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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と薬師
10/119

剣士と薬師⑨

 賽子が転がる。

 賽子の内側で無数の賽子が転がる。

 無数の賽子の内側でさらに無数の賽子が転がる。

 賽子が転がる。

 神々の退屈を紛らわすために。

 神々の熱狂を呼び起こすために。

 神々の嗜虐を満たすために。 

 賽子が転がる。

 迷宮という名の舞台を廻すために転がり続ける。







 レイドラ山脈緑迷宮『氷結牢』サブクエスト『聖剣ラフォスの使い手』

 次期メイン討伐クエスト『赤龍』

 両クエスト最重要因子遭遇戦開始。

 戦闘能力差許容範囲内。

 両因子特異生存保護指定解除。

 システム『蠱毒』発動。




 


 

 











 少女と砂虫の戦いの場は砂船が停泊する位置から、北東へと移動しながら激しさを増していた。

 砂船の方へ行かせず、自らが灯台を背にせずに。

 常に位置関係に気をつけながら、砂漠を潜行するサンドワームが地上へと発する僅かな気配を辿り追いかける。

 移動、浮上、攻撃、潜行しまた移動をする。

一定の距離を保ち続けようとするサンドワームとの戦いで、元々ボロボロだった少女の外套はさらに破損している。

 着弾と共に爆発した砂弾の爆風で弾け飛んだ刃物のような砂の粒によって、その右袖は千切れ、フードは切り裂かれその幼い顔が露わとなっている。

 だが紙一重で爆風を躱し続けている少女本人が負った傷らしい傷は頬に鋭く走った切り傷程度。

未だ戦闘に支障が出るほどのダメージを負ってはいなかった。


 

「!」



 少女の前方70ケーラ(メートル)ほどの所で砂漠が盛り上がり、砂の海を割ってサンドワームが浮上してくる。

 仄かな灯台の灯りの下、太く長いミミズのような姿を露わとしたサンドワームは地面すれすれで大きく頭を振り勢いをつけると、その口から大量の砂弾を発射した。

 鋭い音を奏でながら高速で撃ち出された砂弾は、幅30ケーラほどの範囲に濃密な弾幕を形成し少女に迫る。

 今から横に移動して回避しようとしてもその範囲から逃げることは難しい……なら受け流すのみ。

 直撃するであろう砂弾の弾道を少女は瞬く間に予測すると、一瞬で立ち止まり右足を出した半身に構える。


  

――ジャ! ジャャ! ジャッ!



