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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
12/119

弱肉強食 ②

「これはお前のものか? 済まないが借りるぞ! ちょっと苦戦してたんだが、これなら何とかなりそうだ! 今は忙しいから後で改めてちゃんと礼を言うけど、とりあえずありがとだ!」



 鼻につく刺激臭。

 風を鋭く切る複数の飛来音。

 二種類の砂弾が迫ることを察知した少女は、通信魔具に向かい怒鳴るように礼を述べながら地を強く蹴り、宙へと跳び上がった。

 直後刺激臭を放つ砂弾が少女の右側に着弾し、大きな炸裂音を立てながら周囲の砂を吹き飛ばし砂漠に大穴を開けていた。

 もし今の攻撃が直撃していたら少女の身ではひとたまりもなかっただろう。

 襲いかかる熱混じりの横殴りの爆風を少女は身体を捻って受け流す。

 さらに爆風の勢いをも利用し空中で軌道を僅かに変化させることで、まるで猫のような身のこなしで後発の高速砂弾を回避する。

 だがさすがに無理があったのか体勢を崩して極端な前傾姿勢となってしまった。

 下が柔らかな砂地とはいえ、この勢いで頭から突っ込めばただでは済まない。

 砂に埋まり気管をふさがれる恐れもあり、何より首への負荷が大きい。

 とっさの判断で少女は頭を前に振り足を折りたたみ回転力を上げ、無理矢理に捻り気味の前方宙返りへと移行して足から着地しようとする。

 だが少女が思ったよりも高さと回転が足りない。

 このままでは回りきる前に背中から着地することになり、確実に次の行動に遅れが生じる。


 地面を指で弾くことで高さと回転を補えるか?

 

 可能……正し右腕の怪我を考慮する必要有り。


 駆け巡る思考が解決策と懸念を即座に浮かび上がらせる。

 少女の右手の親指と人差し指は根元が青黒く腫れ上がり、芯に響くズキズキとした痛みと焼けるような熱さを放っている。

 どれだけ楽観的に見積もっても折れているだろう。

 骨折の原因は先ほどサンドワームをたたき落とした対大型モンスター用剣技『御前平伏』

 突進してきたモンスターの重心を崩して地面へと叩きつける技は、重心を崩せる一瞬、一点を見極める眼力と、見極めた箇所、時に正確に打ち込むことの出来る技。

 そして打ち込みの瞬間に生じる膨大な負荷を受け止めてみせる強靱な肉体の三者が揃って初めて完成を見る。

 前者二つは少女は己の持つ力量と鍛錬により必要最低限とはいえ得ている。

 だが後者は未だ到らず。

 闘気を用いることで少女は人並み外れた力を発揮することができるが、それもまだ圧倒的に足りない。

 理由は至極単純。

 少女が扱う剣技は、暗黒時代に滅びたトランド大陸最大の大国であった東方王国の古流闘法が一派『邑源流』の流れを組む。

 本来は幾多の迷宮を踏破し、神より授かりし肉体強化『天恵』を得た探索者達の武技だからだ。

 技体系の全てとはいかずともこの歳で幾つも修得するほどのずば抜けた……それこそ化け物じみた才覚を少女は持つ。

 だが天恵による強化を持たずまだ幼いといっていい肉体は、その才覚に釣り合うほどではなかった。

 



「むぅ」



 右腕の怪我を考えれば無傷の左腕を使うしかないが少女は躊躇する。

 左腕には先ほど拾った通信魔具の紐を手首に巻きつけてぶら下げてあり、それ以外にもサンドワームがのびている間に切り取った肉片を拳の中に握り締めていたからだ。



(借り物を傷つけるわけにもいかないか。それにちょっとならともかく砂まみれは美味しくない)



 奇妙な部分で律儀かつ、どのような状況下でも己の嗜好を最優先する思考が左腕を使うという選択肢を外す。

 時間にしてみればほんの一瞬。

 少女自身からすれば長考を終える。

 砂漠へと落ちるすんでの所で、己の鍛錬を信じ右手を鋭く振る。

 さらっとした柔らかい砂の感触を指先に感じた瞬間、砂を強く掻き弾いた少女は無理矢理に回転の勢いを増す。

 釘を刺したようなずきりとした痛みに顔をしかめながらも、少女は回転を終え足から着地してみせた。

 同時にサンドワームにたいして少女は不機嫌を隠そうとしない怒声をあげる。



「貴様! 人が礼を述べているときぐらいは少しは遠慮しろ! のびている間にちょっと囓ったくらいでそこまで怒るなんて心が狭すぎるぞ! お腹が空いていたんだし、どうせ今から貴様は私のご飯になるんだから大人しくしてろ!」



