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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
25/119

剣士と運命

「5番テーブル! エール追加8つ! よろしく!」



「あいよ! 12番さん! 串盛り出るよ!」



 まだ夕方になったばかりだというのに8割方は埋まった居酒屋では、雑談を楽しむ客の声にかき消されないようにと従業員達が威勢の良い声を上げて注文を通していた。

 隣接するリトラセ砂漠迷宮区の拡張が確認され、新たなる区画へと挑む大陸中から押し寄せる探索者や、そんな彼らを相手に一儲けしてやろうという商売人や、武具や道具の補修作成に忙しい流しの職人達が仮の宿とした宿場街に存在するこの店は、味はそこそこだが、安く、とにかく量を売りとする大衆的な店だ。

 店内を埋め尽くすのは、砂漠から帰ったばかりなのか砂埃で汚れた探索者や、熱い日差しの元で商売していたのか真っ黒に日焼けした行商人。

 手や爪に汚れを残した職人らしき者など、職種の違いはあれど店内には男臭さが溢れている。

 その証拠と言うべきか、店内の中央は舞台となり一段高くなっており、周囲のテーブルは中央が見やすいように配置されている。

 常時は吟遊詩人や曲芸師が余興を行う舞台となるのだろうが、一度喧嘩が起きればそれを酒のつまみとして賭けが始まる類いの、そんな荒々しい店の奥にある8名掛けの大きな角テーブルを、傍若無人にも男女と少女各1人の計3名で占拠する一団が居た。



「ん。しかし。ここは解決可能では無いのか? 雷獣系の肝から作った触媒の魔術文字を刻めば過剰属性魔力を防げるだろ。この魔術文字で出力制御しておけば暴走しないだろ」



 串焼きの肉を頬張ったケイスは空になった串の先端で、テーブルの上の絵図面の一部を指し示す。



「あーそりゃ無理だ。んな所に抑制文字なんて使ったら、隣側の導線に影響が出やがる。ほれここだここ。こいつは基幹部のメインラインだからここで押さえると、こうきてこっちのラインが増幅不足で動かなくなる」



 対面に腰掛けた無精髭のウォーギン・ザナドールはケイスが指し示した点を指し示すと、迷うことも無く別の絵図面を取り出して、そこから至る魔力の流れを説明していく。

テーブルのど真ん中に資料を広げ、その左右に空となった皿やらコップを積み重ねて魔法陣構築議論を交わし続けすでに2時間以上。

 夕方ピークが始まり空きの少なくなってきた店内で、8名分の座席を3名で埋めるという暴挙に周囲の空気は徐々に厳しくなってきており スオリー・セントスは周囲から聞こえてくる舌打ちやら、無遠慮な視線で寄せられる非難の目に、徐々に強まるプレッシャーを感じていた。

管理協会支部の受付として地元の探索者達には顔がしれているスオリーが同席しているので、店の者から大目に見て貰っている上、客の方も直接に絡んでくる者が無いのは不幸中の幸いだが、それがいつまで持つかは判らない。


「あの……二人とも、そろそろお店の迷惑になるから出ま」



 スオリーは一度河岸を変えるべきかと思い何度も提案しかけているのだが、



「ん。そうだな。店員! 先ほどと同じ物を3つ追加だ」



「こっちも酒1つ! 冷たいやつ」



 だというのにあとの二人はそんな周囲の空気を一切気にせず、スオリーの提案にも、手つかずの料理が無いまま席を占拠しているがまずいと考えたのか、さらに食べ物と飲み物を追加する始末で、まだまだ居座る気のようだ。

 もっとも店的には長時間占拠はさほど気にはならないかもしれない。

 3人のうちスオリーと、ウォーギン・ザナドールと名乗る自称天才魔導技師が食べて飲んだ量は、常識的な量だがあと1人が化け物だった。

  何せスオリーの隣に座るケイスが食べた量は、すでに成人男性で20人分以上にはなるだろう。

 この小さな身体のどこにそれだけの量が入るのかと、普通の人間ならば驚愕するだろうが、幸か不幸かスオリーは美少女型怪物の正体を知っている。

 食べた食料を即座に消化して生命力へと変換し、骨が砕け折れて怪我をしたという右腕の自己治癒能力を最大活性化させているようだ。   

 人型の龍ともいうべき少女には造作も無い事なのだろうが、世間の常識を知らず、そもそも気にもしないその行動は、悪目立ちしすぎていた。 



「ふむ……基礎を囓っただけの私ではすぐに理解できないな。ウォーギン。お前はすごいな。こんな物をよく解析できたな」



 難しげな顔でテーブルに広げられたいくつもの図面と睨めっこしていたケイスは何度か見直してウォーギンの説明に合点がいったのか、惜しみない賞賛の声を送る。

 ウォーギンの広げたお手製の図面に書かれているのは、幾重にも魔法陣を重ねた積層球型複合魔法陣の図面。

 かつて猛威を振るったカンナビスゴーレムの起動魔法陣の解析図だというそれは、魔術師として初歩的ではあるが、魔法陣作成知識を持つスオリーですら難解しすぎて、話についていけないほど複雑怪奇な代物だ。

 しかしケイスはほんの少しの説明だけで、自分の中でかみ砕いているのか、理解を示していた。

 かつてケイスが魔術師としての才もずば抜けた、それこそ化け物であったと資料で知っていたからこそ、難解な魔導技術にすら一定の理解を示す少女の正体へと疑惑を持たずにすむが、普通なら訝しげに思うだろう。



