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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
34/119

決闘者と父親

 ミノトス管理協会カンナビス支部所属ルーフェン商業街区鍛錬所内闘技場において、今日も恒例の朝礼が行われている。

 部署ごとに別れずらりと並ぶ職員は40人ほど。

 ミノトス管理協会が探索者達に提供する鍛錬所とは、ただ場所を貸し出すだけではなく、その用途用途に合わせ、細やかな設定や調整を施している。

 大陸各地に広がる迷宮環境を再現したり、戦闘訓練用に低級モンスターを調達したり、新規開発魔術の詳細記録用解析陣の準備等々。

 無論凝れば凝るほど金は掛かるが、最大級の鍛錬所に至っては模擬空戦、海戦を提供できるほどの高い機能を備えている。

 それら高い品質の設備を提供する下支えの者達は、結界技術士や魔物調教師など職種も多岐に渡る。



「ベント街区鍛錬所の再開には、少なく見積もっても一月は掛かる予定です。新規予約には時刻日時に制限が入るので予約担当の方は注意してください」



 何時もなら時事の事柄を少しと、事故や怪我などが無いように気をつけましょうという定型文が常だったのだが、今日は少しばかり事情が異なる。

 一昨昨日深夜にカンナビスにおいて最大の鍛錬所であるベント街区鍛錬所が、突如改装工事という名目で全面閉鎖となり、予定されていた催しが中止となったり、利用予約が他の訓練所へと振り分けられる緊急事態となっていた。

 閉鎖してまで予定になかった改装工事に至った経緯の詳細は、管理協会に所属する一般職員達にも機密情報として公開されていない。

 しかし閉鎖通達と同時に、最近話題となっていたカンナビスゴーレム解析結果発表会の中止も公示されたので、何らかの事故や発見があったのでは無いかという噂が囁かれている。

 もっとも現場で働く者としては、閉鎖となった理由よりも、受ける影響の方が重要なので、四方山話の1つ程度といった所だ。



「既に請け負った予約は振り替えや返金処理で対応を行っています。私たちの所にも既に数件分の振り替え予約が入っていますので、昨日配布した新しい管理行程表を、各担当職員の方は再度確認をお願いします」


 

 ルフェーン鍛錬所は、その歴史をひもとけば街が開発された頃までさかのぼれるほどの伝統を持つ由緒正しい鍛錬所だが、昨今では施設の老朽化や手狭さから、利用者からの評判は今ひとつとなっている。

 だが利用料金が他に比べ低く抑えられており、その為に利用者は思ったより多く、その層は全般的に若い探索者や、技師、魔術師達になる。

 配属される職員達も、管理職以外は新入り~三年程度の若手職員が多く、利用者のみならず職員達にとっても修練の場となっていた。



「…………」 



 急な事態に硬い表情を浮かべる若手職員達の中でも、特に一人緊張した面持ちを浮かべ、食い入るように予定表を見る男性職員がいた。

 彼の名はライ・ロイシュタル

 戦いや決闘を司る神々の一柱上級神『フロクラム』を筆頭とする火神派に属する低位眷属神の意匠が、彼の羽織るマントや、ベルトなど小物等あちらこちらに施されている。

 火神派を信奉する神官の一人だ。

 決闘者達の戦いに対し中立を貫き、いかなる不正も許さず、明確な勝敗を下す事を司る火神派眷属となり、鍛錬所で時折行われる決闘の立ち会い及び審判がライの担当になる。

 2年前までは現役の探索者として、自らの足で迷宮を駆け巡り謎を解き踏破し、踏破者に神々から与えられる特別な力、天恵を積んできた。

 迷宮に喰われることもなく、何とか力を蓄え下級探索者となったことで、眷属候補としての資格を得たライは、その後火神派神殿で3年間の修行を行っていた。

 そ無事に修行を終え、少人数採用の難関採用試験を突破し、管理協会公認鍛錬所での決闘担当者としての職を得たのはたった2週間前の事だ。

 そんなライにとって今日が初の公式立会人となる日であった。 

 だがライの顔に浮かぶのは、誇りある決闘を尊ぶ火神派では花形である立会人となれた誇らしさや自負よりも、緊張が色濃かった。

 後に禍根を残さず勝敗をしっかりと裁く事が、立会人には求められる。

 不正はなかったか。

 止めるべき時に戦いを止めたか。

 止めてはいけない戦いを止めてしまわなかったか。 

 今日が初の立会人となるライはプレッシャーで心の中でぐるぐると不安が渦巻き、表情はこわばるばかりだ。

 朝礼が終わり、他の同僚達が次々と引き上げていく事も気づかず、予定表を何度も読み返していた。

 もっともそこに書かれているのは、決闘が行われるという伝達と開始時間のみで詳細は記されていないので、何度読もうと変わりはしないのだが。

  


