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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と決闘
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剣士の狩りと薬師の愚痴

 獲物だ。極上の獲物だ。

 太陽の光が差さぬ永久の闇の砂漠を、彼らは狂ったように一心不乱に獲物を追う。

 天上を塞ぐ砂幕よりこぼれ落ちた砂が雨粒のように振りそそぎ、礫のように身を打つ中で短い四肢を動かし、翼で空を切り裂き、長細い胴体で砂をかき分け、彼らはそれぞれの方法で獲物を追う。

 異種の彼らが団結し獲物を追う姿は、知識ある者から見れば異常な光景に映るだろう。

 彼らは本来ならば互いが捕食関係にあるからだ。

 この異質な共闘を行わせるのは、迷宮に住まう彼らだけが持つ外の同種と異なる思考だ。

 強さへの飽くなき渇望。

 これが彼らの本能さえも凌駕し、突き動かす。

 より強く、より早く、より上位の能力を得るために。

 あの獲物は逃がしてはならない。

 巣穴に必死に逃げ帰ろうとしているあれは、この世界において最上級の獲物だ。

 本来ならば、彼らでは足下にも及ばないほどの力を持つはずの最上位種族。

 だがこの個体は弱い上に、さらに傷ついている。

 これは千載一遇の機会。

 しかし弱く傷ついていても、単独ではかなわない。

 足の速い者が抜け駆けし襲いかかったとしても、隙を突かれて逃げられる。

 異種の彼らが協力しあって、ようやくご馳走にありつける。

 その本能が割り出す計算が、彼らに協力して獲物を追う選択をさせる。

 軟らかい肉の一塊。

 熱き血の一滴。

 歯ごたえのある骨の一欠片。

 僅かであっても彼らをより生命として高めるための餌。

 特別な肉体を持つ獲物からこぼれ落ちていた血の臭いは、果樹からこぼれ落ちる寸前まで熟成した実のような甘い芳香。

 迷宮モンスターの全てを恐怖させ畏怖させながら、同時に獲物として魅了し狂わせる最上位生物の香り。

 その龍がなぜ最も弱き地にいるのか?

 何故龍の血が転々と砂漠に落ちていたのか?

 撒き餌としてばらまかれた獲物の血を僅かに摂取しただけで、その旨みにおぼれた彼らは、最低限度の疑問を抱く理性も、危険を感知する野生の勘すらも失っていた。

 








 左手に大きな砂丘を見あげながらケイスは砂を蹴る。

 初日は柔らかい砂に苦戦してスピードを上げることが難しかったが、だいたいコツがつかめてきた。

 固い大地を蹴る時のように一点に闘気を集中させるのではなく、足の裏全体と周囲にも広がるイメージで闘気を込めて砂を蹴る。

 トップスピードといかなくても、このやり方なら十分な加速を得て、後はこれを繰り返すだけで戦闘速度としては及第点の身のこなしができる。  



「ふむ。もう少し早くコツに気づけば無駄にせずにすんだな……むぅ。でももっと早く身につけていたなら、そもそもあんなに買わなくてもすんだか」



 暗闇の砂漠を疾走しながらケイスは、足場を作るために水飴を無駄に消費した自らの未熟さを不満げにうなり、さらに大量に買ったことも自らの不甲斐なさ故だと眉をひそめる。

 砂走りのコツを身につけていれば砂漠の横断にかかる日数は激減し、水飴を大量に買わずに他にいろいろ買えたかもしれない。

 特にラズファンの市場で気になった色取り取りの菓子類を思い出して甘い物が食べてくなってきたケイスが少し不機嫌にうなっていると、首から提げていた通信魔具の宝石が小さく振動を始めた。

 

 