「解析つっても全解析にはほど遠いんだよ。消失してる部分を推測して埋めたりしてっから、間違ってる可能性もある。試作品のゴーレムも伝承のカンナビスゴーレムにゃほど遠い性能だったからな。しかも解析出来たのは出力系の一部のみ。外殻構成系やら情報伝達系なんぞまだ手つかずだぞ」



 その一方でウォーギンの方は、ケイスの知識と理解力を気にするでも無く、まだ解析できていない部分があると不満げな事以外は、降って湧いた技術談義を楽しんでいる節すら見え隠れする。

 スオリーは理解する。

 ケイスも常識外の天才であるが、この冴えない30男も自称していたとおり天才だということに。

 年や性別も違うのに出会ったばかりで、ある意味で意気投合して盛り上がっているのは、互いが天才だから故か、それとも変人故だろうか。

 


「お待たせしました~。串盛りと冷酒です」



「おう悪いな姉ちゃん。中途半端でも拾えた部分だけでも、技術還元しようと言い出しやがって……技術屋としてんな半端もん出して恥はねぇのかあいつらは」



 店員が持ってきたグラスを受け取ったウォーギンはちびちびと飲みながら、あきれ果てたと表情を浮かべて愚痴を吐き捨てる。

 


「こいつは暗黒時代。しかも龍の代物だぞ。解析できたつもりの部分にも何が隠れてるかわからねぇのは言うまでもねぇだろ。つーか完全に怪しい。ここらの無駄に凝った機構とか普通ならもっとすっきり出来るはずなんだが、わざわざ複雑にしてやがる。これが何なのかまだ不明だ。あと一月あれば一応の取っ掛かりぐらいは判るんだろうが、もう発表会間近でタイムオーバーだ」



 かつてトランド大陸から人間族、獣人族、魔人族、竜人族等、全ての文明人種を駆逐しかけた迷宮モンスターの大増殖と、それと連動した火龍による大陸殲滅を纏めて、暗黒時代と呼ぶ。

 迷宮に巣くうモンスターが他の生命体を捕食するのは自然の摂理であり常識だ。

 生態系の頂点に君臨しながらも一部の固体を除き、他種族との不干渉を貫いてきた火龍種が人種殲滅に出た理由は今でも謎とされている。

 しかし火龍種が文明種族に対する明確な敵対意思を持っていたことは明確で有り、その時代に彼らが作り上げた機構はどれも人種に危害を及ぼす目的を持っている。

 興味半分にそれらの機構をいじって、大事件に発展した事もそれほど珍しい事ではない。

 ウォーギンの心配は些かも大げさではないだろう。 

 


「ん……言われてみればあまり意味は無いな。だったら今指摘した周辺を置き換えて商品化すれば問題無いのではないか」



「あーそら試したが、そうしたら何故か出力低下しやがって、既存の技術でも代用可能で没になった。んでいろいろやってみたが芳しくなくて、この機構自体も害はなさそうだからって、現状で使える部分はそのまま再現構築して商品化するって愚策が大勢を占めてな。で、俺は強硬に反対してたらついに首になってこの様だ。貯金も尽きたから、あんたらと知り合ってなきゃそろそろ死んでたな」



 自虐的な笑みを浮かべながらウォーギンはテーブルの上の皿に手を伸ばし、噛みしめるように肉にかぶりつく。

 やつれ具合や出会った時の腹の音からして、それが大げさでも冗談でもなさそうなのが少し怖い。 



「ふむ。私が思いつく程度のことなど当然やっているか……ん。確かに怪しげな構築をそのまま使うのは危険だな。しかし何故そこまでお前の職場は強行するんだ? 何かあれば名声に傷がつくのは判っているだろ」



「元だ。俺が居た工房は中央に総工房があって大陸中に似たような事をやってる支部工房がいくつもある。んでその総元締めである当代の総工房主がご高齢でそろそろ引退するから、次代の後継者選抜が始まっててな。各地の工房が成果をだそうとかなり無茶してるんだよ」



 大陸でも名の知れた大手魔具工房の元開発研究技師だったというウォーギンは、本人の話を信じるなら、解析途中で判明したカンナビスゴーレム魔導技術の危険性に気づき商品開発に反対して上役と揉めた末に解雇されたという。

