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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
38/119

剣士と百武器の龍殺し(開眼途中)

 ケイスは奔る。

 矢継ぎ早に次々と飛来する魔術攻撃をナイフでたたき落とし、足元に広がる即席トラップを回避して、距離を詰めていく

 魔術攻撃は下級魔術であっても魔力を持たぬ故に、耐魔力において致命的な欠点を抱えるケイスにとってどれも脅威。

 一撃でももらえば即敗北に繋がる。

 だがそれがどうしたと、ケイスは意にも止めず、臆するという感情を一欠片さえも己の中に存在させない。

 当たれば負けるなら避ければいい。

 当たる前に斬れば良い。

 自らの攻撃を一撃必殺の高みへと導けば、勝つのは自分だ。

 開き直りを通り越して傲慢な心構えこそ、ケイスの真骨頂。

 だからケイスは速い。

 己の選択に一切の躊躇が無く、迷いも無い。

 踏み込んだ瞬間には次の行動に即座に移り、ラクトの攻撃を見て瞬時に判断し即応する。

 戦闘距離において不利を抱えるケイスは、その高回転する頭脳と強靱すぎる精神を持って、己の距離へと引きずり込まんと、肉薄せんとひた走る。 


 






兎にも角にもケイスに近づかれては今の時点では手も足も出ない。

 ラクトが選んだ手は逃げの一手だ。

 逃げといってもただ闇雲に逃げる訳では無い。

 足を止めず常に移動してケイスを引き離そうとしながら、接近してくるケイスへと牽制と足止めの魔具攻撃を打ち込み、ケイスを疲れさせるか、もしくは魔術によって捕縛する。

 それがラクトの作戦の第1段階であり当面の目標。

 薄氷の上で踊るかのように危うい瞬間の連続を繰り替えしながら、ラクトは何とかここまで凌いでいる。



(ケイスの奴。ここまで速いのかよ!? 近づけるとやばいってのはわかってんだけどよ!)


  

 素早く切り返しを続け視界から消え失せようとするケイスの縦横無尽な動きに驚愕しながらも、ラクトは後ろに跳び下がる。

 距離を詰められて、視界が狭くなればケイスを見失う可能性が高くなる。

 それは判っている。判っているが、ラクトが一歩下がる前にケイスは三歩は詰めてくる。

 圧倒的な速さの差は、可能攻撃距離の差を補ってあまりあるほどのアドバンテージをケイスに与えていた。

 戦いの主導権を握っているのは、ここまではケイスだ。

 自分は何とか逃げているだけと、ラクトは素直に認める。

 今はとにかく如何に距離を稼ぐか、ケイスを近づけないかに頭を回し、手持ちの魔具で出来る手を選択していくしか無い。

 壁際に追い詰められないように円を描きながら逃げつつ、ベルトから引き抜いた短杖の先端を石畳に向けたラクトは、柄元に埋め込まれた宝石へと指先を合わせる。

 魔力とは心臓から生まれる力。

 動き続けて荒い息を吐きながらも、脈打つ鼓動にあわせて意識を集中。

 魔具を起動させるのに必要な魔力は、認証を通す為の極々僅かな量。

 化け物たるケイス相手に、ほんの僅かであろうと無駄な消費は命取りになりかねない。



『動悸に合わせる感じで魔力を送り込む。それが魔力を多めに注がないコツよ』



 セラから受けたアドバイスの一音一句を忠実に思い出しながら、鼓動に合わせ1拍子で少量の魔力を魔具に注ぐ。

 登録された魔力を確認し内蔵された魔法陣に掛かっていたロックが外れ、魔具が蓄積した魔力が先端から淡い光となって波紋のように広がっていく 

 ラクトが選択した魔具は、粘着性のある蜘蛛糸を綿花のように地上に咲かせ、足止めを目的とした範囲魔具『雲絡み』

 高さを調整して行く手を遮る壁のように出現させる事も出来るが、動きが素早く行動が読めないケイス相手に、その姿を覆い隠し、視線を切るなど自殺行為。

 最初の接触でケイスの素早さを改めて実感し、姿を見失い冷や汗をかいた経験を生かし、高さを低く調整しながら、術発動の機を窺う。

 ケイスの早さでは足を踏み入れた瞬間では遅い。

 発動を感じた瞬間に一気に跳んで脱出してしまう。

 狙いは……一歩手前。

 機を窺いながら、右手の指に嵌めた指輪型魔具に意識を向ける。


 

