表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
21/119

剣士と少年 ③

 自分はどうしたのだろう?

 朦朧とした意識の中で覚醒した彼は漠然と考える。

 頭の先から尾っぽの先まで体全体が痛い。

 なぜだ……何をしていた? 

 どうしても思い出せない。

 意識を失う前の記憶を思いだすためにも、周囲を確認しようと石のように重い瞼を開こうとし、



『ん。目を覚ましたか。もう少し早く目を覚ませ。ずいぶん待たされたではないか。あと暴れるなよ。暴れたらそのまま脳味噌を引きずり出すぞ』



 全身を切り裂くような強烈な殺気が彼の全身を捉える。

 思い出す。一瞬で思い出す。

 この狂気に満ちた殺気を放つ存在を。

 圧倒的な存在を。

 世に君臨する暴虐者。

 全ての生物の天敵。

 龍だ!

 龍がいる!

 殺される! 

 自分は食われる!

 残虐なこの龍に!

 恐怖で硬直した身体は小刻みに痙攣するばかりで逃げ出すことも出来ず、恐ろしさ故に閉じた瞼を開くことすら出来ない。 

 


『怯えなくても良い。幸いなことに今の私はさほど空腹ではない。むしろお腹が一杯で機嫌が良い。だから貴様が私に襲いかかった事は許してやろう』



 龍が放つ殺気が若干和らぎうなり声もゆったりとした物へと変わる。

 種族的には下等魔獸に属する彼には龍の言葉は判らない。

 だが彼の種族が持つ傲慢さは、言葉を理解できない生物にすらも己の意思を通達する。

 生まれついての暴虐なる王。

 それが龍だ。



『だから貴様は私に感謝して協力する義務がある。何そう難しくない。私が指定した者の実戦稽古の相手を務めて貰うだけだ。ただし殺すな。大きな怪我をさせるな。しかし本気で襲え。良いな。約束だぞ。破ったらお前も私のご飯にするから死ぬ気でやれ……理解したか? 了承したのなら尾を振れ』



 それは提案でも取引でもない。

 すでに決定事項だと告げる。

 その傲慢で無理難題をいう暴君に対して、屈服した彼は弱々しく尻尾を振るしかなかった





 


  



「迷宮モンスターに同情するようになる日が来るなんて思わなかったわ……」



 雨に濡れた子犬のようにプルプルと震えながら尻尾を振るバジリスクを見て、ルディアは何ともやるせない気分になる。 

 巨大な蜥蜴の化け物であるバジリスク相手に、脅迫で無理難題を突きつける。

 突っ込み所が多すぎて何から言えば良いのやら判らず、ルディアは頭痛を覚えるしかない。



「肉体言語で恫喝を成立させてんなケイス」



 ルディアが持ってきた当直者用の保温ボトルに入ったホットワインをちびちびと飲むボイドも、あり得ないケイスの行動にあきれ顔だ。

 どうやったら、そういう常識外れの巫山戯た真似が出来るのか理解できずにいる周囲に対して、当の本人はバジリスクの額に当てていた手を離して振り返るとしれっとした顔を浮かべる。



「そう難しいことではないぞ。言葉の通じぬ動物が相手でも心を込めればわかり合えるものだと私の従姉妹もよく言っていたからな。昔から噛み癖のある飛り……犬を殴り倒して躾けたりもしたからな。慣れている。問題無い」 



 出来て当然。

 何を当たり前のことをとでも言いたげにケイスは返す。

 しかしその従姉妹は愛情を込めろという世間一般的な常識を言ったのだが、この化け物の場合はそれが殺気になっている辺りがらしいといえばらしい。



「ちょっと待ちなさいあんた。今飛竜って…………いい何でも無い。いくら何でもそれは無いからいい。犬ね。犬」



 ケイスがなにやら口を滑らせかけて慌てて言い直したかのように見えたのは、おそらく自分の幻覚幻聴の類いだろうとルディアは自らを無理矢理納得させる。

 ただでさえ頭がくらくらしているところに、これ以上詰め込まれたら発狂しかねない。 見なかったことにする。

 気にしない。

 そして忘れる。

 これがルディアが見いだしたケイスとの基本的な接し方だ。



「うむ。犬だ……さて時間が惜しい。こいつも承諾したことだし早速稽古を始めるぞ。子グマ準備は良いな。ヴィオン。付与は強めで頼むぞ。この蜥蜴はなかなか力が強い。弱い付与では子グマの華奢な体格では吹き飛ばされる」