 ナイフよりもさらに短くなったバスタードソードの刀身を少女は跳ね上げ、火花を散らしながら自らに直撃する軌道をとっていた砂弾を逸らす。

 だがこの攻撃を少女が躱すことをサンドワームは予測していたのか、既に次の攻撃動作に移っていた。

 少女を足止めする事が目的だったのだろう。

 胴体をしならせてその頭部を天へと向かって高々と振り上げたサンドワームの口から、今度は赤色で染まった砂弾が六つ撃ち出される。 

 異なる二つの動作から発射された後発の砂弾は、地面に対して平行に飛んできた高速弾とちがい緩やかな山なりの弾道を描く。



「ふん。それは既に見たぞ」 



 先ほど手傷を負わされた攻撃に対し、少女の理性は全力で後ろに下がれと警告する。

 だが敵との距離が離れているというのに、後方へ退き逃げるのは少女の流儀ではない。

 あくまでも前に進み己が間合いに入れと本能が訴える。

 少し吊り気味な勝ち気な目を輝かせた少女は、足下の砂を蹴って前方に二歩、三歩と駆け出す。

 頭上から落ちてくる前に駆け抜けようというのだろうか…………だが砂漠の上でも俊足を誇る少女の足でも数歩届かない。

 暗闇の中を山なりの放物線描いた赤色の砂弾が少女の行き先を防ぐ形で幾つも降り注ぐ。

 赤い砂弾には火龍薬と呼ばれる強い衝撃を加えると爆発する魔法薬が混じっていた。

 砂弾は着弾と同時に炸裂音を奏でて徴的な刺激臭を放ちながら弾け飛び、巨大な砂煙を巻き起こして無数の砂粒を高速で弾き飛ばした。

 少女の前方から迫る物は、ただの砂と侮ることは出来ない。

 細かな粒子の砂は爆発の威力も相まって、鋭利な刃と変わらない凶器へと変貌している。

 先ほどは通常の砂弾に混じっていた一発で少女は僅かながらも、頬に手傷を負わされていた。

 それが今度は六つだ。

 単純に計算は出来ないが辛うじて躱せた先ほどよりも威力は桁違いに跳ね上がっているだろう。

 だが……それがどうした。

 一度見た攻撃が私が躱せないと思うか。

 口元に自負から生まれる笑みを浮かべる少女は、膝を鎮め体勢を低くしながら足下めがけて右腕を一閃させる。

 鋭く力強い剣の一振りは砂の大地を細く深く切り裂く。

 剣を振った勢いのまま少女が転がるように自ら切り開いた穴へと飛びこむと同時に、刃のような砂煙がその上を通過していった。

 砂煙が頭上を通り過ぎるやいなや、少女は埋まった穴の中から力ずくで這い出し、そのまま右前方へと転がる。

 次の瞬間、少女が這い出した穴に三角錐状に鋭く尖った虹色に淡く輝く小さな砂弾が高速で次々に撃ち込まれ、砂漠に小さな穴を穿つ。

 間一髪で攻撃を躱した少女は、安堵の息を漏らす暇もなく即座に跳ね起きると、身を震わせ纏わり付いた砂を振り払って再度前に向かって突き進む。

 火龍薬を含んだ炸裂弾。

 高速で飛び砂を穿った小さな砂弾は、軽量硬質で知られるインディア砂鉄独特の輝く虹色をしていた。

 これに通常の砂弾攻撃に加えてサソリの毒を持つ毒弾。

 そしてリドの葉やカイラスの実の特性が混じる魔力吸収弾。

 豊富ともいえる各種属性攻撃は、砂漠越えの前に事前に仕入れた知識にはない未知の攻撃だ。

 しかし予想外の攻撃にも少女は動じることなく、何とか防御したり回避しながら、その能力を推測し続けていた。

 サソリの毒は別として、前者二つは自然には存在せず人の手によって調合される物質。

 リドやカイラスの魔力吸収植物はこの砂漠には自生していない。

 ここまでヒントが出そろえば結論は自ずと出てくる。

 サンドワームは食べた物を砂弾として撃ち出している。

 しかも特性を残したままで。 

 おそらく砂漠を行き交う交易船を襲って、積み荷を喰らいその身に取り込みでもしたのだろう。

 サンドワームが放つ種類豊富な遠距離攻撃は、未だ未熟な少女には確かに脅威だ。

 それでも前に進む。

 なぜならば少女の行動は、常に決まっているからだ。

 相手が誰であろうが、どのような攻撃をしてこようが、いつも変わらない。

 遠方から放たれる攻撃を躱し、防ぎ、相手の懐へと飛びこみ斬る。それだけだ。

 何も悩む必要もない。

 悩めるほどの手も昔ならいざ知らず今の少女にはない。

 少女が唯一無二とする戦闘距離は、息づかいが混じり肌が触れ合うほどの近距離。

 己の間合いへと、極近接戦闘圏へと接近するために、少女は前へ前へと突き進む。

    


――ザザザッ!



 ひたすらに猛進してくる少女に対し、サンドワームですら恐怖を感じたのだろうか? 

