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 轟々と鳴り響く風の音。


 夜空をぶ厚く覆う黒雲からはまるで礫のように大粒の雨粒が降り注ぎ地上を激しく叩く。


 天を切り裂く幾筋もの雷光と鳴り止まぬ雷鳴は、まるでこの世の終焉がすぐ其処まで迫っているかのようだ。


 冬の終わり。


 春の到来を告げる春嵐は、毎年同じ日に大陸の南方海で発生し、大陸各地に大雨と洪水をもたらしながら、3週間かけて徐々に北上していく。


 小国なら丸々一つを覆ってしまうほどの大嵐は、やがて海から遠く離れた大陸中央部の険しい山岳地帯へと至り忽然と消滅する。


 通常の嵐では有り得ない動きと規模。


 これは嵐が消滅する山岳地帯に原因があると、歴史学者達の間ではまことしやかに囁かれる。


 その地には遙か過去に大陸に君臨した龍王が居を構えていた迷宮があり、主が滅んだ今も生き続けている魔法陣によって大嵐が発生し引き寄せられているからだと。


 二千年以上も定期的に続く大嵐の真相を究明しようと現地調査の申請をする者は後を断たない。


 だが極一部の例外を除き山岳地域への立ち入りが許可されたことはない。


 龍の秘術が解析され拡散する可能性や、調査によって予期せぬ事態が起きる懸念がされた事情もあるが、一番の理由は別にある。


 それは彼の地が聖地であるからだ。


 聖地と定めしは、迷宮を征し龍王を討ち滅ぼし勇者によって建国されし王国。


 後に王国は南方大陸統一を成し遂げ統一帝国としてさらに勇名を馳せることになる。


 討ち滅ぼし龍王の名を受け継ぎ『ルクセライゼン帝国』の聖地である古代迷宮は『龍冠』と呼ばれ、国母たる代々の皇太后が守として余生を過ごす離宮が迷宮への入り口を塞ぐように建てられていた。











 









 