 だが解雇された後も、技術者としての勘がざわつき、貯金を切り崩しながら研究に没頭し独自に解析を進めて、まだ秘匿された機能があるという確信したそうだ。



「……俺が所属していた工房もご多分に漏れずな。まぁ揉めて辞めたつっても、散々世話になったのは間違いねぇから、調べて忠告をと思ったんだがな。あの阿保工主は」



 そのレポートを旧知の同僚に渡して、せめて新作ゴーレムのお披露目を延期させようとしたが聞く耳持たれず逃げられたのが、昼間の真相とのことだ。



「ん~ではお前が昼間に追いかけていたご令嬢がお前の所の工主か?」



「ぶっ! げほごほっ! ご、ご令嬢ってんなたまじゃねえぞアレは」



 ケイスの発言がよほど面妖な物だったのか、口に含んだばかりの冷酒をウォーギンがむせて噴き出す。   

 しかしその時丁度顔を向けていた位置が悪かった。

 ウォーギンが噴き出した酒は、隣のテーブルに居た探索者らしき軽鎧姿の若い男へと思い切り飛び散っていた。



「……おうこらおっさん! さっきからずいぶん調子くれやがってるな! あぁ!?」



 額に青筋を立てた男は椅子を蹴倒して立ち上がると、謝るウォーギンの胸ぐらを片腕で掴み上げて持ち上げる。

 探索者の浅黒い腕は、中背でやせ形のウォーギンの足より太いくらいだ。



「わ、わりぃ! 勘弁してくれ」



 ウォーギンが慌てて詫びを入れるが、かなり酔っているように見える探索者の目は物騒な色を帯びている。



「憂さばらしなら手加減してやれ。死なれたら面倒だ」



「つまんねぇな。ひょろい兄ちゃんと探索者じゃ賭けにもならねぇな」



 ケイス達にいらついていたのか、それとも元々不機嫌だったのか今にも殴りかかりそうな喧嘩腰の態度で威嚇する男と、その仲間とおぼしき男達や、周囲の客はなだめるどころか、むしろ余興が始まったと煽っている。



「すみません。連れが失礼なことを」



 一気に荒れ始めた雰囲気にスオリーは慌てて仲裁に入ろうとするが、その前にケイスの様子をちらりと確認する。

 報告書通りの性格だと出会ってから数時間で嫌と言うほどに思い知らされたが、ケイスには躊躇や、ためらうという言葉が皆無に近く、その思考には常識や予測が当てはまらない。

今この瞬間だって相手にいきなり殴りかかっても不思議ではないほどに、その本質は暴力的で凶暴な野生生物だ。



「ん。今のはウォーギンが悪いな。すまん。私からも詫びを入れよう。許してくれ」



 だがそのスオリーの心配を余所に、ケイスは1つ頷いてから、堂々としたといえば聞こえは良いが、どこか偉そうな態度ながらも、かろうじて申し訳なさそうに見える表情を浮かべて頭を下げる。

 それどころか、



「詫びとして、汚れた衣服とそちらの食事代を私”達”に持たせてもらえないだろうか。それで許していただけるか?」



 極めて下手に出た弁償を自ら相手に申し入れていた。

 達といっても、ウォーギンは現在無職で日頃の食事にすら事欠く有様。

 ケイスに至っては一切持ち合わせが無いのであとから払うからとスオリーが立て替えることになっている。

 どうやらこれも立て替えさせられることになりそうだが、ケイスがこれ以上もめ事を起こすよりは数百倍マシだ。

 なんとか穏便に済ませられそうだと、スオリーはほっと一息つく。



「へぇ、その鼻につく物言いあんたどこかのお嬢様か? そっちはおつきの侍女ってか。下町をお忍び見学ってか」



 だが相手方はこちらの懐事情など知らず、しかも地元の探索者達で無いのか、協会支部の受付嬢であるスオリーを知らないようで、”見た目”だけならば深窓の令嬢然としたケイスを一瞥してから、酒が入って理性が低下したなめ回すような好色な目でスオリーの体つきをじろじろと見る。

 どうやらケイスの態度やその容姿から、興味本位で庶民生活を体験に来たお嬢様とそのお付きだと壮大な勘違いをしているようだ。

 あまりに下手に出るケイスの態度に、これは良い鴨が来たと男は卑しい笑みを浮かべながら、掴んでいたウォーギンの胸ぐらから手を離し、



「金はいらねぇな。それよりかこっちの姉ちゃんを一晩貸して、ぶべらっ!」



 スオリーの肩へと手を伸ばそうとした瞬間、スオリー自身が避けようとするよりも、遙かに早くケイスの左手が男の顎を捕らえる。

 その一撃はまさに電光石火。

 小さな体躯でバネ仕掛けのような勢いで打ち込んだ一撃は、自分の倍近くある背丈の探索者を高々と天へと飛ばす。



「うぉ!?」



「こっち落ちてくんな!?」



「ガブス大丈夫か!?」



 ケイスによって打ち上げられた男は、店の天井に激しく当たりさらに跳ね返って、全く別の客が座ったテーブルをなぎ倒し、皿の上の料理やカップを盛大にばらまきながら床へと落ちてきた。

 一瞬の出来事に呆気にとられた店内が静まりかえる中、



「ん。すまん。それが突っ込んだテーブルの者達も弁償しよう。それで許してくれ」


  

 静寂を作り出した元凶であるケイスは、人1人を殴り倒したのに全く悪びれる様子が無い。

 赤ワインなのか煮込み料理に使われていたトマトなのかそれとも血なのか。

 非常に微妙な色の液体で頭部を染めた生きているのか定かでも無い男を指さしてから、今度はテーブルをなぎ倒された一行に向かって頭を下げた。

 


「あ、あのケイスさん……なんでいきなり殴ってるんですか?」



 ほんの一瞬前まで謝る素振りを見せていたのに、いきなりの凶行に及んだケイスにスオリーが呆然としながら尋ねる。

 ひょっとして、あの殊勝な態度は相手を油断させる為の演技だったのだろうか。



「服を汚したのはこちらが悪いからな。それは謝った。しかしその代償にスオリーを差し出せ等と、巫山戯たことを言いだしそうなので成敗した。ヴィオンには世話になっている。その姉君を、汚すような真似や侮辱する発言を私が許すわけ無いだろ」


