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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
11/119

弱肉強食 ①

 じっと一カ所に留まっていると砂に沈み込む。

 少女は深い砂に足を取られないように、サンドワームを見据えながらじりじりと円を描くように動く。

 一方でサンドワームは蛇のように鎌首を持ち上げて、口内に広がる放射状に生えた牙を蠢かせ威嚇しながら少女を追う。

 地中を住処とするサンドワームには目はない。

 その代わりに嗅覚に優れ、また獲物の熱を感知する能力を持つ。

 この極寒かつ暗黒に染まる常夜の砂漠において、サンドワームの有する索敵能力は優れた物だ。

 少女が隙を狙おうとしても、易々と不意をつける物ではない。

 動かない両者の間に一瞬の静寂が訪れ……



――キュウ……



 不意になった小さな異音で破られる。

 異音を合図にサンドワームが持ち上げていた首を一気に振り下ろすが、そんな大振りな攻撃を少女が見逃すわけもない。

 横に跳びながら牙を交し、ついでとばかりに剣をサンドワームの頭部へと叩きつけた。

 だがあっさりと剣は弾き返される。

 しかしそれは予想の範囲内。

 少女は一足飛びの距離を取り、どうすれば致命的攻撃を加えることが出来るだろうと模索する。

 首を戻したサンドワームもまた威嚇しながら少女の出方をうかがう。



――キュゥゥ……



 またも異音が響いた。

 音は少女にとっての隙ではないと学習したのか、サンドワームは今度は仕掛けては来なかった。



「…………むぅ。お腹すいた」



 小さく鳴るのは少女の胃だ。

 先ほどまではまだ余裕があったが、いまは空腹を訴えはじめていた。

 年端もいかない少女の化け物じみた戦闘能力を支えるのは、肉体強化の力『闘気』。

 そして闘気とは全ての生き物が持つ力『生命力』を変換して作り出す。

 少女にとって空腹は即ち生命力の低下と同義である。

 戦闘力を維持できるのもあと少しだ。

 休憩場所としていた灯台からも大分離れてしまい、月の無い夜空と変わらない程度の微かな灯りの中では、何とかサンドワームの影から一挙手一投足を見いだすのも、きつくなってきた。

