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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
44/119

剣士と家庭の問題 ①

 夢現、あやふやな世界に、剣戟の音が響き渡る。

 空気を切り裂く鋭い切っ先は一綴りの音となって水気を含んだ空気をゆらし、洞窟をうっすらと漂う霧をゆっくりとかき混ぜていく。

 響き渡り続ける音は一秒も途切れること無い。

 振り下ろし、刃を返し、切り上げる。

 寝食も惜しんで、ただひたすらに愚直にケイスは剣を振り続ける。

 首をもたげ、その様を見下ろしていたラフォスは、この世界へと入ってくる新たな気配を感じ視線をそちらへと向ける。



「失礼いたします父上」



 うっすらと漂う霧の中、浮かび上がる様に出現したウェルカが、透き通る水色の長髪をたゆたわせながら、父であるラフォスに向かい頭を垂れた。

 


「ウェルカか。何用だ」



「末娘の様子を見に。父上が手を焼き持てあましているので無いかと心配いたしまして」



「そう思うならもっと早くこい……こやつはいつまで剣を振る気だ?」



 飽きるという言葉を知らぬ末娘を見ながら、前深海青龍王ラフォスは娘であり現在の龍王であるウェルカに尋ねる。

 人と龍。

 二種族の血を引きながらも、その両者とも違う精神、思考を持つ、不可思議生物なケイスの行動は、ラフォスには理解しがたい物だ。 



「現実ならば、とうに限界を迎え倒れていますでしょうが、ここは父上の作り出した幻の世界。肉体の限界など無いのですから、満足するまでは振り続けるでしょう」 



 ケイスがみせるのは、先日の対ゴーレム戦において、編み出した新技の型稽古。

 実戦においては出来無かった切り上げまでを含めた、二連撃の完成形をケイスは振り続ける。

 不眠不休で行われる打ち込みは既に万を超えるが、手を止めようとする様子は皆無だ。

  


「我の問いを後回しにして、先に剣を振らせろといって既に1週間は過ぎたぞ。何時満足するというのだ」

   


 現実においては力を使い果たし寝込んだままだが、既に意識のみを覚醒させたケイスをラフォスが呼び出したのは数日前の事。

 いくつか聞きたい事があるからと呼び出したはずなのに、ケイスは先にやることがあると言って、稽古を初めてしまった。

 すぐに終わるかと思えば数時間が過ぎ、一日が過ぎと、なんとなく声をかける機を逃して、そのままここまで日が経っていた。

 長大な時を過ごす龍だからこそ、この程度の時間経過はラフォスには待たされたというほどでも無いが、それでも何時終わるのか位は、はっきりとさせたかった。



「さて……あと一週間か、一月か、一年か……ケイネリアスノーの負けず嫌いは筋金入りですので。実戦で使えなかったのが悔しくてしょうが無いのでしょうから」



 しかしウェルカから返って来た答えは、曖昧で答えとはいえない答えだった。



「負けず嫌いですませるな。どうすれば止まるこの剣術馬鹿娘は」



「父上からお声を掛ければいかがですか? 呼ばれたときは返事をするくらいの常識はありますので。ほとんどの場合は邪魔をするなと斬りかかってきますので、私は遠慮させていただきますが」



 剣を振っている間は放っておくのが利口とばかりに諦めきったウェルカは、どこからともなくテーブルやティーセットを取り出す。

 面倒事はごめんとばかりに傍観を決め込むつもりの様だ。



「常識があるとは言わん。前も言ったが少しは躾けろ」



「それはケイネリアスノーの父である我が末の一人の役目かと。あの子よりこれ以上、親としての役目を取るのは些か忍びないので」



「本当に見に来ただけか……娘! いい加減にせんか! お前の稽古を見学する為に呼び出したのでは無いぞ!」 



 この件に関してはウェルカは役に立たないと見限ると、ラフォスは雷鳴の様な怒号を浴びせる。



「ん? ……なんだ誰かと思えばお爺様か」



 声に気づいたケイスがようやく手を止める。

 全ての生物を萎縮させる龍の眼を持って見下ろしてくるラフォスの視線を真正面から受け止めて、怯えた様子も見せずケイスはきょとんと見上げた。

 


