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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
29/119

剣士と決闘宣言

「ご自分が天才だということをご自覚ください。貴女に出来る事でも他人には難しかったり、出来無かったりするのです。なんでそんな簡単なことも出来無いのかと、誰彼構わず聞くのもおやめください」



 離宮で一番高い物見塔外壁の僅かな凹凸で鍛錬と称して昇り降りする。

 強そうだからという理由で、騎乗用飛竜ととっくみあいの喧嘩をする。

 一度見ただけで、騎士の扱う高等魔術を再現してみせる。

 ケイスの非常識な行動を目の当たりにして、気絶した従者や、自信を喪失した騎士が出るたびに、姉のような従姉妹であり、面倒を見てくれていた少女からお説教を貰う時は何時もこれが常套句だった。

 その真意は、他人との違いを自覚して、少しは無茶な行動を控えて欲しいという意味だったが、ケイスにはよく判らなかった。

 自分には出来て当たり前だし、出来るのだからそれが当然であり、なんで駄目だなのか判らない。

 ならば自分が天才であると周りに言えば、自分の行動に誰も驚かないだろうし、比べて落ち込まないだろうと考えた。

だからケイスは自分が天才であると名乗ることにした。






「貴女はすごい力を神様から頂いています。だからその力を困っている人がいたら使ってあげなさい」



 暴虐無人で傲岸不遜で制御不能。

 物心ついた頃には迷宮に捕らわれた所為なのか、それとも生まれついた性なのか。

 気に入らないことがあると、力尽きるまで暴れ回る野生児へと変貌しかけていた孫娘に祖母が仕込んだのは、幼い子に聞かせる英雄譚だった。

 それは至極単純で幼い正義の話。

 子供だましの都合の良い正義の話。

 だが大好き祖母からの教えなのだから、ケイスにはそれが絶対だ。

 自分の状況や後の事など考えず助ける。

 誰かが襲われていれば、その力で敵を切り倒す。

 怪我をしようが、傷つこうが、力があるのだから、自分が戦おうとする。

 例え相手が王であろうが、聖獸であろうが、神であろうが、自分は戦うことにした。

 その猪突猛進振りが戦闘狂の血と噛み合わさり、相手がどれだけ強大で強かろうとも敵を選ばない性格へと変わったのは至極当然の事だったのだろう。

だからケイスは、困っている人がいれば助けることにした。






「まだ貴女の身体では負荷に耐えきれません。でも、どうしても追い込まれ必要な時は誓いの言葉と共に使いなさい」



 剣技を教えてくれたもう1人の祖母が見せた技の数々は、ケイスにとってのあこがれであり目標だった。

 見せて貰った技を見よう見まねでも扱えたから、生き残れた事は一度や二度ではない。

 だがその技は超常者である探索者の剣技。

 いくら魔術で強化しようともその幼い肉体は技の強力な負荷に耐えきれなかった。

 だが勝つためならば、自らの負傷も厭わず見よう見まねで未成熟な技を使い、迷宮から脱出するたびに大怪我を繰り返すケイスを見かねた祖母は正統な技を仕込んだ上に、技術体系に関する記憶封印と、その封印を解く誓いの言葉を授けた。

 それは祖母方の先祖達が絶対に負けられない状況において、不退転の戦いに挑む際に高らかに謳った戦いの誓い。

 よほどのことが無い限り、それこそ死を覚悟しなければならない時にしか解けないはずの封印。

 だがケイスの歩む道は常に死地。

 だからケイスは勝つために、その言葉を唱える。





「これが最近帝都で流行の焼き菓子。ケイネリアが好きな林檎がたくさん使ってあるよ」 


 4つ年上の兄とは滅多に会えなかったが、龍冠を訪れた際にはケイスが喜びそうなお土産を何時も持ってきてくれた。

 兄の来訪時が運良く迷宮を脱出していた時ならば、外の世界の話をねだるケイスに、兄は何時までも付き合ってくれた。

 たくさんの水で出来た湖よりも、もっともっと大きな海の話。

 離宮の数倍の規模を持つという帝国首都宮殿や、巨大な水路が網の目のように走る帝都の話。

 その帝都で流行っている剣劇や菓子の話。

 お芝居の脚本を書いたり演出をするのが趣味だという兄の話は、今思えば些か誇張が入っていたのだろうが、何時もケイスをワクワクさせてくれて楽しませてくれた。

 中でも一番好きなのは、全土に数え切れない無数の迷宮があるという北の大陸とそこで繰り広げられる探索者達と凶悪で凶暴なモンスターと不可思議な力を持つという宝物の話。

 だからケイスは探索者に憧れ、そしてその宝物に自分の希望を託した。 






「理解して貰いたいって言うだけじゃ無くて、ケイネリアも理解してあげる努力もすること。もし理解してくれなくても理解しようとする努力をする人は大切にしてあげて。そうすれば何時か本当にケイネリアのことを判ってくれる人がきっと見つかるから」