 これ以上の長期戦は不利になるばかり。

 状況判断から、自らが動くべきだと判断した少女はにらみ合いを止めると、砂を蹴って一気にサンドワームへと肉薄する。

 少女の突撃に対しサンドワームが頭を振り下ろす。

 鼻先を轟音を纏ったサンドワームの頭部が掠め、硬い岩盤を砕く牙が外套の裾を切り裂く。

 サンドワームの攻撃は、どれ一つとってもまともに食らえば全てが致命傷となる一撃となる。

 だが少女はあえて真正面から踏み込んでいく。



――躱す。躱す。躱す。斬る。



 左に、右に、身を屈め、跳び上がり、持てうる限りの体術を駆使し無理矢理に死線をくぐり抜ける事で、僅かな猶予を作りすかさず斬撃を叩きこむ。

 剣が届く己が両腕の間合いこそが、絶対唯一の戦闘圏と信じるからこそ、死地に身を委ねる事ができる。 

 しかし少女の剣は硬い外皮と弾力を持ち伸縮自在な筋肉によって簡単に弾き返される。

 折れた剣には切れ味など無いに等しい刃元しか残っていない。

 足下の柔らかい砂地は踏み込む力を拡散させ、剣へと乗せる力が激減する。

 回避しながら繰り出す斬撃は体勢が不十分な上、サンドワームの動きもあって刃筋が立たない。

 生半可な斬撃ではサンドワームを斬るのは難しい。

 それでも少女の心に諦めという概念はない。 

 握り拳一つに満たない長さでも刃は残っている。

 砂を蹴るタイミングをもっと繊細に一瞬に力を集中しろ。

 次を。

 次の次を。

 そのまた次を。

 常に次を意識し動き体勢を作れ。

 自分が望めば何でも出来ると信じている。

 だからこそ成長を続ける事ができる。

 今この瞬間に強くなればいい。

 斬れないモノを斬れるようになればいい。



――躱す。躱す。斬る。躱す。躱す。斬る。躱す。躱す。斬る。躱す。斬る。躱す。斬る。斬る。躱す。躱し斬る。斬る斬る。躱し斬る斬る斬る。



 一手。

 また一手。

 激しく巡る血でたぎる身体の熱に任せて、斬撃を繰り出す事に少女の攻撃は鋭く強くなっていく。

 それでも頑丈すぎるサンドワームに傷一つさえつけることができない。

 まだ足りない。

 もっと踏み込めるか?

 己に対し問いかけて、身体の状態を確認。

 無理な動作に体中が新鮮な空気を求め喘ぎ、限界が近い事を訴える。

 本能に従い攻めるべきか。

 それとも理性の判断通りに一端距離を取るべきか。

 一瞬の逡巡が少女の攻め気を鈍らせ、流れるような連続行動に刹那の間隙が発生する。

 少女の隙に対しサンドワームがすかさず動いた。

 喉元を微かに膨らませ口を開く。

 漂う微かな刺激臭。

 自らのダメージ覚悟の近距離での炸裂弾。

 しかし少女とサンドワームの身体構造では、受けるダメージの差は大きい。

 この近距離では地面に潜って回避する手も使えない。

 とっさに判断を下した少女は、両腕を顔の前に回して、後ろに跳び下がり早急に距離を取る。

 サンドワームは咽喉に赤色の砂弾を覗かせ、発射……しない。

 冷たい外気を吸い込み砂弾を飲み込んだ。



――フェイント!



 サンドワームの狙いは距離を取らせる事だ。

 少女が気づいたときには、サンドワームは既に次の動きへと移行していた。

 身体を反らせて頭を持ち上げ、後ろ部分だけで巨体を支えながら天を仰ぎ、自ら身体をバネのように収縮させていく。

 20ケーラはあった体長が瞬く間に13ケーラほどにまで圧縮される。

 サンドワームの不可思議な動作に少女の背中が総毛立つ。

 この攻撃はまずいと理性と本能が同時に訴え、生命の危機を感じた少女の思考が最大加速し始めた。

 天を向いていたサンドワームが、口蓋を大きく開きながら砂煙を巻き上げ地面へと倒れる。

 激しく砂をまき散らしながら、サンドワームが溜め込んでいた力のくびきが解き放たれた。

 全身をバネとしたサンドワームの巨体が水平に跳ねた。

 その突進は先ほど地面を這ってきた攻撃よりも段違いに速く直線的だ。

 大きく開いた口蓋の中に見えるはこの暗闇の中でも姿が判るほどに巨大な牙が蠢く。

 これはサンドワームにとっても奥の手。

 無理矢理な圧縮と急激な跳躍の反動で頑丈なはずのサンドワームの皮膚が到る所で裂けているほどだ。

 内部にも少なくないダメージがあるだろう。

 己の負傷と引き替えにサンドワームは、砂船の装甲すら容易く食いちぎるであろう高威力と、身軽な少女ですらも攻撃範囲外に避ける暇を見いだせないほどの速さを得た。

 まさに全身全霊を込めた必殺の一撃。

 勝敗は常に背中合わせ。

 拮抗している者同士であればそれはなおさら。

 勝者とは決断した者。

 敗者とは躊躇した者。 

 数限りない戦闘経験から、サンドワームの覚悟を悟った少女は自らも覚悟を決めた。

 自ら封じていた剣技二流派のうち一つを解放する。

 一つは己の素性を隠すために。

 もう一つは身体負担と武具損傷が激しすぎるが故に。



「帝御前我剣也」


 

