国の王族である準皇族家を母にもつ事も条件に加えられ、以降は皇帝にすら覆せない不文律となっている。

 この不文律を破ろうとする者は全て、皇帝すらも粛正対象とする機関がルクセライゼンには存在する。

 それこそがフィリオネスにとって最大の政敵であり、怨敵と今も水面下で争いを繰り広げる内部の敵、



『国を割りかねない存在を、奴らが……紋章院があの子を見過ごすわけが無い。ユキを絶望の果てに自害させた者共に、我が子をまた奪われるわけにはいかないのだ』



 フィリオネスの思い人である邑源雪。

 英雄である彼女とその腹に宿っていた子は、国体への悪影響を嫌った紋章院の謀略によって闇に葬られた。

 腹に宿っていた子を古の呪いを用いて怪物へと変化させ、母親の腹を食い破らせるという外道な策を持って。

 瀕死となった邑源雪は、暴れ狂う我が子を最後の力を振り絞って屠り、さらには母殺しの罪を着せぬ為にと己の命すらも自ら絶ち、この世を去ってしまった。

 今から50年以上前の昔話。

 だがフィリオネスの心には今もその事が大きな心の傷となり残っている。

 だから子を成せない。拒否感と虚無感を覚え女性を抱けずにいた。

 皇帝としての役目と判っていても、血筋を残す事が出来無い。

 だからこそケイスが生まれたのが奇跡なのだ。

 例えそれが偶然と深酒による誤認だとしても。



「紋章院か……カヨウ。お前の力を持ってしても無理なのか?」



 帝国内の婚姻や家門継承を一手に管理するのが紋章院の役割。

 どんな大貴族であろうとも、家同士が決めた婚約を紋章院が承認し始めて正式に成立する。

 それは国を保つ為。

 国内を統べる貴族間の力関係を調整し内乱を起こすだけの力を紋章院は削ぎ続けている。  



『紋章院はルクセライゼン建国以来脈々と受け継がれた機関です。その目的は国体の維持。その一点のみ。実行機関としての紋章院が所有する武力は近衛騎士団と匹敵する力。すなわちルクセライゼン最強の戦力です。もちろんその程度であれば、潰すのは容易いとまでは言いませんが不可能ではありません。ですがそれは国を割る事。民を巻き込み、苦しめる事。姉さんの遺志に反します』



 武力だけで排除するならば、カヨウの思いつく手はいくらでもある。

 だがルクセライゼンの隅々まで根を張った紋章院を殲滅するとなれば、それ自体が国始まって以来の大内乱となる。

 それだけは出来無いとカヨウは断言する。



『ユキは私には遺言は残さなかったが、【良き王とは、民を思い国を富ます者】と生前に散々説教と共に説いていた……私は未だ及ばずとも、その遺志を受け継いでいるつもりだ』    


 ユキの敵を取る事はフィリオネスの宿願。

 だがその為に国を乱す事はできないのはフィリオネスも変わらない。

 ユキの願いは、国と民を思う王と共にある事。

 滅亡した祖国を、苦悶のうちに死んでいった民を、最後まで心の中に痼りとして留めていたユキが、フィリオネスに希望を懐き求めてくれた王の道とは真逆を行く事は出来無い。



「武力を持って無理だというならどうする。頭を潰すつもりか?」



『紋章院の意思決定機関は未だ全容が把握できません。さらに言えばあるのかさえも。誰が命令を下し、誰が伝えたのかさえ判りません。この国の根源に流れる何かがあるのではと疑っているほどです。だからまだ表立っては動けません。精々小競り合いと牽制だけです』



 実行機関はその主だった者は探れる。

 だが意思決定を下す者に関しては、謀略に長けたカヨウですら今も情報が一切掴めていない。

 対象が不明なのだから排除するどころか交渉さえも出来無い。

 だからこそフィリオネスは弱みを、最大弱点である娘を晒すわけにはいかなかった。

 もっともその娘自体が、自ら出て行ってしまったのは、フィリオネスには最大の誤算。

 無理連れ戻そうとすれば、必ず暴れて大騒ぎになると断言できる爆弾娘相手では、下手な手出しも出来ず、その道行きを見守るしかない状況が続いていた。

  


「全くこれだから歴史の長い大国は伏魔殿だと言われるのだ……良かろう。今回の件は多少無理矢理ではあるが隠蔽してしまおう。いくつか無茶はするが、機密として押し通すしかないだろうな」