『ち、ちょっと! あんた一体なにをやってんの!?』



 驚き声をあげる薬師の声が響くなか、次なる飛来音を既に幾つも捉えていた少女は次の一歩を踏み出す。



「甲板にいた魔術師から聞いていないのか? サンドワームの変種と戦闘中だ! こいつの頑丈な皮膚に苦労してたのだがお前の送ってくれた”これ”で勝機が見えてきた所だ!」



 再び走り出した少女を追いかけ、幾つも砂弾が降り注いでくる。

 雨あられのように降り注ぐ弾幕から身を守る鎧も防御魔術を使う魔力も少女は持たない。 

 あるのは異常なまでの才覚と共に鍛え上げた肉体と培った体術のみ。

 直撃を喰らえば一瞬で絶命する。

 窮地というべき状況でも、少女の顔に恐怖はない。

 吊り気味で勝ち気な目にただ光を強め、自身の勝利を疑っていない。



『あーもう! いろいろ聞きたいことあるけど全部後回し! 用件だけ言うから! 聞いて! 送ったのは闘気剣だから! 剣に闘気を…………』



 軽い身のこなしで回避を続けながら薬師の言葉に少女は耳を傾けていたが、至近で起きた爆発で言葉がかき消された。



「剣?! あぁ! さっきの軽くて変なのか! あれなら邪魔だから後方に投げておいた! 目印に私の外套を巻きつけてある。後でちゃんと回収して返すから安心しろ!」



 話の途中までしか聞こえなかったが、薬師がいっているのは通信魔具を括り付けてあった布に包まれた剣らしき物だろうと少女は当たりを付け、こちらの声が届くかどうかわからないが、無事だと伝えてやろうと声をあげる。

  


『あ、あん…… な……!? さっき借り…… 何!? 何を借りるって!?』



「だからこれだ。通信魔具に決まってるだろ! 足場に苦労していたんだがこれで凍らせることが出来る! 任せろ。一手で決めてやる!」

   