「朝礼はもう終わりましたよ。表情が堅いですねライさん。立会人には心の余裕が常に必要だと教えたはずですよ」



 先ほどまで前に立って伝達事項を伝えていたルーファン鍛錬所のロイター所長が、緊張した面持ちを見せ周囲の様子にすら気づけないライを見かねたのか声をかけてきた。

 好々爺然とした風貌のロイター所長の服にも、あちらこちらに火神派の意匠が施されている。 

 しかもそれはライの服に施された意匠よりもさらに多くの火神派に属する神々の意匠がほどこされ、火神派の頂点に君臨するフロクラムの印章すらその背には誇らしげに刻まれている。

 


「っ……し、失礼しましたロイター大神官! いえ所長!」



 数年前までは大陸中央管理協会本部直属であったロイターが今まで裁いた決闘は、能力開放状態の上級探索者同士の決闘すらあるほどで、ライにとっても目標とすべき偉大なる先達。

 高齢を理由に一線を退きはしたが、後進育成の為に特別迷宮である『始まりの宮』の1つがあるカンナビスへと志願赴任し、今はカンナビス支部特別顧問を務める傍ら、ルーファン鍛錬所所長として活動を続けていた。

 同じ宗派に属する新米神官であるライから見れば、上位神フロクラムの眷属をも勤める資格を持つロイターは本来なら言葉を交わすことも恐れ多い雲の上の存在だ。

 いつの間にやら朝礼が終わったことにすら気づかなかった自分自身が恥ずかしくライは直立不動のまま、羞恥で顔を赤く染めていた。

 


「いえいえ。初のお勤めだというのに決闘者の情報が入っていないのでは緊張するなというのが無茶ですから。ですが全ては神の思し召し。これも試練と思い励んでください」



 本来であれば、公正な戦いと不正防止の為にも、事前に決闘者達の詳細なプロフィールや使用武器などが、立ち会い人に伝えられてしかるべきだ。

 しかし今回は何らかの事情があったのか急遽ねじ込まれた決闘予定な上に、その直後にベント街区鍛錬所閉鎖が決定して、カンナビス支部各所が下に上にと大騒ぎとなっているため、決闘当日だというのにまだ詳細情報すらきていない有様だ。



「決闘者と見届け人を勤める方々は既にそれぞれの控え室に入っているそうなので、申し訳ありませんが、武器などの直接確認をお願いします。東側からお願いします……良い決闘になることを期待していますよ」



「は、はい! ご期待に応えられるのように精一杯勤めさせて頂きます! で、ではすぐに向かいます!」



 直立不動のままうわずった声で答えたライは大きく頭を下げ一礼してから、慌てぎみに控え室がある闘技場の裏手側に走っていた。

 後に残されたロイターはライの後ろ姿を見送り完全に見えなくなるってから、周囲の気配を探り無人である事を確認すると、その笑顔を消し目付きを鋭く変貌させた。 



「……前途ある若者に苦労を押しつける趣味が貴方にあるとは存じ上げませんでしたな。コオウ殿」


 

 優しげな声自体は変わらないが、ありありとした非難の色を色濃く込めてロイターが声を発すると、ロイターのすぐ横の空間が揺らぎ、岩のようにゴツゴツとした肌を持つ巨体の老人が姿を現す。

 竜人と獣人。双方の特徴を持つ竜獣翁コウゼルグだ。

 朝礼中にコオウゼルグがが無言で入ってきたのに。気づいたのはロイターただ一人だけだ。

 他の者は、その姿どころかコオウゼルグが使う陰行魔術の気配の欠片にさえ気づいていなかった。

 もっともコオウゼルグの事だ自分だけが気づくように術を調整したのだろうと、ロイターは判っていた。

 この老人が隠れようと思えば、誰にもその気配を感じさせる事なく、それこそ王宮最深部だろうが、秘匿領域だろうが潜り込めるのは、確実なのだから。

 