 春嵐がもたらす激しい雷雨はただでさえ見通しの悪い夜の森をさらに暗く彩る。


 降りそそぐ雨が視界を塞ぎ、針葉樹林で構成された森を縦横に走る遊歩道は、長雨の影響で所々が冠水して、まるで川のように水が流れている。


 嵐に晒される森。


 その森に張り巡らされた遊歩道を、水に沈んだ根や段差をカンテラや魔術の灯りに照らし出し、何とか避けながら懸命に走る幾人もの騎士達がいる。


 騎士達がいるこの森の中心部にルクセライゼンの聖地である古代迷宮『龍冠』が存在する。


 龍達の長。龍王がかつて居を構えていたという伝説が残る【龍冠】は、人里から遠く離れた山岳地帯にある。


 夏でも山頂付近に真白い雪が残る高い山脈に周囲を取り囲まれ、その姿がまるで王冠のように見えることから、龍王の王冠『龍冠』と古来より謳われていた。


 山裾の隙間を縫うように流れる谷沿いに狭い道が一本あり、そこを通り山脈を抜けると巨大な盆地へ出る。


 盆地の南側には古代樹が群生する森林、北半分には周囲の山々からの雪解け水で作られる冷たく透き通った湖。


 湖の中央には湖水から垂直に伸びる断崖絶壁の高い崖で周囲から孤立した島が一つ。


 島の天頂には針葉樹林の森が広がり、中央部には古めかしく荘厳な空気を醸し出す石造りの宮殿と広大な温室庭園が存在する。


 この宮殿の直下に、龍冠の本体ともいうべき迷宮への入り口があった。


 生物の侵入を拒む高い山脈と湖中央の切り立った断崖絶壁の島に存在する『龍冠』。


 険しい山々を越えるのは夏期でも非常に困難であり、雪が根深く残る春を迎えたばかりのこの時期には不可能といっても過言ではない。


 地上からの唯一安全なルートは、湖から海へと続く谷川沿いの狭い道しかない。


 だが谷沿いには厳重な警戒網を誇る砦が幾つも設置され、人と物の出入りは厳しく検査されている。


 もう一つルートもある事はあるが、それは飛竜などの騎乗生物を使う空からの山脈越えとなる。


 だがこちらも常に監視がされており、しかも今は勢力が強く巨大な春嵐の発生期。空路の山脈超えなど無謀の極み。


 外部からの進入は事実上は不可能であるはずだ。


 しかし今宵は違った。


 地下倉庫に設置された探知結界が警報を奏でたのは、今より一時間ほど前。


 警報直後に倉庫から走り去った茶色い外套の不審人物を追いかけ、騎士達は嵐の森の中へと踏みいる羽目になっていた。









『反応を拾った! また森の中を移動してやがる!』



『無茶苦茶だ! なんて野郎だ!』



『場所は!』



 騎士達の襟元につけた魔術具より侵入者発見を伝える声が響く。


 次いで舌打ちと苛立ちを抑えきれない忌々しげな声や、苦しげな呻き声がいくつも聞こえてくる。


 遊歩道を走るのがやっとな騎士達を、まるであざ笑うかのように森の中を軽々と移動する侵入者に何度も囲みを突破され騎士達の苛立ちは募っていた。



『25番を南方向に抜けていった! 回り込める奴は回り込め! 何とか足を止めろ!』



 指示の声に森に散らばっていた騎士達が一斉に動き出す。


 近くの者は侵入者の進行方向を先んじて抑える為に直接的に回り込み、離れた場所にいた者は囲みを突破された場合に備え外側に回り込んでいく。


 しかし騎士達の数は二十人にも満たず、いくら相手が一人といえど移動速度が段違いでは捕らえるのは至難であった。


 現状は南側にある下の湖に通じる唯一の階段回廊は別働隊が封鎖し、残りの者達が北側にある離宮へと再度近づけぬように囲みを徐々に狭めながら退路を塞いでいくのがやっとだった。



『23分岐! 姿は見えない!』



『こちらは27分岐! 同じく確認できない! 22分岐の方か?! 気をつけろ! 相当速いぞ!』



 近くを通ると予測される分かれ道に着いた騎士が次々に発見できずと報告をあげていく。


 直線的に森を抜けてくる侵入者に対して遊歩道沿いの回り道しかできない騎士達では、一度侵入者を見失うと再発見は容易なことではなかった。



「22分岐についた。了解」



 22番分岐路へと走り込んだ騎士は同僚の忠告に小声で答えながら、敵からの目印となるカンテラの火を消して近くの木の陰に身を隠して周囲を探る。


 走り通しで荒れる息を整えつつ細身の長剣を引き抜く。



「ちっ……やりづらい」



 雨で滑らぬように柄に巻いた荒縄の感触に違和感を覚えた騎士は舌を打つ。


 強い風と雨を伴う嵐に森の樹が盛んにざわめき、音がかき消され気配が探りにくい事も苛立ちの要因だろう



「太后様がお留守のこの時期にか……」



 この時期に現れた侵入者の狙いを推測し、それを口に出すことさえ躊躇した騎士は、緊張を押し殺そうとゴクリと息をのむ。


 離宮の主である皇太后がここより遙か南方にある帝都にて執り行われる春迎の祭典に出席する為に、例年この時期は離宮から離れていることは周知の事実。


 龍冠が存在する山脈への無断侵入は未遂であっても大罪。


 ましてや離宮にまで辿り着いたのであれば、背後関係を徹底的に調べるために拷問。その上での死罪は確実。場合によっては反逆罪で一族郎党にまでその責は及ぶ。


 其処までの危険を冒して主不在の離宮へと侵入する理由として、予想できる物はいくつか騎士にも思いあたる。


 龍冠はその成り立ちから曰くのある場所で、帝国が抱える幾つもの機密情報が眠っていると民の間でも噂され、実際にそれは真実である。


 騎士の心に浮かんだのは、その中でも、もっとも隠し通すべき秘匿存在であった。


 下手にその存在が明るみに出れば、帝国の崩壊と終わりの見えない戦乱を招きかねないほどの危険を含むモノ。


 四年も侍女として潜伏していた間者によって、その秘密が暴かれかけたのは僅か半年前。


 その時は一人の犠牲と情報操作により秘密は辛うじて守る事ができたが、身辺調査と選別が厳重に行われていた離宮の侍女に間者が潜伏していた事実は、現皇帝とその側近達に衝撃を与えることになる。