『ケイス。今どこら辺だ?』



 宝石からボイドの声が響いた。

 ケイスの左前方の空には砂漠を行く船であるトライセルが他船へと存在を知らせるために上げている光球がぽっかりと浮いてみえる。

 声の主であるボイドはその光球真下の見張り台で警戒待機中だ。



「ん。トライセルの右後方200ケーラほど。隔てている砂丘の反対側。3匹を引き連れている。蜥蜴と有翼狼。あと猿蛇だ」



 今トライセルが進んでいる場所よりも高くなって広がるいくつもの砂丘群の中をケイスは走っていた。

 ちらりと後ろを振りむけば正気を失い目を血走らせ、ケイスを必死に追いかけてくるモンスターの群れが見える。

 茶褐色の鱗と鶏冠を持ち、鋭い爪と牙を光らせながら走るバジリスク。

 狼の体躯の背に猛禽類のような大きな翼を生やして空を滑空するホークウルフ。

 上半身の猿の腕をケイスを掴もうと伸ばし、下半身の蛇の体で砂の上を這うエイプキメラ。

 どれもこのリトラセ砂漠迷宮群に生息するモンスターだ。

 防寒用のフード付きのローブの下に普段着を身にまとい、その身に帯びるのは、常に身に帯びているお守り代わりの懐剣一本。

 しかも右手はまだ怪我を負ったままで包帯に巻かれた拳は握ることすらできない。

 傍目から見れば誰が判断しても危機的状況。

 だがケイスは余裕綽々といった表情を浮かべる。

 鍛え上げた技と受け継いだ体。そして大望を抱く心。

 心技体そろった自分ならば、いかなる状況にあってもこの程度の相手に負けるわけがないという傲岸不遜なまでの自信をもってケイスは砂を蹴り、モンスター達を引き連れ駈けていた。



『ケイス。あと少し先で大きく右に曲がるからそこで乗り込んでこい。結界を解除して甲板は開けとく』



「うむ。子グマ。聞いているな。すぐに戻るがどれがいい? 私が選ぶとお前には荷が重いかもしれんからお前が選べ」



『好きにしやがれ! 相手が、な、なんだってやってやらぁ! 一番強そうなのよこせ!』



 ボイドの指示が聞こえてきた宝石からは、やけくそ気味なラクトの返信が聞こえる。 

 その美少女然とした顔には似合わない獰猛な笑顔を浮かべケイスは笑う。 



「良いぞ。その心意気。それでこそ私の決闘相手にふさわしい」 



『お前ほんとに無自覚に煽るよな。ラクト気張れよ。マジで一番厄介なのくるぞ。ヴィオン。そろそろ明かり頼む』



『おう準備は完了。いつでもいい。ケイス。合流位置にあげるから遅れんなよ』



 別の宝石が振動して、自前の翼でトライセルの前方警戒に出ているヴィオンの声が聞こえる。

 次いでケイスの前方の暗闇の空に赤色に発光する光球が発生し、明かりの中にコウモリような翼を広げるヴィオンの影が小さく浮かび上がった。

    


「ん。位置を確認した。私が飛んだらすぐに投げ落とせ。狼と猿は空中で仕留める。蜥蜴は説得するから残すぞ」



『あいよ。ちゃんと受け取れよ…………しかしなんだ。無茶苦茶なのに慣れるもんだな。普通に対応してるぞ俺』



『そりゃ。こんだけやればな。他の連中ももう慣れたってよ』



 ボイド達の呆れ混じりの会話を聞きながらケイスはスピードを僅かにあげる。

 それとほぼ同時に谷が大きく湾曲している部分に差し掛かったトライセルが、曲がるためにスピードを落とし始める。

 トライセルの上空に浮かんでいる光球が、ケイスから見て左手側から徐々に近づいてくる。 

 自らの速度とトライセルの進行速度差。

 ヴィオンが上げた目印までの距離。

 後ろから追ってくるバシリスク達との位置関係。

 必要な要素を頭の中にたたき込んで、最もトライセルに乗り込むに最適であろう位置と瞬間を脳裏で一瞬に弾き出す。

 


