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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
41/119

剣士と剣 ③

 時はまだ明け空は遠き暗黒時代。

 所は砂の海に浮かぶ破壊されたオアシス都市『ラズファン』

 暗き湖面に映る水月を見ながら、誰かが言った。

 カンナビスゴーレムは、まるで水面に映るこの月のようだと。

 本来ゴーレムとは、一体一体ごとに独立した1つの核をもつ仮想生命体。

 だがカンナビスゴーレムは核となる魔法陣を持つ本体以外は、全てが写し身。

 一つの魔法陣が国一つにも匹敵する範囲内に影響を及ぼし、自然現象的にわき出す数多の石人形。

 水面に映る月を幾度崩しても、水面が静まれば元のように映るのと同じように、幾度破壊しようとも、時間経過と共に何度もゴーレムは蘇る。

 無限にわき出すゴーレムにより幾人もの勇者、戦士が命を落とし喰われ、そのたびにカンナビスゴーレムは強化されていく。

 剣技に優れた剣士が喰われれば、剣を持つゴーレムが。

 強大な広範囲魔術を駆使する魔術師が喰われれば、一撃で城塞を破壊する魔術を放つゴーレムが。

 翼を持つ翼人が喰われれば、空を駆け巡るゴーレムが。

 一人喰われるたびに、新たな一体が出現する。

 朽ちず、砕けず、増殖を繰り返す。

 勇者達がその事実に気がついた頃には、既に一万を超える者達が倒れ臥した後だった。

 誰かが言った。

 水面に映る月は壊せない。

 静まりかえるオアシスに絶望の影が差し始めたとき、深紅の鬼面で顔を隠した一人の若武者が立ち上がり、静かに告げた。

 ならば月を壊そう。

 無謀な言葉を聞いて、また別の誰かが自虐気味に笑った。

 どうやって?

 月は……本体のゴーレムは、常夜の砂漠を抜けたその先。

 再生し続ける無限のゴーレムと、凶暴な魔獸が跳梁跋扈する地獄をどうやって抜けて月に至る。

 深紅の面を被る武者はその問いかけに答えず立ち上がり、傍らの愛刀長大な長巻を手に取る。

 剣こそが若武者の言葉。

 数千の勇猛果敢な言霊よりも、一降りを持って己を語る。

 言葉少ない赤鬼に代わりに、隣に腰を下ろしていた漆黒の鬼面を被る若武者が声を発する。

 ならば我らが月へと至る道を開く。

 我らが目指すはここより遥か先の地。

 大陸の東の果てに鎮座する赤龍王の茵。

 龍王を討つ道はまだ半ば。

 月ごときにたどり着けぬ位では、龍王の首など夢のまた夢。 

 漆黒鬼面の若武者は、奢るでも滾るでも無く、ただただ淡々と言葉を紡ぎ、自らの言葉を真にする為に、また立ち上がる。

 彼の者達が身に纏う揃いの古風な武者鎧に家名を示す紋は無い。

 その素顔さえも色違いの鬼面で隠す若武者達に、名乗るべき名は無い。 

 己が宿願を叶えるその日まで、己が氏素性を全てを封じた名も無き若武者達。

 忠誠を誓う主たる勇者フォールセン・シュバイツァーの先駆けとなり魔物へと切り込む二振りの剣鬼達。

 やがて彼の者達は主と同じ二つ名で呼ばれることになる。

 『双剣』フォールセンが有するもう一つの『双剣』と。



















「ラクト!? おい! しっかりしろ!? ラクト!?」



 ぐったりとし微動だもしないラクトを抱え、クレンの悲痛な叫びが響く。

 叩き斬られた膝から下は。赤黒い肉と不気味なほどの真っ白な骨の色が入り交じった無残な傷口が顔を覗かせていた。

 