 

 何を当たり前の事を尋ねているんだと、きょとんとした顔でケイスは答える。

 どうやらケイスの中では、被害者に謝る事と、狼藉者を成敗することは、”相手が同一人物”でも、”同時”に成り立つようだ。


 

「申し訳ないがそっちとあちらのテーブルの二組分で頼む。心配顔をするな。借りた金はあとでちゃんと返すぞ。借りた物はちゃんと返すようにと教えられている」



 スオリーの引きつった顔をみて、見当違いの勘違いをしたケイスは鷹揚に頷き、無邪気な笑みを浮かべている。



「……そ、そういう事で無く」 



 事を穏便に済ませようとしたはずが、さらにややこしいことになりつつあるのは、気を一瞬でも抜いた自分の所為なのだろうか。

 事の収拾をどう付けようか。

 幸いというかなんというか、揉めた一行や周囲の客は小さな少女が大人を天井に叩きつけるほどの勢いで殴り飛ばすという現実感の薄い光景に呆然としている。

 この隙を突いてウォーギンを連れてとりあえず逃げ出すべきか。

 


「こ、この餓鬼が! よくもやってくれやがったな!」



 だがそれは一瞬遅かった。

 ケイスに派手に吹き飛ばされた男は案外に頑丈だったのか、それともとっさに受け身でも取ったのか。

 ばっと跳ね起きると、先ほどまでの巫山戯半分ではない、本気の怒りを隠そうともしない目線でケイスへと殴りかかっていった。



「むぅ。やはり浅かったか。っと。あまり怒るな。こちらに非があるとはいえ、その詫びに女性を手込めにしようなど失礼だぞ」



 男の拳を顔を反らして交わし、次いで繰り出した足元を狙った蹴りに対しては、逆に接近して、男の太ももを左手で押さえ勢いを殺したケイスは、不機嫌そうな顔を浮かべて注意をする。

 ケイスの窘めるその態度が男をより逆上させる。

 まだ10代前半の少女に殴り飛ばされた上、説教顔で言われる、大の男として恥でしか無い。

 接近してきたケイスの右手に包帯が巻かれ怪我をしている事に気づき、右腕を左手で掴んだ。

 そのままねじり上げて悲鳴を上げさせようとでもしたのだろう。

 無論そんな幼い少女相手に大の大人、しかも探索者ともあろう者が暴力を振るう方が世間一般では眉を顰める。


 ……だがこの化け物を少し知れば、そんな世間一般の常識や良識など、霞のごとく消え失せる。


 怪我をしているのは掌のみで捕まれたのは右手首。

 なら問題無い。

 一瞬で思考を終えたケイスは、身体をクルリと反転させ右手首を掴んだままの男の重心を崩して引き寄せながら、無事な左手で男の服に手をかけ、さらに左足で臑の部分を蹴り上げる。

 

 


「がふっ!?」



 一瞬の出来事だった。

 ケイスに掴みかかったはずの男は、次の瞬間には宙を飛び重い音をたて埃を巻き上げながら床に叩きつけられていた。

 今度こそ目を回しているのか、男は微動だもしない。

 


「ん。私の右手の怪我に気づいて、そこを即座に攻めてくるのは実に良いぞ。だが不用意につかみかかったのは失敗だな。身長差があるから投げやすかった」


 ケイスは何故か先ほどまでの不機嫌顔一転うって変わって嬉しそうに男の行動の批評を始める。

 どうやら自分の弱点を男が躊躇無く攻めてきた事が嬉しかったようだ。



「おいそこのお前。こいつが目を覚ましたら、組み打ちを研鑽させてやれ。バランスのよい身体能力をしているのにもったい無い」



 さらにはやたらと上から目線でのアドバイスめいた物を、男の仲間達に投げかける。



「……」



 呆然としていた仲間達はケイスのその言葉を挑発と受け止めたのか、無言のまま、だが先ほどまでの侮った態度を潜めて、殺気ばしった顔でそれぞれ体勢を整えた。

 その顔つきは子供を相手にしている物では無く、ケイスを明確な敵と捉えている証拠だろうか。

 殺気だった男達を前にして、ケイスは臆すどころかさらに嬉しそうな笑みを浮かべると、その視線を真っ正面から受け止めながら1つ大きく頷く。

   


「ふむ……1対5か。良いぞ。私は、私を侮らない者は大好きだぞ」



 相手が強ければ強いほど。多ければ多いほど心弾む。

 生粋の戦闘狂であるケイスにとって、この状況は非常に好ましい。

 好戦的で獰猛な笑みを浮かべたケイスは、先手必勝とばかりに先んじて男達に殴りかかっていった。














「躊躇したな! 本気で殴らないからこうなるのだ!」



 ケイスが火をつけた喧嘩は、すぐに周囲のテーブルにも被害を及ぼし、参加者を加速度的に膨らませ、店内中央ですでに敵味方の関係ない乱戦状態へと突入していた。

 その中心で大の男達を相手に一際目立っているのが、黒髪をなびかせる幼い美少女なのだから質が悪い。

 さすがに四方八方から物が飛んできたり、背後からも拳が振り下ろされるこの状況ではケイスといえど無傷ではない。

 右頬にはグラスの破片で出来た切り傷から血が流れ、左手の拳は皮がむけて痛々しい傷口を見せているが、当の本人は嬉々とした笑顔で死角から殴ってきた男を即座に蹴り飛ばし、そのついでとばかりに、横にいた男の服の裾を掴むと左手一本で重心を崩して投げ捨てている。