「暇か? 付き合ってくれ。お爺様は良い剣だから好きだぞ。通常剣での水面刃月は出来る様になったから、最加重状態からの切り上げの練習をしたいんだ」



 満面の笑みでケイスは腕を広げて、ラフォスを求める。

 ケイスが先ほどまで振っていたのは、ラフォスの宿る羽の剣ではなく、ケイスが想像し作り上げたバスタードソード。

 現状の最速で最大の切れ味を出す技『水面刃月』

 羽の剣の特殊能力重量変化を用いずとも、再現してみせたが、最大加重状態からの切り上げも出来る様になれば、より威力を高めることが出来る。

 己の技量上達においては妥協も満足もしない天才は、さらに先を目指していた。



「そういえばなんで私の夢の中にお爺様達がいるのだ? 私に何か用事か?」



 寝ても覚めてもケイスの頭にあるのは常に剣のことばかり。

 夢を見るときも、戦いしか無い。

 剣を振ることに集中するあまり、ここが自分の夢の中だと思っていた様だ。

 ここがラフォスの世界である事も、自分が呼び出されたことも、ケイスの頭の中からはすっぽりと抜けていた。 

  


「よかったですね父上。今回は当たりのようです。剣を振っているうちに楽しくて上機嫌になったようです」



「……納得がいかん」



 まさか呼び出したこと所か、側にいた事すら綺麗さっぱり忘れられていたとは。

 持ち手として選んだはいいが、ここまで剣術馬鹿では……

 意思疎通だけで一苦労するケイスを選んだのは失敗だったかと、少しばかり後悔し始めていた。

  



 


















 南方大陸統一帝国ルクセライゼン。

 春嵐がもたらす豊富な雨量によって、彼の国は大陸各地に点在する都市間を、大小様々な無数の運河で結んでいる。

 中でも大陸南部に位置する帝都コルトバーナは、大陸を貫く三つの大河川とその支流となった運河が集う集結点として、溢れんばかりの水を蓄える巨大な水上都市として繁栄を極めていた。

 帝都から一望できる深く広いバーナ湾には、大陸各地から来る小型船のみならず、多種多様な船が集まる。

 大陸各地の街と航路を結ぶ小型船。

 外部大陸からの定期外洋帆船。

 転血炉を用いた動力外輪船。

 ハリネズミの様に砲を取りつけた軍艦。

 この世に存在するありとあらゆる水上船が見られるだろう。

 そんなバーナ湾の中央に遠目には島と見間違えるほどの、周りの船とは文字通り桁が違う超巨大船が停泊していた。

 非常識なほど巨大なその船と比べると、荒々しい外海を航海する外洋船が非常用ボートに見えてしまうほどだ。

 その船の名は帝都海上剣戟劇場艦『リオラ』

 数年前に死去した元人気女性剣戟師の役者名から取られている。

 帝国剣劇界では、斬新かつ派手な魔術演出を好む演出家であり、有数のパトロンとして知られる女性侯爵メルアーネ・メギウスが私有する世界最大の船であり、同時に世界最大の劇場として、つい先日就航したばかりの新造艦だ。