 皇太后を狙った暗殺未遂事件として処理しつつ、情報拡散を防ぐ為に元々少なかった離宮詰めの騎士と従者にさらに徹底した身上調査と思考調査が行われた。


 これによって騎士と従者はより厳選された極少数となり、調査によって僅かでも不安要素がある者は任を外され、秘匿存在に関する記憶封印がされ別地へと異動させられた。


 結果離宮の守りは薄くなったが、代わりに山脈外周部及び回廊である谷には兵力が倍増され、さらに新たな砦が幾つも設けられて守りをより強固な物へと変貌させている。


 ネズミの一匹たりとも見過ごさないと言っても大袈裟ではない警戒網。それをすり抜けてきたとは考えにくい。ならば……



「まさか他にも内通者が?」



 一瞬浮かんだ猜疑の念を即座に首を振って否定する。


 今の同僚や従者達は数こそは少ないが、誰もが信頼できる家族のような者達ばかり。


 裏切り者など居るはずが無い。


 騎士は剣をしっかりと握り直して周囲の気配を探り続ける。


 だが風雨の影響もあって侵入者の姿は見えず気配も感じ取ることは出来ない。


 この嵐は侵入者にとっては心強い味方。騎士にとっては最悪の障害となっていた。



「……」



 このままでみすみす見逃すと判断した騎士は、口笛のような音を一つ鳴らして高圧縮した詠唱を唱える。


 詠唱によって発動した術は生体感知。


 有効範囲はさほど広くはないが、魔術師が偵察用使い魔として使う小鳥程度の大きさの生命体も感知できる術になる。


 騎士の視界で周囲の木々がうっすらと光って輪郭を描き出し、幾つもの光点があちらこちらに浮かんでくる。


 木の洞や太い枝の根元辺りに浮かぶ光点。それらには動く様子も見えない。おそらく森に住み着いている小動物が嵐が去るのを耐え忍んでいるのだろうだろう。


 しかし暗闇の森の中に一つだけ別の動きをする反応があった。


 騎士が思わず驚くほどの速さで森の中を動く生命反応。


 その主はでこぼこした地面を避けて、木の枝や幹を次々に蹴りつけながら宙を跳び、騎士の隠れる方向へと段々と近付いてきていた。


 距離はそれほど遠くはない。このまま真っ直ぐ進めば数十秒後には騎士が隠れている樹の近くを通り抜けていく。おそらくこれが侵入者であろう。


 迷い無く真っ直ぐ進む侵入者の足取りに、隠れているこちらの存在には気づいていないと騎士は判断する。


 

「発見した。仕掛ける」



 即断した騎士は小さな声で味方に伝えると、周囲を探る魔力の流れから存在気取られぬようにと探知術を切ると、浅く深く息を吸ってピタと止めて、左足を半歩前に踏み出し半身体勢となる。


 天を駆ける稲光に刀身が反射しないように侵入者が来る方向に対して己の身体に巻きつけるような右下段の腰構えで剣を隠し、左手は柄頭の近くを順手に握り、開いた右掌を鍔近くに押し当てる。 


 踏み込みと共に身体全体のひねりを解放し同時に右手を突き出す事で電光石火の一撃となす、初手を重視した独特の構え。


 多数の追っ手に対して逃亡を図る侵入者が足を止めて戦闘をするとは考えにくい。


 こちらに気づけばすぐに侵入者は逃亡を再開するだろう。


 当たろうとも外そうとも次手を繰り出す余裕はない。


 情報を引き出すためにも生きたまま捕らえ無ければいけない。


 木を跳ぶ相手との位置関係と逃亡を防ぐためにも狙うべきは足。


 足を殺して機動力を削ぐ。


 情報と状況を整理し予測から目標を定めた騎士は息を押し殺し、最適のタイミングを伺う。


 天を引き裂く雷光と雷鳴。


 轟々と唸る風。


 枝葉をかき鳴らしざわめく木々。


 気を抜けば足を掬う勢いで流れていく水。



 ザッ! ザッ! ザッ! 



 自然の猛威が不規則な音を奏でる中に微かな足音を騎士の耳が捕らえる。


 計ったかのように一定のタイミングで鳴る足音。


 隠れていた木の陰から騎士はそっと顔を出し侵入者を目視しようとした丁度その時、雷光が煌めき、黒い影だった侵入者の姿が一瞬だけ明々と照らし出される。


 姿があらわとなったのは僅かな瞬間だが、広い国中から選抜された高い実力を持つ騎士にとってそれだけあれば十分だ。


 侵入者の体格、武装、身のこなしを確かめた騎士は内心で僅かに驚く。


 樹を次々に飛び移るという情報から身のこなしが軽いとは思っていたが、侵入者は騎士が想像していた以上に小柄だ。人間種の子供ほどの大きさしかない。


 赤茶色の外套を纏い、フードを目深に被ったその顔を窺い知ることは出来ない。


 騎士から見て反対側の右肩には、布でくるまれた持ち主の倍ほどの長さの棒のような物を担いでいる。


 長柄の先は大きく膨らんでいる。槍の類だろうか。


 小柄で森の中を自由自在に動き回れる長柄使い。


 人の子ほどの背丈と聞いてまず思いつくのは精霊種の一部だが、代表的な者に限ってもハーフリングやハイゴブリン等が幾つもあげられる。 


 これに魔族や獣人など他系種の者達も含めればその候補は数百にも及ぶだろう。


 見た目だけで相手の正体を絞り込むことなど出来ない。


 背後関係を探るためにも是が非にでも捕らえなければならないが、侵入者の動きを実際に目の当たりにして、相手が高い技量を持つことを確信した騎士の鼓動は緊張で僅かに速くなる。


 この森は全ての木を一定間隔に植え整備して作った森ではなく、元々あった森に少しばかり手を加えたに過ぎない。


 法則性もなく乱雑に生える木々を速度を落とさずに、次々に一定のリズムで跳び移るには、先の足場を見極め続ける事が出来る頭脳と、思い描いたとおりに瞬時に身体を動かす高い身体能力が必要となる。


 侵入者の技量はおそらくは自らよりも上。


 そんな相手が逃亡中だというのに隠れている追っ手の騎士を見落とすだろうか?


 ひょっとしたこちらの存在に気づいていないと、思わせているだけではないのか。


 不意に弱気な考えが騎士の心に浮かび上がる。


 しかし迷いは剣を鈍らせる。


 騎士は不安を無視してぐっと足に力を込める。


 騎士の間合いまで敵は後二歩まで迫っていた。



 ザッ! 



 柄の握りを強め身体を僅かに前方へと倒す。後一歩。



 ザッ!