「すげぇなあいつ。殴られた瞬間に蹴りぶち込んでやがる」



 心底から楽しんでいるその暴れっぷりに、カウンターの裏側に退避して様子を見ていたウォーギンは呆れ混じりの感嘆の声を上げる。

   


「落ち着いて観戦している場合じゃ無いんですけど!? あなたが原因じゃないですか!?」



 誰かが投げた酒瓶を頭を下げて回避したスオリーは、事の発端のはずなのにギャラリーに徹しているウォーギンにくってかかる。

 


「技術者に腕っ節を期待すんなよ姉ちゃん。あんな所に割り込んだら俺は2秒でやられんぞ。っと。もったいねぇ。高いんだよなこの酒」



 すぐ近くで割れた瓶を拾い上げたウォーギンは、ラベルを見て眉をしかめている。

 稀少な薬草を数種つけ込んだ薬酒独特の臭いが周囲に立ちこめる。



「だ、ダメだこの人」



 手についた酒をもったいなさそうに嘗めているウォーギンは役に立たないと、見切りを付ける。

スオリーの本来の実力なら、拘束系魔術を用いて喧嘩をしている者を纏めて鎮めるのはさほど難しくない。

 だがそれは隠し続けていた、自らの裏の顔をさらすことになり、草としての今後の活動が不可能になる。

 スオリーの役割は平時は情報収集と操作の隠密行為の黒子役。

 カンナビスにおいては、あくまで管理協会支部の受付嬢としての顔を保ち続けなければならない。

 実力行使を伴う任務は、協会にも登録している現役の中級探索者であるルクセライゼン出身の女性が担当するのだが、運の悪いことにその力技担当の同僚は、拡張した迷宮内の情報収集であと数週間は帰ってこない予定だ。

 無手での捕獲を専門とする彼女が居れば、いくら相手がケイスといえど無傷で捕らえられるだろうが、無い物ねだりをしてもどうしようも無い。



「こんな事ならボイド君との合流先にすればよかったかも……」



 思いがけずケイスと知り合ってしまったことで、迎えに行くはずだった幼なじみ達との合流予定をすっぽかしたことを今更ながらに後悔する。

 ボイドや弟のヴィオン達なら、頼み込めば力ずくでも何とか納めてくれると信頼している。

 


「スオリーちゃん! スオリーちゃん! あの子あんたの知り合いだろ!? 何とかしてくれ! うちの店の売りが喧嘩とはいえこれはやり過ぎだ!」



 同じようにカウンターの裏側に避難していた店主が頭を抱えている。

 あくまでも客寄せの一環として対決形式の一対一の喧嘩が売りになっているのであって、店の改装が必要になるくらいの大喧嘩となると話は別だ。



「聞いて止まるような性格だったら苦労しませんよ!」



 思わず泣きが入った言葉でスオリーは断言する。

 何せ相手は常識外の化け物で、相手が侮らず攻撃してくる事すら喜ぶほどの生粋の戦闘狂だ。

 下手に止めればスオリーすらも、鍛錬相手と認定して襲いかかってくる可能性も否定できない。



『あいつは基本的に騒動の中心にいるか、騒動があいつの方によってくる特異体質だ』



 ことここに至れば、スオリーはケイスに関して書かれた報告書と上司がぼやいた愚痴を全面的に認めざる得ない。

 あの少女はどんな平和的な状況であろうとも、一瞬で大事に発展しかねない運命の元に生まれてきたのだと。



「言葉で止まらないなら、無理矢理に止める方が早いな。いくら何でも無意識でも暴れ続けるほど凶暴じゃないだろ」



 顔も名前も知らないが、ケイスに関わったために精神的に潰された同僚の草達へと、同類相哀れむ感情を抱いていたスオリーの横で、もう1人の天才が動き始める。 



「もうちょっとマシな材料があれば、ちゃっちゃと出来るんだけどな。マスター。塩と果実酒を貰うな。あと黒エールと強めの蒸留酒」



 無傷の酒瓶を拾い上げたウォーギンは、僅かに残っていた酒をラッパ飲みで飲み開けると、先ほどの薬酒の瓶についていた雫や、そこらに落ちていた瓶やら調味料をかき集め、空いた瓶へと少しずつ入れていく。

 中身が三分の一くらいになった所で落ちていたコルク栓で蓋をして、瓶の首を持つと適当に混ぜ合わせ始めた。 



「……え、なにを?」



 一見カクテルでも作っているように見えるが、いくら何でもそこまで非常識では無いだろう。



「技術者に腕っ節は期待するなつったろ。あんな荒くれ連中を殴り倒すのは無理だから、即興の昏睡型魔具制作中。薬酒を触媒にして強化した酒気を皮膚吸収させて酔い潰させる。範囲設定は店中央20ケーラって所か。子供相手にゃ強力すぎるが、あのお嬢ちゃんなら余裕だろ。あと3分位でできるからもうちょっと待ってろ」