『通信魔具っ?! 凍らすって!? 言……る……だけど!? ちょ……あんた何……』



 左腕に巻きつけた通信魔具からクリアに響いていた薬師の声に徐々に雑音が混じり小さくなってきた。

 だが少女は慌てない。

 軽度の魔力障害で通信魔術に不具合が生じてきただけの事。

 こちらの声もあちら側にそろそろ届かなくなってきたはずだと当たりを付ける。

 軽度魔力障害の原因。それはサンドワームが撃ち出す魔力吸収弾だ。

 着弾の衝撃で砕け散り空中に飛び散った砂塵に含まれるリドの粉末によって周囲の魔力が吸収されている。

 攻撃、防御、回復、索敵、通信。

 戦闘に関する魔術だけでも多岐にわたる。

 だがどれだけ高度な術であろうと大元の魔力を吸収されれば、効力は著しく落ちるか最悪発動すらしない。

 それは魔具も例外ではない。

 魔力障害環境下での戦闘行為は魔術師職のみならず、自己強化術や付与、もしくは魔力剣装備を用いる戦士職も苦戦するだろう。

 だが魔力を持たず自己強化を使えず、仲間もなく、ただの剣を一振り携え単独で戦い続ける少女からすれば、どれだけ魔力吸収物質が周辺に散布され濃度が増そうが支障はない。

 むしろこの魔力吸収弾による、濃度上昇こそ少女は待ち望んでいた。

 特に左手に持っている通信魔具が届いてからは、サンドワームの撃ち出す魔力吸収弾の割合が大幅に増え一気に濃度が上がってきている。

 他者との連絡手段の途絶する程度の知能をサンドワームが持ち合わせていた幸運を嬉しく思い、また送ってくれた薬師に対し少女は感謝していた。




 一方で攻撃を続けているサンドワームも無傷ではない。

 少女の強烈な一撃によって頭部に深い裂傷を負っていた。

 切り潰された醜い傷口からは、砂弾を発射する度に体液がびちゃびちゃと噴き出す。

 巨大なサンドワームから見ても軽い怪我ではないはずだ。

 だというのにサンドワームが放つ砂弾の数は減るどころかより増し、躍起になって少女を追いかけ回す。

 しかし弾数が増えたのに比例して狙いは粗くなっている。

 サンドワームの狙いがずれているのも、少女が何とか回避し続ける事ができる一因となっている。

 攻撃が荒くなった理由は少女にも判らない。

 感覚器官が損壊でもしてまともに狙いがつけられないから、数で補おうとしているのだろうか。

 それとも単に傷つけられて頭に血が上ってむきになっているだけか。

 あるいは……己が食されたことに恐怖を感じたのか。

 だが何にしても、今の状況が好都合なことには変わりない。

 満足げに小さく頷いた少女は、左手に握っていたサンドワームの肉塊に食らいつき噛み千切る。

 極寒の大気によって半分凍りついていた肉を、口の中で解かしながら咀嚼する。

 空中に舞っている砂塵が付着しているので砂のジャリジャリとした感触もするが気にせずかみ砕き嚥下する。

 砂に混じる甘酸っぱいリドの実や大サソリの毒のビリッとした味に、火龍薬の香ばしい匂いが混じって、味にアクセントがあるのはいいが硬く筋張っていてとても美味しいとは思えない歯ごたえが特徴的だった。



(内臓の方がコリコリしていて美味しかったな。ん。でもこっちは毒素が少ないから今はいいな)



 半日ほど前に食べた食感を思いだしながら、内臓より味は大分落ちると思いつつも少女はもう一口囓り咀嚼する。

 少女は手も足も出ずにただ逃げているのではない。

 文字通りの敵の血肉を喰らい力を蓄えながら反撃の機会を伺っていた。

不味かろうが美味かろうが、今の少女にとっては貴重な栄養源。

 内臓器官を闘気により強化し、食べた食物を一気に消化吸収していく。



(ここも撒いておくか)



 肉塊を口にくわえた少女は左手を空にすると、懐に突っ込み内ポケットをまさぐる。

 引き抜かれた左手には小指の先ほどの大きさの飴玉が握られていた。

 飴玉を掌で握り砕いて粉状にすると砂漠へと撒いていく。

 少女が砕いた飴玉は水を圧縮固形化したうえで軽量魔術を施した魔法薬『水飴』

 口に含むなり火に掛けた鍋に入れるなど熱を与えることで、熱量に合わせて徐々に元の液体状態へと戻る性質を持つ物だ。

 携行性能に優れた水飴は、本来砕いたくらいでは元の液体状に戻ることはない。

 だが今は違う。

 少女の周辺の砂には大量の魔力吸収物質が混じっている。

 撒かれた水飴の欠片は圧縮固形の魔術が解除されて次々に液体状態へと戻り、さらに極寒の大気にさらされ一瞬で凍りつき地表に薄い氷の膜を作っていく。

 少女はひたすらに回避を続けながら、この地味な作業をただ繰り返す。

 残り少なくなった生命力を補うために肉を食らい、隙を見てはサンドワームの直近まで間を詰めて至近の砂地にも水飴を撒き凍りつかせていく。

 己の得意とする剣技。

 止めの一撃を放つための場を少しずつ整えていた。

 再度懐に入れた手を引き抜いた少女は微かに唸る。



「むぅ……残り一つずつか」


  

 いつの間にやら懐にしまっていた水飴は残り一つになり、拳の倍ほどあった肉塊も囓っているうちに一口ほどになっていた。

 凍らせた箇所はまばらだが、一応問題はないはず。

 そろそろけりを付けるか。

 名残惜しげに最後の肉片を少女が口の中に放り込んで攻勢に転じようとすると同時に、ひっきりなしに響いていた砂弾の発射音、飛来音が途絶えた。

 急な変化を訝しげに思った少女がサンドワームのいる方角へ目を凝らすと、暗闇の中で頭部を下ろすサンドワームの影が微かに浮かび上がった。

 どうやら砂に頭をつけているようだ。



(砂を補給か? それともこの期に及んで撤退か……違う)



 暗闇の中でも判るほどにサンドワームの胴体が瞬く間に膨らんでいく。

 サンドワームは口蓋を蠢かせながら、音を立てて飲み込んで大量の砂を体内へと取り込み始めていた。

 心許なくなった砂を回復するにしては、取り込む量が多すぎる。



(砂獄だな)