 頭を抱えているルディアに犬を強調して返したケイスは、準備運動を終えて身の丈の倍ほどある棍を手に待機していたラクトと、その棍の先端へと魔術触媒をあぶって作った炭を付けた指先で文字を描いて衝撃吸収型の防御魔術効果を付与させているヴィオンへと視線を移す。



「ぐっ。俺よりちびのお前に華奢って言われたくねぇよ、とことんむかつく奴だな」



 同年代の友人の中では大柄で、家業の手伝いで重い武器も運んだりするので体格が良いラクトが華奢だと言われたのは初めての事だ。

 そんな評価を下したのが、ラクトと比べて頭2つ分は背が低く、腕の太さでも半分くらいの年下の少女なのだから腹が立つ。

 しかしモンスターを一刀両断してのける馬鹿げた膂力を持つケイスからすれば、華奢だと言われても仕方ないのかもしれないと心の片隅で冷静に思う部分もあり、どうにもやり場の無い怒りをラクトが抱くのは無理も無いだろう。



「ラクトあんまり苛立つなって。ありゃ素で言ってるだけで悪意無しだからよ。っとこんなもんだな。いいぞ。棍に吸収。あと全身にシールドの付与防御もかけた。これなら怪我する心配も無いから見切りに集中できるだろ。んじゃボイドお仕事再開といこうぜ」

   


 手を軽くはたいて指先の触媒を払い落としてラクトにかけた付与魔術の出来を確認していたヴィオンが問題なしだと太鼓判を押した。



「おう。俺達は見張りに戻るがあんまり無茶させるなよケイス。ルディア。悪いが手綱を頼むぞ」

 


「簡単に言われても困るんですけど」



 軽い口調でホットワインのボトルと共に難題を押しつけてきたボイドに対して、ルディアはどうしろとため息混じりで疲れた表情を浮かべる。



「ん。二人とも心配するな。決闘前に怪我をさせるわけがないだろ」



「お前の場合は無茶の基準が違いすぎるからじゃねぇの。まぁ俺の防御魔術もあるから大丈夫だろ」



 防寒手袋をはめ直したヴィオンがケイスに軽く突っ込んでから、背の翼を一度揺すって大きく羽ばたかせて宙へと浮かび上がる。

 この時間のヴィオンの役割はその機動力を生かした空中からの周辺警戒。

 今は一時的な休憩という名目で戻ってきただけなので、あまり油を売っている暇もない。



「手間をかけたな。礼を言うぞヴィオン。ありがとうだ。それとこいつを頼む。もう少し稼いでおきたいから、稽古が済んで蜥蜴を放したらついでにもう一度狩りにいってくる」



 快活な笑みを浮かべたケイスはちょこんと頭を下げて礼を言ったあと、足下に置いていた剣を左手で掴むと空中のヴィオンに向かって放って投げ渡した。



「っと。オッケ。空中で待機しとく。投げ落とすのはさっきくらいのタイミングで良いな?」



「うむ。最良とまでは言わないが十分合格点のタイミングだ。お前は腕の良い探索者だな」



「そりゃどうも。ラクト頑張れよ」



 どこまでも上から目線だが、本人的には最上級だろう褒め言葉にヴィオンは肩をすくめると、ラクトへと一声かけてから渡された剣を手に漆黒の空へとその翼を羽ばたかせて上がっていった。