 面倒そうな顔を浮かべながら何気なく答えたウォーギンは、ナイフを手に取ると瓶へと魔法陣を書き込み魔術文字を刻み込んでいく。

 一文字刻むごとに瓶の中の混合された液体が怪しげな煙を纏って気化し始めていた。












「おう! ヴィオンにセラ。2人ともようやく終わったか」



 魔具専門店の前に立っていたボイドは、妙に疲れてとぼとぼ歩く妹と、その横で平常運転の親友を夕方の大通りの雑踏で見つけて声をかける。

リトラセ砂漠で発生した新種のサンドワームの報告とそのサンプル死骸を管理協会カンナビス支部へと納めにいった2人が、帰り道としてこの辺りを通ると店外で網を張っていたのは正解だったようだ。

 


「兄貴か……もう大変だったんだから。ケイスの存在を隠して説明するの。正直に書けば途端に嘘くさくなるから余計に長引くとか考えないで、本人を連れてけばよかったわよ。あとで口裏合わせするからね」



 よほど疲れたのか会った途端に、ぎろっと睨んで愚痴をこぼしはじめた妹に肩をすくめて、ヴィオンへ大丈夫かこれと目で尋ねる。



「お嬢。今回消費した魔術触媒の完全補填つっても、元の数が証明できないからダメ元だったろ。しかもケイスとの分がほとんどだろ」



 どうやらセラが疲れ果てて不機嫌な原因は、そちらがメインのようだ。

 サンドワームとの戦闘で使った分は、ボイドとヴィオンから奢ってもらったルディア特製の触媒液で補填は出来た。

 しかしそのあとでケイスとの鍛錬で浪費した分の魔術触媒は別だ。

 そちらも経費として請求してはみたが、物の見事に却下されたらしい。



「……それで時間を食ったのかよ。親父が約束してた報奨金が出たから良いだろ」    



 守銭奴という言葉を地でいく妹の更正は今更もう諦めているが、思わず言わずにはいれない。



「出ても赤字よ赤字! それどころか父さんが、他の人達はともかく、家の息子共と娘に関しちゃ家の手伝いみたいなもんだからって、やっぱり小遣い無しだろって、巫山戯たこと言ってくれるから徹底抗戦してきたのよ! だぁぅ! あの髭親父! いい加減にしなさいよ! あたしらを良いようにこき使って!」



 ボイドとセラの父親はカンナビス支部の支部長を務めている。

 しかし支部長の子息だからといっていい思いをした記憶はとんと無く、むしろ人手不足の時にこき使われたり、見返りが少なくかつ面倒なだけの依頼を強制的に回されたりと碌な思い出がない。

 今回の件だって、モンスター知識と解剖技術を持つ護衛の探索者がセラ以外いなかったから百歩譲ってそれは仕方ないと諦めるが、約束していた報酬まで反故にされるとなると話は別だ。

 地団駄を踏んで親の敵のように地面を何度も踏みつけるセラを見つつ、ボイドはヴィオンにそっと耳打ちする。


 

「おいヴィオン。親父の奴がさりげなくお前まで息子扱いしてるけど、セラと付き合いだしたの言ったのか?」



「あーまだ言ってねぇ。ただ勘が良いからばれてんじゃねぇの。姉貴に話が流れると面倒だから黙ってくれてんだろ」



「他はともかく女関係じゃお前の信用ゼロだからな。ある程度既成事実を積み重ねる前にスオリーに流れたら強制的に別れさせかねないしな」



「そっち方面で信用が無いのはお前もだろうが」



「……言うな」



 下手に思い出したくない記憶に触れた所為で、墓穴を掘ることになったボイドは珍しく重い息を吐く。

 過去の所行が今になって返ってくるのが判っていれば、旅先で羽目を外すにしてももう少し大人しくするべきだったと思うが、後悔先に立たずという奴だろう。



「そこ! あたしの話聞いてる!? 兄貴もヴィオンも感謝しなさいよね! 約束通りの報奨金はもぎ取ってきたんだから!」  



 男二人がひそひそと話している間も、テンションの高い愚痴をこぼしていたセラが共通金貨の詰まった袋をボイドの目の前に突きつけた。

 小袋のサイズとその音からして数十枚程度の報酬は出たのだろう。

 世間一般では十分な大金だろうが、トライセルに乗り込んでいた探索者一人頭で割ればその分け前は精々4、5枚といった所でたいした金額では無いが、通常の護衛報酬もあるのだから降って湧いた臨時収入といった所か。



「聞いてる聞いてる。それよりかお前らスオリーは支部にいたか? あいつ待ち合わせ場所に顔を出さなかったんだが」



 守銭奴の妹の金に関する話に付き合っていたら、日が暮れかねない事を過去の体験から知っているボイドは、強制的に打ち切って話題を無理矢理に変える。 

 結局換金が終わったあともスオリーは姿を見せず、未だ合流できずじまいだ。

 それに今日に限っては、金貨数枚で一喜一憂する気分になれない事情がある。




「へ? ルディアやラクト君と一緒にお姉ちゃんお店の中じゃ無いの?」



 ボイドの発言が意外だったのか素に戻ったセラは魔具を扱う店内へと目を向けるが、曇りガラスに遮られて店内の様子を伺うことは出来なかった。

 ボイドだけが店頭に立っていたので、セラ達はすっかり他の三人は店内の中にいると思い込んでいたようだ。



「姉貴なら俺らが戻ってくるからって、今日は1日休みを取ってるって話だぞ。今日はカンナビスのあちこちで騒ぎが起きて忙しいのに、上手い所で休んだなって姉貴の同僚が笑ってたな」