 細く息を吐きながら柄へと左手を伸ばし、両手持ちにして右肩の前に持ち上げる。

 両足を左前右後へと開き、前に三分。後へと七分の力を。

 折れた刀身は右肩に担ぐように這わせる。

 丹田より生まれる闘気を全身に張り巡らせる。

 膝を軽く曲げて前傾姿勢に。

 今まで剣の型などあって無きものだった自由無頼な剣を振るった少女が、ここに来て初めて見せる堂に入った構え。

 一瞬で剣を構えて見せた少女は、目の前に迫る大木のようなサンドワームの巨体に対しても臆する様子は微塵も感じさせず、じっと前方を睨む。

 少し吊り気味の気の強さを現す瞳が盛んに動く。

 驚異的な思考速度は、今も昔も少女にとって最大武器。

 狙いは一点。

 ただ一瞬。

 刹那にも満たない時間で少女は情報を集め、思考を張り巡らせていく。


 

 ……………見えた。


 

 大地を抉る勢いで右足を踏み込みながら身体全体を使って剣を振り力を切っ先へと。

 握り拳一つ分しか残らない刀身にうねりを起こしながら大気を切り裂き、サンドワームを遙かに凌駕する速度で剣を振り下ろす。


    

「御前平伏!」

   


――グザッッ!!!!!



 剛の一撃に対し、柔にして剛なる剣を。

 轟音と共にサンドワームの頭蓋に打ち込まれた剛剣は分厚い皮膚をついに打ち破り、それだけでは飽き足らず、横に向かって跳んでいたはずの超重量の進行方向を垂直へと一気に変化させる。

 巨大なサンドワームを雷のごとき速度で砂漠へと叩きつけた一撃は、全方位に広がる砂津波を引き起こし、大量の砂塵を空中へと巻き上げながらも少女とサンドワームの姿を瞬く間に覆い隠していった。

 




 










「っ!?」



 身を震わすような轟音に操舵に向けていた意識が一瞬おろそかになった。

 たったそれだけの気のゆるみで挙動が怪しくなった先守船が大きく揺れる。

 船尾下部に備え付けられている小型転血炉を制御する陣に手をかざすルディアは、船底の四つの浮遊陣へ送る魔力量を調整して、なんとか船体を立て直す。

 柔らかい砂地に沈み込むために車輪が使えず、過酷すぎる気象状態故に通常騎乗生物も適さないリトラセ砂漠。この地において大型貨物運搬や高速性を求め金貨とさほど変わらない価値がある高価な転血石を大量消費するデメリットを抱えながらも、砂船は日々進化を続けている。

 そして高速性を追い求めた進化の最先端をひた走るのが先守船だ。操舵は難しいどころの騒ぎではない。

 ひたすらに高速性と旋回能力を高めたために、僅かな地形の変化でバランスが崩れるほどに操作性は最悪の一言。

 素人であればまともに走らせることさえ難しい。だがぎりぎりではあるがルディアは何とか操っていた。

 

 

「クライシスさん今のは?」 



「判らん。あの嬢ちゃんが向かった方向だ。段差連続! 速度上げろ! 一気に乗り越えろ!」



 舳先で片膝をつき光球で前方を照らしながら監視を行うボイドが注意を促す。

 前方の砂面が細波のように波立っている様子が進行方向の地面を映し出す水晶球にも映し出される。

 先ほどの轟音はなんだったのか? 

 一体何が起きているのか? 

 ルディアには想像もつかない。

 だが今は分からない事を悩んでいる暇も余裕もない。

 集中して船を操るだけだ。

 


「了解! 速度を上げます。気をつけて下さい!」



 臆して速度を下げれば中途半端な速度で段差に乗り上げもろに影響を受ける事になり、操舵が怪しくなることは既に体験済みだ。

 意識を集中させ炉を操る。四つの魔法陣へ送る魔力を増大させつつ、地面に対し角度を浅く。

 ルディアのイメージしたとおりに、先守船が速度を増し耳元で風が渦巻き風除けのゴーグルに宙を舞う砂粒が音を立てて当たってくる。

 この速度で横転すれば、一帯が柔らかい砂地としても大怪我は免れない。

 最悪、死んでしまうことすらも十分に考えられる。

 ルディアはわき上がる恐怖感を息と共に飲み込み、船を砂の波へと真っ直ぐに突っ込ませた。

 微かな震動はあったが一秒にも満たない僅かな時間で、気負っていたルディアが拍子抜けするほどあっさりと砂船は段差を乗り越える。

 