「決闘者情報は全て改竄せよ。関係者以外の目撃者は極力出すな。無名の新人を貴方が絡む決闘の立会人にせよ……挙げ句の果てには何も聞くなですか」



 ロイターの懐には、昨日のうちに送られてきた決闘者たるケイスとラクトの詳細情報を記した連絡書の写しが納められている。

 だがこれは既に無意味な物と化している。

 数年は支部に残されるはずの利用者情報原本すらも、後日差し替えられる予定だという。

 本来ならば公式書類偽造など担当者どころか支部上層部の首飛ぶほどの大問題。

 通常であればロイターも断固拒否する。

 だが協会の重鎮であり旧知の竜獣翁からの頼みとあっては、何らかの事情があるのだろうと、渋々ながら引き受けていた。   



「苦労を掛ける」



「そう思われるなら目的くらいはお聞かせ願えますか?」



 コオウゼルグからの要請は協力を求めその指示を出すだけで、その背景には一切触れていない。

 せめて何が目的なのかだけは聞きたいと所だと、当然の権利を主張するロイターに対して、 



「……すまん」



 堅い表情でコオウゼルグが謝罪の弁をのべるのみだ。

 詳細については口を閉ざしたまま答える様子はない。

 語らないのはコオウゼルグが、ロイターを信用していないわけではない。

 もし信頼されていないのならば、こうやって本人が姿を見せることもなく、ロイターの記憶を改竄して、気がつかないうちに全ての事柄を塗り替えてしまう。

 上級探索者の中でも紛れもないトップクラスの魔術師であるコオウゼルグには、そんな行為も容易い事。

 だが強硬手段を行わないのは、語れないなりの誠意なのだろう。

 決闘者の詳細にロイターが目を通した事かどうかも言及しないのも、その一環だろうか。

 決闘者達はまだ10代前半の子供達。

 そんな若者、いや子供達が本格的な決闘を行うという。

 決闘者の一人である少年は、昨日にここルーフェン鍛錬所で現役探索者相手に鍛錬を行っていた。

 将来的には期待出来るかも知れないが、その実力はまだまだ未熟。

 その身には不釣り合いなほどに実戦的な複数の高級魔具と、出所不明な闘気剣で武装を固めていた事は、不可思議に思うが、それも金さえあればどうにかなることだ。

 一方でもう一人の決闘者である少女は、ケイスという名前と、魔力変換障害者というその特異体質以外は記載されていない。

 魔術を使うどころか最低限の抵抗すら不可能な魔力を一切持たない少女と、各種属性遠近補助と一通り取りそろえた魔具を保有する少年。

 この両者が争えば、勝敗は自ずと見えてくるだろう

 どう考えてもまともな勝負になるとは思えない。



「隠されるおつもりなら私が立ち会った方がよろしいと思いますが」



 だというのにロイターは、胸の中にざわついた予感を覚える。

 安易に予測できるはずの勝敗予想に反してこの戦いは激戦となる。 

 長年数多の決闘で立ち会ってきた火神神官としての勘がはっきりとそう告げる。

 それどころか魔具を持った少年よりも、名しか知らない少女の方に強い違和感を覚える。

 ケイスと書かれた名前を見た瞬間から、ロイターは自らが信奉する神々ガザわめき始めた気配を感じていた。

 神々の興味すら引く何かが、この少女にはあるのか?

 ならば新米であるライでは荷が重いと考え、ロイターはコオウゼルグに問いかける。



「お前が立てば上位神が降りてくるかもしれん。上位神が降臨すればその気配を周囲への誤魔化しようがない」



 コウゼルグの言葉に心の中では驚愕しつつも、ロイターはその動揺を眉がぴくりと動く程度に納めた。

 本来であれば上位神が降りてくる決闘など、歴史書に載るような誉れある戦い。

 間違っても子供同士の決闘という名の喧嘩に起きていい事態ではない。

 他の者からの言葉であれば、火神派の神官であるロイターの立場としては失笑し否定するような話であるが、相手は英雄竜獣翁。

 つまらない冗談や、根拠も無い話をするはずがない。

 コオウゼルグが警戒する少女は何者だろうか?