 なんで自分が怒られるのか、心配されるのか、判っていない、判らない娘に対して、母は何度も優しく諭してくれた。

 ケイスの異常性を知りながら、それでも一番理解しようとしてくれたのは、間違いなく母だった。

 常人が聞けば、気が遠くなるような別路線を歩むケイスの思考を、僅かずつでも諭し、軌道を変え、少しでも人と同じ方向へと向かうようにと。

 だからケイスは、人の世にかろうじて指を引っかけて生きていくことが出来る。






「すまない…………私の娘として生まれたばかりに……」     



 最後に会った時の父の言葉は、苦渋と後悔に苛まれ、今にも押しつぶされそうなほどに弱かった。

 何故自分が龍冠から、表に出られないのか。

 父と母とそして兄とケイスの本当の関係。

 ケイスが知らない所で、誰もが苦悩し苦労している事を、父は包み隠さず教えてくれた。

 自分の存在が表に出れば、父と母の名誉が汚される。

 兄が疑惑を持たれたまま、生きていかなければならない。

 何より父が笑っていてくれない。

 そんなのは嫌だった。

 なら自分を捨てよう。

 だがそれでは大好きな人達を助けられない。

 近くにいられない。

 なら新しい自分を手に入れようと思った。

 だからケイスは今の自分を捨てようと決意した。






 常人とは明らかに違う思考を持つケイスを、曲がりなりも人の理の中に留めているのは、家族達が施した教え、戒めのおかげだろう。

 しかしそれはボタンを掛け違えるごとく、僅かずつだが教えた者達との意図とはズレを生じさせて、ケイスの中に根付いてしまっていた。

 中途半端に、世界を他人を理解し共感できるのは、ケイスには苦痛だった。

 自分の伝えたいことを完全に伝えきれないもどかしさが、他人の言うことを完全に理解できない悩みが常にあった。

 何故、自分以外の誰かが、自分の言いたい事を、感じたことを、思ったことを、全て理解してくれない。

 何故、相手は自分には理解できない理論理屈で怒るのか、悲しむのか、笑うのか。

 好きな人を傷つけた相手だから守るために、その相手を殺したのに、守りたかったはずの人から悲しまれ、恐怖された。

 確かに子供なら危険だが、自分は天才だから大丈夫だ。なのに無茶だと、心配され、怒られる。

 外に出てみれば自分が天才であると紛れもない事実を名乗っても、自分を知らない人達は信じてくれず、笑うか、馬鹿にされる。

 ケイスが、何時しか抱えていたのは、消え去ることの無い少しばかりの孤独と寂しさだった。

 だがそのケイスでも、唯一自分の意思を完璧に伝え、相手の意思を完璧に察しれる状況がある。

 それは戦いだ。

 相手の敵意、殺意が、自分を排除しようと、傷つけようと、殺そうと、その身に降り注ぐ。

 戦っている間だけは、完全に繋がる事が出来る。

 故にケイスは強い敵を好む。

 強ければ強いほど、相手が向けてくる感情か強ければ強いほど。

 自分が世界と繋がっている時間が長く濃厚になる。

 だからケイスは戦いを好む。






だからケイスに取って剣は特別だ。

 良い剣であれば自分の思い通りに振れて、切れて、そして殺せる。

 ケイスにとって世間とのズレを全く感じ無いで済むのが戦いならば、この世で一番理解してくれるのは剣だ。

 槍や斧、弓、相手を殺せる物なら他の武器も嫌いではないが、それでも剣が一番好きだ。

 剣ならば、自分が思い描いた物を感じた感情を、もっとも表現し発せられる。

 ケイスの寂しさを埋めてくれる唯一の物が戦いならば、ケイスに取って剣は無くてはならない必要不可欠な、身体の一部と変わらないモノ。

 だからケイスは剣が好きだ。





















「で、ではどうすればいい? ルディ教えてくれ!」



 だからケイスは困惑し、混乱していた。

 生粋の刀剣依存症とも言うべきケイスにとって、扱う刀剣が多少大きかろうが、長かろうが、重かろうが、その化け物じみた肉体能力と才能を持ってして、扱ってみせるし、してきた。

