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習作

雪の日の夜に歌ったのは

作者: 彼方此方

深夜のオリンピック開会式のテレビ中継に夢中になり、眠ったのは朝四時を大きく回っていたのにも関わらず、目覚めた瞬間確認した時計の針は、朝の九時半を指していた。

午前中と括られる範囲に余裕で入る時間帯に起きれた自分を脳内賛美しながら、二度寝の為に温もりの保たれた布団へと再度、潜り込もうとすると、視界の隅のスマホがメール着信を知らせる光を点滅させていた。

その静かな点滅の意味する可能性に、背中がいやな汗を掻き、エアコンが消えたままの朝の冷たい室内の気温よりも更に一段階下の冷たさが背筋を襲う。

今日も朝から、子供向けの音楽教室の補助バイトの予定が入って居たのを思い出し、慌ててベッドから飛び降り、カーテンを開けて確認すれば、窓から見える世界は、ここはスキー場かよ!と突っ込みたくなるほど一面の白銀で、おもわず手にしたままだったカーテンを一度閉め、現実逃避を考えてしまった。


どう考えても、寝る前にちらつき始めていた粉雪が原因だ。

部屋は寝る前と変わっていないのだから異世界に飛んでしまいましたとか、そんな都合のいい事は起きてなさそうだ。あの粉雪が集団行動を長時間続けた結果以外ありえない。

確認の為、テレビをつけると、画面の周りに交通機関の麻痺を伝える情報が乱舞している。必要な情報だけピックアップしていく中、バイト先までの路線名に遅延の文字が付属しているのを見つけ、がっくり肩を落す。

始業時間まで後二分、どんなに頑張ってもこの雪の状態なら、現地着まで30分は掛かるだろう。

取り急ぎ、遅れる旨の連絡を入れなければと、出勤していない事に対しての心配から送られたであろうメールを確認すれば、予想は思いも寄らない方へと外れていた。


『本日、記録的積雪の為、臨時休業とします』


一時間以上前に送られてきていたメールの、その一文に焦りまくっていた体から急激に力が抜け、思わず氷の様に冷たい筈の床にぺとりと座り込み、あまつさえ、気持ちいいなどと思ってしまった。




*****





粉雪舞う中、昨夜口ずさんだのはドヴォルザークの一曲。

彼が子供の頃、よく歌っていた童謡に似た所がある曲だった。


懐かしさを感じる積雪量に、つい勢いで、きちんと整えてしまった身だしなみのまま、車の轍だけが目立つ住宅街の道を散歩する。人気のない道を満喫しようと、アパートの周りをうろうろすれば、なぜか気の合う大家の家の子供達と遭遇した。



古い古いこのアパートでは壁が薄くて、ヘッドホン無しではピアノの練習さえ出来ない。心のままに大声で歌うことも出来ない。けれど綺麗な防音設備の整ったアパートに暮らせる生活よりも、今はこのアパートで出来るだけ長い時間を過ごすことがとても幸せだった。



小一時間以上かけて、小学生の姉妹と、アパートの敷地内に作ったのは、昨夜テレビのニュースか何かで見たマトリョシカをイメージした雪だるま。

子供達の笑い声と私の歌声に気がついたのだろう。彼が二階の自室の窓を開け、背を向けたままの私に隠し見られていることも気が付かず、こちらを楽しそうに見つめている。


気が付けば、絶対音感は持っていたのに、学力は全くと言っていいほどダメだった。だから、彼と同じ小中高には進学できなかった。

彼は幼い頃、一緒に雪だるまを作った事を覚えているだろうか。



今日は、ボロディンのオペラの一曲。

昨日、同じテレビ中継を見ている音が深夜の澄んだ空気の中、薄い壁越しに聞こえたから。



さぁ、あなたの元に、この歌が届きますように。





今朝、起きたら予想以上の白銀の世界で驚きました。

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