「……騒ぎねぇ。なんか嫌な予感してきた。あいつもルディアに負けず劣らずのお人好しだからな。ケイスに巻き込まれてないといいんだが」



 ボイドのぼやきに三人の頭に同時に、心底楽しそうな無邪気な笑みを浮かべながら、人を手当たり次第に切りまくるケイスの姿が浮かび上がる。

 あのトラブルメーカーを地でいく台風娘のことだ。

 いろいろな面倒事を引き寄せながら傍若無人に暴走している姿が目に浮かぶ。



「さ、さすがに無いでしょ。カンナビスって広いんだし。お姉ちゃん急用でも出来たんじゃ無いの」



「それか、顔の広い姉貴のことだから、そこらで知り合いに捕まって話が長引いてるとかじゃねぇか」



 普段から時間や待ち合わせに五月蠅いスオリーが、連絡も無く待ち合わせをすっぽかすなどあり得ないが、一応考えられる予測をヴィオンとセラはあげる。

 しかしその顔を見れば予想を言った本人自身が、予想を信じていないのは一目瞭然だ。



「そうだな。無事を祈っとくか……あいつ真面目すぎるからケイスに巻き込まれたら、すぐに胃がやられそうだしな」



 ボイドの下手な冗談から、些か嫌な想像が浮かんだ三人が乾いた笑みを交わしていると、魔具店の扉が開いた。



「お買い上げありがとうございます。またのお越しを是非、是非お待ちしております!」



 やたらと気合いと感情のこもった店員の言葉に押されるように、店の中から出てきたのはルディアとラクトの二人だ。

 


「お待たせしました。魔具一式揃いました……お二人も終わったんですね。お疲れ様です」

 


 どこか遠くを見つめながら感情が麻痺したかのような顔を浮かべるルディアは、セラ達を見て頭を下げる。



「どうかしたのルディア? なんか顔が引きつってるけど。お金足りなくて買えなかったとか?」



「……か、買う物はこの通り全部買えたんですけど。その金額が、ちょっと高過ぎて……たぶん、いえ私の人生で一番お金使った日です……今日が」



 セラの問いかけに、ルディアは乾いた笑みをこぼしながら持っていた革袋から、指輪型や腕輪型、短杖型など複数の魔具が固定されたベルトタイプのホルダーを取り出して見せた。

 


「高けぇ……高すぎるだろ。俺の小遣いで50年分以上かよ……」



 一方ラクトの方は渡された領収書を見ながらプルプルと震えている。

 ホルダーも含めた魔具10本分の値段は共通金貨ならば550枚を少し超えている。

 父親の店の手伝いを最大にやっても月に金貨1枚分になれば上出来。

 父親からケイスが買った剣だって、相場の10倍を吹っ掛けたといえど金貨100枚だ。

 それを遥かに超える金額に二人とも萎縮してしまったようだ。 


 

「うぁ……500枚以上って! ちょ、ちょっとルディア! これ中位クラスの高品質品ばかりだけどほんとお金足りたの!?」



 様子のおかしいルディアとラクトに敏感に反応したセラが、横から目録と領収書を見比べ、顔を青ざめさせる。

 ルディアが選んだ品は、どれも魔力内蔵型中位クラスの魔具の中では一級品と呼べる性能の品ばかりで、値段も同クラスの大衆品と比べれば、倍近くする物ばかりだ。

 いくら相手がケイスと言えど、言い切ってしまえば子供同士の喧嘩の延長線上の決闘の真似事に使って良い金額ではないだろう。



「あの子の指定なんです。天才の私に対抗するんだからお金が許す限り一番良い物を買えって……思いのほか換金が上手くいって、実はこれで半分も使ってません。これ以上、上のクラスになると中央にでも行かないと無いそうです。換金用宝石を見せたら店員の態度が怖いくらい丁寧になりました」



 諦めというか達観の域に入ったのかルディアは空を仰いでから、鑑定書付きの換金用宝石である粒の大きいサファイヤやダイヤを懐から取り出す。

 宝石を覆う保護ガラスには魔術による証明書が刻まれている。

 国家間や大手商会などが絡む大きな取引や、高額商取引など、取扱金額が増えた時に、量が多く重くかさばる金貨代わりに換金用宝石が重宝されるが、一般庶民は普通なら一生縁が無い代物だ。



「あぁっ……あ、兄貴!? これって!?」



 宝石を指さし驚愕の表情を浮かべる妹が何を聞きたいのか察したボイドは、どう伝えれば良いかと頬を掻く。

 出来たらセラには伝えたくないが、ボイドが言わなければルディアから無理矢理でも聞き出すだろうとすぐに諦める。



「ケイスが取ってきた転血石が龍の血肉を核にしていたそうでな、上手く加工すれば低級モンスターの転血石でも、中級クラスの出力をひねり出せるからって事で総額で金貨1600枚で売れた。で高額すぎるからって支払いが宝石になった」