 幻影、構造変化、召喚、各種魔術を用いる大がかりな舞台で行われる最高峰の公演を、帝都、帝国領域のみならず、世界各地で行うというメルアーネの夢を実現させる為の舞台。

 現在はこけら落とし公演として、一月にわたる無料記念公演が催されている。

 リオラの喫水線近くに設けられた他船との連結口には、多数の船が鈴なりに接続されていた。

 剣戟好きの帝都庶民や、土産話を求める外国からの観光客といった一般市民を乗せる乗合船。

 公演予定地となった商工ギルド関係者や、帝国と親交のある国や地域の大使を乗せた帝国所属艦船。

 帝国を支える大貴族達の私有船群は、それぞれの家紋を高々と掲げ、繊細な装飾が施された優美な船体で衆目を集めていた。

 その貴族船の中でも一際目を引く、白銀に輝く装甲を持つ船が一隻。

 艦名は帝国海軍総旗艦『フィリオネス』

 現皇帝の名を持つ軍艦は帝国の魔導技術の粋を集めた最新鋭艦の一番艦であり、同時に皇帝が鎮座する御召艦としての役目を持っていた。

 マスト最上部には、剣と水龍を模したデザインの帝国国旗が高々と掲げられ、皇帝が座乗していることを示す。

 大貴族のみならず、多忙な皇帝までもが連日観劇に訪れているという評判が評判を呼び、連日大きな賑わいを見せていた。
















「昨日と公演内容は変わりませんので、こう毎日、毎日来られますと警護の問題や、出演者達の精神状態にも影響して参りますので……というわけでお帰りください陛下。お出口はあちらです」



 皇帝乗船用に特別にあつらえた特別乗船口に立ちふさがりメルアーネは、皇帝を追い返そうとしていた。

 自分の演出や、出演者達の演技力で人を呼ぶなら文句は無い。

 だが外部要因、皇帝が連日訪れるという評判で人が増えるのは気にくわない。

 ましてや皇帝の目的が、観劇では無く、ある人物に関する情報をいの一番に手に入れたいからだという理由では、言葉の端々が険しくなるのも仕方無いだろう。

 メルアーネは刺々しい言葉をぶつけながら、口元を隠していた扇を畳み出口を指し示す。

 周囲に並ぶ警護兵や従者達はあまりに不遜な言葉に、顔を青ざめさせているのだが、当のメルアーネは最低限の礼儀として微笑を保ちながらも、その目線は鋭く、拒絶の色を有り有りと示していた。

 不老長寿の上級探索者であり。30代の若々しい外見のフィリオネスと、40を僅かに超えたばかりのメルアーネは、まるで姉弟のようにも見える。

 その両者が持つ薄茶色の髪色や透き通る青目、すっきりとした鼻筋の顔立ちがにかよるのも当然と言えば当然。

 姓が示すとおり、メギウス家は現皇帝フィリオネスの生母である皇后の出身家の一族であり、メルアーネにとっては現皇帝は母方の叔父に当たる人物だからだ。

 無論公の場であれば皇帝の臣下の一人として、メルアーネもここまでの態度に出ることは無いが、現在は皇帝の私事であり、メルアーネの牙城である劇場。

 叔父と姪という身近な関係ゆえの遠慮の無さで、メルアーネは断固拒否の体勢をみせていた。



「メル。素晴らしい剣戟とはやはり何度見ても素晴らしい物だ。今回の公演は私が見た中でも最高の……」



 何とかメルアーネを懐柔しようとするフィリオネスが、子供の頃の愛称でメルアーネを呼び、半分本音ではあるが今回の公演をたたえるおべっか混じりの言葉を口にする。

 しかしその瞬間メルアーネの笑みが薄ら寒い物と変わる。

 上級探索者としていくたびの死線をくぐり抜けてきたフィリオネスも思わず及び腰になるほどの鬼女の笑みだ。  

 にこりと微笑むメルアーネの周囲で、その澄んだ青目が示す高い魔力が渦巻き始める。

 ルクセライゼンの皇族、準皇族である青目の一族は、世界でも有数の高魔力を有する存在。

 生まれながらの魔術師であり、その力は上位の探索者に勝るとも劣らない。

 ましてや皇位継承権を持つ準皇族の家門長においては、一人が一軍にも匹敵すると言われるほど。

 そしてメルアーネもまたメギウス一門の長。



「最高という慣用詞にふさわしいのはリオ義姉様の公演以外あり得ません……陛下までが違うとおっしゃるなら、私は一人でも帝国に反旗を翻す所存です」 


 

 船に名をつけたことからも判る様にメルアーネにとって、数多いる剣戟師の中でも、今は亡きリオラは別格。

 最高という名を許す剣戟演舞はリオラの舞台だけ。

 リオラに対する行き過ぎた崇拝と愛情は、妙齢をすぎてもメルアーネが持ち込まれる縁談を全て断り、配偶者を見つけようとする気配さえ無く、演劇舞台にのめり込んでいる事からも有名な話。