『ケイス。高さが結構あるけど空中でキャッチした方が良いか?』



「ん。この程度なら無理なく着地できるからいい」



 短く答えたケイスは最適のポイントへと最適なタイミングで進入できるように速度と進行方向を僅かずつ変化させ調整し、背後のモンスター達との距離を近づけていく。

 右側へと大きく曲がってきた砂丘をケイスが上り始めると同時に、左前方に浮かんでいたトライセル上空の光球も大きく右に曲がり始めた。


 あと5歩。


 砂丘を登る事に足場の質が脆く変化していく。

 脆い砂でできた斜面はケイスの踏み出した足によって崩れて、周囲の砂もろとも落ちていく。

 下手をすればバランスを失い砂に足を取られて滑落しそうな状況でもケイスは速度を緩めず、砂丘の頂上を目指す。


 あと4歩。


 ケイスを追うモンスター達にケイスが蹴落とした砂の塊が降り注ぐが、彼らは砂をかき分け飛び越えケイスを追う。

 背にモンスター達の腕や牙や息づかいを感じるほどに近づき、一見追い詰められた状況でもケイスは楽しげに笑う。

 もう少し。もう少しだ。 


 あと3歩。


 目印である赤い光球のそばに分厚く長い抜き身の大剣を持ち待機するヴィオンの姿を確認して、ケイスは左手を挙げる。

 さて待望の時間だ。

 やはり大きな剣で無いとどうにも落ち着かない。

 剣があってケイスは初めて自分自身が完成すると自負する。

 自分は剣士であると。

 

 あと2歩。


 ケイスのあげた左手に気づいたヴィオンが、その手から大剣を真下に向かって投げ落とす。

 落ちてくる剣の速度を見極めて、最適な位置で受け取る為に必要な高さを割り出してケイスは呼吸を変える。

 モンスター達を引きつけるために押さえ込んでいた闘気変換能力を急速に活性化させて、本来の実力を発揮するための闘気を丹田より生み出し体に充填させていく。

 変換した闘気を足下に集中。

 砂丘の頂上へと最後の1歩を踏み出すと同時に、足裏で闘気を爆発。

 頂上部の砂の大半がはじけ飛ぶほどの勢いを持って、ケイスは空中へと身を躍らせた。

 ケイスを追っていたモンスター達もその勢いのままに続いて宙へと飛び上がり、ケイスを捕らえようとその腕を伸ばす。

 だがモンスター達がケイスを捕らえるそれよりも早く、ケイスの左手が落ちてきた大剣の柄を空中でつかみ取った。

 大剣は大きさの割りに異常に軽い。

 軽すぎる。

 宙に飛び上がったケイスの速度を緩めることなく、重心を変化させることもないほどに軽い。

 さらには金属製のはずの剣の分厚く長い刀身が、ケイスが柄を掴んだ衝撃でまるで柳の枝のようにたわみ揺れる。

 ケイスが掴んだのは武器屋であるマークスより借り受けた通称『羽の剣』

 得体の知れない金属と高度な技術で生成された出自不明の闘気剣。

 このままでは軽く柔らかく剣としての最低限の能力も果たさない欠陥品。

 だがその能力をケイスはここ数日で把握している。

  

 

「従えよ今日こそは」



 掴んだ大剣に威嚇するように語りかけながら、ケイスは左腕に闘気を送り込む。

 左腕から剣の柄に装飾のように埋め込まれた生物の骨へとさらに闘気を伝播させ、剣の能力を解放。

 たわんでいた刀身がケイスの闘気を受け硬化し、さらに剣全体の重量が飛躍的に増していき、一瞬でケイスの体重を超えた重さに変化する。

 左腕に握る剣へと中心を変化した重心に合わせてケイスは跳躍の軌道を無理矢理に変えて、風車のように体をぐるりと回しながら大剣を後ろへと勢いを叩きつけるように振る。

 重量と硬度を増した大剣の刀身が、ケイスを掴もうと伸ばしていたエイプキメラをとらえる。

 硬化した刀身はエイプキメラの鋭く固い爪を打ち砕き、それだけでは飽き足らずその体すらも逆袈裟気味に一刀両断してのけるほどの切れ味を発揮する。



『ギャガァァァッ!?』



 断末魔を上げるエイプキメラの両断された体の向こう側には、ケイスの本来の力に気づき、体を硬直させたホークウルフとバジリスクの姿が見えた。

 剣に送った闘気をケイスは遮断する。

 急速に軽さを取り戻した剣によって、重心は再度ケイスよりに変化する。

 切り落とされながらも腕を伸ばし末期の足掻きをするキメラエイプの体に、ケイスは左足を伸ばして絡めるとそのまま蹴り上げた。

 エイプキメラを空中での踏み台として用いて飛び上がったケイスは、間髪入れず次の獲物であるホークウルフへと襲いかかる。



「ふむ。良いな」



 厨房の手伝いで斬る肉もそれなりに欲求を満たしてくれるが、やはり生きた生物を斬る際の斬りごたえが最高だ。

 物騒で凶暴で満足げな満面の笑みを浮かべながら、ケイスは空中殺戮を開始した。





 