「マークスさん落ち着いて! 危ないですよここ!」  



 半狂乱状態のクレンには声が耳に届いているのかさえも疑わしいが、ルディアが必死に呼びかける間もその周囲には小枝ほどもある石棘が突き刺さっていく。

 ゴーレムが振るう石斧を受け止めるたびに、その柄からわき出す石棘に対して、ケイスは不動の構えで斧を受け止め、発生した石棘を弾き続ける。

 ケイスの持ち味は俊足を生かした機動力。

 そこに常識離れした高回転する頭脳と、異常なまでに速い決断力を合わせ、敵の攻撃を華麗に避けて見せる。

 だがケイスは今は足を止め、己の数倍はあるゴーレムの前に仁王立ちし果敢に立ちふさがる。

 何故避けないのか。

 何故その持ち合わせた早さで翻弄しないのか。

 小さなその背を見ればその答えは自明だ。

 背後のルディア達を気遣い逃げるまでの時間稼ぎとして、己の身を防壁としていた。

 その背が雄弁に語る。

 自分の後ろにいる者達には傷一つもつけさせない。

しかし身に合わぬ戦いをする代償として、自分の防御が疎かになっているのだろう。

 致命傷は避けているが、それでも一撃、一撃事に軽いとはいえ手傷が増えていく。

 こめかみ辺りを掠めた石棘によって、まとめ上げていた黒髪の一部が千切れ、髪の下からにじみ出した一筋の血が怒りの形相を彩る。



「っぐ! やってくれたな!」



 痛みを怒りに変えたケイスの怒声が響く。

 逃げた方が楽だろう。

 回避すれば全て避けられるだろう。

 それでもケイスは譲らない。

 自らが守ると決めた。

 ならば自分の戦いの場は、剣を振るう場所はここだ。ここしか無い。



「この程度で私を抜けると思うな!」



 自らの長所を殺し、絶対不利な防戦を続けながらもケイスは気を吐く。

 ケイスの声が、その発する溢れんばかりの闘気が、ゴーレムがその石で出来た身体の中に覆い隠してもなお伝わってくる不気味な気配を打ち消し遮断する。

 