「しゃ! 上手いぞ薬師の姉ちゃん。こっち向いてるんじゃないか! ちょっと慣れれば戦闘走行もいけそうだな!」



「勘弁して下さい。こっちは冷や汗ものなんですから」



 指を鳴らして振り返ったボイドに、ルディアは安堵の息を吐き出しながらあげていた速度を元に戻す。 

 ルディアの操っているのはあくまでも通常走行用設定。

 これが戦闘や緊急時用の出力限界設定ともなれば手が出ないし、出したくない。



「それより前は? 気配は感じるんですか」



 ルディアにはまったく判らないが、闘気系に長けた戦士であるボイドは生命体であればある程度離れていても感じる事はできるらしい。

 魔術にも索敵系の術は数限りなくある。

 むしろ索敵捜索は魔術が主な役割を担うのだが、一般生活に必ずしとも必要な技術ではない。

 その所為で薬師としての生活に重点を置いているルディアが使えるのは、野宿用の近距離接近探知くらいだ。

 再び前を向いたボイドがじっと暗闇を見据える。

 先ほどの轟音が再度響いてくる様子はない。

 不気味なほどの静けさを取り戻した砂漠には、風を切る音だけが響く。 

  


「さっきまでは強いのが二つあったんだが……一つに減っているか。終わったみたい……まだか!?」


  

 ボイドが叫んだ次の瞬間、遠方で閃光が幾つも煌めき、ついで立て続けに爆発音が響いてくる。

 断続的に続く閃光や爆音には規則性など無く、手当たり次第無差別に攻撃しているようだ。


 

「ちっ!? なんだありゃ!? まさかサンドワームか!?」



 少女は魔力を持っていないと言ったと聞いている。

 あれほどの爆発を何度も起こせるほどの魔具を所持していた様子もない。

 そうなれば考えられるのはサンドワーム。もしくは新手。

 通りすがりの他船や探索者が救援に入ったという可能性もあるが、都合の良い期待をしない方が良いだろう。

 


「姉ちゃん。冗談抜きで速度をあげられるか。とっとと行かないと不味いな」



「……正直いえばこれ以上は無理です」



 切羽詰まった状況であるのは判るが、一瞬ならともかく今の速度を維持するが限界だ。

 この先には先守船では超えられない急角度の砂山が幾つも見えている。

 合間を縫うように避けて進まなければならないので、さらに時間はかかるだろう。

 どこを進めば一番早く進めるだろうと考えていたルディアの頭上でバサッと羽音が響いた。

 この極寒の砂漠に普通の鳥などいるはずもない。

 新たなるモンスターかと操舵に気をつけながらルディアは頭上を仰ぐ。

 ボイドも気づいたのか上を見上げるが、すぐに口元に微かな笑みを浮かべた。

 鳥にしては大きな影は高速移動中の先守船へと速度を合わせながら下降してくる。



「はぁ……ふぅ……ボ、ボイド! 麻痺だろ。どうしたんだ。それにお嬢は!?」



 影の主はコウモリのような羽根を生やした魔族の青年だ。彼は甲板に降りるなり力尽きたようにその場に座り込んでしまう。

 息は切れ切れの見知らぬ人物に一瞬警戒を見せたルディアだが、どうやらボイドの知り合いのようだと気づき、すぐに警戒を弛める。



「無事だったか丁度良い所に来やがったな! ヴィオン。薬師のルディア嬢。セラが直衛に回ってるから代わりに操舵を頼んだとこだ……」


 

 一方のボイドは降りてくる前に正体に気づいていたのか特に驚いた様子も見せず、ルディアとヴィオンの両者へと互いの紹介を手短に終わらせると、時間がもったいないとばかりにすぐに状況説明を始める。