 メルアーネの亡弟であり本来のメギウス家門の長とリオラが結婚したのも、リオラと本当の意味で家族になろうとしたメルアーネの画策という噂があるほどだ。

 弟夫妻が二人とも亡くなった今でもメルアーネの思いは変わらず、リオラの名と、残した剣戟の台本、剣譜を世界中に広めるため、この馬鹿げた大きさを持つ巨大劇場船『リオラ』を作ったほどだ。



「いや、待ちなさいメル。今のは言葉の綾であって」



「なら撤回いただけますか叔父上」



 慌てて弁明を始めるフィリオネスに近づくと、その耳元にメルアーネは口を寄せて、

 


「他の者はともかく叔父上だけはリオ姉様を差し置いて、他の演者を最高だと褒め称える資格はございません。ご自分が一番ご承知でしょ。甥の未亡人を寝取るくらいですもの」



 致命的な一撃を容赦なく撃ち放った。

 色々とあった末の結果であろうとも、純然たる事実を口に出されてはフィリオネスには返す言葉はない。



「っぐ…………撤回する。だがメルそれならば乗艦を許してくれぬか。私の気持ちも判るだろう」

 


 別に叔父であるフィリオネスを嫌っているわけではない。

 メルアーネにとってリオラが別格なだけだ。

 しかも叔父と義姉が関係を持ったのは、むしろ義姉が望んだ事と本人から生前に聞いている。

 懇願する表情に、メルアーネは剣を納める。  



「さてどう致しましょうか。一度や二度ならともかく、こう連日となりますと公演に支障が生じますので。最上の貴賓席を独り占めはいかがな物かと」



 しかし再度広げた扇で口元を隠しつつ、それでも難色を示す。

 客観的に見ても公演自体の出来は上出来だが、皇帝が連日訪れるほどではない。

 過剰評価は、興行主としてはともかく、一人の剣戟愛好家としては好ましくない。

 それにフィリオネスがここを訪れている真の理由を、政敵に知られれば、それは帝国が崩れ落ちる引き金になりかねない。

 個人としても公人としても、これ以上の来場は好ましくない。

 しかしフィリオネスの気持ちも判らないでも無い。

 人に心配を掛ける事にかけては、世界一の娘を持ってしまった親の心労は、メルアーネも同情するだけだ。

 せめて理由があれば。

 皇帝が訪れるだけの理由があれば、大目に見ても良いのだが。

 メルアーネが思案に暮れていると、フィリオネスの背後から一人の女性が姿を現す。

 細身のすらりとした体型にこの辺りでは珍しい濡れる様な黒髪と、凛とした気品をみせる顔立ちの年齢不詳な女性。

 その女性が姿を現した瞬間、メルアーネの背後に控えていた警備兵や侍従達が一斉に背を正し、直立不動の体勢となった。

 国の長である皇帝フィリオネスを前にしたときよりも、ある意味でさらに緊張した面持ちをみせる。

 だがそれも当然といえば当然。

 フィリオネスは英雄として知られ、酒場で謳われる叙事詩にもよく登場する。

 だが女性はさらにその上をいく。

 現代に生きる伝説。

 帝国最強の剣士として誰もが認める世界を救った英雄。

  


「レディメギウス。ここは私の顔に免じて乗艦を許していただけませんでしょうか。私が陛下にエスコートをお願いいたしました。娘が残した剣のさえずりを聞きたいと」



「そうでしたか……今宵の演目『カンナビスの戦い』は叔母様にも縁深き物。是非ともご観覧を。最上の席をご用意させていただきます」



 剣戟師リオラ・レディアスの生母であり、かつてトランド大陸において勇名を馳せた東方王国を支えた武家『邑源家』の唯一の生き残りにして、ルクセライゼン出身の英雄フォールセン・シュバイツァーを支えた『双剣』の一人。



「あら。それはそれは。また思いで深き名が。その名を聞くのは数十年ぶりなのに、つい先日に聞いた様な気もしますね。楽しませていただきます」



 かつて自らが打ち倒したカンナビスゴーレムが復活し、孫によって倒されたと報告があったのはつい数日前の事。

 そんな事をおくびにも出さず、大英雄と呼ばれる『カヨウ・レディアス』は優しげな笑みでメルアーネに深々と頭を下げた。  

  

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