「薬師の嬢さん! 親父さん寝かせろ! 俺が二人とも担ぐ!」



 闘技舞台を覆う遮断結界を維持する為に右手に印を組んだままゴーレムを警戒していたライがルディア達へと駆け寄ってくる。

 結界の維持で疲労の色が見え始めており、今はケイスに加勢するよりも避難を手伝った方が良いと判断したようだ。



「わ、判りました!」



 ルディアは指を弾き、先ほどケイスに使おうとしていた即効性の睡眠魔術薬を気体化させてクレンの顔に飛ばす。

 我が子を心配するあまり周囲を見る余裕も無いクレンは、気体化した魔術薬をあっさりと吸い込みすぐに気を失ってしまう。



「上出来だ! 逃げるぞ!」



 ラクトを抱えたまま倒れ込んだクレンの身体を受け止めたライは、印を組んだ右手は使わず、左腕のみですくい上げるように無理矢理に二人を持ち上げた。

 現役を引退した後衛職と言えど、ライもまた探索者の端くれ。

 そこらの下手な力自慢よりは力は強く大人と子供を一人ずつ抱えているとは思えない軽々とした動きで、ボイド達が詰め寄っている南側の観客席に向かって走り出した。



「良いわ! 退避するからあんた自由に動いて!」



 ルディアはライの後を追って走りはじめながら、後ろを振り返って今も壁を続けているケイスに合図を送る。

 逃げろと言わない。

 周囲は結界で閉じられ外に逃げることは出来ず、ゴーレムが止まる気配も無い以上、生き残る為に誰かが戦うしか無い。

 結界内の人間で、モンスター相手に戦う事が出来る実力を持つのは神官であり探索者でもあるライと、化け物じみた戦闘力を持つケイスの二人だけだろう。

 しかしライは今は結界の維持だけで精一杯。

 実質戦えるのはケイスしかいない。

 第一ケイスに戦うなと言っても無駄だ。

 逃げろと言っても、自分が倒すと挑んでいくだろう。

 そのくらいは判る。  

だからルディアは、戦うケイスの背を押すことしか出来無かった。














 観客席にいた者達には一体何が起きているのか、ほとんど判っていなかった。

 闘技舞台を覆う結界は、内部を見ることも出来るし音も聞き取ることが出来る。

 だが結果外に危害を及ぼす可能性の有る物は全て遮断する、中位神の力によって張られた高度な結界。

 結界内に溢れる心身を威圧する龍の気配は一筋さえも外に漏れず、外の者達にはラクトの持つ魔具から発生したゴーレムが暴走していると受け止められていた。



「あれがカンナビスゴーレム!? ちょっとライ! この非常時につまらない冗談言ってないで早く結界を解きなさいよ!」



 逃げ出してきたライ達の説明を聞いたセラが、信じられないと猜疑心が溢れた顔を浮かべながら、怒りの声をあげる。

 ルディアの治療でラクトの両足の止血は出来たが、所詮は応急処置。

 早くちゃんとした医者に診せたほうが良いのは言うまでも無い。

 既にキャラバンの長であるファンリアや同隊の商人達が、医者の手配や切断した両足を再生できる高位な治癒神術師と連絡を取る為に動き出している。

 それにケイスの方とて、足を使えるようになったからと言っても、圧倒的に不利な状態から抜け出しただけ。

 ゴーレムに向かって何度も切り込み、攻撃を繰り替えしているが、その刃は全て斧によって防がれ、打ち込むごとに斧から生み出される石棘によって追撃を阻まれている。

 ラクトを助けようにも、ケイスに助太刀しようにも、ライを通して張られた結界が邪魔して、誰も中に侵入することが出来ず、誰もが歯がゆい思いをしていた。



「解けるか! あのガキの判断が本当か嘘かは別としてもやばいんだよマジで! 外には伝わってないから、分からねぇだろうがあのゴーレムは洒落にならねぇぞ! マジで外のゴーレム共が蘇ったらどうすんだよ!」  


 

 離れているというのにゴーレムからわき出る気配は、心臓を鷲づかみにされるような圧迫感を伴う。

 ケイスが言う通り、あのゴーレムがカンナビスゴーレムだという確信はライには無い。

 ただの子供の発言なら、戯れ言と聞き流せる。

 だがケイスの結界を解くなという言葉を無視が出来るほどに、誤りだと判断する材料も少なすぎる。

 見た目は可憐な美少女だが、化け物じみた力を持つケイスの判断であり、本人が必死に戦う様を見ても、あの言葉を本気で言っているのは間違いない。

 カンナビス前の砂漠に広がる、巨大な石人形達が伝説通りに動き出せば、街どころか国の一つも容易く葬ってしまうだろう。



「冗談でしょ! 一体どうなってるのよ!?」



 ライの剣幕にその真剣さを感じ取り、このまま手をこまねいているしか無いのかと、セラは頭を抱える。

  

 

「だけどいくらケイスでもこのままじゃやばそうだぜ! 体力が切れたら一気に持ってかれる。その前にライさんだけでも加勢できねぇのか!?」



 攻めあぐねるケイスの様をみた、ヴィオンが体力切れを心配する。

 ケイスを支えるのは闘気変換がもたらす肉体強化。

 そんなケイスの弱点は、自他共に認める持久力の無さ。

 全力を出せば出すほど、多くの生命力を使いその戦闘時間は短くなる。

 既にラクトと一戦を交えた後に、ゴーレムとの戦闘という連戦。

 鍛錬の時に動きが悪くなった時間を考えれば、もう何時足が止まってもおかしくないほどの戦闘をしているはずだ。



「悪い! 情けない話だが結界を張ったままじゃ、まともな神術は使えそうもねぇ。それ以上に情けないのが、俺の腕じゃ接近戦闘で逆にあのガキの邪魔になる!」



 ライは神官。後衛として神術による味方の能力補助や、雑魚敵の引きつけなどをメインの役割とする。

 ケイスの加勢に加わっても足を引っ張るだけだ。

 中位神の力による結界を張っている今はまともな戦力になれないと臍をかむ。

 


「ともかくロイター所長に来て貰え!」 



 ルーフェン鍛錬所の最高責任者であり、火神派大神官でもあるロイターの名をライはあげた。



「そっちは大丈夫だ! 今姉貴が呼びに行ってる!」



 異変が起きてすぐにロイターに救援依頼を頼んで来るとスオリーは席を立っていた。

 後、数分もかからず戻ってこれるだろう。

 神術の真髄を知るロイターならば、結界を維持したままで人を結界内に送り込む方法を知っているかも知れない。

 だが問題はそれでも時間だ。

 何かを行うにしても準備に時間を掛けている暇があるだろうか。

 ラクトはかろうじて安静を保っていられたとしても、ケイスのほうはいつまで持つか判らない。

 ケイスが倒されれば、結界内でまともに戦える人物はいなくなる。



「打つ手無しかよ! ボイドなんか考え有るか!?」  



「ライさんの話がマジで、ケイスの判断が当たってるとなると、今の段階じゃどうしようもない」



 言葉だけを聞けば諦めたようにも聞こえる発言をしながら、ボイドは鋭い目付きでケイスとゴーレムの戦いを凝視している。

 自分が加勢できれば。

 拳に力を込めボイドは切に思う。

 ケイス一人では本体まで切り込めていないが、もう一人攻撃役がいればゴーレムの注意を引きつければあの程度ならケイスならどうにでもなるというのに。

 ……どうにでもなる?