 ボイドの真剣な表情から状況を察したのか、ヴィオンは黙って聞いていたのだが、段々と困惑気味の顔になる。

 助けた少女がサンドワームのうち一匹を引き受けたと船を飛び出したと聞いた所でたまらず口を挟む。



「おいおい冗談だろ? あのガキンチョ死にかけだったじゃねぇか。それにサンドワーム相手に単独だ。解放してないにしても現役探索者の俺ですら苦労してようやく片付けてきたんだぞ?」



「冗談じゃねぇんだよ。お前まだ飛べるか? 俺の神印開放じゃ時間的に辿り着くのがやっとだ。俺を連れてってくれると助かるんだが」



 未だ閃光と爆音を響かせる戦場をボイドが指し示す。

 ヴィオンは少し考えてから首を横に振る。

 


「わりぃ。こっちも生命力限界で魔力をひねり出すのが難しい。俺一人ならともかくお前を抱えては無理だし、ちょっと休まないと戦闘もきつい」



 ヴィオンは随分と疲労しているようだ。

 本人が言う通り十分な魔力変換を行うのは難しいだろう。



「無理か……他に何か」



 ボイドが左手で鎧をこつこつと叩きぶつぶつと呟き出す。何か手がないかと考えているようだ

 ルディアも早くあの場所へと向かう方法はないかと考えてみるが、良いアイデアは思い浮かばない。

 考えあぐねている間に最初の砂山が近付き風が強くなってきた。

 風の影響で地形も単純な平坦ではないのか船が小刻みに揺れ、何度か跳ね上がる。

 目の前の砂山を直接越えれば大きくショートカットできるだろうが、マニュアルを読んだ限りでは先守船の性能を大きく超えていた。



(この跳ね上がりを使って一気に出力を上げれば……って無理に決まってるでしょ)



 一瞬博打的に挑んでみようかという誘惑に駆られそうになったルディアだったが、足下に何かがこつんと当たり我を取り戻す。

 不可能を可能とする。

 御伽噺の英雄や勇者のような都合の良い存在など自分の柄じゃない。

 人を遙かに凌駕する天才的な才能など自分にはないと思い直す。

 今はともかく出来うる限りの速さで船を進めるだけだ。

 例え遠回りでも辿り着けば、現役探索者が二人もいるのだ何とかなるはずだ。

 炉の制御へと意識を集中させ船を麓沿いに進ませながら、ふとルディアは先ほど足に当たった物はなんだろうとちらりと下を見る。

 足下にあったのは布に包まれた長く幅広な形の品。

 少女へと届けてほしいと頼まれた大剣だ。

 どうやら鳥の羽一枚の重さしかないという軽すぎるこの剣が、さっきの跳ね上がった衝撃で滑って当たったようだ。

 現役探索者が向かうのだから、頼りない重さの剣を一本。しかも届け先はあんな小さな少女。

 普段のルディアなら当然思っただろうが、どうにも今は違う。

 なんというか厄介事ではあるが、ここが分岐点だという予感がひしひしとする。


 

『ありゃ天才だ』



 剣を託した武器商人マークスの言葉が脳裏に響く。

 少女の剣戟をルディアが視たのは倉庫での一振りだけだ。

 だが一度だけでルディアも全面同意するしかない心情になっている。

 剣さえまともならば、もっと凄いことをしてのけるだろうと思わせる物があった。

 せめて剣だけでも先に届ける事はできないだろうかとルディアがふと思ったとき、鎧をこつこつと叩いていたボイドの指が止まった。

 どうやら何か考えついたようだ。

   


「……ヴィオン! 風を操るくらいならいけるか長距離投擲魔術だ」


 

「ん。あぁ。それくらいならできる。でも重いのは無理だし、一直線に飛ばすだけだぞ」

 