 事前に仕入れていたサンドワームの知識から、少女はすぐに一つの推論へと到る。

 高速で撃ち出される広範囲砂礫攻撃。通称『砂獄』

 ひらひらと攻撃を回避し続ける少女に対してサンドワームは業を煮やし、一時的に隙を見せる事になっても一気に広範囲をなぎ払おうとしているのだろう。

 砂船の鋼鉄装甲版すらも削ってしまうほどの威力を持つ砂の刃を生身で受ければ、少女の身体など一瞬でバラバラに引きちぎられる。

 しかしサンドワームの意図を悟っても少女の顔に恐れはない。



「ん。むしろありがたい!」



 少女は喜色を含んだ獰猛な笑みを浮かべ口中の肉片を飲み込み、サンドワームを真正面に見据える事ができる位置まで一気に駆けさがる。

 サンドワームから50ケーラほどしか離れていない砂獄の影響範囲内で立ち止まった少女は、走り続けで乱れた息を軽く整えると息吹を始める。

 冷たい外気を一気に取り込まない様に少しずつ息を吸いゆっくりと吐く。

 足が砂に沈み込んでいくが今は無視し、丹田に意識を集中。

 ゆっくりだった少女の息づかいが徐々に獣じみた速い呼吸へと変化する。

 闘気操作に長けた獣人の技である獣身変化と似た粗い呼吸音。

 だが少女の外見に変化はない。

 少女が働きかけるのは己の血統。

 微かに受け継ぐ異種なる旧き力。

 休眠していた力が少女の闘気を受け活性化し始める。

 旧き力とは、少女の心臓に備わる”本来”は少量の生命力から膨大な魔力を生む、この世の生物種において最高峰ともいえる高効率魔力変換能力。

 しかし少女は頑なまでの意志によってその魔力変換能力を拒否してみせ、心臓に送られた生命力から膨大な闘気を生み出す闘気変換能力へと切り替えていた。

 丹田と心臓。

 普通ならあり得ない闘気生成の二重化という離れ業を感覚的にこなす少女の全身を、高純度の闘気が血流に乗って激しく駆け回る。

 少女が力を蓄える間も砂を取り込み続けるサンドワームの身体は膨らみつづけ、周囲の砂も徐々に引き寄せられていく……少女が凍らせた砂と共に。  

 十分な闘気を身体に行き渡らせた少女は、砂から両足を引き抜き、左足を前にした前傾体勢となり右腕は脇に引いた。  

 時を同じくして砂を飲み込む吸引音が鳴り止み、サンドワームも頭を砂から引き抜いた。

 元々巨大だったサンドワームの身体は、大量の砂を取り込み倍ほどに膨らんでいる。

 許容量限界ぎりぎりまで砂を溜め込んだのだろう。

 先ほどの跳躍と少女の剣戟によって出来た傷がさらに肥大化しサンドワームの身体に大きな亀裂を生んでいた。 

 準備を終えた両者が対峙し一瞬の静寂が訪れる。

 暗闇の砂漠

 突如風切り音が響く。

 どこからともなく打ち込まれた矢が飛来し、少女達の遙か頭上で音を立てて弾けた。

 矢の正体は初歩魔術を封じ込めた簡易な使い捨て魔具で、常闇の砂漠では信号弾として使われている物だ。

 魔具の中に封じ込められていた光球の灯りが、少女とサンドワームの影を砂漠に生み出す。

 灯りに照らし出された瞬間、少女は足下の砂を蹴り飛び出した。

 踏み出した右足が砂漠に仕込んでいた無数の氷片の一つを捉える。

 砂よりも僅かに抵抗を見せる氷の感触を感じ取り、即座に足元で闘気を爆発させた。

 氷を軽い炸裂音と共に砕き、砂諸共後方へと吹き飛ばし、少女はさらに前へと出る。

 背後に吹き飛ばされた氷混じりの砂が頭上の光球の灯りに照らし出され、ダイアモンドダストのように煌めいた。

 キラキラと輝く流星のような光跡を残しながら、少女は次々に氷を踏み渡り一直線に加速していく。

 それは先ほどとは比べるまでもなく速く鋭い。

 少女が行うのは、闘気を爆発させ加速を得る近接戦闘を行う者にとっては基礎的な加速技法。

 だが、本来は踏みしめるべき硬い大地があってこそ、この技は最大威力を発揮する。

 砂漠のような柔らかく崩れやすい地盤では闘気が分散し、十分な加速を得るのは難しいはずだ。

 しかしその困難を少女は成し遂げてみせる。

 足元が砂で沈み込み力を入れにくいなら、表面だけでも凍らせて、一瞬だけの足場とすればいいというシンプルな発想をもって。

 少女が見せる驚異的な加速はサンドワームにとっても予想外だったのだろう。

 慌てて口蓋を開き身体に力を込め、ため込んだ砂による範囲攻撃を繰り出そうとした時には遅い。

 既に少女はサンドワームの懐へと少女が飛び込んでいた。

 加速した勢いのまま少女は右腕を突き出し、

 