 それともこのままでは埒があかないと、覚悟を決めたのだろうか。

 先ほどまでなら一連の攻撃を防がれると、仕切り直しとばかりに砂の中へと潜行して距離を取っていたサンドワームの動きが、ここに来て変わる。

 その太く長い胴体を砂の上に完全に出現させると、蛇のようにくねりながら逆に少女に向かって突進を開始した。

 大サソリすらも軽く一飲みに出来るサンドワームの巨大な口蓋の中では、放射状に連なる牙がガツガツと音を立てて蠢く。 

 あの歯にかかれば少女の小さな肉体など、あっという間にかみ砕かれ細切れのミンチにされてしまうだろう。

 しかし少女はサンドワームの突進を前にして口元に不敵な笑みを浮かべ、息を小さく吸う。

剣が届く位置に獲物から飛び込んで来てくれるのだ。

 望む所と、と言わんばかりに体を前に倒し極端な前傾姿勢となる。



 丹田に意識を集中。

 身体の中を駆け巡るはち切れんばかりの生命力を獰猛に猛る闘気へと変換。

 渦を巻き荒れ狂う闘気を足へと流し、一部を膝に留め、残りを足裏へ。



「勝負!」



 滾る声と共に溜め込んだ闘気を砂地へと打ち込み、加速の力へと少女は変える。

 響く足音。

 一瞬遅れて踏み台とされた砂が後方へと吹き飛んでいく。

 たった数歩で最高速へと加速した少女と、その巨体に似合わぬ速さで迫る巨大なサンドワーム。

 40ケーラほどだった両者の距離は瞬く間に縮まっていく。

 サンドワームの口蓋がさらに大きく開き勢いのままに少女を丸呑みにしようし……空を切った。

 小さな影がサンドワームの頭上を越えていく。

 突進の勢いのまま空中へと跳び上がった少女は、空中で身体を捻り横倒しになった体勢へとなる。

 日に当たらないために不気味な白さを持つサンドワームの無防備な胴体が、少女の眼前を駆け抜けていく。

 その背にめがけて少女は右腕を鋭く振る。

 だがまるでぶ厚いハムの固まりに指を押し当てたような感触に、少女の刃はあっけなくはじき返された。

 最高速から繰り出した一撃は、肉を切り裂くどころか、皮一枚を削ぐことすらも出来なかった。



「ちっ! ダメか!」



 自分の攻撃が文字通り”刃がたたない”。

 だがそれがどうした。

 少女はその誰もが見とれるような美貌で嗤う。

 攻撃を弾かれたことで乱れた体勢を四肢を使って立て直した少女は、砂漠へと長い足跡を残しながらも何とか着地し、



「っ!」



 悪寒を感じとっさに左横へと倒れるような角度で跳ぶ。



――ブンッ!



 サンドワームの尾が巨人族の振るう棍棒の一撃のような恐ろしい勢いで少女の体を掠めて通り過ぎた。



「やるな!」



 まともに受けていれば吹き飛ばされた上に全身の骨が砕かれていただろう攻撃に対しても、少女はまたも楽しげに嗤う。

 それは子供が遊びを楽しむようなあどけない笑いではない。

 致命的な一撃を避けたことを喜ぶ安堵の顔でもない。

 身を守る鎧はなく、不十分な体勢からでは折れた剣では僅かなダメージを与える事もできない。

 だがそれでも少女は嗤う。

 少女の本能は気づいている。

 そして……おそらくサンドワームも。

 自分達の間には食うか食われるかの決着しかないということを。

 少女が浮かべる笑みは己が存在理由を賭けた全身全霊の戦いに、心からの愉悦を覚える戦闘狂が浮かべる狂った笑みだった。
















 先ほどまで散発的に聞こえていた船の防御結界が砂弾を受け止めた衝突音は形を潜め、変わって渦を巻く風の音が響く。

 風を起こしているのは船の直衛に残っていた魔術師のセラだ。

 彼女が魔術で周囲の大気を操り空気中に漂ったままだったり、船体各部に積もっていた砂を、セラがつむじ風で集めては次々に遠くへと吹き飛ばしていた。

 だがセラの使うのもまた魔術。

 砂を集めている最中も、砂に含まれるリドやカイラスなど魔力吸収性植物の影響でつむじ風はどんどん弱くなっていきすぐ消え失せてしまい、何度も術をやり直す羽目になっている。

 もっとも友人、知人。はては家族にすら貧乏性と断言されるセラにとっては、次々と消費する魔術触媒を失う方が痛手のようだ。

 うかない顔で『もったいない。もったいない……』と、まるで呪詛のような呟きを繰り返している。

 


「……ちっ。早いな。気配がどんどん離れていきやがる」



 砂漠の闇を見据え遠方から響く音で気配を感じ取っていたボイドは、愚痴をこぼす妹を横目でちらりと睨みつけてから舌を打つ。

 襲撃をかけてきたサンドワームは全部で三体。

 大技を繰り出そうとしていたサンドワームの一匹は既に同ギルドの別探索者パーティが仕留め、二匹目への攻撃を始めている。

 そちらは順調その物だが、問題は三匹目。

 そしてボイド達が助けた少女だ。

 セラの話では本船から少女が飛び出して両者が戦闘状態に入った直後から、どんどん船から遠ざかっていったそうだ。

 ボイドが甲板に上がって来たときにはその姿は視認が出来る範囲に既に無く、辛うじて気配を感じ取れるくらいに離れていた。

 こうしている今もどんどん遠ざかっている。

 血清の効果で動けるほどには回復してきたが、麻痺の影響で四肢に上手く闘気を伝達できない今のボイドでは、この距離を移動するには時間がかかりすぎる。

 切り札である『神印開放』を使い、”本来”の下級探索者としての力を使えば、この程度の麻痺は即時無効化できるが、ボイドの所有する『宝物』で神印開放を出来る時間は精々三〇秒足らず。