 枝を蹴りつける足音を意識が認識する前に、騎士は左足を滑るように水を切りながら踏みだし隠れていた木陰から飛び出す。


 空中を跳ぶ黒い影が視界の真正面に一つ。


 騎士に対して左側面を晒す侵入者が其処にいた。


 宙を跳ぶ侵入者の体勢が僅かに乱れた。水を蹴った踏み込みの音でようやく隠れていた騎士の存在に気づいたようだ。


 慌てて音が聞こえる方向に顔を向けながら、右肩に担いでいた長柄を僅かに持ち上げ迎撃の構えを取ろうしている。


 察知能力と判断能力は騎士の予想以上に速い。


 だが足場のない空中でもたついて、意識に身体がついていかないようだ。


 大きな隙が出来た侵入者。手練の騎士がその隙を見逃すはずもない。


 騎士は腰構えにしていた長剣を握る左手を一気に振り上げ、柄に当てた右手に捻りを加えながら強く打ち込む。


 剣は一拍の間も置かずに最高速に達し、侵入者の左足首に食らいつこうと襲いかかった。


 その時、騎士の背後の僅かに姿を見せた空でまたも天を切り裂き雷が一つ奔り、森の中を明々と染める。


 刀身が雷光を受けて光輝いた。


 文字通りの閃光の一撃となったその一振りは、騎士の非凡な才能と何千何万と振った型の上に身についた必殺の一撃。


 だが刀身を輝かせた雷光は同時に、フードを被った侵入者の顔をも照らし出していた。


 雷光を受けて形を現したのは、黒髪と黒目のまだ幼い少女の顔。


 それは騎士のよく見知る者……この瞬間に絶対にこの場にいてはいけない者の顔だった。


 自分が剣を振るったのが誰なのか瞬時に気づいた騎士は、とっさに狙いを逸らそうとする。しかし最速で振り出した剣は騎士の思うとおりにはならない。


 非凡な才能を持つ騎士の腕を持ってしても、その速さを僅かに弛める程度のことしかできない。


 騎士のとっさの動きも無駄となり少女の足首はばっさりと斬り飛ばされている…………はずである。


 だがこの少女には騎士が作り出したその刹那の遅れで十分だった。


 少女が長柄を持つ右手を下に振りながら掌の中で滑らして足下へと柄を伸ばす。


 同時に伸びた柄を左足で絡め取って足首の後ろ側へと回した。


 次の瞬間、金属同士がぶつかり合う高音が嵐の森に高らかに鳴り響く。


 少女の足首を切断するはずだった刃を、長柄の柄がガッチリと受け止めていた。


 布にくるまれていてその材質までは判らないが、少女は僅かに長柄を動かし力を分散させることで、必殺の一撃である騎士の剣を容易く受け止め、そして跳ね返してみせた。


 しかし剣に乗っていた力まで相殺されるわけではない。


 宙に浮かんだ状態で足下に強い一撃を受ければ、小柄な少女の身体では衝撃で弾き飛ばされるだろう。


 しかしそうはならない。


 剣と長柄がぶつかり合う衝突音が鳴るとほぼ同時に少女が足を上げ下半身を丸めながら、左手を後ろに振り上半身を反らして横向きの衝撃の力をその体捌きのみで円の力へと変えるという離れ業をやってのけていたからだ。


 腕の立つ騎士の全速攻撃を受けたというのに、軽々と凌いで見せた少女は、まるで猫のように空中で一回転してスタッと地面に降り立った。


 剣を放った体勢のまま凍りついていた騎士だったが、少女に怪我が無かったことにほっと胸をなで下ろしかけて、



「なんで貴女がここに!?」



 すぐに今もっとも問題にするべき事があると気づく。


 なぜここにこの少女がいるのか。しかもなぜ侵入者として追われていたのか?



「驚かすなっ!!!」   



「おぶっ!」 



 問いただそうとした騎士に対して、少女がもたらしたのは不機嫌な怒鳴り声……そして先ほど剣を防いだ長柄であった。


 溜めや構えを悟らせることなく不意に繰り出した少女の一撃。


 油断していたために攻撃をまともに頭部に受けることになった騎士が見たのは布がほどけて顔を覗かせた三つ叉にわかれる長柄の先端と、周囲に飛び散る妙に白い破片だった。



「し、燭台!?」



 少女がもつのは武器ですら無く離宮ではありふれた燭台だった。


 まさかそんな物で自分の一撃が防がれたとは。


 驚愕する騎士の意識は急速に遠のいていた。











「デュラン! デュラン! …………駄目だ。反応がない。まさかこの短時間でやられたというのか?」



 何度呼びかけても通信魔具から返答の声が聞こえてくることはない。


 部下の一人が侵入者と接触すると連絡を入れてきたのはつい先ほど。


 その直後に連絡は途絶した。


 離宮守備隊に選抜される騎士は優秀な人材で固められている。


 特に半年前の事件の後も残った者達は少数ではあるが、国内最精鋭といっても過言ではない。


 それがたった一人の侵入者に手玉に取られ、その中でも実力者のデュランが連絡を絶つ異常事態。



「22分岐付近の者は引き続き侵入者の現在位置確認! 発見してもうかつに仕掛けるな! 他は近くの者と二人パーティ形成。再度包囲準備! 足止めし連携戦に持ち込む! 相手は上位の探索者かも知れん! 包囲完了しても油断するな!」