  

「闘気浸透!」



 少女が肉と骨が軋む音を立てるほどの力を込めた掌底を、サンドワームへと打ち込んだ。

 石壁を殴りつけたような硬い感触。

 骨が軋み、太い枝を折った時のような音を奏で、激痛が右手に走るが、少女が歯を食いしばり堪える。

 その目の前で、今にも攻撃を繰りだそうとしていたはずのサンドワームがその巨体をピタリと止め硬直する。

 硬直したその様はそれはまるで天敵である蛇に遭遇した蛙のようだった。












 彼女は恐怖する。

 極上の餌としての匂いを醸し出す”それ”は、彼女の長大な肉体に比べれば矮小で芥子粒のような存在。

 小さな物は弱い。

 それが彼女の常識であり、この砂漠地上部では彼女達の種族より大きな生き物は存在しなかった。

 だから小さいながらも最高の餌の匂い醸し出す極上の餌だと食らいついた。

 大きな餌場を襲い食らうよりも、”それ”を食えば簡単にさらに力を強める事ができるはずだった。

 だが”それ”は抗い、拮抗した。

 彼女はそこで間違いに気づく。

 ”それ”は餌ではない。

 生死をかけた戦いが必要な敵対種だと。

 しかし…………これすらも間違いだった。

 ”それ”は戦闘中も成長を続け彼女を凌駕してみせただけでは飽きたらず、あろう事か逆に彼女の肉体を喰らい始めた。

 ようやく……彼女はようやく敵の正体に気づく。

 殴られた場所から彼女の全身に行き渡った”それ”の気配が何であるかを物語る。

 ”それ”は絶対的な強者の気配。

 火の山の奥深くで蠢くはずの。

 天に近い山の頂よりもさらに高い空に君臨するはずの。

 地の底のさらに底で微睡むはずの。

 暗く冷たい水面の底に捕らわれたはずの。

 迷宮に君臨する捕食者達の気配を”それ”は打ち放っていた。

 彼女は恐怖する。

 ただただこの場から離れたい。

 この恐ろしい物から遠ざかりたい。

 本能は盛んにわめき立てるが恐怖に竦んだ身体は動かない。

 ただ”それ”が直下にいることは判る。

  


『下がれ!』 



 ”それ”が鋭い咆吼をあげた。

 彼女の身体が緊縛が解かれる。

 恐怖から少しでも遠ざかるために、早くでも遠ざかるために。

 彼女は重い身体を必死に使って後方へと跳躍する。

”龍”から逃げ出すために。











「っつ! うー」



 痛む右手の甲を少女は舌でペロと舐める。

 気休めでしかないが何もしないよりマシだ。

 砂を詰め込み膨張して極限まで硬化し固い岩盤のようなサンドワームの皮膚に掌底など打ち込んでもダメージなど皆無。

 むしろ打ち込んだ少女の手の方がダメージを負っている。

 痺れが酷いのでいまいち判らないが甲の方までも折れたかもしれない。

 だが怪我を負った分の価値はある。

 痛みに眉をしかめながらも勝ち気な瞳で少女は前方の空中を見上げる。 

 無理矢理に跳ね上がって逃げるサンドワームの姿がそこにあった。

 同じように闘気を打ち込んだ一匹目は、尾が地面に跡を残すほどの高さしか跳べなかったが、今敵対しているサンドワームはもっと高く跳んでいる。

 どうやらこちらの方が肉体的にも能力的にも格上のようだ。

 しかしその高さこそが命取りだ。

 一匹目の時は高さがなかったため、もっとも硬い頭部へと突き込むしかできなかったが、眼前のサンドワームは砂でぱんぱんと膨らんだ腹部を晒している。

 今こそが千載一遇の好機。

 


(出番だ。耐えろよ) 



