怖がり少女が還るトコロ
人物紹介
灯:怖がりな16歳の女子高生。
兄:名は蓮。20歳の大学生。
父:名は環。怖がりなおっさん。
母:名は鈴鹿。基本クールな人。
着物姿の男性:以前、灯が迷子になった時に助けてくれた人。
灯は、微睡んでいた。
炬燵に入り、ぬくぬくとしているうちに、眠たくなったのだ。
瞼がだんだんと重くなり、そしてゆっくり閉じた。
「おい、小娘」
男の声が聞こえる。
「んー?お兄ちゃん?うるさいーー」
「お前の兄ではない!起きろ」
「ハイハイ・・・」
適当に返事をしながら、灯は小さい寝息を立て始めた。
「起きろと言っているだろうが!」
灯は頬を叩かれ、目を開く。
目の前には、黒猫がいた。
寝ぼけまなこで、黒猫を見る灯。
「目をさませ!」
頬に猫パンチを4回されて、ようやく覚醒した。
そして、びびった。
「ね、猫がしゃべってるぅ!?」
「わしは猫又だからな」
「ネコマタさん・・・」
「名は小太郎だ」
「ネコマタ・コタローさん・・・」
「そうだ、小娘。覚えておけ」
猫としゃべっている。
その事実に、灯は口をポカーンと開けている。
なぜ、猫としゃべれるのか。
まて。
最近テレビの番組でこのようなことを言っていたではないか。
ある特殊な能力を持った人間たちが、その能力を披露する番組。
それに出た動物としゃべれる女性が、『私はこの能力は特殊なんて思ってません。ただ私は、普通の人より心が綺麗なんですよ。だから、しゃべれるんです』と。
私は、心が綺麗だったんだ!
そこまで考えて、興奮し、鼻息が荒くなる灯。
灯の兄が炬燵のある居間に来た。
「あ?なんか猫が入りこんでる」
「わしはただの猫ではない」兄の言葉に黒猫が答える。
「おお。しゃべるぞ、この猫」
「猫ではない。猫又だ」
「ああ、猫又か」
この兄が、心が綺麗なはずはない。
灯は先ほどの考えを、すぐに打ち消した。
灯の父と母が、荷物を持って、居間に来た。
「灯!またゴロゴロして!準備はすんだの?」と灯母。
「すんだよ」
しれっとそういう灯に、疑いの眼をなげかける母。
確かに済んだ。適当に服や小物をバッグに詰め込んだだけだが。
自慢じゃないが、O型だ。灯は仕事がはやい。しかし、適当だ。しょうがない、O型なのだから。
「お?猫がいる」と灯父。
「猫ではない。猫又だ」黒猫が答える。
「あら、本当。尻尾が2つあるわ。まごうことなき猫又ね」と灯母。
確かによく見てみれば、尻尾が2つある。
尻尾が2つある猫ってしゃべれるのか。知らなかった。
心が綺麗だからしゃべれるんだと勘違いした自分が恥ずかしいが、口に出さなかったからセーフだ。
「そうだ。猫又の小太郎だ」と黒猫は自己紹介をする。
「小太郎さん、申し訳ないんだけど、私たち、これから出かけるのよ」と灯母。
そう、灯達は、これから出かける。
父の実家に、家族で初めて行くのだ。
「ならば、待っといてやろう」と偉そうに黒猫が言った。
「ちょうど良かった。留守にするのが心配だったんだ。待っとくついでに変なものが入ってこないように、見張ってくれ」と灯父。
「しょうがない。このわしが留守番をしてやろう。早く帰って来い」
母は、箱に使わない毛布を入れた。
そこに黒猫が入り、丸まった。
「さぁ、行こうか」
父のそのどこか硬い声を聞いて、灯は立ち上がった。
灯達は、歩いていた。
いや、ずっと歩いて移動していたわけではない。
新幹線と電車とバスに乗ったのだが、父の実家がある村にはさらに歩いて移動をしないといけないのだ。
早朝に出発したのだが、すでに夕方になっている。
ようやく父の実家がある村へ到着した。