「発動!」



 ケイスが境界線ギリギリに踏み込んだ瞬間、発動キーワードを唱える。

 狙い通り走り込んでくるケイスの目前で術が発動。膝くらいまでの高さの蜘蛛糸で出来た白い綿雲が瞬く間に広がっていく。

 普通なら回避は出来無い距離とタイミング。

 しかし相手は化け物だ。

 目の前、それどころか足元直下に罠を出現させようともケイスは、その馬鹿げた反射速度で反応をしてくる。

 現に全力疾走で迫っていたケイスは、ラクトがクモ絡みの魔具を発動させた瞬間に、前に進んでいた足を無理矢理に交差させて倒れ込むように右に跳ね、罠を回避する行動に入っている。

 だがラクトとて回避されるのが判っているのに、罠を展開したのでは無い。

 ただの設置型トラップでは、ケイスを引っかけるのは難しく、精々侵攻方向をずらして僅かな時間を稼ぐ効果しかないのは既に体験済みで、今の回避も織り込み済みだ。

 


「爆ぜろ!」



 起動させていた指輪型の魔具に魔力を通し発動。

 指輪に込められた魔術は、防御用に用いられる『盾』の一種。

 指定位置周囲の大気を一瞬で圧搾収縮して、次いで弾かせる空気弾を作り出す効果を持つ。

 投擲武器をはじき返したり、襲いかかってきた敵を弾く為に用いられるのが本来の使い方。

 しかしラクトが指定したのはケイスやその進行方向では無い。

 ラクトの狙いは先ほど自分が展開した雲絡みのケイスとは真反対の地点。

 指定地点に向かって空気が圧縮され白い雲が一瞬引き込まれるように揺らいで、次いで発生した巨大な炸裂音と共に周囲の大気がはじけ飛ぶ。

地面からわき上がった突風は、蜘蛛糸の固まりをケイスに向かって吹き飛ばしていた。









 四散した蜘蛛糸の固まりが左手から迫る。

 粘着性のある糸が身体に絡みつけば、服に絡まり動きを阻害し、今の速度を維持する所か戦闘行動すらままならなくなる。

 蜘蛛糸といっても自然の物では無く、魔力によって作られた仮想物質。

 自らの魔力を持って抵抗すればすぐに蜘蛛糸を消滅させることも出来る。

 しかし魔力を持たないケイスには抵抗する手段が無い。

 自然と消え去るのを待つしか無いが、そんな悠長な時間をラクトが与えてくれるわけが無い。

 だがケイスの動きに焦りは無い。

 魔力を捨て去った日から、魔術が自分にとって致命的な攻撃となると、既に覚悟は決まっている。

 魔力を失っても、貫き通すべき自らの意思がある。

 ならば自分の剣技で乗り越えるのみ。 

 左手の剣を手首のスナップで頭上へと投げ捨てる

 開いた左手での三本の指を使って、胸のホルダーから投擲ナイフを二本引き抜きつつ、ダイアルを調整してワイヤーの長さを2ケーラに調整。

 身体を捻りながらから、今にも絡め取ろうと迫ってきた雲に向かって投げつける。

 ケイスが投げたナイフが雲に真正面から突っ込むが、即座に粘着性の強い糸に絡め取られ、勢いを無くす。

 二本のナイフという点で防ぐには、雲の面は大きすぎる。

 だがケイスが投げたナイフの柄頭からは、同じく蜘蛛を由来とするが粘着性は皆無だが頑丈なワイヤーが繋がっていた。

 ナイフが絡め取られた瞬間に、ケイスは左手の指を動かしてワイヤーに絡める。