 息を整える。

 体の芯まで凍えそうになる極寒の大気は、砂よけと防寒をかねた口元を追い隠す覆面越しでもなお冷たい。

 冷えた空気は動きを鈍くする。

 だから浅く少なく。

 最小限の呼吸で荒れた息を整える。

 稽古が始まってどのくらいが経っただろう。

 気の抜けない緊張感は時間を飴のように引き延ばして、時間感覚を曖昧にする。

 野生の獣を前にする緊張感からか、この極低温状態でも外套の下の身体はうっすらと汗をかき、心臓は早鐘のように音をたて相対するだけで疲労が加速度的に増していく。



『獲物からは目をそらすな。ただし一点を見て視野を狭くしないで、全体を見るようにしとけ』



 己の背丈を大きく上回るバジリスクを真正面に見据えるラクトは、ボイドから教わった大型の生物と戦うときのアドバイスを心の中で思いだしながら意識を集中させ続ける。

 ケイスが課した稽古は、攻撃してくるバジリスクにたいして、ラクトは攻撃をせず受けに専念して、バジリスクからの攻撃を防御するか避け続けろというものだ。

 単純な稽古だが、相手は最下級に分類されるとはいえ迷宮モンスター。

 そのプレッシャーがラクトの精神力をじわじわと削っていく。

 ラクトが5度目の息を吸った瞬間、バジリスクの左前足がぴくりと動き、同時に鋭い風切り音が響いた。

 動きと音を認識した瞬間、ラクトは後ろに下がりながら視界を確保し、左前足を支点に身体をひねったバジリスクが大きく振りかぶった尾をその目に捉える。

 人の骨など一瞬で砕き絶命させるほどの威力があるその攻撃に、身が竦みそうになるが、まだ防御は間に合う。

 呼吸を一瞬早くしたラクトは、ケイスからここに力を込めろと殴られ未だにひりひりと痛む丹田へと力を込め、肉体強化の力をもつ闘気を生みだし、身体機能を一時的に上げて、予測線上へと棍の先端を合わせた。

 圧倒的な質量を持っているはずのバジリスクの太い尾が、ラクトが差し出した棍の先端で音もたてずにピタリと止まった。

 ヴィオンによって付与された衝撃吸収の陣が、風切り音を立てて迫っていた尾の勢いを完全に吸収しており、棍を握るラクトには一切の圧力は伝わってこない。

 しかし棍棒のような重い一撃を止めても息を抜く暇は無い。

 尾を止められたと気づいたバジリスクは即座に次の行動に移る。

 先ほど軸足に使った左前足を今度は尾を振った反動を使いラクトの右側から地を這うように繰り出していた。

 ラクトはまたも一歩下がりつつ間合いを開けつつ、棍を今度は左足の前へと動かしその攻撃がトップスピードに乗る前に出鼻を抑える事で防ぐ。

 だがバジリスクも負けてはいない。攻撃を止めるために足が止まったラクトに向け、今度はその鋭い牙で直接攻撃を加えようと頭を大きく振ると、口を大きく開き噛みつこうと牙を光らせた。



「ふっ!」



 ラクトは息を吐きつつその顎下に向け棍を蹴り上げてまたも動きを止め、バジリスクが蹈鞴を踏んだ隙に仕切り直しとばかりに後ろに下がって距離を取った。







「へぇ……ラクト君。それなりに防いでるわね。さっきはまともにやられた三連撃を今度は防いだし」



 後方に下がりながらバジリスクの攻撃を防いでいるラクトを見て、ルディアは感嘆の声をあげる。

 多少危なっかしい所はあるが、それでもバジリスクの攻撃パターンを自分なりに覚え回避や防御を創意工夫しており、一撃一撃がちゃんと見えていると感じさせる動きだ。



「当然だ。私が教えているのだからな」



 なにやらやたらと嬉しそう笑顔を浮かべてケイスが頷く。

 これでラクトが善戦しているのを喜んでいるなら可愛げの一つもあるのだろうが、ケイスの場合は違うとルディアは断言できる。

 怪我をしないかと多少心配を覚えつつ監視しているルディアに比べて、そのラクトを指導しているはずのケイスは実に物騒かつ暢気な笑顔で先ほど自分が狩ってきた他の二匹のモンスターを捌く方にその意識の大半を向けていた。

 自分で取ってきた獲物を解体するのが楽しくして仕方ないらしく、血抜きを行い腹を割いて内蔵を抜きおわったモンスターを、ケイスは左手に握った小型ナイフ一本で解体している。

 包帯でぐるぐる巻きになり右手が使えない状態にありながら、どこに刃を当てれば関節を外しやすく、肉と骨が切り分けられると判っているのか、その捌く速度は圧巻の一言だ。

 あっという間にエイプキメラを捌き終わると、次は成牛ほどもあるホークウルフに取りかかり、毛皮を綺麗に剥がし無数の肉塊と骨へと解体して、木の桶へと無造作に放り込んでいく。

 吐く息も凍るほどの低気温の所為で放り込んだ先から肉が凍っていくので、あまり臭みや血の臭いがしないのがありがたい。

 


「はいはい。ところでさ、聞きたいんだけど。アレでホントにラクト君あんたに勝てるの? 闘気の制御法教えたあとは防御練習ばかりじゃ無い。避けきったら勝ちとかじゃないんでしょ」