 ボイドが右手に握る長柄斧を見たヴィオンがそいつを飛ばす気かと目で問いかける。

 だがボイドはにやりと笑って暗に否定し、ルディアの足下を指さす。

 指さす先には転がってきた剣がある。



「心配すんな。羽根のように軽いって売りの剣に、ちょっと通信用魔具を付けるだけだ。後は……」

 


 ボイドの作戦は単純だ。

 剣と一緒に通信用魔具を付けて投擲魔術によって交戦地点へと一足先に送り届けようという事だ。

 少女本人の弁を話半分でも信じるなら剣さえあれば少しくらいは時間が稼げるだろう。

 それに通信魔具を送ることで先守船が向かっている方角へ逃げてくるように言えば合流も早くなる。

 不安要素は本船でも起きていた魔力吸収物質の混じった砂弾の影響による魔力障害だが、砂が留まる船内よりも分布濃度は格段に下がっているはずだ。

 短時間なら問題はないだろう。

 他に良い手も思いつかないので、ヴィオンが休憩もそこそこにすぐに準備を始めることになった……のだが、

 


「マジでこれ剣なのか。軽すぎんだけど。それにあのガキンチョもホントに強いのか?」



 ヴィオンは不審げに眉を顰めながらも、左手で柄を掴み右手に魔術触媒の混じった白墨を持って、剣を包む布へと投擲魔術の印を描いていく。

 投擲魔術とは文字通り物を投げることに特化した魔術だ。魔術による風を纏わせる事で、投擲距離を飛躍的に高める事ができる。

 高位の術ともなれば、空中で方向や速度を自由に変えて操ることも可能になる使い勝手の良い術だ。



「大丈夫だろ。クマさんの選んだ武器だ。闘気剣だとよ。嬢ちゃんの方も相当やるみたいだ。セラが妙に意識してた。あの嬢ちゃんは普通じゃないってな。あと助けに行かなくても大丈夫じゃないかって巫山戯たことぬかしてたから一発殴っといた」



「おまえなぁ……後で兄貴に殴られたって愚痴をこぼされるの俺なんだぞ。兄妹間のもめ事は当人同士で解決しろよ」



「わりぃ。まかせるわ」


 

 二人とも一見のんびりと話しているようにも見えるが目に浮かぶ色は真剣その物で、ボイドは前方監視に余念はなく、ヴィオンの手も休むことはない。

 おそらくは適度に緊張感をほぐす為の雑談なのだろう。



「そういや薬師の姉さん、柄を持って闘気を込めれば発動するのかこいつは?」



 印を描きながらヴィオンが尋ねてくる。

 時間がなかったためにマークスから剣の効果を直接聞いたのはルディアのみだ。

 


「えぇ。柄から闘気を送ると刀身の硬度と質量を増すって……あぁダメです! 込めようとしないで下さい。抜けるまで時間が掛かるのと、あと欠点があるんで!」



 説明の途中でどれと小さく頷いたヴィオンが試しに柄から闘気を込めようとしているのを見てルディアは慌てて引き留める。

 軽量性が無くなるのも問題だがそれよりも剣が持つ欠点の方が重要だ。

 下手すれば先守船が沈む。

 慌てるルディアの様子をみたヴィオンは少し残念そうな顔を浮べた。



「あいよ。どうなるか見たかったんだが。後にしとくか……おし。準備完了だボイド。目印用に先端に光球も付けとくぞ」



 ヴィオンが指で二、三度叩くと布に描かれた印が淡い光を放ち、大剣を覆うようにつむじ風が渦を巻き始める。

 術に問題がないか確認したヴィオンは舳先に膝立ちするボイドへと手渡す。



「姉ちゃん。しばらく真っ直ぐ。少し速度を落としていいから揺れも抑えてくれ」


 

