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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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挑戦者の食べ方

 サナは休むこと無く突きを繰り出し、長柄の自分が得意とする距離を必死で維持する。


 対峙するケイスは右足を前にした半身で、右手の長剣を槍の穂先に的確に合わせて、刃の角度も用いて僅かな力で弾く。


 剃らされるのは僅かな角度。だがまだ幼いケイスの小さな体格もあり、反らされたサナの槍がケイスを捉える事は無い。


 反らされたなら横払いに切り変え柄で身体をなぎ払おうにも、ケイスは必要な時以外は踏み込まず、穂先がギリギリ届く距離を、長剣では届かず、長柄が得意とするはずの中距離をあえて維持しつづけている。


 かといって、サナの方から迂闊に踏み込むことも出来ない。


 1歩詰めようとすれば、その隙を突きケイスは2歩を踏み込んでくる。己の剣が届く距離。サナが現状での絶対的な技量の差を痛感させられる近距離へと。


 ならばより長距離。


 魔力を持たないというケイスの絶対たる弱点である魔術を用いた攻撃に切り変えようと、逆に距離を取ろうとしても、僅かでも連撃の圧力が弱まれば、サナの思惑を見抜いたのか、それとも隙とみたのか、ケイスは一気に詰め寄ってくる。


 踏みいることも、下がることも出来ず、ただ互いに距離を保つ。


 この拮抗状態で、その勝敗を左右するのは、如何に相手の思惑を外すかに掛かっていた。 


 不意に右足の力を抜いたケイスが右側へと倒れ込むように動きを変えながら、右手の長剣を大きく振り被った。


 大技を放つつもりかと、思わず剣の動きをサナは追ってしまう。


 だがそれはケイスの誘い。ケイスはあっさりと、長剣を投げ捨て、死角になった左手側で自らの股下越しに短剣を投げ放つ。



「っ!」


 

 予想外の位置からのど元を狙って宙を飛ぶ短剣を、引き戻した槍の柄で何とか弾くが、その所為で一瞬、手と足が止まってしまう。


 ほんの僅か、1秒にも満たない隙。


 そこにケイスは仕掛けて来る。


 剣を捨て身軽になった身体を使い、右足の力のみで宙に躍ると、サナが弾いた短剣を左足で捉え、蹴り放つ。

 

 その狙いは頭部。接触部分が刃先で無かろうとも、鉄の塊が当たれば、一撃で大きなダメージを受けてしまう。


 背中の翼を介して、周囲に大気に働きかける風魔術を使い弾くには、時間が足りない。


 だからといって直接的な防御のために、槍をあげれば、胸部ががら空きになる。そこをこの化け物が見過ごすはずが無い。


 ならば……


 とっさに闘気と魔力を練り上げ、背中の翼を闘気によって硬化させ、魔力で浮遊を強めて両面に強化。


 全身をくるむように羽根を前に回し、即席の盾とする。


 頭部方向に一撃。間髪入れずに胸部にさらに重い一撃。連撃を受けてサナの身体は大きく後ろへと弾き飛ばされた。


 浮遊魔術の効果により、軽くなったサナの身体が吹き飛ばされたのは10ケーラほど。


 蹈鞴を踏みながらも、なんとか転ばずに体勢を立て直し、視界を覆っていた翼をよける。


 

「っう。はっぁ……くっ」



 硬化が効いたのか、切れたり、折れてはいないが、衝撃で羽根の根元が痺れ痛み、せっかく距離を取れたというのに、魔術攻撃を行うだけの集中ができない。


 精々大きく息を整えるのだけが精一杯だ。


 一方でケイスの方も追撃はせず、それとも出来ないのか。肩を上下させ大きく息を吸っている。


 見れば全身から汗が出て、その幼くとも人目を引く美貌も酸欠なのか、少し青くなっていた。


 動きは速くない。力も弱い。体力だって勝っている。ケイスに対して肉体はあらゆる面で自分が勝っている。


 なのに追い込まれているのは自分の方だ。


 全てに勝るはずのサナが、ケイスと拮抗してしまう理由は、ケイスがただ上手い。そうとしか言いようが無い。


 劣る肉体能力を、天才を自称するだけの事はある才と、予想もつかない攻撃で、十分以上に補っている。


 そしてケイスの才能以上に、サナを苦しめるのは、ケイスが放つ殺気と殺意に溢れた攻撃。


 一瞬の油断も許されず、攻撃に対して的確な対応をしなければ、致命的なダメージを喰らう。


 その明確に脳裏に湧くイメージが、道場や闘技場で行ってきた練習や試合では無い事を、嫌でもサナに実感させる。

 

 息が予想以上に荒れる。慣れ親しんだはずの兵仗槍がやけに重い。


 全身に必要以上に力が入り、身体が思うように動かない。


 命を喰らいあう実戦。その緊張感と恐怖がサナの身体を掻き乱す。


 その一方で対峙するケイスは、肉体の疲労度を測っているのか、軽く手足を揺らしながら、無造作な動作で先ほど投げ捨てた剣を拾い上げる。



「ふぅ……ふむ。サナ殿は強いな」



 今の今まで殺し合っていたというのに、好意以外の他意など微塵の欠片も見せない、見惚れるような極上の笑みを浮かべていた。






 

「今の軽さと堅い手応え。翼に闘気硬化と浮遊魔術を使用したな。闘術と魔術のレベルの高い併用。やはりサナ殿は、あの者の血と武を受け継ぐだけあって強いな」 



 故あって今は嫌っているので、実力で斬り倒すまではソウセツの名を直接は口にしないと堅く誓っているので、ケイスは多少回りくどい言い方ながら、最大の賞賛をサナに送る。



「…………」



 ケイスの賛辞に対し、サナは無言でただ息を整え、警戒を強めている。


 話術により隙を作ろうとしているとでも、疑っているのだろうか?