 いつも通りと言えばいつも通りな自信過剰なケイスの言葉は適当に流しつつ、ルディアはここ数日気になっていたことを尋ねる。

 ケイスがラクトに教えたのは、ケイスが使うという丹田を意識した基本的な闘気生成とその基本的な使い方。

 あとはひたすらモンスターを狩ってきたついでに行う”説得”したモンスターからの攻撃を防ぐ実戦防御訓練ばかりだ。

 どう動けとか、こうきたらこうしろ等の型や理屈などない。

 ただひたすらに実戦でやり合って戦い方は自分で判断しろという、放置主義的な教え方だ。

 確かにここ数日だけでもラクトの動きは良くなっているし、ヴィオンによる付与魔術で大きな怪我も無く、さらに間接的にではあるが付与魔術の掛かった武器を使うことで魔具の扱い方の練習ともなっている。

 だがケイスとラクトが行うのは決闘。

 なのに攻撃手段を教えようとする素振りは、ケイスからは一切見られなかった。


 

「ふむ。ルディの疑問はもっともだ。だが私が思いつく限りで、子グマが私から一番の勝率を得るための戦い方を教えているのは間違いないぞ」



「勝率ね。どーすんのよ。実際の所は」



 あまりに自信満々にいうが、どうにもケイスの場合常識外れな計算がその根本にありそうで、ルディアの目は不審げだ。



「うむ。子グマは認めたがらないが、現状の私と子グマの間の戦闘能力の差は天と地ほどの開きもある。だから正攻法。つまり真正面からの剣の打ち合いではまず勝負にならん。そこで子グマが私に勝る部分で勝負をかける。ここまでは良いか?」



「まぁ……そりゃね。確かにあんたとラクト君の差はそれくらいあるだろうし、言ってることには一理あるわよ。でもあんたにラクト君が勝ってる部分ってなによ。前に言ってた魔力生成能力が皆無ってのは確かに弱点だけど、遠距離から攻撃魔術付与の杖やらスクロール連発って言わないでしょうね」



「それは実戦ならば一番有効な手段だが、あくまでも剣による効果的な一撃を先に叩き込んだ方の勝ちというルールでやるつもりだ。子グマもそれを望んでいるだろう。しかし先ほども言ったとおり、私と子グマの差を鑑みて魔具は必須だろう。子グマが卑怯者の誹りを受けないように攻撃系の類いは一切禁止とし、補助および妨害系の魔具のみ使用可とルールをしっかり明文化するつもりだ……っと。むぅはねた」



「防御系魔術を使った特訓は、魔術効果にならす為ってのは判るけど、付け焼き刃でどうこうなるとは思えないんだけど。あーもうこら。袖でぬぐうな。元から汚れてるから広がるだけでしょ。ほらこっち向く」



 頬についた汚れた袖口でぬぐおうとしたケイスを止めて、懐からハンカチを取り出しながら続きを促す。



「ん。頼む……確かに魔具だけでは勝ち目は薄い。だが私よりもあいつの方が体力があるからな。魔具を使い持久戦に持ち込めば奴の勝ち目が跳ね上がるぞ」



「…………………一つ聞きたいんだけど。誰が誰より体力があるってのよ」



 頬を拭くハンカチにくすぐったそうな顔を浮かべていたケイスが、力強く断言した言葉にルディアは何かの聞き間違いではないだろうかと思わず自分の耳を疑う。

 ラクトがあのバジリスクとの戦闘訓練を開始して、すでに20分くらいは経つだろうか。その間は常に動き続け、何とか攻撃を防ぎ躱していた。

 最初に同じような訓練をした数日前は、バジリスクよりも、もっと小さな一角サンドシープ相手に5分くらいでバテていたのだから、効率的に身体を動かすコツなどを会得しつつあるのだろう。

 ルディアから見てもラクトは、まだ子供と言って良い年齢にしては身体を動かせているし、体力もあるとは思う。

 だが比べる相手がケイスとなれば話は別だ。

 極寒の砂漠を誘い出したモンスター達を引き連れ走り回って、馬よりも早く砂漠を駈ける砂船に追いつき、さらにはモンスター達を鎧袖一触空中で斬り殺す。

 無茶苦茶を通り越して異常な化け物を相手に、誰がラクトの方が体力があると自信満々に言い切れるだろうか。



「子グマが私よりだ。当然だろう。あいつは男でしかも私より年上だ。闘気にしろ魔力にしろ大本は生命力。簡単に言えば体力だ。か細い私と子グマを見比べてみればその差は一目瞭然だろ」