自分の心に浮かんだ判断にボイドは疑問を抱く。

 いくらケイスが強いといえど、探索者の本気には遠く及ばない。

 ましてや上級探索者とは雲泥の差等という尺度でも甘いほどの開きがある。

 カンナビスゴーレムは伝説の化け物。

 数多の上級探索者達が命を絶たれ倒れ臥したという。

 そんな伝説の化け物を、ケイスは手をこまねいているとはいえ戦ってみせている。

 本当にそんな事が出来るのか。

 街の下に広がるカンナビスゴーレムの残骸はその砕けた指の一本を取っても、城の塔ほどもあるほどの巨体。

 だが今ケイスが相手取るのは精々全高5ケーラほど。

 いくら何でも伝説とは違いすぎる。



「ウォーギンさん。あんた魔具のプロだろ。あれ本当にカンナビスゴーレムなのか? 伝説と違いすぎるだろ」 



 餅は餅屋に任せるに限る。

 ゴーレムが出現した瞬間から声を無くし、穴が開くほどに凝視しながら懐から出した紙束にペンを走らせ書き殴っていたウォーギンにその真贋をボイドは確認する。



「表の連中と違いすぎるってんだろ。あぁ違いすぎる!」 



 顔を上げず手も休めず複雑な魔法陣をいくつも描きながら、ウォーギンが苛立ちを込め声を荒げる。

 ボイドの声は聞こえているようで、答える意思もあるようだが自分の計算の方に夢中になっているようだ。 



「薬師の姉ちゃん! ケイスの奴はこう言ったんだな! あいつは生物を喰らうって! 喰らって完成するって! 確かに言ったんだな!」



「え……えぇ確かに言ってましたけど」



「姉ちゃんラクトの足に魔具は着いてるか!? 攻性防御魔具だ! 見てくれ!」



「ありませんよ! さっきのあの子の攻撃で、膝から下を切断されてるからあるわけ無いでしょ!」



 見るまでも無いのに、何故そんな事を聞いてくるのか判らず、ルディアもついつい苛立ち声で返すと、ウォーギンは頭を掻きむしる。



「待て待て冗談だろ! いやだがそういう事か! ケイスの奴そこまで読んだのか一瞬で!?」

 


 己の中で合点がいったのか、ペンを投げ捨て手を止めたウォーギンが頭を掻きむしる。

 だが周りの者には何が何だか理解出来ない。



「ちょっとウォーギンさん! 自分ばかり納得してないで説明してよどういう事よ!?」



「落ち着けセラ! ウォーギンさん頼む。俺らにも判るようにかみ砕いて説明してくれ」



 今にもウォーギンに掴み掛かりそうに焦っている妹を引き寄せて口を塞いだボイドは、焦る自分の心を押しとどめ意識的に冷静な声で再度問いかける。

 混乱した状態で情報共有に不備があって、取り返しのつかない状況になることなどよくある話。

 一度冷静になろうと目で訴えるボイドの視線に、ウォーギンも息を吐いた。

 


「あ、あぁ悪い……結論から言うぞ。アレが本当にカンナビスゴーレムかどうかなんて俺にも判らん。稼働した完全体を見たことも無いのに断定できるわけがねぇだろ。だが厄介なことには変わらん。ケイスが言ったなら結界は解くな。絶対にだ」



 ウォーギンがゴーレムを睨み付け、周囲の者もその視線につられゴーレムの方へ目を向けた。

 状況は変わらず、切り込んだケイスが攻撃を防がれ、発生した石棘に阻まれ後退を余儀なくされる膠着状態だ。



「あのゴーレムは生物だけじゃねぇぞ。たぶん物も喰らう。要は自分の力に変えちまう。さっきからケイスが剣を打ち込んだり斧を防ぐたびに、柄から生み出されている石棘が証拠だ。ラクトの足首に付けていた攻性防御魔具『石矢の盾』と同じ効果を持ってやがる」