 コオウゼルグの権力を持ってすれば、全鍛錬所を封鎖して決闘その物を止めさせる事も容易いはずなのに、それをしようとはしないのはなぜか?

 一体何が起きるというのか?



「……あくまでも騒ぎは最小にということですか。承知しました。決闘中は闘技場内の立入は最低人数の職員以外は禁止し人払いの結界を施しておきます。防御結界は最大稼働でよろしいでしょうか? 他にご指示がありましたら即時動けるようにしておきます」



 幾多の疑問を飲み込み、何が起きるのか予測は出来無いが、対策が必要だと納得をしたロイターは、支部から回されてきた書類を差し出し、自分がバックアップで待機する事を伝えた。



「この街にお前がいてくれて助かった」



 詳しくは聞かずとも協力を約束してくれたロイターの気づかいに感謝し頭を下げる。



「あの娘は火種。もしくは既に燃えさかり始めている火元なのかもしれん」



 多くを語れば、それがさらに新たなる火種となりかねない。

 抽象的な事しか言えないことをもどかしく思いつつ、詳細書を受け取ったコオウゼルグが、その巨大な掌で握りつぶすと、紙束は一瞬で炎上し塵1つ残さず消え去っていた。



















 闘技場と隣接した控え室は、東西南北4つの闘技舞台への出入り口側にそれぞれ設けられている。

 控え室と言っても、片隅に申し訳程度にソファーや大きな姿見はあるが、部屋の大半はがらんどうとしており倉庫を思わせるような作りだ。

 通常用出入り口とは別に、外部側と舞台側それぞれに、鉄製の巨大な開き戸が取りつけられている所為もあってか、ますます倉庫のような内観に拍車を掛けている。

これは魔術実験機材の搬入や、訓練や見世物で迷宮モンスターを運び入れたりと、多目的に使われている所為で、倉庫兼控え室といった方が正解だろう。

 頑丈な作りになっているのは、物騒な物が持ち込まれた際の対策として当然の配慮からだ。





「こいつで最後だがラクトどうだ? もう少し締めるか」



 手甲と上腕部を繋ぐ金属糸をより合わせたヒモの長さを工具片手に調整しながら、クマことクレン・マークスは、息子であるラクトへと尋ねる。 



「あぁ……これくらいでいいよ親父」



 少し腕を動かして確認して問題無いと答える、ラクトは戸惑いの顔を覗かせていた。

ラクトが身につけるのは、些か古い様式の金属板をつなぎ合わせたラメラアーマーだ。

 装甲板はそれぞれ金属製のリベットで止められており、少し動くたびにじゃらじゃらと音が鳴るので静音性は皆無だが、全身を覆うフルプレートに比べて関節部の自由なので動きやすさでは勝り、より簡易な鎖帷子よりは防御力に秀でた代物となる。

 


「なんだ。不具合があるなら言え。相手はケイスだぞ。ちょっとした動きのミスで大負けするぞ」



 息子の戸惑った様子に気づいたクレンは作業の手を止めた。

 


「あー、そうじゃなくてこれ良いのか本当に使って?」



 ラクトは己が身につけた鎧を見下ろして、疑わしげな目を向ける。

 何時もならラクトが店の売り物を使って剣の練習をすれば、拳骨の1つ、2つを軽く振ってくる。

 そんな父がラクトの決闘用に用意してくれたのは、些か古いがしっかりとした作りの立派なラメラアーマーだ。

 これでも武器屋の息子。製作した工房名までは判らずとも、これが安い代物で無いのは一目で気づいていた。



「……売りもんじゃねょ。俺の私物だ。気にするな。それよか具合のほうだどうだってんだよ?」



 息子の戸惑い顔の意味に気づいたクレンが、なぜかばつが悪そうに頬の傷跡を掻きながら、露骨に話をそらした。

 父の私物?