 サンドワームとの戦闘を考えればぎりぎりまで近付いてからでないと使えない。

 だがそんな事はボイドも判っており対策済みだ。

 砂漠を移動するための足は元々ある。

 後の問題は乗り手だけだったが、それも何とかなった。

 今は乗り手と少女へ届ける”物”が来るのを待ちながら、戦闘地点の予測をしていたのだが、どうにも妹の様子が気になっていた。

 


「さっきからうるせぇな。少しは黙って仕事しろ」



「うぅ。兄貴にはわかんないの。今日消費した分の触媒を買い直したら杖が新調できる位の出費なんだから……想像したら気持ち悪くなってきた」



「あのなぁ、触媒代はどうせ必要経費で落とすんだから気にせずばっと使え」


 

 改めて消費量を金銭換算したのか、ますます青ざめた顔を浮かべる妹の様子にボイドは溜息を吐く。

 魔術師の場合はとにかく金がかかる。

 術を使う際に速効性と正確性を考えるなら触媒を使うのが一番だが、ほとんどの触媒は使い捨ての品。

 種類によって値段はピンキリではあるが、それでも安いという物ではない。

 杖にしても探索者に成り立ての初心者が使う物でも、護符宝石やら魔術刻印を刻んだり等で手間がかりそれなりに値が張る。

 だから魔術師が金に五月蠅くなるのも判らなくはない。

 そしてセラの場合は日常生活はケチだと断言できるほどの貧乏性ではあるが、自分や仲間の命がかかっている武器防具や触媒に関しては逆に値が張る良品にこだわる所がある。

 そのセラが杖相当というのなら、結構な金額の触媒を使ったことは間違いないのだろう。

 だがボイド達は所属する護衛ギルドからの依頼でこの貨客船に乗っている。

 当然この触媒も必要経費として計上できるはずだ。

 ならそこまで気にしなくても良いとボイドは思うのだが、



「………………」



 ボイドの苦言にセラは黙りこくっていた。

 しかもこの寒さの中でもなぜかだらだらと冷や汗めいた物をかいている。

 あまりにも分かり易すぎる妹の不審な態度にボイドは非常に嫌な予感を覚える。



「おい…………愚妹。お前まさかと思うが、取り分を増やすために経費保証契約を外したとか言わないだろうな」



 ギルドからの紹介仕事には幾つか条件やオプションがあり、仕事の難易度や自分達の懐事情によって探索者側で指定することが出来る。

 探索者側の取り分は一割と少ないが、損害補償、経費保証、必要装備支給及び私有装備整備保証。

 怪我死亡時の見舞金付与といった全ての責任をギルド側が負うローリスクローリターンな契約。

 紹介料だけ抜き、残り依頼料は全部探索者側に。

 ただし何らかの人的、物的損害が出た場合は探索者側が賠償。

 しかも被害の度合いによっては、ギルドの信頼を損なった懲罰としての多額の罰金や資格停止、剥奪なども有りうるハイリスクハイリターンな契約といった具合だ。

 ボイド達の今回の契約はパーティ単位ではなく個人契約にし、依頼料から紹介料と損害補償、経費保証を引き、オプションで迷宮内での戦闘回数による報酬アップを選択している。

 これは平均的な契約で、取り分は探索者に四割、ギルド側に六割。

 戦闘が多ければ取り分は最大で六:四へと変化する……ボイドが三人分をまとめて契約した初期状態のままならばだが。



「あはははっ……うん。止めたら七割もらえるからこの前外しちゃった。ほら特別区で出てくるモンスターは普通なら弱いし、兄貴もヴィオンもいるから出番が無かったし」



 口調は軽いが、どうしようとセラは半泣き顔を浮かべている。

 小型船の行方不明は増加していたが、中型以上の砂船は特に問題は起きていなかった。

 特にこの船の場合は防御がしっかりしていたので、襲撃されても速度を上げて振り切ってお終い。

 先守船で先行探索しているときも操舵士のセラは船を操るのに専念している。

 もっぱら戦闘は主にボイドでヴィオンがフォローという構成で、あまりセラが戦闘に出張ることはない。

 たまにちょっとした術を使うが、それでも使う触媒は微々たる物。

 契約変更した方が断然お得と兄に黙ってセラが変えたのは、今回の護衛依頼を受ける直前。

 それが変種のサンドワームが出てきたことで今までの状況が一変し、契約変更がいきなり裏目に出るなどとはセラも予想していなかったのだろう。

 