 離宮直衛守備隊の長を務める中年騎士は、侵入者が驚異的な実力を持っていると判断し緊迫した声で指示を下す。


 守備隊に属する騎士達は特別顧問の師事の元、迷宮で誕生した剣術を身につけている。


 生物として上位存在である迷宮の怪物達を相手取るために生み出された実戦的な迷宮剣術は単独戦闘を基本とするが、パーティによる連携戦も派生技法として重要視され一対多であるこの状況には適しているといえるだろう。


 ただでさえ広い網の目をさらに広げる事にはなるが、各個撃破され食い破られるよりはマシだという決断であった。


 しかし守備隊長には一つ懸念がある。


 侵入者の正体が北大陸に存在する迷宮。


 世界で唯一の生きる迷宮群である【永宮未完】を踏破し神の恩恵である身体能力強化【天恵】を得た者……それも最高峰の上級探索者だったらという恐れだ。


 天恵強化は迷宮外では著しく制限されるが、それでもある程度の効力を発揮する。


 そして時間制限はあるが迷宮内部と同等の超越した力を解放する切り札【神印開放】が探索者には存在する。


 能力開放状態の探索者に対抗する術は一つだけ。同様に能力解放した探索者を当てるしかない。


 だがそれについては問題はない。


 ここルクセライゼンにおいて正騎士へと任命されるには、準騎士としての経験とは別に中級以上の探索者である事が必須条件となっている。


 守備隊に籍を置く者は全てが正騎士にして中級探索者。


 まして離宮詰めの騎士達には、非常時用に自ら得た神印宝物や国より下賜された物を常時その身に帯びていた。 


 

「侵入者が神印開放を行った場合は私が対処する! お前達は即時待避し離宮に残る者達と防衛に専念」



 守備隊長も若かりし頃は一人の探索者として鍛錬を積み重ねてきた。その証ともいうべき物が右腕で燦然と輝く銀製の精巧な飾りの施された腕輪だ。


 蔦薔薇をモチーフとした腕輪に咲くのは赤い宝石によって再現された一輪の花。石の中央には森を司る中級神の印が刻み込まれている。



「侵入者が陽動であり伏兵の恐れも考えられる! 伏兵が存在した時は合わせて順次解放! 帝都に連絡! 下の砦に救援要請も出せ! 私が許可する!」 



 切り札である腕輪に無意識に触れながら、侵入者警戒時よりもさらに引き上げた準戦時対応へと移行する指示を守備隊長は下す。



 ルクセライゼンは大陸を丸々一つ支配下に置く大帝国である。


 だがその実態は一枚岩ではなく、むしろ無数の国が集まって出来上がった寄り合い所帯ともいえる。


 これは南方大陸統一の理由が、当時北方大陸で起きた世界的異変に対抗するための緊急的な意味合いが強かった所為だろう。


 その脅威も既に過去の物となり200年以上。平穏な時代での商業的な発展が行き詰まりつつある中で、最近では広大な帝国のあちらこちらで争いの火種が燻り始めている。


 その中でもっとも大きな火種となり、そして現皇帝にとって最大の弱点である者が龍冠には存在する。


 警戒厳重な龍冠。その最深部まで潜入を果たした侵入者に対して守備隊長が過剰ともいえる反応を示したのは、いつ内乱が始まってもおかしくない空気を常日頃より感じ取っていたからであった。


 この判断は全くの見当違いであり、むしろ押さえつけられていた火種自らが燃え広がる切っ掛けとなる、ただの家出だったと知るのはもうしばらく後であった。

















「むぅ……変わった」



 雨の森の中、次々と木や枝を飛び移りながら目的の場所を目指していた少女は周囲の気配から騎士達の配置が変わった事を敏感に察知し、太い枝の上に着地して一端立ち止まりさすがに荒れた息を整える。


 いくら枝その物は太くても、風は強く吹き荒れ、雨に濡れており滑りやすく、ましてや右腕には先ほど騎士を殴り倒した自分の身長の倍もある燭台を担ぎ、左手だけで幹を掴んだだけの不安定な体勢。


 だというのに困った顔を浮かべる少女の姿から、木から落ちるというイメージがわいてこない。


 不安定な足場でも微動だにしないバランス感覚の良さもあるのだろうが、どうにも野性動物的な雰囲気が少女からにじみ出ている所為だろうか。



「これでは半年がかりの私の綿密な計画が台無しだ……お腹すいた」




 待ち望みようやく訪れた春嵐。だが逃亡計画がのっけから躓いたことに少女は不機嫌そうにつりめ気味の目をさらに尖らせて眉を顰めたが、胃がキューと小さく鳴って自己主張したことに気づき息を吐いて少しだけ気を抜く。