 足輪型の魔具『石矢の盾』は地面を踏みならす事で目の前に使用者を守る石壁を生み出す盾であり、同時に受けた物理攻撃の衝撃を、正反対の方向に石矢として打ち返す性質も持った攻防一体の魔具。

 形は違うが先ほどからゴーレムが振るう石斧が衝撃を受けるたびに、石棘は発生している。

 剣と石斧がぶつかる勢いが強ければ強いほど、発生する矢の数と勢いを加速度的に増して。   



「ケイスの発言からして、あのゴーレムは魔具を取り込みやがったって事かも知れない。だから他の魔具も取り込まれ無いようにぶった切ったんだろうよ。要は喰えば食うほど強くなるって事だな……伝説のカンナビスゴーレムって奴はその進化形。巨人族やら鳥人やら、伝説の武具や魔術をありったけ喰らった存在だったんじゃ無いか」



 情報が少なく、憶測でしか語れないのが技師として悔しくウォーギンは爪を噛んだ。

 稼働した魔法陣を近くで見れれば、もっと判るというのに、いくら目をこらしたところで既に体内に隠された魔法陣を見ることなど出来無い。

 実際に魔法陣を間際で見て、理解したのはおそらくケイスだけだ。

 ケイスが何を見て、どう判断したのかは本人しか判らない。

 だがしかしラクトの足を膝から叩き斬るという凶行に出なければ、厄介な事になると即断したのは間違いないだろう。

 ウォーギンの説明を聞き終えた一同は、声も無く静まりかえる。

 話が急転回すぎて頭が追いついていない。 

 それぞれがウォーギンの説明を理解し、改めて今の状況を把握するまでは数秒を要した。

 現状を理解すると同時に、一気に蜂の巣を突いたように騒がしくなるが、そこは気心の知れた幼馴染みであり、ある程度の修羅場をふんでいる探索者達。

 それぞれが自分の役割を判断し、動き始める。



「ライさん結界はまだ絶対に解くな! 洒落にならねぇぞ。そんなのが街中に出たらどれだけ被害が出るか! 万が一にも逃がさないように、外側でも迎え撃つ準備が出来るように頼んでくる!」



ボイドは今わかった情報をこちらに向かっているであろう鍛錬所関係者にいち早く伝える為に、つい先ほどスオリーが出て行ったばかりの正面口へと向かう。



「古ゴーレムが動くってケイスの予測が当たってたら、上の方はともかく下の港はすぐに壊滅するぞ! ボイド! お前んちの親父さんに信じてもらえるかわからんが伝えてくらぁ!」



自前の翼で空を駆けられるヴィオンは、探索者協会カンナビス支部長であるキンライズへの伝令役を買って出て足早に一番近い出口へと向かった。



「石矢の盾って耐物理攻撃専用魔術じゃないっけ!? ケイスの奴って物理攻撃一本でしょ!? しかもラクトが使ってないから気づいてないかも!? やばいって! 伝えないと!」



 セラは触媒液を指につけ詠唱を初めた。

 結界内に魔術は届かないが、外側の景色は見える。

 石矢の盾は物理攻撃では破壊できず、魔術攻撃による攻撃しか効き目が無い。

 いくらケイスが打ち込もうとあの斧を避けない限り、意味は無くむしろ危機に陥るだけだ。

 瞬く間にいくつもの光球を呼び出したセラが、ケイスの目に入るように光球を動かして情報を伝える為に光文字を描き出す。 



「魔具を取り込んで強化されたら手が付けられなくなる! 他に喰われた魔具があるか確認するから、技師のあんたは無い物があったら効果を教えてくれ!」 



 ライは右手で印を構え結界を維持したまま、ラクトの身体を探り、魔具が揃っているか確かめ始めた。



「判った。それと神官の兄ちゃん探りながらで良いから、あのゴーレムについて何でもいい思い出したことがあったら教えてくれ。あんたも間近で見たんだろ。何か判るかもしれん」