 父親が武器商人として、性能が良い武器を多く集めているのは知っているが、あくまでもそれらは売り物。

 武具を集めるようなコレクター癖はなかったはずだ。



「なんだクマ。ちゃんと言ってなかったのかよ。そいつはクマが探索者を志してた頃の代物だぞ」



 疑問が顔に浮き出ていたラクトに向かって答えを返してきたのはクレンではなく、ソファーに座ってボイド達と一緒に面白げにラクトの様子を見ていた、キャラバン長のファンリアだ。

 


「はぁっ!? 親父が探索者志望!?」



「言うなよ親方」



 始めて聞いた話にラクトは目を丸くする一方で、商売の師匠であるファンリアにクレンは苦笑混じりの顔を浮かべる。

  


「どういうことだよ親父。俺が探索者になりたいっていったらやたら反対してるくせに自分は目指してたって?」



「情けない話だから隠してたんだよ。始まりの宮で断念した口なんだよ俺は。俺はこいつですんだが、そん時の仲間がな……」

 


 不審げな声を上げる息子に対して、頬に走る二筋の獣傷を掻いてクレンは言葉を濁す。

 父親のその様子に何が起きたのか、ラクトは察する。

 探索者となる為の最初の試練『始まりの宮』。

 年に二回決められた時期だけに現れる特別迷宮へと挑み、探索者たる資格を得る為の儀式。

 迷宮自体は簡易で、挑んだ者達の平均7割は試練を突破し、初めて探索者を名乗る資格を得ることができる。

 残り3割はといえば……

 不合格者に含まれる者達の中で時間切れで諦めたなら運が良い方だろう。

 試練の途中で運悪く迷宮に喰われた者や、帰還できず行方知らずになった者も少なからずいる。

 ラクトもそれは知識として知っていた。

 だがラクトは知っていただけで判っていない。

 しかしそれもしょうが無いのかもしれない。


 今年は8割も突破したらしい……そいつは期待出来そうなのが多いな。


 二人に一人だけだってよ……不作だな今年の新人共は。

  

 少年達の目に映る吟遊詩人達が爪弾く探索者の物語とは、華々しい活躍をし、劇的な冒険譚を繰り広げる極々少数の一握りの物語。

 その影で泥臭く足掻く多数の探索者達のことなど添え物程度、ましてや探索者ともなれず亡くなった者など、直接の知り合いでもなければ話の端にも昇らないだろう。



「危険だってのは身をもって知ってたから反対なんだが……言って止まるもんじゃねぇってのも判ってるっちゃ、判ってるからな」



 息子の鎧姿に若かった自分を思い出したのか、様々な感情が入り交じった複雑な表情を浮かべている。



「親父……」


 

 何か言いたそうなラクトの呼びかけにに我に返ったのか、クレンは気恥ずかしそうに咳払いをするとその視線をソファーの方のボイド達に移した。 



「それより、どうなんだボイド。相手はケイスだが、うちの倅にも少しは目があるのか?」



 昨日ラクトはここルーファン鍛錬所でボイド達を相手に、魔具の扱いに慣れる為に実戦形式の訓練を行っている。

 現役の探索者の目から見てどうなのかと問いかける。



「勝負は蓋を開けてみなきゃ判らないってクマさんには言いたい所なんだが、相手はケイスだからな……才能は言わずもがなだが、経験って面でもあいつは相当修羅場くぐってやがるぞ」 



 ラクトの決闘相手であるケイスは、戦闘。特に近接戦闘においては天才という言葉でも表現しきれないほどの才を持つ化け物だとボイドは断言できる。

 しかもその天才児は、戦闘マニアというか鍛錬マニアというか、才におぼれるどころか自己鍛錬に余念がない上に、何度か剣を交えたから判るが、あの判断力の速さと機転は積み上げた実戦があってのことだろう。

 

  

「ただラクトも筋が悪くはない。戦闘センスもそうだけど、魔具の扱いやタイミングは初めて使ったにしちゃ上出来だ。ケイスには魔力変換障害って明確な弱点があるから、上手く弱点を付ければ、”決闘”ってことなら主導権を握るのは可能だと思う」

 

 

「ボイドの言う通りだわ。心配すんなクマさん。殺し合いだったら到底かなわないだろうが、限られた条件、場所だったら、ケイス相手でも、そこそこやれる程度にはなってんぞ」    


 ボイドが保証し、その友人で有り同じく現役の探索者であるヴィオンが軽い口調で冗談めかしながら同意してみせる。 

  


「殺し合いって。笑えないぞおい」



 しかしヴィオンの言葉は、鍛錬兼狩りと称して、嬉々としてモンスターをばっさばっさと斬りまくっていたケイスの姿を見ているクレンとしては、不穏すぎるにもほどがある笑えない冗談だ。