 現在位置周辺は遊歩道からは少し離れていて木も生い茂っているので、姿を見られることも無く、生体探知されても気配を押し殺して動いていなければ、小動物と思うはずだ。。


 周囲を見渡して状況を考えた少女は、逃亡の最中だというのに大胆にも小休止と決めて立っていた枝に腰を下ろした。


 頭と右肩で燭台を押さえつけると、外套の中に左手を突っ込みごそごそと漁る。


 懐から取り出した少女の手には大きな林檎が一つ握られていた。



「むぅ。失敗だったか。もう2,3個持ってくれば良かった。まさか森を出る前に食べることになるとは思わなかったな」



 幼い外見には似合わない尊大な口調の少女は、真っ赤な林檎を残念そうに見てから、雨に濡れる事も気にせず林檎にシャリッとかぶりついた。



「ん。やはり美味しい……探知結界に察知されたのは誤算だったが忍び込んで正解だったな」



 その甘さに今度は年相応の無邪気な笑顔を浮かべる。


 わざわざ地下倉庫に林檎を取りに行かなければ察知される事もなく、もっと楽に逃げ出すことが出来ただろう。だが少女にはそんな考えは毛頭ない。


 旅立つ前に一番の好物である中庭の庭園で採れた林檎を持っていきたかった。これが全てである。


 現にこうやって林檎は手元にあるのだから、その数と早々と食べてしまう事に対する不満はあるが、それ以外は特に気にしていない。


 良く言えば大らか、悪く言うなら大雑把。あまり細かい事にこだわらない所がこの少女にはあった。



「それにしてもどうするか……さすがにさっきみたいな不意打ちは、二人相手では無理だな……捕まればミュゼに叱られるし、お祖母様が戻られたらお仕置きされてしまう……大願成就のためにも戻るという選択はありえない……かといって階段回廊の方から人が廻ってくる気配もないか」



 林檎をしゃりしゃりと食べながら、少女は捕まった時の未来を考えた。


 従者にして従兄弟の姉に怒られるのもさることながら、普段は優しい祖母が怒るともう一人いる厳しい祖母以上に恐ろしい。


 その事をよく知る少女は怒りの様を想像しびくっと背筋を振るわす。


 ましてや守備隊の一人を思いっきり殴り倒した事が知られれば、過去最大の怒りとお仕置きを貰う事は必須。 


 先の事を考えるなら、今回は諦めて次の機会を伺うという選択肢もあるのだろうが、叱られたくはないという子供らしい思いが少女にもう後には引けないと決意させていた。


 だがそう易々と思うようにいかない事も少女は重々承知している。


 不意をつけたのはあくまでも先ほどの騎士が少女の存在に驚き油断していたからにすぎない。


 逃げるだけなら後れを取る事はそうそうないが、直接的な戦闘では守備隊騎士達には到底及ばない。


 逃げ続けて引っかき回していればそのうちに業を煮やし、下の湖へと続く唯一の道である階段回廊を封鎖している騎士達の一部も追跡に来るだろう。


 後は手薄になったその隙に突破すれば良いという予測も外れてしまった。


 唯一少女にとって有利なのはまだ自分の正体がばれていない事くらいだろうか。


 しかし先ほど倒した騎士は通信魔具は壊して縛り付けて森に放置したが、いつ目覚めるか判らない。


 騎士の口から正体がばれたら追っ手の騎士達も、相手が少女なら多少のことなら大丈夫だろうとある意味遠慮が無くなってくる。


 もっと早く階段回廊に近づけていれば、他の手もあったかも知れないが、まだここは離宮と回廊の中間点ほど。


 突破しても突破しても回り込んでくる巧みな騎士達の配置で思った以上に、南に下れなかったのが痛かった。



「バレイドめ。頭は硬いがやはりお祖母様が選んだだけあって優秀だ。しかも勝負に出たな」



 騎士達の配置が換わったのは、必要以上にこちらを警戒し森に騎士を分散させるのを止めてパ-ティによる連携戦を仕掛けてくる兆候だろうと、守備隊長の慎重でありながら必要とあれば大胆な手も打つ性格から少女は予測する。