 ウォーギンも魔導技師としての知識を最大動員してゴーレムを解析してやろうと目を光らせる。

 各々がその能力、技術を用いてゴーレムに対処する為に動き始める。

 だがそれはどれも間接的な物であり、ゴーレムを倒せる直接的な物では無い。

 ケイスは未だ一人で苦戦を強いられている。

 何時力尽きるかも知れない等、自分が一番よく判っているのだろう。

 だがその顔には恐怖や後悔の色は微塵も無い。

 



「なんで戦えるのよあの子は……」



 一人孤独に戦う少女を見て、ルディアは思わず口にする。

 ラクトの治癒を終え容態が急変しないようにルディアは傍観するしか出来無い。

 年下の少女が抱く思いは、語らずともその剣戟を見れば伝わってくる。

 剣の一降り一降りがルディア達にいる方に被害が及ばないようにと考え尽くされ、一降り一降りが護ってみせると高らかに宣言している。

 自分はケイスを心底信用できないと伝えたばかりなのに。

 それなのにケイスは必死で守ろうとする。

 得体が知れないから。

 何者か判らないから。

 信頼できる人間関係を作るのに重要なはずの要素。

 だがそれに拘る自分が小さく思えてきてしまう。

 一度命を救ってもらった。

 だから面倒を見てきた。

 それでも心底信用してやることが出来無かった。

 何を考えているか判らなかったからだ。

 だが、今は、初めてケイスの本気の戦闘を見て、ルディアの中で何かが変わり始めていく。

 見る者を引きつけ、目をそらさせなくする。

 ケイスの剣とは、何よりもその心を表し語る物だからだ。

 剣が生み出す音に姿に引きつけられるのは何もルディアだけではない。

 神の力により意識を奪われ道具として沈んでいた魂さえも、ケイスの剣が奏でる響きは奮わせ呼び覚まして始めていた。

 


『……不甲斐ない。あの程度の石木偶に苦戦しよるとは』


 

 周囲を見たその存在は、ケイスの苦戦する様を見て不機嫌を隠そうともしない声をあげていた。










 22度目の打ち込み。

 しかしそれもまだゴーレム本体には届かず、人間ではあり得ない角度で変化した関節が繰り出す石斧に防がれる。

 己の剣が届かない悔しさを歯ぎしりする暇も無く、ケイスは右に跳ね、一瞬前まで己がいた場所を抉った石棘を回避する。



「くっ!」



 無理な体勢で回避したケイスに向かって、ゴーレムがまたも異常な角度で関節をねじ曲げ石斧を振り下ろす。

 速攻の反撃に体捌きだけの回避では無理だと判断し、剣を立て滑らせるように構え、最小限の衝撃で石斧を受け流す。

 受け流した衝撃が、石棘となって跳ね返ってくるが、それは打ち込み時の1/10にも満たない数と勢いだけだ。

 軽々と回避したケイスは地を蹴って再度距離を取る。

 光文字でセラが教えてくれた情報は心底ありがたかった。

 ゴーレムの体勢を崩そうと躍起になって打ち返していた先ほどまでなら、今のタイミングでは手傷を避けられないダメージを負っていただろう。

 だが些か遅すぎた。

 堅く重い石斧に何度も打ち込み、受け止めた剣は刃こぼれが酷くなり、根元から歪み始めている。

 空腹を覚えた胃が主張を初めた。

 剣の状態、残りの生命力を考えれば、全力で打ち込めるのはあとせいぜい数発。

 技を用いれば一撃がやっとだろう。剣も折れ、生命力も尽きる。

 認めたくない。

 認めたくは無いが、このゴーレムは今の自分より強い。

 その重厚な体躯が生み出す力はもちろん、疲れを知らぬ魔法生物ゆえに持久力では比べものにもならない。

 速さだけならば自分が圧倒的に上回っているが、下手に人間の形をしている為に、反射的に人の可動範囲で考えて動いてしまい、手ひどい目に遭っている。

どうする?

 どうするべきか?