 だから剣は何時も自分を裏切らないと過信していた。

 その肌身離せない存在の剣であり、身内である先祖でもあった『羽の剣』に宿るラフォスに拒絶されたことは、ケイスには衝撃的であり、前後を失うくらいに狼狽する出来事だった。    

 剣には口など無いから、食べ物を食べられない。

 ルディアに指摘されるまで、そんな常識すら思いつかないほどに。 



「どうって……」


 

 一方でケイスに問いかけられるルディアも困惑していた。

 まだ数週間程度の短い付き合いだが、ケイスが狼狽する姿を見たのは初めてであり、さらに言えば、ここまで大泣きして錯乱するケイスの姿を想像していなかった。

 サンドワームに襲われようが、ラクトの心臓を止めようが、己を囮にモンスター達を釣ろうが、周囲から見れば呆れかえるしか無い異常行動を起こしても、その当の本人がいつでも泰然自若でいたからだろう。

 先ほどのセラの発言では無いが、ケイスが大泣きする状況など想像さえしていなかった。

 だが今ルディアの目の前には、そのあり得ないはずの物が存在している。

 はっきり言えばケイスの得体のしれなさや、正体不明な部分をルディアは警戒している。

 してはいる。してはいるのだが…… 



「……あんたなんか変な夢でも見たとかじゃないのね? 本当にその剣が怒っているっていうのね」



 まずはケイスの言うことを仮ではあるが肯定し、理解は無理だとしても事情をはっきりさせようと、息を1つはいて心を落ち着かせ、ケイスの左手の羽の剣を指さして再度問いかける。

ケイス自身は気にもしていないようだが、初めて会った時にケイスには命の危機を救われたと感謝しているルディアは、その世話焼きな気質もあり、ケイスの異常性には気づいているが放っておくことも出来ない。

 自らの性分とはいえ、率先して墓穴を掘っているなと心の中で諦める。


 

「ぐす……あぁ、そうだ。こうやって闘気を送れば最初は反応するんだが、すぐに無視されてふにゃふにゃになってしまうんだ」



 ケイスが左手に力を込めると、空気の入った風船のように剣が一瞬だけ刀身をぴしりと張ってみせるが、5秒くらいで元のように力なく垂れ下がってしまった。

 そう言われてみれば無視されていると思えなくも無いような気がしないでも無いような。

 剣に意識などあるはずが無いだろうと、微妙に否定したい感情を胸に抱きつつも、ケイスがそう感じているのだからそうだろうかと、ルディアは自身を無理矢理に納得させる。



「で…………原因はなんなの? バスタードソードがどうとか言ってたけど」



「わ、私がサンドワームを倒した時にお爺様で無くて、折れていたバスタードソードを選んだことにご立腹なんだ。自分を投げ捨てて放置してたとも。だけどあの時はあいつが私の剣なんだから仕方ないだろ」



 ルディアが話を聞く素振りを見せたので、ケイスは少しだけ落ち着いたのか目をごしごしとこすり鼻をすすりながら、先ほどよりは少しだけ分かり易く事情を明かした。

 しかしやはり意味不明だった。



「………………ちょっと待ってて、今変換するから」



 なんで剣をお爺様なんて呼んでいるんだとか、どうやって意思疎通をしたとか色々疑問点は山盛りであるが、それらを全てうっちゃってルディアは頭の中で状況を整理する。

 複雑に考えると頭が痛くなるのだから、シンプルに考えてみるしか無い。

 ケイスが言うように羽の剣に人格があると仮定し、人に置き換えて考えてみる。



 助けに来ました>いらないからそこらにいろ>そのまま忘れて放置されました



「あぁ。うん……そりゃ、怒るわ……まさか剣の気持ちに共感する日が来るなんて」



 常人には全容の理解出来無いが、ケイスの言うことの一片くらいなら無理矢理理解した、ルディアは乾いた笑いを浮かべる。

シンプルに考えると、同じ人間であるはずのケイスより、無機物の剣の気持ちの方がよく判る。

 なにせルディアも慣れない船を操舵し、苦労してケイスに剣を届けに行ったはずなのに実際に使われ感謝されたのは、剣の説明のために付けていたはずの連絡用通信魔具のみ。

 折れた剣で倒すなやら、羽の剣がいろいろ言いたくなるのは仕方ないと思わざる得ない。

 2人を遠巻きに見守るギャラリーの中にも、ケイスに剣を提供しようとしたラクトの父親である武器屋のクマや、ルディアと同じように剣を運んでいたボイドも、ルディアと同様の表情を浮かべている者がちらほらといる。