 一対多の状況になれば不意を突くのは難しく、早々に捕まるのは必至。


 だが網の目が広がり立て直しが出来ていない今この瞬間が最後の好機である事も事実。



「ん……仕方ない。抜け道と潜伏でいくか……登ったことはあっても降りたことはないが、まぁ私なら何とかなるだろう。ちょっとお腹もふくれたし全力だな」



 まだ幼くあるが明晰で回転の速い頭脳を持つ少女は活路をすぐに見いだし、芯だけになった林檎を名残惜しそうに見てから口に放り込むと立ち上がる。


 目指していた階段回廊へのルートをあっさりと見限り、林檎の芯をポリポリと囓りゴクリと飲み干す。


 先ほどまで引っかき回す為にわざと抑えていた移動速度を全力にし、包囲網が再度配置される前に抜けようと、強い風が吹き荒れる中を西へと向けて突き進み始めた。




















『再発見! っ! さっきよりも速いぞ!? 猿か!?』



『西に向かってる! あっちは崖だぞ!?』



 通信魔具から次々と上がる部下達の驚愕の声に守備隊長であるバレイドは忌々しげに眉を顰めながら水をかき分ける足を速める。


 風雨はますます強くなっている。


 春嵐本体がもうすぐ其処まで迫っているのだろう。


 先ほどまでは何とか南に抜けようとする様子が見られた侵入者の動きは急に変わった。


 こちらが再包囲を完了する直前に姿を現し動き始めたかと思うと、まったく別の方向へさっきほどよりも速い速度で動いている。


 南側へ抜けるルートへと重点的に配置していた事も裏目に出て網を完全にすり抜けられ追いかける状態。


 だが侵入者が一直線に向かっているのは西側……そちらは断崖絶壁の崖しかない袋小路だった。



『ひょっとして何も知らないで、浮遊か飛翔で崖を降りる気なのか?!』



『馬鹿野郎! 魔力吸収域のことなら俺んとこの三歳のガキでも知ってる! そんな訳あるか!』



 龍冠に立ち入る事ができる者は極限られている。


 しかしその大まかな風景や特徴等は始祖の英雄譚や過去の皇族が描いた風景画等である程度は知られている。


 特に島を取り囲む湖を魔物を迎え撃ちながら越えていく始祖達の苦難は、吟遊詩人達によく謳われる場面である。


 湖の湖底から上空は雲まで届くほどの高さで広がる特殊な領域【魔力吸収域】が広がり、生命体から魔力を吸収し、発動した魔術さえもを打ち消してしまう。


 ここではよほど膨大な魔力量を持つ存在が、吸収されるよりもさらに膨大な魔力を込めない限りは魔術を行使することなど出来無い。


 それこそ龍でもなければ魔術行使は不可能。


 そんな事は子供でも知っている。


 浮遊も飛翔も使えず高い崖から身を躍らせるなど無謀の極み。


 もし無事に降りれたとしても、水深が深い為に凍る事はないが雪解け水で出来た湖水は容易く人命を奪うほどに冷たい。



「落ち着け! 逃げられないと悟りを背後関係を探られないために自ら命を絶つつもりやもしれん! それに上級探索者であればこの程度は何とかなる! むしろ森を抜ければこちらの物だ! 油断せずに追い詰める事に専念しろ!」



 慌てふためく部下達に、バレイドは叱咤の声を叩きつける。


 森から崖の間には僅かだが開けた平地があり、其処ならば数の有利が最大限の力を発揮する。


 侵入者の思惑は予想通りなのか、それともまったく違うことか。


 だがどちらにしてもやる事は変わらないとバレイドは左腰の鞘を抑えながら森の出口へと続く遊歩道をひた走る。



「……っ! 危ね! 根が張り出してる! 後ろ! 気をつけろよ!」



「……っちだ! 違う! 左前方! そっちの裏側に抜けた!」




 徐々に森の木々の向こう側に幾つもの灯りが浮かび、通信魔具越しではない怒声や罵倒が聞こえてきた。


 森の出口へと近付く事に徐々に騎士達が集結している。


 それは侵入者が徐々に近付いているということでもある。


 走りながらも息を整え、いつでも抜刀できる体勢を作ったバレイドは森を抜ける。 


 防風林である森を抜けると、風はより強く吹き荒れており、木々に遮られていた大きな雨粒が音を立てながらバレイドの軽鎧にぶつかっていく。


 途切れなく落ち始めた雷光が、周囲を真昼のように明るく染めている。


 止むこと無き雷光と轟音は、大陸中を蹂躙した春嵐がついに龍冠直上に到達した証だ。


 照らし出された崖の先端に探していた侵入者の姿があった。 



「其処までだ! 動くな!」


 

 崖の直前で足を止めて立ち止まる侵入者の背中に向けて、バレイドは抜刀して警告の声を発する。


 だが侵入者はバレイドの警告には何の反応もせず湖を見ている。


 諦めたのか、それとも何か企てているのか。


 その背中からは窺い知ることは出来ない。



「半包囲陣! 距離はこのまま!」



 彼我の距離は20歩ほど。距離を保ちながらバレイドは侵入者の出方を見る。


 次々と森を抜けてくる騎士達は、バレイドの指示に従い同等距離の半円形の配置についていく。


 多方向からの同時攻撃を捌ける者などそう多くはいない。


 最後の騎士が森を抜けて配置につき包囲網が完成すると同時に、侵入者が突如振り向いた。


 騎士達が一斉に身構える中、侵入者の声が響き渡る。



「ん。揃ったか。やはりお前達は優秀だな。ここまで追い詰められるとは思わなかった」



 雷鳴轟く中にも朗々と響く幼くも通る声と、それには不釣り合いな傲岸不遜な物言いが響き渡った。


 どうやら侵入者は諦めたのでも、何かを企てていたのでも無く、ただ全員が揃うのを待っていただけだと、その正体と共に騎士達全員が一瞬で気づき呆気にとられ声を失い狼狽する。