 剣を受け取ったボイドは首飾り型の通信魔具を布の端へと縛り付けながらルディアに短い指示を出す。

 距離が離れているのでちょっとのズレが大きな誤差となる。極力揺れを抑える方が良いのだろう。



「はい。速度、弛めます」



 ルディアは進路を維持したまま、少しでも揺れを抑えようと出力を調整していく。

 僅かに速度が落ちて船の揺れもガタガタとした震動からカタカタとなる程度に収まっていく。



「嬢ちゃんが剣を受け取ったらすぐに説明を頼むぞ。あんたしか嬢ちゃんと直接話してないからな。俺等じゃ不審がられるかも知れねぇ……デタラメに動いてやがる。逃げ回ってるのか? どこに落とすか難しいな」 


 

 右手で柄を持ち左手で大剣の中程を支えて切っ先を斜め上へと向けながら小刻みに方向や角度を変え調整しつつボイドがぼやく。

 砂山に隠れてこの位置からではまだ戦闘地点を視認することが出来ない。

 魔力の切れた魔術師と未熟な薬師兼魔術師では広域探知術も使えず、少女の位置予測はボイドの生体感知に掛かっている。 

 一〇秒ほどでゆらゆらと動いていた切っ先がピタリと止まる。方向が決まったようだ。 


「ヴィオン。距離二四〇〇から二五〇〇ケーラ……3で離す」



「了解。いいぞ」



 手慣れたやり取りをボイドと交わしたヴィオンが、魔術文字が刻まれ幾つか宝石が埋め込まれた槍を石突きを下にして甲板の上に垂直に立てる。

 どうやらルディアのマインゴーシュと同じく、この槍も魔術杖と兼用になっているようだ。



「いくぞ1……2……3っ!」



 ボイドがカウントダウン終了と同時に剣を離し、ヴィオンが即座に槍の石突きで甲板を軽く叩いた。

 ガラスが割れるような高音が響き投擲術が発動する。

 剣の周りを覆っていたつむじ風が回転の勢いを強めて剣を巻き込みながら、一気に闇の空へと駆け上がっていった。

 


「おし! 方向はばっちりだ!」



 狙い通りの方角に飛んでいったのかボイドが会心の笑いを浮かべて手を叩く。

 ヴィオンは槍を甲板に置いて一息吐いてから船尾の操作魔法陣に陣取るルディアの側へと歩み寄った。

 

 

「操舵を替わる。ガキンチョへの説明しながらじゃ集中しにくいだろ」



「助かりますけど、大丈夫ですか? 魔力があんまり無いんじゃ」

 


「あー問題無い。こいつ操るくらいの余裕はさすがに残してあるからよ。普段が操舵をお嬢に任せっぱなしだからたまにやらないと忘れそうなんでな」



 ルディアの心配に対してヴィオンは船体をぽんぽんと軽く叩きながら軽口を叩く。



「すみません。じゃあお願いします」



 この様子なら大丈夫だろうと頭を下げてルディアが場所を譲ると、ヴィオンがすぐに入れ替わりに操舵を始める。

 替わった直後に転血炉の音が少し甲高くなり速度が上がっていく。

 今の速度がルディアの限界だったが、ヴィオンにはまだまだ余裕の範囲内だったようだ。



「姉ちゃんそろそろ嬢ちゃんがいる辺りに飛び込むはずだ。上手く拾ってくれれば良いんだけどよ」



 無用の心配だったかとルディアが思っていると、ボイドが通信魔具である首飾りを投げて寄越してきた。

 探索者用なのかルディアが知っている物よりも随分頑丈そうな作りとなっている。

 首飾りの輪の真ん中には小振りの宝石が幾つかぶら下がっている。

 通信魔具は魔術処理を施した宝石を複数に割り、石の欠片を共振させることで遠距離での会話を可能とする魔具だ。

 

 

「右から四つめの緑の石が今飛ばした奴に繋がってる。こいつは魔力蓄積型の魔具だから魔力がない嬢ちゃんでも使える品だ。軽く石を叩けば繋がる。とりあえず呼びかけてみてくれ」