 協会としても火中の栗をわざわざ拾う真似をするのは割に合わない。

 隠してしまった方が楽ならば、多少苦労してもその方がマシだとコオウゼルグは決断した。



『ありがとうございます。こちらでも身代わりを立てるなどいくつかの策を弄しておりますが、コオウ様にご協力をいただければ良い盤石となります』



「我らの中で礼などいらん……それよりもフォールの奴には娘の事は伝えたのか?」



 丁寧に頭を上げるカヨウに他人行儀な真似はいらんと手を振ったコオウゼルグが、僅かに目の色を変えて、そのトカゲじみた顔の口元を難しげに歪め、パーティリーダーであるフォールセン・シュバイツァーの名をあげる。 



『いえ……ご主人様にはなにも。故あって継承権は捨てたといえ、我が主もまたルクセライゼンの準皇族。紋章院の目があります。それにあの方の洞察力であれば、あの子を見れば全てを察してくれるでしょう』



「まて。あの娘が探索者希望だとは聞いていたがフォールの下へ向かっているのか?」



『はい。どうやら遠く離れた地であるロウガで始まりの宮を受け探索者となるつもりのようです』



「待て待て、それこそまずいのではないか? 何故ロウガを目指す。あの地は離れているとはいえルクセライゼンの力が強い土地。争乱の種が自ら向かうには不向きだろう」



 壊滅したロウガの復興にはフォールセンとその出身家であるルクセライゼン準皇族シュバイツァー家の尽力が大きく、今もルクセライゼンの息が掛かった者が数多い。

 色々な事情を考えてもケイスが向かうには最悪の地のはずだ。

 


『それはご主人様に剣を習う気だからかと。私の剣術レディアス二刀流も元を正せば、ご主人様と姉さんの編み出したフォールセン二刀流の亜種であり、その原点は共に邑源流。邑源とレディアスを身につけたあの子が、残りの流派を望むのは当然の成り行きです。あの子は基本自分の欲望に忠実なうえに、諸事情や自分の生まれなどを知りはしていますが一切気に掛けていません』



「自覚無しか……それであぁも簡単に龍の力を使うと。私たちが隠蔽したから良いがばれていたらどうする気だったのだあの娘」



 ケイスの決闘の際には内部の者に気づかれないように幾重にも遮断結界を張って、内部から洩れる闘気の気配や魔力をコオウゼルグは完全に防いでいた。

 あくまでもケイスという龍を隠し大事にならない為の処置だったのが、結果カンナビスゴーレムの復活に繋がり、大事になったのだから無駄骨も良い所だ。



『その時は逃げるだけでしょうね。世間知らずですので、とりあえず自分の知らないところにいくか、邪魔する者を全部斬ればいいと単純に考えていますので』



「…………イドラスの時よりも輪に掛けて質が悪いなお前の孫は。事が終わるまで大人しくしていてくれれば良いのだが」



 あの能力にその考え方ではいざこざを起こすなと言うのが無理な話。

 目覚めたケイスが逃げ出せないように、一応は閉じ込めてあるがこれはもっと厳重にさせた方が良いか。

 そうコオウゼルグは考えたが……一歩遅かった。



『お、お姉ちゃん!? スオリーお姉ちゃん聞こえる!?』



 黙って成り行きを見守っていたスオリーの胸元から、切羽詰まったセラの叫び声が聞こえる。

 声の出所はケイスの身に何かあった場合に備え一応持っていた通信魔具からだ。

  


「すみません。何かあったようです……ん、な、あにセラちゃん。なにかあったの?」



 今の時間は既に家に帰って眠りについているはずのスオリーは寝ぼけたふりでセラからの通信に答える。



『あったどころじゃないの! ケイスが起きたんらしいんだけど、私の剣を取る気かって怒って病室の壁をぶった切って逃げちゃったらしいの! 今兄貴と、ヴィオンが追いかけてるけど見失ったって!』



「「……………」」



『『…………』』



 セラの事情説明ににこの場にいる者全てが声を無くす。

 今回の事態を鎮める為に必要な物は、ケイスの持つ『羽の剣』

 あれがキーアイテムだというのに、それを持って逃げてしまったと。



『ともかく人手がほしいの! 私も追うからお姉ちゃんも協力して! しかもなんか知らないけどケイスの奴、ルディアを攫ってたぽいのよ! 気を失ったルディアを肩に担いでるから目立つって!』

 


 一方的に告げセラからの通信は切れる。

 逃亡そして知人とはいえ人さらい。

 怪我を負って数日眠りについていた少女が起こすには、あまりに力技すぎる逃亡劇だ。

 


『あの馬鹿……だから言っただろオジキ。心配するだけ無駄骨だと』



 練り上げた計画を一瞬で白紙に戻してしまう姪っ子相手に、何時もの事だと割り切ったイドラスの声が空しく夜空に響いた。

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