こんな夢を観た「成層圏を遊覧する」
1万人乗り大型航空機は、成層圏を流れるように航行しているところだった。
「お客様、左下に見えますのが南極でございます。ただいまは昼間のためご覧いただけないのが残念ですが、夜間には眼下にオーロラが輝く様子がご覧いただけます」
CAが、まるで遊覧バスのガイドのように観光案内を務める。彼女はタコそっくりの姿をしていた。ピンクの制服に縫い付けられた胸のアップリケも、タコのような生物がモチーフである。
この航空会社は、火星人が運営してるのだ。
CAは昔を懐かしむような口調で続ける。
「わたしどもが初めて地球を訪れたとき、この惑星はまだ単細胞生物の住む、原始的な星でした。わたしどもは進化を促すために、ほんのちょっとだけ手を加えさせてもらいました。そのときの研究班に、何を隠そう、実はわたしも参加しておりました」
わたし達地球からの乗客は、おおっ! と感嘆の声を上げた。
1人の青年が、
「そこから今日に至るまでは、おそらく何千万年もかかったと思うんですが、なんのために人類へと進化させたんですか?」と無邪気に尋ねる。
「はい、10億年以上もかかりましたが、それだけの価値はあったのです。わたしどもは、あなたがたとビジネスを行うことが目的でした。そして、今ではこうして、公正な取引きが実現できました」
わたし達は惜しみない拍手を送るのだった。
上機嫌の中年男性が、口笛で「熊ん蜂の飛行」を吹き始めた。ただでさえ難しいこの曲を、さらに3割アップのテンポで器用に奏でる。
音程も正確で、リズムに狂いはないのだが、すきっ歯からもれるシューシューという空気の音が、何ともいえず耳障りである。
そんな男を、CAはやんわりと注意した。
「お客様、大変に申し訳ありませんが、成層圏での口笛はご遠慮下さいませ」
中年男性は口笛をやめ、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「地球の近辺も、大昔のように静かではなくなりました。あちらこちらの銀河から、安住の地を求めて、エイリアン達がさまよい来るのです。彼らの中には、心穏やかではない者達も少なからず存在します。成層圏より上での口笛は、そうした連中をいたずらに呼び込んでしまうことがございます」
やがて、船は、地球の夜の側へと入っていった。大部分が漆黒の海だったが、陸地にはところどころに光が点在している。
「あれらの点が、それぞれ1つの街なんだなあ。宇宙から見る地上って、つくづくちっぽけだ。1人1人なんて、この上もなくはかない気がしてくるなぁ」わたしは感傷的な気持ちになった。
その時、航空機と並んで浮かぶ、奇妙な光の存在に気づいた。ボウフラによく似た姿をしている。
「あのー、窓の外に変なものが飛んでますが、あれは何でしょうか?」わたしがそう言うと、CAはもよりの窓から外の様子をうかがった。
いくぶん、困惑したような表情で、
「先ほどの口笛で、通りすがりのエイリアンの気を引いてしまったようですね。願わくば、無茶をしない種族でありますように……」
巨大なボウフラは、航空機の回りを数度ばかり旋回すると、やがて離れていった。好奇心旺盛な仔犬が、ぷいっとおもちゃに飽きてしまった時のように。
ああよかった。わたし達の地球に寄生して、いつの間にか血を吸われるのでは、と心配だったのだ。