 テーブル席に腰掛けたルディアは皿に盛られた魚のフライにフォークを刺すと、添えつけられた赤いソースをたっぷりとつけて口に運ぶ。

 分厚い切り身を二枚に切り分け間にチーズを挟んで衣を付けた後、ハーブで香り付けした油で軽く揚げた魚は、パリッとした歯触りの良い感触を返す。

 舌を刺激するピリッとした甘辛いソースに、ついで切り身の間に閉じ込められていた濃厚なチーズの味と淡泊な魚の味と合わさり口の中に広がり、ハーブの香りがさらに引き立てる。

 口の中に広がる濃厚な味を楽しみながら、次いでルディアは度数の高いカクテルが注がれていたジョッキを傾ける。

 軽く温められた酒からは、すり下ろされた生姜の香りが立ち上る。

 温かな酒は度数の割りには甘く、舌の上に残っていた余分な油もすっきりとした生姜の味が洗い流してくれる。

 ほどよい甘さと刺激的な辛みの両方が目立つ濃い味付けの料理と、それと対照的にさっぱりとした香りの温かい酒はルディアの故郷である冬大陸で好まれる組み合わせの一つだ。



「どう? 添えたソースなんかはここらで入る材料で組み合わせた自作なんだけど冬大陸の味に近いでしょ」



 満足げな吐息を漏らすルディアの反応を興味津々といった顔で見ていたミズハが笑う。

 貨客船であるトライセルは、三週間近くもの長い航海でリトラセ砂漠を横断する。

 そんな長期間を安全性が高い特別区とはいえ、モンスターも出没する迷宮永宮未完内を旅することによる乗客の精神的負担は大きい。

 そんな乗客に少しでもリラックスしてもらおうと、限られた材料と調味料から世界中の味を再現して見せようというのがミズハの実益を兼ねた趣味だった。

 父親であり調理長でもあるセラギも仕事をちゃんとやっている分には、試作しても特に不問としているので、今回は冬大陸の出身者であるルディアと、出身地不明であるが甘ければ何でも好むくせに、所々で妙に味にうるさいケイスがその主な実験台とされていた。



「はい。驚きました。まさかトランドでこの味を食べられるとは思っていませんでしたから。本物じゃないんですよね」



「苦労したんだよ再現するの。前に乗ったお客さんでルディアと同じ冬大陸の人がいてそん時ちょこっとだけ持ってたソースを味見させてもらってたから、味そのものは判ってはいたんだけどね。材料ないでしょ。だから近づけるの難しかったのよ」



「甘さと辛さの加減とかほとんど同じで、しかもおいしいですよ」



 心の底からの素直な賞賛をルディアはミズハへと送る。

 ソースに使われている辛みは本来は冬大陸の固有種である巨木の実を発酵させて作り出すだが、このミズハの作ったソースはよく似ていて、別の材料を使っていると言われなければルディアも気づかないほどだ。

 ルディアは次のフライへとフォークを伸ばして一口食べて、次いでグイグイとジョッキを傾け始める。

 

 

「配分具合なんか試行錯誤の連続だったんだけど、ここまで喜んでもらえるなら苦労した甲斐があったってもんよ」



 料理人として最上の喜びは難しい料理を成功させることではない。

 作った料理で食べる人に喜んでもらうこと。

 ルディアの反応は上々。これなら金を取って乗客に出せるレベルには到達しただろう。


 