「わ、わかるのか!? な、ならどうすれば許してもらえると思う!?」



 藁にもすがる勢いでケイスが食いついて詰め寄り左手でルディアの服の裾を掴むと、駄々をこねてねだる子供のように揺する。

 その必死の形相はケイスがどれだけ真剣に悩んでいるか分かり易いほどに判る。

 だが真剣すぎて無意識に力が入ったのか、左手の羽の剣も反応をし、またジャキリと伸びていた。

通常状態はともかくとして、闘気注入状態ならここ数週間だけでも数多の迷宮モンスターを叩き切ってきた切れ味はルディアもよく知る所。

 軽く触れただけで、分厚い皮を深く切り裂き、骨を真っ二つにする、その切れ味と、それだけ切っても刃こぼれしない頑丈さは正に魔剣といって良い業物だ。



「わっ!? ば、馬鹿! 剣! 危ないでしょ!?」



ぎらりと鋭い刀身を覗かせる大剣が顔のすぐ横を勢いよく往復する様に、ルディアは悲鳴を上げる。

 その叫びに、思わずケイスさえ慌てたのがまずかった。



「っ! す、すまないルディ! すぐにどか、あっ!?」



 ケイスに未だ動揺が残っていたのか、慌ててルディアの裾から左手を離し引き戻した際に、その手から勢いよく羽の剣がすっぽ抜けて、ケイスの後方へとクルクルと廻りながら飛んでいった。



「ふぇっ!?」



 ケイスは思わず情けない声を上げ呆け、自分の手から逃げた剣を追いかけることも出来ず、ただ目で見送ってしまう。

 しっかりと握っていたはずの柄が、いきなり柔らかく変化しウナギが手から逃げるようにすっぽ抜けていった感触は、ケイスに深い喪失感を与える。

 従来の利き手では無い左手とはいえ、闘気による肉体能力向上をすれば、竹を握りつぶせるほどの化け物じみた握力を持つケイスには、剣が手から抜けるなど人生で初めてのこと。

 呆然としたのは仕方ないのかも知れない。

 ここまで明確な拒絶をされては、さすがのケイスも反応が出来ずにいた。

 空中を勢いよく飛んだ剣は空中で不自然に軌道を変えると、ケイス錯乱振りに唖然として事態を見守っていたギャラリーの1人の手の中に、計ったようにすっぽりと収まってしまう。

 すっぽ抜けた羽の剣を掴んだというよりも、剣の方がその手の中に自ら飛び込んで来たと表現したほうが自然だ。



「はっ? え!?」



 ケイスの手から抜けた剣を手にしたのはラクトだった。

 ラクト本人も何が起きたのか判らないのか、いつの間にやらしっかりと柄を掴んでいた剣を片手に声をあげ、周囲を見渡し、どういう事だと目で問いかけていた。

 ラクトが立っていたのはケイスの真後ろでは無い。

 だというのにケイスの手から離れた剣が空中で形状を変化させ軌道を変えて、横の方にいたラクトの手に飛び込んで来た。

 その様は、剣がラクトを選んだ。

 そう例えるしか表現できない不可思議な光景で、いきなり舞台の中央に引きずり出されたラクトは元より、ルディアを初め周囲の人間達も誰も答えられず、突然の成り行きに唖然としている。

 

 

「わ、私より………………そ、そっちを選ぶのか」



 ただ1人、悲痛で表情を歪め、声を震わすケイスを除いて。

 ケイスには今の一瞬で、何が起きたのか判った。

 羽の剣は、遠き先祖は、自分よりラクトを使い手として選んだ。  

 剣士であるはずの自分が、剣士で無いラクトに負けた。

 限界を超えた悲しみ、屈辱が、ケイスの心に急速に影を生み出していく。



 …………敵だ。

 敵がいる。

 自分の行く手を塞ぐ敵がいる。

 自分を打ち負かす敵がいる。

 敵を倒せと。

 自らの誇りを取り戻せ。

 自らが望む物を手に入れろ。

  


 心の中で叫ぶ何かがケイスを支配しようと、ささやきかける。

 それは何かケイスには判らない。

 ただそれが怒りだというのは判る。

 それは無差別な怒りだ。

 理解してくれない周囲、見捨てた血筋、剣を手に取ったラクト。

 ありとあらゆる存在に対する敵愾心が、心を塗りつぶし、増殖していく。

 ケイスの中にある感情の1つ怒りが暴走を始めている。

 全力を使え、自ら封じた魔力を使ってでも、自らの意思を貫き通せと叫び暴れ回っていた。


 狼狽していたケイスの心なら容易く染まるとでも思ったのだろうか?