 しかし反応があろうが無かろうが、ケイスは気にしない。自分が賛辞を送りたいから送るだけだ。


 闘術と魔術は本来因果関係。どちらも共に生命の力の源たる生命力を、それぞれ闘気と魔力に変換し使用する。


 どちらか一方を強めれば、もう片方に使うべき力が減り、結果技能に差がどうしても出やすくなる。


 優れた者。それこそ上級探索者でも、基本的にどちらもを高いレベルで習得しているが、闘気操作を極めた戦士寄りの者と、魔術を極めた魔術師寄りの者と分類でき、両方が拮抗した万能型は少ない。


 しかしサナにはその偏りが少ない。先ほどのとっさに見せた羽を使った防御を見ても、闘術、魔術共に鍛えているのは一目瞭然。


 祖母から聞いていたソウセツが、武にも魔術にも優れた万能型という話も、サナと剣を交じり合わせたことで強く実感できた。


 惜しむとすれば、サナよりも遥かに高いレベルに位置するソウセツの本気をすぐには味わえないことか。


 大叔母の生き写しだというこの顔に、ソウセツが亡き養母の面影を見て、本気を出せないのは理解出来なくも無いが、自分は自分だ。全てソウセツが悪い。


 だから本気を出したソウセツを斬り倒すまでは、嫌うことに決めた。


 ソウセツの本気を引き出すために、顔を気にする余裕も無く命の危機を感じ、本気を出さざるしかないほどまでに、自分がより強くなると誓った。


 サナの闘法は、ソウセツと比べれば稚拙ともいえないほどかけ離れているだろう。だが、ソウセツに通じる流れの物。自らの力を高めるためにはうってつけの相手だ。


 問題は槍の間合い。


 槍を躱したり、弾くために、どうしても一手が必要になり、得意の接近戦へと持ち込んでも、その僅かな差で決めきれない。


 かといって投擲術でどうこう出来る物でもない。サナは翼を持ち、飛行能力に長けた翼人。


 風を操る事も造作も無い者相手では、先ほどのように隙もつかずに投擲した物では、容易く弾かれるか回避されてしまう。


 サナ自身が考えているよりもサナとケイスの実力は伯仲しており、そしてサナ自身の自己評価よりも遥かにケイスはサナを評価している。


 今の自分の力、技のみでは、もう一歩が届かない。


 ならば、今編み出す。サナに勝つための技を。間合いを制するための技法を。


 数多の力を失いながらも、自身に残った最大の武器。思考力を最大に高め、ケイスは己の中に取り込んだ戦闘技を思考する。


 それは他者から見れば一瞬。しかしケイスからすれば長考。


 その末にケイスは見出す。変化させるべき技法を。伝えるべき技を。


 長剣を鞘に収めたケイスは、投擲用ナイフを取りだし、その柄頭へと腰の機具からワイヤーをある程度引き出して長さを固定する。


 引き出したワイヤーの長さは、サナの槍よりも少しばかり長くしてある。


 その準備をしている間は明らかな隙が生まれているが、サナは理解が出来ないケイスの動きを必要以上に警戒しているのか、槍を構えたまま、距離を取っている。

 

 長柄の槍に対して、長剣よりもさらに短い投擲ナイフに持ち替え、しかも投擲距離を制限するワイヤーで繋ぐという他者には理解不能な行動に出たケイスに警戒するのはある意味当然であろう。


 だが真の意味で、サナを警戒させ困惑させるのは、そのケイスの言動に他ならない。



「サナ殿。一つ良い技を見せてやろう。失伝している邑源流技法の一つだ。元は槍と風魔術を使う技術なのだが、私用に少し変えてみた。しかし魔力を持たぬ私では初技能のみで完璧に使いこなすことは出来ぬが、闘術、魔術の両者に長けるサナ殿ならば使いこなせよう」



 自分は今からお前を倒す。だからその技を覚えて見せろと。


 明らかな好意と、明確たる殺意。相反するはずの両者が乗った複雑なそして極上の笑みを浮かべたケイスは弾む声で告げる。

 

 自らの敵に、血肉を、技能を、与える事に、ケイスは躊躇しない。


 相手が自分を喰らい強くなれば、それをさらに喰らうのが楽しみになる。


 獰猛な、そして狂った捕食者としての本質を現したケイスは、投擲ナイフを構え、無謀にも真正面からサナへと突っ込んでいった。

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