  

「一応交渉はしてやるが期待するな……男だったらぶん殴ってる所だ。おかしいぞおまえ。いつもならもうちっと緊張感あるだろ」



 頭痛がしてきたこめかみをボイドは押さえるが、先ほどからの妹の態度にどうにも違和感を感じる。

 セラは確かに貧乏性ではあるが、今のような切迫した状況下であればもう少し抑えているはずだ。

 ところが今はどうにも緊張感が欠けているというか、少し様子が変だ。

 単独で戦闘に出てしまった少女のことを心配する様子もあまり見られない。



「あのさぁ。兄貴……あの子を助けに行くの止めたら? たぶん大丈夫だと思う……それになんか変だよあの子。あんまり関わり合いにならないほうが良い気がするんだけど」


 

 疑問を浮かべるボイドの視線に気づいたのか、セラが僅かに不安げな様子を浮かべながら告げた。

 









 

 

 



「なんでこんな多いのよ……しかも一般仕様じゃなくて改変型」



 ぶつぶつと口中で文句を漏らしながらも、狭い通路の壁に背を預けたルディアは左手に持つ先守船のマニュアルに目を通して頬を引きつらせる。

 魔法陣の記述式自体はオーソドックスな浮遊術式を改変した物だ。

 それが四つ船底に設置されている。

 改変魔法陣の操作自体は問題無いが、難問は魔法陣四つそれぞれの出力や角度を変更して行う船の操舵だ。

 改変型術式はルディアが読み取った通りならば、高出力状態では爆発的な加速を得ることができるが、低出力になると途端に浮遊の力が不安定になり挙動が怪しくなる。

 ピーキー仕様に正直言って真っ直ぐ走らせる事ができるかどうかも、ルディア本人としても疑わしい。



「絶対まずいってのになんで引き受けたんだろ。あたし」



 本来の操舵士であるはずの魔術師達は、それぞれがサンドワームとの戦闘やら船に積もった砂の除去で手は空かず、一人で闘っているであろう少女の元まで今は行くことが出来ない。

 麻痺で倒れていたファンリア商隊の者達も常備している血清を打ち終わった。

 ほとんどの者はさすがにまだ動けないが大事はない。

 この状況でルディアにやれるのは、かすり傷を負った者の治療くらいだが、それならいくらでも変わりはいる。

 手の空いている魔術師はルディア一人。

 少女へと渡す荷物と護衛の探索者を一人乗せて戦闘地点まで送り届けるだけで、戦闘に加わるわけではない。

 操縦は厄介ではあるが他に代わりがいないのでは仕方ないと、いつものルディアなら二つ返事で引き受けていただろう。

 だが今回はルディアの本能は関わるな、と。

 関わり合いにならない方が良いと、引き受けた今になっても訴えている。

 魔術師、魔力を多く持つ者の勘とは時に予知に似た精度を持つ。

 これは魔力が己の外側。他者や世界を知り働きかける力だからとも言われているが、未だ明確な答えはない。

 ただ魔術師が嫌な勘を覚えるときは、碌な事がないというのは確かな話だ。

 

  

「ったく……」



 右親指の爪を苛立ち混じりに噛む。

 結局の所、ルディアが嫌な予感を覚えるのも、その勘を押し殺して操舵を引き受けたのもあの少女が原因だ。

 魔術師としての勘が、少女は異常だ並の者ではないと訴える。

 だがあの少女が目を覚ましたときに最初にみせた剣技……あれはルディアを助ける為の物だった。

 あの時飛び込んできた砂弾の先にはルディアがいた。

 茫然自失として腰を落としていたルディアは避けることが出来ずに直撃を受けて、簡単に命を落としていた。

 思いだすと背筋がぞくっと震えルディアは背を竦める。

  

 

「無事なんでしょうね」



 助けられた恩は返す。

 嫌な勘を覚えながらもそれでも引き受けたのはそんな簡単な理由だった。

 一通り目を通したルディアが再度見直そうとした時に、正面の小型船倉の扉が開かれた。



「わりぃ。姉ちゃん待たせたな」



 中から出てきたのは武器商人のマークスだ。

 麻痺の影響が残り若干ふらつき気味な大男は長く幅広い品物を抱えている。

 丈夫そうな布で幾重にも包まれたその品は大剣の形をしていた。

 元から狭い小型船倉に荷物が詰め込まれていた所に、先ほど解析魔法陣を作るために荷物をこちらにも移していたために倉庫の中はギュウギュウ詰めとなっていた。

 そんな所に大柄なマークスと痩せ形ではあるが長身なルディアの二人が入って品探しをするのは難しい。

 結局麻痺の影響はあるが取ってくる品が判るマークスだけが船倉へと入り、その間にルディアは先守船の操縦を極々簡易にではあるが覚えていた。

 