「親父。ルディアの反応いいから、今度からこのソースも使っても良いよね!?」



 カウンターに座るファンリア相手に酒を飲み交わしていたセラギへとミズハは確認する。

 試作を味見してもらう分にはミズハの自由だが、メニューに乗せて正式に出すならば料理長であるセラギの許可を取るのは親子といえど料理人同士として最低限のケジメだ。



「メインに使っても良いな。ただソースの量を押さえろよ。先代みたいな年寄りには強いそうだ」 



 ミズハの作ったソースでトカゲのステーキを試食していたセラギも及第点だったのか二つ返事で許可を出す。



「年寄りってセラギお前さんなぁ。ちっと濃いだけだっての……若い連中向きだが、こういうのもたまには良いさ」



 ファンリアも文句を言いつつも、一口大に切ったトカゲ肉をフォークに刺してソースを少量付けて口に運んでは異国の味を楽しんでいるようだ。



「ミズハちゃん。俺はもうちょっと辛くても良いぜ」



「お前バカ舌だろ。このくらいで丁度良い」



「いいねこの辛さ。酒が進む。ミズハちゃんとケイスに感謝だな」



他のテーブル席に思い思い座って杯を傾けていたファンリア商会の者達や休憩に入っている護衛探索者も好評価の声を上げ、ソースを作ったミズハと今も甲板で食材集めにいそしんでいるであろうケイスに向かってグラスを掲げる。



「とりあえず明日の夕飯にトカゲのステーキでもしますか。ソースはともかく肉を大量に食べてもらわないと、溜まる一方なんで」



 まだまだあるトカゲ肉の塊を見ながら、どうしたもんかとセラギは頭を掻く。

 多少固いが油ものっているトカゲの肉は焼いても煮ても旨い。

 しかし飽きを考えれば、さすがに毎食出すわけにもいかない。



「そんなに増えたのか? しかし材料がありすぎて困るなんて贅沢な悩みだな」



 ちびちびと赤ワインをかたむけながら野性味あふれる肉を楽しむファンリアはおもしろうそうに笑う。



「笑い事じゃないですよ先代。後5匹分くらいはありますよ。ケイスの奴は加減をしらないみたいなんで」



 下手にこった料理を作っても、肉自体の消費が鈍い。

 肉を多く使いつつ、飽きさせない料理はないかとセラギは頭の中でレシピをめくっていた。 







 



 夕食の最後の回を終えた後、トライセルの食堂は船内時間で午後8時頃から船内バーと化す。

 バーと言っても町中にあるような物で無く、その日分の割り当ての食材で野菜や肉などの半端なあまり物を処理をするため適当につまみにして大皿に盛りつけて、後は飲みたい連中が自前の酒を持ち寄り適当に飲み交わしたのが閉店後の酒盛りの始まりだった。

 どちらかといえば家庭的な飲み会のような物。

 翌朝が早いセラギやミズハ等は10時頃には退散し、食堂の簡単な片付けや洗い物は参加者で合同におこない、日付が変わる前には自然解散というのがいつもの流れだ。

 

 

「それにしてもルディア。昨日もそうだったけど今日もやけにハイペースよね。やっぱストレス?」 

 


 端で見ているミズハが小気味ぐらいグイグイとジョッキを傾けていくルディアだが、そのペースは、酒飲みを見慣れたミズハの目から見てもいささか速い。

 二、三日前まではもっとゆったりと飲みながら酒を楽しんでいる感じだったが、どうも昨日くらいから自棄酒の風体が見え隠れした。



「あはははは。そんな訳……ありますよ。はぁぁっぁぁぁ…………聞かないでください」


 

 後先考えないペースで飲み始めて早々と酔いが回ったのか一瞬楽しげに笑ったルディアだったが、その笑い後はあっという間に力をなくし重いため息へと変わる。

 しかも本人は聞かないでくれといっているが、浮かぶ表情は真逆。

 愚痴を聞いてほしいとはっきりと書いてあった



「ほらほら遠慮せず。お姉さんに話してみなっての。どうせケイスの所為でしょ」



 空になったルディアのジョッキに温まったジンジャー酒を注ぎながら、ミズハは愚痴に付き合うからとルディアを促す。

 冬大陸の人種の特徴ともいえるずば抜けた身長と燃えるような赤毛のルディアと比べ、ミズハの方は小柄で童顔の所為もあっても傍目にはルディアの方が年上にみえるだろうが、これでもミズハの方が5つほど年上だ。

 

 

「あの子……常識が通用しなさすぎなんです。考え方も肉体能力も異常で滅茶苦茶で、魔力が無いのが自分の弱点だからって決闘では魔具を使えって言いだすし、もう意味が判らないんですけど」



「いや、それを言ったら子供同士だから決闘なんて名ばかりの喧嘩になるはずなのに、なんでそんな本格的な事になってるって話だと思うけど」

 


「だからあの子が本気なんです。本気で決闘して、しかもラクト君を本気で勝たせるつもりだから、互いの実力差を考えて魔具が必須って本気で言ってるんですよ。その本気に釣られてラクト君も意地になってます」