 決まっている。

 斬るだけだ。

 それしか無い。

 それしか出来無い。

 なら悩むことは無い。

 ケイスは臆さず23度目の攻撃を敢行する。

 顔があり目がついているといっても、ゴーレムが視覚でケイスを捉えているわけでは無い。

 周囲に常設している探知術によって獲物を探しているはずだ。

 一度だけ見ただけだが、核となる魔法陣をその目で目撃しケイスは全てを記憶していた。

 複雑怪奇すぎて判る部分は少なかったが、それでも一部の構造は見えた。

 死角も取れず、フェイントも効かない相手。

 知らなければ無駄に動いて、体力を消費しただろう。

 だが知っているならなんとでもする。

 唯一勝る速度で真正面から剣を届かせる。

 その身体を抉り砕き、露出させた魔法陣を切り裂き破壊する。

 踏み出したケイスが一直線にゴーレムへと向かい、剣戟の間合いに入ったその瞬間、視界の隅でセラが撒いた光球が動き新たな文字を生み出していた。



『杖無い糸危険』



 最小限の文字数で伝える警告文章。

 その意味を理解するにはケイスの速度は早すぎた。

 既にケイスは罠の真っ直中に足を踏み入れてしまっていた。

 ゴーレムに知性と呼べる物があるのか、どうかはケイスにも判らない

 だが石矢の盾ではケイスに致命傷を与えられないと判断する程度は出来るのだろう。

 戦闘方を変更させ、いつの間にやら取り込んでいたラクトの杖に宿る魔術を発動させた。

 ゴーレムの足元に新たな魔法陣が展開され瞬く間に足元を覆い尽くす、蜘蛛糸の雲海が出来上がる。



「しまっ!?」



 ゴーレムが繰り出した自身諸共ケイスを捉えるという奇策が見事にはまる。

 剣の天才であるケイス相手に接近戦を挑むなど無謀の極み。

 だが力と頑強さで遥かに上回り、自由に動けない状態であれば、その絶対の優性は軽々と覆される。

 ケイスの目前でゴーレムが高々と石斧を振り上げる。

 このまま両断するつもりか。

 それに防いだとしても……

 1秒後に襲い来る痛みにケイスは覚悟を決め、固定された両足に力を入れ、左手で柄を強く握り、右腕で寝かせた剣の腹を支え頭上へと突き出す。

 ゴーレムが振り下ろした石斧とケイスが構えた剣が激しくぶつかり火花と轟音を奏でた。

 まともに石斧を受け止めた大剣は刀身のあちらこちらにヒビが入り一瞥で判るほどにねじ曲がる。

 だが受け止めて見せた。

 しかしその直後に石斧の柄から発生した棘が至近距離からケイスに向かって打ち出される。

 足を絡め取られ避けることは出来無い。

 剣を防御に回せば今もギリギリと押し込まれる石斧に身体をたたき割られる。



「ぐっ!!!!! がっ!」   



 ケイスの全身にささくれた石の棘が刺さる。

 石斧とうち合わさる瞬間、僅かに剣を引き衝撃を殺したといえど、焼け石に水だ。

 頑丈な皮鎧のおかげで身体を貫通するような傷は無く、致命傷も負ってはいないが、一撃で鎧がぼろぼろになり、四肢は素肌が露出する。

 もう一度同じ攻撃を食らえば、いくらケイスでもただではすまない。

 剣だって今の一撃でがたが来ている。

 次は受け止められず折れるかもしれない。

 ケイスを絡め取る足元の蜘蛛糸はまだ消え去る気配が無い。

 魔力が無ければこの蜘蛛糸は消すことは出来無い。

 魔力が有れば逃げ出せる。

 魔力さえ取り戻せば、この程度のゴーレムに負けるはずも無い。

 心臓に宿る本来の能力さえ開放すれば、城塞都市すらも一撃で破壊してみせるというのに。

 全身を奔る痛みが生存本能を刺激し、ケイスが決めた禁忌の扉を開けろと騒ぎ始める。

 魔術を取り戻せ。

 本来の力を。

 龍の魔術を持って全てを討ち滅ぼせと。



「黙れ!」



 しかしケイスは柄を握る左手に力を込め、一喝の元に己の生存本能を斬り殺す。

 まだ自分の手には剣が残っている。

 剣を握っている。

 ならば自分は剣士だ。

 剣士が負けてはいけない。

 剣士は負けられない。

 好きな人達を守る為に。

 大願を叶える為に。

 負けるわけが無い。

 自らの構える剣のように折れそうな心を叱咤し、自らを奮い立たせる。

 しかしそのケイスの怒声にもなんの反応もみせず、ゴーレムがまたも高く高く石斧を振り上げた。