 淡々と事実だけを伝えると、セラは力尽きたようにその場でがっくと膝をついた。

 ただの低級モンスター由来の転血石なら、含有魔力は低くて1つで金貨2枚が関の山だ。

 しかしケイスが集めた転血石は124個その全てが龍由来の核を持つ為、高い魔力増幅効果を持つ為、通常ならば金貨で250枚程度のはずが、1600枚まで跳ね上がり、急遽その支払いは金貨枚数分の宝石が数個に変わっていた。



「…………天敵。あの子やっぱり天敵。なんでお金に無頓着なケイスにここまで金運がついて回るのよ。あたしなんか今回赤字になってるのに」



 衝撃に放心状態となったセラは端で見ていて気の毒になるくらいに落ち込んでいる。



「あのセラさん。ほらあの子、お金が余ったら鍛錬で使った触媒代なら払うっていってたじゃないですか。だから赤字解消できませんか?」



 数日前のケイスとの会話を思い出したルディアが、セラに救いの言葉を投げ掛けるが、



「…………それ無理……さすがに現役探索者として……・無理…………兄貴とかヴィオンからならパーティでの貢献で返すけど……恵んでもらうのはプライドが無理」



 自他共に認めるほどの守銭奴のセラといえど、探索者である以上は譲れない一線があるのだろう。

 セラは悪魔の誘惑を堪えるように、歯を噛みしめながら力なく首を横に振った。



「あー止めとけルディア。お嬢も普段アレでも、一端の探索者だからよ……しばらく飯は奢ってやるから機嫌直せってお嬢」 



 かなりギリギリの縁で葛藤しているセラの肩をヴィオンが慰めるように軽く叩きつつ、気づかれないようにボイドへ目線を送り、次いでその目をルディアへと向けた。 

 親友の仕草で指示を察したのか、ボイドがルディアへと耳打ちする。



「悪い。この間の触媒液ってまた作れるか? 代金は俺とヴィオン持ちだ」



「……多めに作ったんで原液が残ってますから1日もあれば用意出来ます。あとで仕上げておきます」



 空気を読んだルディアもセラには聞こえないように、小さな声で返事を返す。

 普段はなんだかんだ言いつつもボイドなりに妹を可愛がっているのだろうと、ルディアは微かに笑みを浮かべる。

   


「…………」



 やり取りの最中、黙ってセラの様子を見ていたラクトは、彼からすれば途方も無い金額が書かれた領収書をもう一度見直す。


 今回購入した魔具は、ケイスが己と決闘を行うラクトに互角以上に戦えるようにと資金を出したものだ。

 無論ラクトとしてはそんな施しなど受けたくは無いのが正直な本音だ。

 しかしケイスの場合、受け取らないなら力ずくでも受け取らせると殺気混じりの脅しをかけてくるのだから質が悪い。

 何故自分の決闘相手に、わざわざ手を貸すのか?

 自分よりも幼いが遙かに強い力を持つ化け物が何を考えているのか、ラクトには理解できていない。

 もっと厳密に言えば、狂人であるケイスの思考を完全に理解できる者などこの世には存在しないのかもしれない。

 だが1つだけラクトに理解できて確かな事は、ケイスが全てに対して本気だということだ。 

 ラクトが喧嘩の延長線上の勢いで言った決闘に対して、本気で受けていた。

 自分が絶対勝つと言いながらも、ラクトが己に勝てるようにとサポートしている。

 相反する真逆の行動。

 しかしケイス自身はその2つどちらにも一切手を抜く気が無く、この上なく真剣なのだと。 

 正直あの少女は気に食わない。

 生意気だとか、やたらと偉そうだからとか、出会ってから良いようにやられてばかりだからとか、いろいろ理由はあるが、そのどれも本当の理由としてしっくりこない。

 あえて言うなら、ケイスという”存在自体”に反感を覚える。

 負けたくないと心が訴える。

 だからケイスが本気な以上、自分だって本気でやらなければならない。

 あの化け物を相手に、たった”金貨500枚”程度で臆している段階ですでに負けだ。 ケイスとの決闘の切っ掛けは、あの少女独特の思考から生じた誤解だった。

 自分が勝ったならば、父親に対する侮辱を撤回させるつもりだったが、それが消え失せた為、今ひとつ宙ぶらりんだった目標がラクトの中に生まれる。


 ケイスに勝った場合に自分が要求すること。


 ケイスが勝った場合に自分が払う代償。 



「……よし決めた」  



  ラクトが決心を固め小さく頷いた瞬間、全てが動きはじめた。















 賽子が転がる。

 賽子の内側で無数の賽子が転がる。

 無数の賽子の内側でさらに無数の賽子が転がる。

 賽子が転がる。

 神々の退屈を紛らわすために。

 神々の熱狂を呼び起こすために。

 神々の嗜虐を満たすために。 

 賽子が転がる。

 迷宮という名の舞台を廻すために転がり続ける。







 次期メインクエスト英雄因子が1つ 『百武器の龍殺し』


 次期メインクエスト龍王因子 『赤龍』


 両因子含有者遭遇戦勃発。


 戦闘能力差、著しいも特例により許諾。


 両因子特異生存保護指定解除。


 システム『蠱毒』発動。


 サブクエスト『カンナビスの落日』発動条件達成。


 特例条件クエスト『龍王の目覚め』 発動確立70%


 龍王覚醒時は現行クエスト全停止。


 南方大陸崩落開始。

 

 深海青龍王『ルクセライゼン』王体解放。


 メイン討伐クエスト『赤龍』を開始。 

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