 巫山戯ていたりラクトを馬鹿にしているならまだ落としどころがあるのかもしれないが、ケイスは徹頭徹尾全部を真剣に言っているから質が悪い。



「そりゃ最初魔具を使うってあの子が話した時、ちょっとほかのこと考えていて聞き流した私もあれですし、ラクト君もそんな高価な物が簡単に用意できるわけ無いって高くくってましたけど…………まさか購入資金稼ぐためにこんな無茶し始めるなんて思いもしませんでした」 



 くだを巻くルディアは魚フライを恨めしげに見ながらフォークでつつく。

 このフライに使われた魚は水棲の魚ではない。

 リトラセ砂漠に生息し砂の中を泳ぐ獰猛な肉食魚だ。

 そしてこの魚を捕ってきたのは他ならぬケイスだ。

 魚だけでない。

 他にもリトラセ砂漠に生息するトカゲやら、モグラやら食獣植物やら所謂迷宮モンスターがケイスに狩られて、その肉が乗員乗客の胃に収められている。

 その皮や爪、牙、骨は、最下級の特別区のモンスター故に低価格ではあるがそれでも僅かでも魔力を帯びているので商品価値はあり、ケイスはその稼ぎを魔具の購入資金へと当てるつもりのようだ。



「あーそれはあたしも悪いかも。ケイスがよく食べるから食材が足りなくなるかもって冗談で言ったら本気にしてたから」



 変な部分で生真面目すぎるケイスの前では下手な冗談も言えないとミズハも乾いた笑いを上げる。

 ケイスがよく食べるといってもせいぜい大人4,5人分。

 予備食材も十分あるので無くなることはないのだが、ケイスはその冗談を本気にしていたようだ。



「……まさか逆に冷蔵倉庫が一杯になるとは思わなかったけど。勿体なくて捨てられ無いけど。かといって食べきれないしどうしようか」



 ケイスの狩りが始まって3日。

 すでに乗員乗客全員が一月は余裕で食いつなげる食料が確保され、冷蔵倉庫にあふれんばかりとなっている。

 ミズハは試作し放題だと軽く考えているが、厨房の管理責任者であるセラギはこの先さらに増えるであろう食料をどう調理しようか、どこに置こうかと頭を悩ませている。



「あのバカはほんとに…………走行中の砂船から飛び降りて狩りにいって平然と戻ってくるって何の冗談ですか。蛇行して進んでいる所なら、直線で進めば追いつけるってどんな理屈ですか……もうなんか心配したり、怪我を気遣うのも馬鹿らしくなってきたんですけど、見た目は普通に年下の女の子だからどうしても心配になるんです」



「まぁ。ケイスだからね。諦めなって……っとご帰還かな」



 ルディアの愚痴を聞こうとは思ってみた物の、ここ数日で全員の共通認識になった言葉以外はかける言葉が見つからなかったミズハは、頭上から聞こえてきた物音と微かな振動に気づき天井を仰ぐ。

 おそらく甲板に斬り殺した獲物と捕獲したモンスターと一緒にケイスが降りてきたのだろう。

 この数日で日常の一コマとも化した音と振動。



「ちょっと行ってきます。これいくつかもらっていきますね。ほっとくと、また生肉を食べ始めそうなんで」



  狩ったばかりの獲物から切り取った肉どころか、場合によっては内臓までも部位によっては生で食べてもそれなりに旨いとまで宣う野性的というか悪食。

 寄生虫や変な病気に掛かりはしないかと心配する周囲をよそに、自分ならば虫くらい消化できるし病気に掛かっても闘気による身体能力強化で打ち消せるから問題無いとケイス本人は気にもしない。

 ケイスの気を変えようと思うならば、味で上回る料理を持ってくるしかない。 

 テーブルの上にあった料理を適当に皿にのせてルディアは席を立つ。

 ケイスが狩りに出ている間だけの短い小休憩はもう終わりだ。 



「ラクトも大変だけどあんたも大変だねぇ」



 人が良すぎるために余計な心労をしているルディアと、ケイスに絡んだが為に無茶苦茶な特訓を課せられているラクトを思いながら、ミズハは杯を傾けた。

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