 だがケイスは違った。

 自分の身体を見てさらに袖を捲って年相応とも言えるその細い腕を見せた。

 ほっそりとしたきめ細かいつるっとした肌は苦労を知らない貴族のように白いが、その手に解体したばかりのホークウルフの後ろ足を軽々と持っているのだから説得力という言葉は皆無だ。

  


「あんた見てると底なしの体力って言葉しか出てこないんだけど」



「そうか? 私は体力そのものは少ないぞ。だからすぐにお腹が空くんだ。ただ回復力や消化吸収を闘気による身体強化で上げているから、食べるものさえあれば少しはマシだがな。先ほどルディが持ってきた料理の量なら10分あれば消化吸収して体力回復ができるぞ」



「……どんだけ無茶苦茶よあんたの体」



「闘気で内臓強化をするコツが掴めればすぐに出来るぞ」



 これが冗談で言っているなら軽く流すところだが、ルディアの言葉にケイスがきょとんとして真顔を浮かべている所を見ると徹頭徹尾本気の発言のようだ。



「ともかくラクト君があんたに勝つには、魔具を駆使して攻撃を回避して防御した末の体力切れを待てって事?」



「そうだ。今の子グマの力量で私から勝ちを得るには、それが一番勝率が高い。だから闘気変換の細かな操作と、長時間戦うための力配分を覚えるため。そして勝負度胸を付けさせるためにモンスターとやらせている……よしこちらも終わったぞ。また石を見つけたぞ」



 話している間にホークウルフも解体し終えていたケイスは左手のナイフについた血と油を外套の端でぬぐって落としてから、その手に握っていた小指の爪先半分ほどの小さな赤い石をルディアに見せた。



「天然物の転血石って、あんまり取れないって話なんだけど、どうしてそんな毎回毎回出てくるのよ」



 血肉に魔力を宿す迷宮モンスター。

 モンスターの中には魔力が凝縮、物質化したものをその心臓や血管に宿す者がおりそれが転血石と呼ばれる。

 その転血石は魔具等の動力源として太古の昔より重宝されており、一昔前までは1000匹狩って一つ取れれば上出来といったところで、下級モンスターの物でも高額で取引されていた。

 現在は魔導技術研究の発展により、大量に集めた迷宮モンスターの血肉から凝縮して製造する人造転血石技術が確立されており、低精錬の物ならばかなりの格安となっている。

 ケイスの手にある石も特別区のモンスターから取り出されたものなので内蔵魔力は低く、取引値段も安い方だが、それでも天然物と言うこともあり混ざりっ気のない純度が高い天然転血石は加工がしやすいので、共通金貨で2枚くらいにはなるだろう。

 ケイスがしゃかりきになってモンスターを狩っているのは、自分の食い扶持は自分で稼ぐというのもあるのだろうが、この転血石を目当ての一つとしているからだ。

 この転血石の売却費で、決闘用の魔具を揃えるというのがケイスの基本方針とのことだ。



「ん~……すまん。ちょっとしたコツがあるんだが教えられない許してくれ」


 

 最初はいくらモンスターを狩ろうとも天然物の転血石など早々取れる物では無いと、ルディアを含め誰もがケイスの楽観的な考えを疑問視していたのだが、ケイスは狩ってきたモンスターの8割強くらいから転血石を見つけ出している。

 ここまで来ると運が良いとかの類いではなく、なんらかの手段や転血石を宿すモンスターの見分け方があるのかもしれないが、ケイスはこれについては黙っている。

 やたらと人懐っこい部分があるかと思えば、実に謎めいている部分の方が数多い。

 それがケイスという少女だ。 



「まぁ良いけど。それよりラクト君の方そろそろいいんじゃない。倒れる前に止めさせて限界をおしえるんでしょ」


 

 自分の氏素性など肝心なことになると口が堅いケイスに、これ以上は尋ねても無駄だと割り切っているルディアは追求はせず本来の目的であるラクトの方を指さす。

 少し疲れてきたのか、最初の方よりも若干だがラクトの動きが鈍くなってきた。

 防御魔術が施されているので大けがの心配はないだろうが、それよりも体力を使い果たしたラクトがまた倒れる可能性の方が心配だ。

 


「ふむ……そうだな。じゃあそろそろ止めてくる。ルディは子グマの疲労回復やストレッチをやりつつ、そろそろ基本的な魔具の使い方や残量魔力の見方について教えてやってくれ」



「あんたナチュラルに人使い荒いわね。あたしも魔具はあんまり詳しくないから基本的な護身用みたいな物しか判らないわよ」


 