「判りました……ちびっ子剣士近くにいる!?」



 石を指で弾いたルディアはありったけの大声を張り上げて魔具に呼びかけを始める。

 目立つように光球が付けてあるのだから飛び込んできた存在には気づいているかも知れないが、少女の近くに届いたのか、近くに落ちていても上手く拾っているかは賭だ。



「聞こえてたらこれ拾って! 石を指で……」



 まずは使用方法を伝えようとしたときに、少女の所に送った魔具と繋がっている緑色の石が淡く光り微かに揺れだした。



『……き……いる! ちょっと声を下げろ! うるさい! それにちびっ子とは失礼だぞ!』



 爆発音に混じりながら幼い少女の声が石越しに響いてきた。

 走り回っているのか多少息は切れているが元気その物だ。

 しかし安堵の息を吐いている暇はない。

 ルディアには伝えなければいけないことが幾つもある。



「あたしはさっきの砂船に乗ってい」



『その声さっきの船にいた薬師だな』



 ルディアがまずは自分が先ほどあった薬師である事を伝えようとしたのだが、少女はルディアの声で判ったのか一方的に話し始める。



『”これ”はお前のものか? 済まないが借りるぞ! ちょっと苦戦してたんだが、これなら何とかなりそうだ! 今は忙しいから後で改めてちゃんと礼を言うけど、とりあえずありがとだ! むぅ! 貴様! 人が礼を述べているときぐらいは少しは遠慮しろ! のびている間にちょっと囓ったくらいでそこまで怒るなんて心が狭すぎるぞ! お腹が空いていたんだし、どうせ今から貴様は私のご飯になるんだから大人しくしてろ!」

 

   

 少女の怒鳴り声に混じって爆発音や重い風切り音が響く。

 音の感じから至近距離だと思われるのだが、少女の声に怯えている感じはまるでない。

 強く砂を蹴る音も聞こえる。

 上手く回避しているようだが、それよりも少女の言う『囓った』だの『ご飯』だのがどうにも違和感がありすぎる。

 

 

「ち、ちょっと! あんた一体なにをやってんの!?」



『甲板にいた魔術師から聞いていないのか? サンドワームの変種と戦闘中だ! こいつの頑丈な皮膚に苦労してたのだがお前の送ってくれた”これ”で勝機が見えてきた所だ!』



 ルディアの聞きたいことはそういうことではない。

 だがどう聞いていいのかも判らない。

 ボイドとヴィオンに目をやってみると、二人も予想外の通話内容に目を丸くしている。

 遠目からも判る激しい戦闘の真っ最中にいるはずの少女との会話とは到底思えない空気だからだろうか。

 だがいつまでも固まっているわけにはいかない。



「あーもう! いろいろ聞きたいことあるけど全部後回し! 用件だけ言うから!」



 ともかく少女が剣を受け取った事は間違いない。

 気を取り直したルディアは剣の説明とすぐにそちらに着く事だけを伝えようと決め、



「聞いて! 送ったのは闘気剣だから! 剣に闘気を込める量で質量と硬度をある程度自由に換えられるんだけど欠点があっ!」



「剣?! あぁ! さっきの軽くて変なのか! あれなら邪魔だから後方に投げておいた! 目印に私の外套を巻きつけてある。後でちゃんと回収して返すから安心しろ!」



 しかしまたも説明途中で少女に遮られる。

 しかもその内容はルディアをますます混乱させる。

 せっかく送った剣を投げ捨てた?

 ルディアは自分の聞き間違いかと思い、ヴィオンとボイドに目で尋ねる。

 だが二人は沈痛な面持ちを浮かべて首を横に振った。

 どうやら聞き間違いではないようだ…………



「あ、あんた!? な、なに!? さっき借りるって!? 何!? 何を借りるって!?」



『だから”これ”だ。通信魔具に決まってるだろ! 足場に苦労していたんだがこれで『凍らせる』ことが出来る! 任せろ。一手で決めてやる!』 



 ルディアの問いかけに対して、まったく意味不明な返答を返した少女は、自信に満ちあふれた勝利宣言を謳った。

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