「ヴィオン変なこと言うの止めなさいよ。縁起でも無い。ただでさえ、今日はなんか碌な予感してないんだから」



 ヴィオンの横に座っていたセラが血色の悪い顔で、笑っているヴィオンを窘める。

 どうにも今日は夢見が悪く、体調も優れない。

 せっかくカンナビスに戻ったのだから、セラとしてはこんな絶不調な日は家で大人しくしていたい。

 それがどうにも苦手としているケイス絡みとなればなおさらだ。

 だがラクトに稽古を付けた一人として気分的に放っておく訳にもいかず、兄たちにも半ば連れ出される形で、ラクトとケイスの決闘を観戦する羽目にあっていた。



「お嬢の言葉の方が縁起でも無ぇよ。姉貴が気を利かせて火神派神官を手配して、決闘方式は結界破壊にしたんだから大丈夫だろ」



 決闘において決着法式はいくつか存在する。

 それこそ殺し合いから、戦闘不能になるまでやら、武器を落とした方が負けといったもの等々。

 今回ケイスとラクトの決闘において採用されたのは、その中でももっとも危険度が少ないといわれる結界破壊決着方式。

 決闘者両者に、神官が身体を保護する特殊保護結界を施すという物だ。

 結界は一定のダメージの蓄積で解除され、先に解除に至った方が負けとなる。

 鎧などの装甲で攻撃を防げば蓄積ダメージは少なく、非装甲部分に直撃を喰らえば一気にダメージが蓄積するので、不慮の事故の確率は少なくとも、手に汗握る実戦が気楽に楽しめると腕自慢同士の腕試しや、実際の剣と魔術を用いた戦闘を観客に見せる剣譜興業などでも使われている昨今では主流となっている方式だ。

 


「そりゃ判ってるけどさぁ、なんか不安なんだからしょうが無いんだから。立ち会いを頼むのだって無料じゃないのに、下手なハズレ神官に当たったらとかあるでしょ」



「無料とかハズレっておまえな。ちょっとは神職に対して敬意とかもてよ」



 守銭奴というか拝金主義なところがある妹の発言に、ボイドはあきれ顔を浮かべている。



「そうは言ってもあたしらのよく知ってる火神派の神職つったら、博打馬鹿くらいでしょうが。あの馬鹿を見てて、どうやったら敬意を持てっていうのよ」



 賭博闘技場通いが趣味で大穴に掛けてばかりいて大損をこいていた、年上の幼馴染みの一人を思い出してセラはより不機嫌そうに眉を顰める。

 セラから見てお金の無駄遣いをしていたその男が、火神派神官を目指した理由も、とても褒められたものじゃない。

 戦いや決闘を司る神々に仕える火神派神官には、相手の力量を見抜く特殊な能力が授けられるから、これで勝者を見抜けるようになれるという実に巫山戯た理由だ。



「噂じゃ結構真面目にやってるそうだけどな……あくまでも噂なんだが」

  


「まぁ絶対に不良神官街道だからなあの人の場合。と、噂をすれば何とやらだな。来たみたいだぜ」



 どこか納得していないセラの背中を叩いていたヴィオンが、控え室の方へと歩いてくる廊下の足音に気づき、扉の方へと視線を向けると、すぐにどこか堅い調子でノックの音が響いた。



「どうぞ」



「失礼します。本日の立会人を任されました火神派神官のライ…………」



 ノックに答えたクレンの声に次いで、扉を開けて緊張を含んだ神妙な顔で挨拶をしながら入ってきたライだったが室内を見回してボイド達の姿に気づいて固まった。

 それは昔はやんちゃしていた不良が、世間に出てすっかり丸くなってしまった姿をみられた気恥ずかしさにも似た気持ちといえば良いだろうか。

  


「「「ハズレだ」」」 

 


 幼馴染み達の心は申し合わせたかのように一斉に染まり、重い重いため息をはき出す。

 ライ・ロイシュタル。

 セラから見て4つ上に当たる件の元博打馬鹿の登場に、嫌な予感はこれだったかとセラは額を押さえていた。



「おまえら久しぶりに会って、最初の台詞がそれかよ」



 過去の所行や、神官を目指した最初の動機を考えれば、後輩共の評価は致し方ないと我ながら思いつつも、いきなりのハズレ認定にライはこめかみをひくつかせていた。

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