 だがそれは大いなる間違い。

 ケイスがどうしていいのか判らなかったのは、敵が判らなかったからだ。

 だが敵が判ればケイスに迷いは無い。

 今語りかける自分の内なる声は、自分の敵だ。



「っ! くっ! う、五月蠅い! 黙れ!」 



 急速にわき上がるラクトに対する殺意を、ケイスはさらに激しい怒りで無理矢理に押さえつけ、裂帛の気合いと共に吠えつつ、怪我している右手を脇のテーブルに勢い任せに叩きつけた。



 …………巫山戯るな! 私の気持ちを勝手に決めるな!



「っがぁ!? くっぐ!」



 治りかけた手に奔る激痛が更なる怒りを呼び起こし、心の中に生まれたあずかり知らぬ怒りを食い散らかし蹂躙する。

 何が殺せだ!

 剣士である自分が負けたからといって、相手を殺して満足すると思うな!

 剣士として勝たなければ、自分の誇りは満足しない!

 何が理解しようとしない周囲に殺意を向けろだ!

 ルディアは理解できずとも理解しようとしてくれていた!

 母様が教えてくれた。理解しようとしてくれた者を大切にしろと!

 だからルディアを殺そうとする、自分の感情は自分で殺す!

 何が見捨てた血筋だ!

 自分の行いが祖先の誇りを傷つけたのだ!

 自分の行いを理解して貰う努力もせず、筋違いの怨みごと抱くな!

 さらにはよりにもよって魔力を取り戻せだと!

 そんな事を、この私が許すはずが無い!

 例えそれが私であろうとも、私は許さない!



「ぐっ…………っう……うぐっ……」



 暗い怒りを、更なる怒りの激情を持って、心の中から完膚無きまでに駆逐したケイスは、激痛が奔る右手に闘気を通して無理矢理に力を入れ、指を一本一本曲げて拳を握ろうと未だ完治していない手を動かす。

 先ほどまで幼子のように泣き喚いていたケイスの雰囲気は霧散し、別の物が、本来の化け物が姿を現す。

 発した殺気の強さといきなりの狂乱に気圧され静まりかえった店内に、右手を固定している当て木がパキパキと折れていく音が響く。

 

 

「ち、っちょっと………あ、あんたいきなり何を!? ば、馬鹿!握りしめるな! 血が出てるじゃ無い!」



 叩きつけた時に切ったのか、それとも当て木の破片が刺さったのか。

 右手に巻いた包帯に血が滲んでいくのを見つけて、我に返ったルディアの制止の声が響くが、ケイスは今は無視する。

 なぜなら必要だからだ。

戦いの意思をみせる拳を作るならば、利き手で無ければならない。

 先ほど姿を覗かせた暗い怒りはケイスには到底許容できない物だが、それでも1つだけ認めても良い事はある。

 それは戦えといったことだ。

 ならばやることは1つのみ。

 失った剣と誇りを取り戻すべきにすべきこと。

ケイスが望むほどの剣が、ラクトを選んだのは偶然では無い。

 何かが、ケイスが気づいていない何かが、ラクトにはあるのだろう。

 なら戦ってはっきりさせるしか無い。



「子グマ………………いやラクト・マークス!」



 剣を持つラクトへと、ケイスはぽたぽたと血がしたたり落ちていく右手をまっすぐに突き出し、初めてその真名を呼ぶ。

 名で呼ぶのは本気になった証。

 自らの全身全霊を掛けて倒すべき敵に対する最低限の礼儀。

 


「改めて私の方から宣告しよう! 羽の剣を賭けて私は貴殿に決闘を申し込む!」



 自分は剣士だ。

 ならば自分の思いは剣を伝えてしか伝わらない。

 自らの思いを剣に宿らせてラフォスに届けよう。

 ケイスが選んだ答え。

 それはやはり戦いだった。 

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