 医師のまねごと以外にもいろいろ仕事は増えている気もするが、基本手が空いているのと、どうにも世話焼きな部分があるルディアは嫌々ながらも承諾の返事を返した。



「ん。助かる。あとついでにこれをセラギ達を呼んで運んで貰ってくれ。石の方はいつも通りファンリアに渡して洗浄を頼んでくれ。私は蜥蜴を解放したらもう少し狩りにいってくる」



 捌いた肉や皮の入った桶を指さして次いで転血石をルディアに投げ渡したケイスは、無造作にとことこと歩むと鍛錬をする一人と一匹の間に入り込んでいく。 

 ラクトの方はともかく、バジリスクの鋭い爪や牙は簡単にケイスを切り裂きそうな物で危ないことこの上ないのだが、



「よし! そこまで。今日はここまでだ」



 左手でラクトの棍を抑えて動きを止め、バジリスクの方はその少し吊り気味の目でギロリと睨んで一瞬で硬直させた。



「はぁ……はぁ。邪魔すんな。まだ俺はやれるっ!?」



 まだ大丈夫だと言いかけていたラクトの懐に飛び込んだケイスが、その左手を無造作に叩き込んだ。

 あまり力が入っていないようにも見えたケイスの一撃は、防御魔術を易々と素通りしてラクトの鳩尾へと衝撃を与える。

 一瞬で呼吸困難になったラクトの膝からは力が抜けて甲板にへたり込む。 



「お、おま……い、いきなり……なにしやがる……んだよ」



「私が終わりといえば終わりだ。それについてはお前と議論する気はないぞ。ではルディ。子グマを頼むぞ」



 咳き込むラクトを不機嫌そうに睨み付けたケイスは、その襟首をがっちりと掴んでから左手一本でルディアの方へと投げ渡すと、顔を上に上げ甲板の上の見張り台へと目を向ける。

 そこでは眼下のやり取りをおもしろそうな顔で見物していたボイドがいた。

  


「ボイド! また狩りに出かけるから頼むぞ!」



「おう! ケイスも気をつけろよ! あと通信魔具忘れるなよ。連絡がとれなくなったら置いてくからな」 



「安心しろ! 私なら無手でも何とかこの砂漠を越えられるから後で合流する! よし、そこのお前ついてこい!」



 ボイドの冗談にまじめくさった顔で答えたケイスは、首元の通信魔具を確認してからバジリスクに手招きするように合図を送ると左甲板へと立ち、巡航速力で砂漠を駈けている砂船の甲板からなんの躊躇もなく飛び降りていった。

 地面までは物見塔5階分以上の高さがあるだろうが、なんのお構いも無しだ。

 ケイスの行動にモンスターであるバジリスクですら一瞬呆気にとられたのか呆然と見送っていたが、すぐにその身体をどたどたと動かして、ケイスの後を追って甲板から飛び出した。  

 なにやら必死さを感じるのは遅れたら殺されるとでも思ったからだろうか。



「あ、あんにゃろ……絶対……勝ってやる」



 ケイスの一方的なペースに翻弄されているラクトが強かに打たれた鳩尾を押さえながら息も絶え絶えという様子で、ケイスの姿が消えた甲板を睨み付ける。

 その様子にルディアはあと1週間ほどしかないのに本当にラクトがケイスに勝てるのだろかと大いに疑問を抱く。

 確かにラクトはその鍛錬をみていると、飲み込みも早く体力も同年代の少年に比べてあるだろう。

 だがいかんせん相手が悪すぎる。

 どうにもラクトが勝つイメージが起きないのだが、こればかりはしょうが無いだろう。



「大丈夫ラクト君。ちょっと休憩してからにする? 基本的な魔具の使い方から教えろってあの子は言ってたけど」



「わりぃ……ルディア姉ちゃん。それで頼む……でも魔具の使い方ついでに一つ教えて欲しい技術がある。ケイスの鼻を明かすような事したいんだ」



 ルディアの問いかけに甲板に座り込むラクトは顔を上げて答える。

 


「あの子の鼻を明かす。何する気?」



「このままケイスの言いなりでやって勝ってもちっとも嬉しくねぇ。せめて一つだけでもあいつが予想してない事したい。だから………………」



 おそらくケイスに一矢でも報いられる手をずっと考えていたのだろう。

 ラクトの案はケイスの案と同じくこの短期間で覚えるのはかなり無茶の物だったが、それが故に、さすがのケイスも予想外だろうとルディアにも勝算があると感じられる物だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