 心の中で語りかけながら腰のベルトへと少女は左手を伸ばし、抜き身のまま挟み込んでいた剣を引き抜く。

 元々少女の背丈と同じほど合ったバスタードソードの長大な刀身は、今はほとんど残っていない。

 しかもさきほどサンドワームを打ち落とした一撃で、新たに細かなヒビが刀身や柄にまで入ってしまっている。

 他者から見ればもはやこれは剣などでない。

 ただの鉄屑だろう。

 だがそれでも……少女にとっては違う。

 自らが膨大な店の中から選び極めて短い付き合いながらも命を預けた剣。

 あと一撃なら耐えてみせるはずと信頼する。 

 右側に大きく身体を捻りながら、左手に剣を逆手に握り肩口の高さまで上げ、痛む右手を剣の柄頭にそっと触れさせる。

 独特の構えは、少女なりの剣に対する礼。

 己がもっとも好み、そして最大の技をもって、愛刀と共に強敵を屠るという意志の現れ。

 極めようと何百、何千と培ってきた修練が、一瞬で構えを作り出し、少女は前へと跳びだした。

 砂漠に残っていた氷片を正確無比に捉えながら、またも驚異的な加速を発揮し少女は矢のような速度で突き進む。

 狙いは一点。

 ただ一瞬。

 サンドワームの高さと速度、落下予測位置、砂漠に撒いた氷の位置、己の技の始動時間等々。

 あらゆる条件を記憶し、考慮し、導き出す。

 魔力を持たない……魔力を捨てた後に残った両手の間合いこそが今の己の世界。

 ならばその世界において誰にも負けない存在になろうと心に決めている。

 自分が世界において最強となる一瞬を作り出せる剣士になると。

 轟々と音を立てながら落ちてくるサンドワームの巨体を睨みながら、少女は氷片を強く蹴り宙へと跳ぶ。

 打ち出された矢のような勢いでサンドワームへと迫った少女は捻っていた身体に溜めていた力を左手に乗せながら振り、

 

 

「逆手双刺突!」



 切っ先がサンドワームへと触れると同時に折れているであろう右掌を、柄頭へとたたき込み剣を強く突き込んだ。

 折れている手で柄頭を打つなど正気の沙汰ではない。

 しかし、この狂気的な思考こそが少女を支える強さの一つ。

 肉も骨すら切らせてでも命を絶つ。

 どれだけ傷つこうが生きていれば勝者。

 そして死ねばすべからく敗者。

 生と死の関係性は勝者と敗者と同義。


 つまりは”弱肉強食”


 もっとも原始的な規則が少女の根幹にはある。

 人としては狂気。

 生命としては当然の本質を持って、少女は切っ先もない剣で、硬いサンドワームの表皮を突き破ってのける。

 だが突き破ったその内側にはぶ厚い筋肉の塊が待ち受けている。

 これ以上はいくら何でも突き込むことは出来ない。

 いくら他に比べて柔らかい腹部といっても、サンドワームの表皮は岩のように硬い。

 ならば…………そこに大地があるのと変わらない。

 高速思考の中、突き込む限界を悟った少女はサンドワームの身体へと横向きに”着地”した。

 残った生命力を一気に闘気へと変換。

 心臓が激しく躍動し丹田が燃えているかのように熱くなる。

 両足の筋肉が音を立てるほどに力と闘気を込め、金属製の柄が変形するほどに剣を握り、力を込めて引き動かす。

 サンドワームの肉を僅かずつだが切り潰していく剣は、ぎじぎしと異音を奏で今にも折れそうなほどに歪むが、まだ耐えられると信頼しきり、少女はさらに力を込め無理矢理に剣へと力を込め斬っていく。

 折れた剣に残る刀身は短い。サンドワームにとっては僅かに肉を切られただけのこと。支障はないはずだ……通常ならば。

 しかし今のサンドワームは限界近くまで砂を溜め込み、身体がはち切れんばかりに膨張している。

 剣が筋繊維を一本断裂させる毎に綻びが生まれ、さらに負荷を掛ける。

 

 

「邑弦一刀流! 逆鱗縦断!」



 少女が強く呼気を吐きながら剣を一気に振り切ると、ついに限界を超えサンドワームの皮膚が大きく裂けた。

 髪の毛ほどの長さの傷は横へと広がり、さらにその下の肉が圧力に耐えかね深く裂けていく。

 体内に溜め込まれていた砂が傷口から、ちょろちょろとあふれ出したかと思うと、瞬く間に噴き出す量と勢いが増していった。

 まるで決壊した堤防から漏れ出す水のように、自分の中から猛烈な勢いで噴き出す砂によって引き裂かれながら、サンドワームが地上へと落下していく。

  

 

「わぷ……むぅ! しまった!」



 思惑通り斬ったはいいが、その後のことを考えおらず、噴き出した砂の勢いに負けて一緒に押し流され落下する少女と共に。   

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