 今度こそケイスを虫のように叩きつぶすつもりか。

 それとも標本のように串刺しにする気だろうか。

 明確な死の幻想を前にケイスの本能が騒ぎ始める。

 だがケイスは己の意思でそれを塗りつぶし変えていく。

 自分は剣士だ。

 なら求めるのは魔力では無い。

 捨てた魔術では無い。

 求めるのは剣。

 決して折れず、曲がらない、剣。

 全ての敵をたたき伏せ、切り裂き、突き進む為の剣。

 剣だ。

 剣が欲しい。

 左手には剣がある。

 だが右手には剣は無い。

 自分の両手は印を組む為にあるのでは無い。

 何かを生み出す為にあるのでは無い。

 自分の手は剣を握る為にある。

 ならば右手にも剣が欲しい。

 この両腕に剣さえあれば全てを切り裂き、突き進むというのに。


 困難を打ち砕く剣が欲しい。


 難敵を斬り倒す剣が欲しい。


 守る為の剣が欲しい。


 殺す為の剣が欲しい。


 突き進む為の剣が欲しい。


 譲らぬ為の剣が欲しい。 


 己を全て捧げられる剣が欲しい。


 己に全てを捧げてくれる剣が欲しい。


 獣を切り裂く剣が欲しい。


 人を貫く剣が欲しい。


 魔獣を抉る剣が欲しい。


 龍さえ刻む剣が欲しい。


 自らの技に答える剣が欲しい。


 自らを証明する為の剣が欲しい。


 世界でもっとも切れる剣が欲しい。


 世界でもっとも鋭い剣が欲しい。


 世界でもっとも頑丈な剣が欲しい。


 運命を切り開く剣が欲しい。 


 運命を正す剣が欲しい。


 神さえも斬り殺す剣が欲しい。


 剣さえあれば自分は負けない。

 

 だから剣が欲しい。


 ケイスの心を埋め尽くすのは渇望。

 剣士としての本能が剣を求める。

 死地を撥ねのけ、敵を斬る為の剣を。

 未だ治らない右手が自然と剣を求め蠢く。

 だが運命は変わらない。

 ケイスの手元には左手の剣しか存在しない。

 今この瞬間までは。

 闘技舞台に疾風が吹く。

 千切れ垂れ下がったケイスの黒髪が風に揺れ、あらわになったその耳に声が飛び込んでくる。



「今度こそ受け取りなさいよ! この馬鹿”ケイス”!」



 闘技舞台に力強い声が響く。

 それと同時にケイスの右腕に何かが絡みついた。

 布のように巻き付き、大きいのに羽一枚ほどの重さしか無い。

 クルリとケイスの腕に巻き付いたそれの柄は、包帯塗れのケイスの右手の平にピタと張り付く。



『握れ』



 剣が、羽の剣が一言だけを告げる。

 余分な言葉などない。

 いらない。

 ケイスは剣を求めた。

 剣士だからだ。

 そして剣は今ここにある。

 ケイスの右手の中にある。

 ならば答える言葉はいらない。

 骨が折れ、未だ完治していない右手。

 だが剣がある

 ならば剣士である自分が握れないはずが無い。

 剣があって負けるはずが無い。

 剣を握る以上、自分の右手は治っている。

 今治らなければいけない。

 治らないというならば、そんな世界は間違っている。

 傲慢さを持ってケイスは断定し、世界を変えるだけの理屈を己の体の中に生み出す。

 血流を操作。

 折れた右手の平へとここ数日で喰らい、血に蓄えた骨子を集中。

 あと数日は完治にかかるであろう怪我を、この一瞬で直す。

 右腕に力が戻る。

 折れ砕けた骨が再生する。

 なぜならばケイスは剣士だからだ。

 剣士であるケイスが剣を求め、剣である羽の剣が剣士に答えた。

 ならば骨が治るのは当然。

 剣士は剣を握ってこそ完成するからだ。

 剣士に握られてこそ、剣だからだ。

 剣と剣士がここに揃う。



「ふん! 緩い!」



 頭上に迫った石斧に対してケイスは左手に握った大剣で受け流す。

 左手の剣とてまだ折れていない。

 受け止められなくとも、流すくらいは出来ると信頼しきる。

 石斧を反らしがら空きになったゴーレムの胸部に向け、本来の利き手である右腕に極限の力を込め、当たる瞬間に最大まで重量を高めた重い突きをケイスは撃ち放った。

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