 指先の僅かな動作を持って、二対のナイフを二重の円を描くように大きく回転させる。

 ナイフに付着していた粘着質の糸が、周囲の糸を絡め取る。

 さらにケイスが回転させると次々に糸が絡み合っていく。

 蜘蛛糸をたっぷりと付けてまるで綿菓子のようになった所で、ワイヤーからを手を離す。

 次いでケイスは、ホルダーからワイヤーを格納する機構部分を、手早く2つとも取り外し自動巻き取りのボタンを押して頭上へと投げる。

 猛烈な勢いでナイフの柄から伸びたワイヤーが収納されていく。

 絡め取られた糸と共に。

 まるでカーテンの幕が開くようにケイスを絡め取ろうと広がっていた雲の壁に穴が開いた。

 穴の先にはラクトの姿が見える。

 敵の姿が見えたならば、次の行動に迷いは無い。

 右足で着地と同時に真逆へと切り返し。

 捕縛網に開いた子供一人が何とか通り抜けられるような狭い穴へと飛び込み前転で身を躍らせる。

 小柄なケイスだから何とかくぐれる大きさ。

 しかし余裕は拳1つ分ほどの隙間しか無い。

 一瞬でも触れれば全身に纏わり付いてくる罠の中心を、火の輪くぐりをする猛獣のように見事に通り抜けた。

 左手で地面を叩いてクルリと回転したケイスは、そのまま頭上へと左手を伸ばす。  

 先ほど投げ捨てたバスタードソードが、計算通りに罠の上を無事に通り過ぎてケイスの手に収まった。

 大剣を抱えたままでは、今から作る穴を通り抜けられない。

 だから剣を高く投げ、小柄な自分だけは穴を抜け、その向こうで投げた剣を受け取る。

 言葉にすれば簡単な理屈で曲芸じみた動きで罠を回避したケイスは、剣を受け止めた上段の構えのまま再度一歩踏み込み、ラクトへと袈裟斬りを決めようと剣を振り下ろした。 

 

「爆ぜろ!」



 しかしラクトもケイスの行動を読んでいた。

 立て続けに指輪の力を発動させて、今度は自分の目の前の空気を爆ぜさせつつ、最初と同じように軽量化の指輪の力を使用。

 爆風にのってラクトが回避行動を行った一拍後に、ケイスが振り下ろしたバスタードソードが石畳を砕きながら床にめり込んだ。

 ラクトが指輪を使うのが僅かに遅れていれば。

 ケイスの両手が使えれば出せたであろう剣速があれば。

 今の一撃で勝負が決まっていた。

 しかし勝負はまだつかない。

 再度距離を取ったラクトと、逃げられたケイスは、言葉も目線も交わすこと無く、すぐに次の一手の為の準備へと移っていた。













「あ、兄貴!? まずいって!? あいつラクト殺す気よ!」



 石畳を砕くほどの剛剣。

 ケイスが振るう一撃、一撃には溢れんばかりの殺意が込められているのを悟り、セラが悲鳴を上げ、横に座っていた兄であるボイドの袖を引っ張る。 

 今のケイスの圧力は、セラが鍛錬で戦ったときの比では無い。

 足運びの一つ一つにすら威圧感と意味が込められ、立て続けに繰り出される選択は圧迫感さえ伴う。

 対峙するだけで精神力がごりごりと削られるケイス相手に、ラクトは魔具を駆使して今は何とか奇跡的にも猛攻を凌いでいるが、それもいつまで持つか判らないとセラは青い顔を浮かべる。

    


「落ち着け! 結界がある! しかも中級神クラスだ! 死ぬことはねえよ!」


 