「悪いがこいつをあのクソガキに届けてやってくれ。散々虚仮にしてくれたあのガキに対する俺の意趣返しだ。使えるもんなら使ってみろってな」



 頬に残る獣爪の傷跡を歪ませながらにやりと笑うとマークスは扉へと身体を預けて座り込んでしまう。

 まだ麻痺が完全に抜けていないのに気力だけで立っていたのだろう。 



「大丈夫ですか?」



 ルディアは助け起こそうと手を伸ばすが、その手を拒むようにマークスは剣をルディアに差し出す。

 こっちは気にせず早く届けてやってくれとその目は訴えている。

 目に宿る力は強い。

 これなら大丈夫だろうとルディアは無言で頷き、剣に手を伸ばして受け取るが目を驚きで見開く。



「……何これ」



 目算でも長さはルディアの半分ちょっと1ケーラはあるだろう。

 横幅も握り拳二つ分ほど厚さもそれなりにある。

 剣と言うからには金属、もしくはそれに準じる硬度と質量を併せ持つ存在のはずだ。

 この大きさならルディアが持ち上げるのも一苦労するほどの質量を持つはずだ。

 だが渡された剣は軽い。軽すぎる。中身は空ではないのかと思えるほどだ

 ルディアは包み布に指を触れてみる。

 力など込めていないのにたったそれだけで包み布の中身は柳の枝のようにしなった。

 驚き顔のまま包み布をずらすと鈍く光る金属が顔を覗かせる。

 確かに刀身は実在しているようだが、どうにも現実味が薄い品だ。



「驚いただろ。そいつは通称『羽根の剣』。見た目は金属剣だって言うのに、通常状態だと鳥の羽一枚分の重さ。折れはしないが簡単に曲がる上に柔らかな弾力があって切ろうとしても相手に当たった刀が跳ね返ってくるって巫山戯た奇剣だ」


 

 とても剣を説明しているとは思えない言葉が並ぶがマークスの顔は真剣だ。

 冗談でも巫山戯ているわけでもない。

 大事な説明だと肌で感じたルディアは驚きを覚えながら黙って続きを聞く。 



「いろいろと転々としてきたみたいで出所も不明なんだが、俺の勘じゃドワーフたちの総本山エーグフォランで作られた試作品じゃないかと思う。下手すりゃ七工房のどれかが関わっているかも知れねぇな」



 金属合成、加工においてドワーフたちに並ぶ者はこの世界にいない。

 出所不明、製作法不明な金属製品が出てきたのならば、ドワーフたちの手による物と考えてまず間違いはない。

 そしてそのドワーフたちの地底王国エーグフォランと王国直下の七つの工房は、その中でも群を抜いた知名度と常軌を逸した技術力で知られている。

 中には戦闘中のモンスター相手に金属片を打ち込みハンマーで形成して、特性を残したまま生体金属の剣や鎧に変えてしまうと伝説が残るほどの名工達すらも存在する。

 


「ただこいつは失敗品だ。これを作った奴、もしくは考えた奴はまったく使い手の事なんて考えちゃいねぇ。ただ作りたいから作ったのが伝わってくる使い物にならない剣だ。だがあのクソガキならこいつを使えるはずだ。小生意気って言葉も裸足で逃げ出すほど傲岸不遜な奴だが……」

 

 

『武器屋として大成する気ならば人を見る目を養った方が良いぞ』


 最後に少女が残した言葉をマークスは思いだしていた。

 高速で迫る砂弾に一瞬の判断で剣を合わせ弾くなど、平凡な才しか持たない剣士や、ましてや年端もいかぬ子供に出来る技ではない。

 肉体を操る能力『闘気』に長けてこそあの神業は成立する。

 

 

「ありゃ天才だ。なら闘気剣であるこのじゃじゃ馬を、あのクソガキなら上手く操ってみせるだろうさ」



 天才に合わせた剣を武器屋として見繕ってやる。

 少女を捜し出して武器屋としての誇りと矜持を賭けた一品を突きつけてやろうと決めていたマークスは、忌々しげな表情ながらも口元にはにやりとした笑みを覗かせていた。

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