「これなら安心して去ることが出来る。だから褒美だ。ミュゼに手紙を残した以外は誰にも何も言わないつもりだったが別れの挨拶をする事にした。感謝しろ」




 それは騎士達にはあまりにも聞き覚えのある者の声と話し方だった。 


 彼等が必死で隠し通してきた秘匿存在。


 帝国の命運を握るといっても間違いではない少女。


 予想外の事態にバレイドも動けずにいる所で、少女は顔を隠していたフードを脱ぎ捨てる。


 黒檀色の艶のある黒髪と少し吊り気味の勝ち気な目に浮かぶ同系色の瞳で騎士達をぐるりと見回すその顔には、楽しげな笑顔が浮かんでいた。



「私の事情は皆知ることだな。だからあえて何も言わん。とにかく私は生まれ変わることにした。だからこの姿で会うのはこれで最後だ。バレイド。お祖母様達のことは任せたぞ。お前なら信頼できる。あぁ、それとデュランは森に転がしてあるから拾ってやれ。武器代わりに持ち出した燭台で思いっきり殴り倒したが、蝋がクッションになったから死んではいないだろう」



 妙にサバサバしているが遺言めいた物を一方的に言い切った少女はくるりと騎士達に背中を向けると遙か眼下の湖へと目をやり、そしてあっさりと崖に向かってその身を投げ出した。



「「「「「「「っ!」」」」」」」



 予想外の事態に固まっていた騎士達が思わず息をのみ、幾人かはとっさに少女が身を投げた崖に駆け寄ろうとする。その先頭は守備隊長であるバレイドだ。


 何としても助けようと自然と身体が動いていたのだろう。



「くっ!」



 しかし突如目の前が明るく染まったかと思うと、間髪入れずに衝撃を伴う轟音が響き渡り、バレイドの身体は吹き飛ばされていた。



「っ! なんだ今のは!?」



「ら、落雷です! けが人いるか!?」



 被害を免れた騎士の一人が答え、同僚の無事を慌てて確かめる。


 少女が身を投げ出した崖。まさにその位置に巨大な落雷が降り、騎士達の接近を阻んでしまったのだ。



「雷だと。なぜよりにもよってこの瞬間に」



 衝撃で痺れる身体を無理矢理に力を入れて立ち上がったバレイドは、崖に駆け寄り遙か下方の湖面を見つめる。


 今飛び降りたはずの少女の姿は確認出来ない。


 いつの間にやら雨は止んでいた。


 天を覆い尽くしていたはずの黒雲は忽然と姿を消し、雲一つ無い満天の星空と白く染まる月に照らし出される夜空が姿を現していた。


 嵐の残滓は周囲に残る水と未だ強く吹き荒れる風だけ。


 今年の春嵐も龍冠直上で忽然と姿を消してしまった。


 それと同じように少女もまた、彼らの目の前から姿を消していた。



「なぁ……夢じゃねぇよな。あれって。まさか絶望して命を断たれたってことなのか」



 異常事態に誰もが呆然とする中、腰が抜けたのか座り込んでいた一人の騎士が声をあげる。


 少女の最後の物言いと状況は自殺したと思わせる。


 だが言葉を発した騎士本人も信じられないといった表情を浮かべていた。



「んなわけあるか! 自分から命断つような性格か!?」



 同じように倒れていた隣の騎士が立ち上がりながら怒声をあげる。


 理不尽すぎる状況に抑えきれない怒りがわいているのだろう。



「だがよ。ここ一年間の間に起きたこと考えてみろよ。お母上を亡くした上に出生の事まで知ったんだぞ。その上魔力も瞳の色も無くして、かなり落ち込んでただろ……万が一って事も……悪い。やっぱ無いわ。そうなると何時ものアレか」



 倒れ込んだ拍子に泥だけになった軽鎧を手で拭う騎士が溜息混じりの声で呟くが、少女の性格を思いだしたのか、途中で意見をひるがえした。


 一応は不敬罪に当たるので言葉を濁しているが、それは少女の代名詞ともいえる特徴だった。



「アレだろ」



「アレだな」



「どうにかならんのか突き抜けたアレっぷりは。つーか助かる目算あったのか。ここから飛び降りて」



 ここにいる者達は皆、幸か不幸か少女の能力と性格をよく知っている。


 傍若無人で傲岸不遜。


 常に強気一辺倒で引くことを知らない猪突猛進ぶり。


 そして年齢離れした異常なまでの戦闘能力と、それすら霞むほどの異常思考。


 世界に絶望して死ぬくらいならば、世界中の自分が気にくわない者を全て斬ればいいと真顔で宣う少女ならば、どのような状況であっても自ら命を絶つという事は有り得ない。


 崖から飛び降りても助かる確信か方法があったのだろう。


 少女だけに通用する思考の中では。


 ここにいたり少女が何時もの特徴的な行動に出たのだろうと、全員が一斉に考えどうにも抑えきれない溜息を一斉に吐き出すとどうしますかとバレイドに目をむけた。



「すぐに湖面及び周辺部の捜索。それと帝都の陛下……はまずいな。カヨウ様に連絡。ケイネリアスノー様が過去最大の”アレ”な事をしでかしたと。それで伝わる」       



 少女の特徴。


 それは常人離れした肉体能力と卓越した頭脳を持ちながら、ある事情からあまりにも一般離れしてしまった思考に基づき、他者には理解できない独特的すぎる行動を起こす事にあった。


 端的に言えば少女は”バカ”であった。

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