 狼狽する妹を一喝しつつ、ボイドは自らにもその言葉を言い聞かせながら、決闘の成り行きをじっと見守る。

 決闘者を守る為の火神派による防御結界は今も発動中。

 それも下級神クラスでは無く、中級神クラスが降りてきている。

 その結界の強さは、ボイド達現役探索者ですらも闘技舞台上に入ることが出来無いほどに強力で、介入不可能となっている。

 それにケイスの一撃を食らっても、結界がある限りラクトの命が絶たれるわけではない。



「そ、そうだけどさぁ……」



「落ち着けってお嬢。結界稼働中じゃどっちにしろ今は俺らには何もできねぇよ」



 ヴィオンが宥める声を耳に捕らえながらも、ボイドは顔をそちらには向けず、二人の決闘者を見続ける。

 次の瞬間には決着が着いてしまいそうなほどに、ケイスの攻撃は激しく、ラクトは危うく、目を離すことが出来ずにいた。

 だからセラが叫びたくなる気持ちは、ボイドも判らないわけでは無い。

 ケイスの攻撃は、一撃一撃が凶暴で、見ているこちらの不安を駆り立てる物だからだ。

 セラが最初にケイスを見たときに不気味だやら、関わらない方が良いと言っていた事を思いだし、そしてようやくボイドも妹がそう言った理由にたどり着く。

 ケイスがあまりに異質だからだ。

 ボイドはケイスを天才だと思っている。

 特に近接戦闘においては、現役の探索者であり近接戦闘をメインにする自分よりも遥かに上の才能を持っていると認めている。

 だが今見せるケイスの戦い方は、天才などというレベルでは収まらない。

 一言で言うならば、ボイドには理解が出来無い。

 何故あのタイミングでよけられる?

 何故あの攻撃を読めた?

 どういう思考を持ってすれば、二本のナイフで罠を無効化する方法を一瞬で思いつく?

 しかもあんな無茶苦茶な方法を思いつき、しかも完璧に実行してみせることが出来る?

 ケイスが今見せるのは、狩りや立ち会い稽古で見せた超人的な動きでは無い。

 全く別物。

 人の姿をしているだけの、人と同じ道具を使っているだけの、別生物の戦い方。

 近接戦闘距離に最大適応し極化した生物の戦闘法。

 ケイスの戦闘はそう表現するしか無い。

 常人に理解出来る物では無く、真似できる物では無い。

 あんな戦いを行えるのは、ひょっとしたらこの世でケイスただ一人だけかも知れない。

 誰にも理解出来ない。

 理解しようが無い。

 異質すぎる理論、理屈でケイスは動いている。

 戦っている。

 そこにセオリーなど無い。

 人の姿をした新種モンスターを相手にしているような物だ。

 ケイスの本気を前にしては、ボイド自身も苦戦を強いられるのは間違いないと、断言できる。

 しかし、しかしだ。


 ならば……ラクトはなぜここまで持つ?


 心の片隅で疑問が生まれ、ボイドはラクトへと目を向ける。

 その動きは遠目でも判るほどに余裕が無く、焦っているのが手に取るように判る。

 しかしそれでもラクトはここまで生き残っている。

 激しい連続攻撃を繰り出すケイスを相手に、ラクトは紙一重ながら何とかギリギリで凌いでいる。

 善戦しているといって良い。

 あの年で考えれば十分すぎるほどでも、ケイス相手には体の使い方や動きはぎこちなく、ヒヤヒヤ物だ。

 しかし、その戦い方、特に魔具の選択や組み合わせ等に限ってみれば、昨日魔具を用いた戦闘の基本を覚えた少年が見せる物とは思えないほどに見事な物だ。

 従来の使い方とは違った虚を突く使用法。

 発動の遅い魔具と、即効性魔具によるコンビネーション戦術。

 魔具が再使用可能になるまでの時間稼ぎと、充填時間の把握。

 魔具を上手に使いこなしているからこそ、ケイスを相手にここまで決定的な攻撃を食らわずにすんでいるのだと、ボイドは気づく。

 

 

「ケイスがアレすぎて判りづらかったが……ひょっとしたらラクトも天才って奴か?」



 あまりにも突出しすぎた才能を持っているケイスが近くにいた所為で気づけなかったが、冷静に考えてみれば戦闘に関するラクトの覚えや、コツを掴む速さは十分に天才的と言える物。

 そうでも無ければ僅か数週間でケイスを相手にここまでやれるわけが無い。

 現に今も魔具を使うタイミングや組み合わせは、僅かずつだが着実にレベルを上げている。

 これはひょっとしたら、ひょっとするかも知れない……

 大番狂わせの予感をボイドは抱く。

 しかしそれと同時に何とも言えない胸騒ぎがよぎる。

 どちらかが勝ってすんなりと全てが丸く収まるか?

 そう聞かれたらボイドは首を縦に振ることが出来無い。

 どうにも消せない悪寒がボイドの背筋を漂っていた。

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