「うわぁ・・・。なんかあの村みたい。ええと、なんだっけ・・・。八つ・・・八つなんとか村。ほら、映画とかになってるやつ。見たことないけど」と灯。
「ああ、あれだろ?八ツ橋村」と灯父。
「あ、そうそう!八ツ橋村!さすがお父さん!」
灯がそう褒めると、父は照れて頭をかく。
2人の会話を聞いて、「八つ橋ってなによ・・・」と呟いてひどく疲れた表情の母がため息をついた。
それをいうなら八つ墓村だろう。
灯の兄も、母同様に心の中で突っ込んだ。しかし、彼も疲れていたため、声を出して突っ込む元気がなかった。
日が暮れてるせいか、村人にだれ一人会わなかった。
しかし、どこか視線を感じる。
閑散としていて、少し気味の悪い村だ。
民家から少し離れたところに、外壁に囲まれた大きな屋敷があった。
「わぁー、すごい大きい家だね」と灯が言う。
「ここがお父さんの実家だよ」と父は静かに言った。
「ええ!?」と灯と兄は豪邸を二度見して、驚く。
「相変わらず嫌なところねぇ」と母はしみじみと言う。
「よし、いくぞ」いつもより顔色を悪くさせながら、何かを奮い立たせるように父はそういって門を開けて敷地内に足を踏み入れる。
灯達はその後に続いた。
屋敷の敷地内は大変広く、何故か木が沢山ある。
まるで林のようだ。
ある道を歩いて、ようやく玄関に行き着いた。
父は玄関の扉を開けて、ビクッと身体を震わせた。
その様子に不審に思った灯は父の背中から顔をのぞかせて、父の視線を追うと同じようにビクッと身体を震わせた。
玄関の土間に、能面のような顔の着物姿の女性が佇んでいたのだ。
つるりと白い顔に細い目がある。その顔はニンマリと笑っていた。
「お帰り、環坊っちゃん」
環とは灯の父の名前だ。
「あ、ああ。ただいま。相変わらずだな、お七」
「坊っちゃん、それは褒め言葉かい?まぁ、元気なようで、安心したよ。お鈴、お前とも久しぶりだねぇ」
母の名前は鈴香という。
「あ、はい。お久しぶりです、お七さん」
「そこの美味しそうな二人が、あんた達の子供かい?」
お七が灯と兄を見て、ニタァと笑う。
それに灯は背筋を凍らせた。
「え、ええ」引きつった愛想笑いをした母。
「ふふふ、大丈夫さ。何にもしないよ。さて、環坊っちゃんと美味しそうな坊やはとっとと上がりなよ。お鈴と美味しそうな嬢ちゃんはこれを」
そう言って、お七は白い浴衣と手ぬぐいを母に手渡した。
母は、それを受け取り、「灯、行くわよ」と灯の手を引っ張り、玄関から外へ出て、歩き始める。
「お母さん!どこいくの?」
灯はひっぱられるままに歩く。
「禊よ」と母は淡々と答えた。
「みそぎって何?」
「お父さんの実家では女は家に上がる前にしないといけない、しきたりなの。まぁ、やれば分かるわよ。かなり寒いけど、我慢しなさい」
そういい、母は、敷地内にある池に着いたら、「これを着なさい」と灯に白い浴衣を渡した。
母は素早く衣類を脱いで、白い浴衣に着替えた。灯も、真似をして慌てて着替える。
「お母さん、着替えたよ。これでどうするの?」
何故か、母は池を睨んでいた。
「さぁ、突入するわよ」
そう言うと、母は、いきなり灯を池のほうに突き落とした。
灯は、水飛沫を立てて、池の中に落ちた。
冷たい、寒い、溺れる、死ぬ!
手足をバタバタと動かして灯は溺れそうになっていた。
「何してるの。この池、浅いから、足つくわよ」
灯と同じく池に入ってきた母が、溺れかけている灯を冷ややかな瞳で見て、そう言った。
冷静になった灯は、確かに足がつくことに気づいた。
「頭に、こうやって水をかけたら、後は身体を軽く洗っておしまいよ」
母の真似をして、頭に水をかけて、身体を撫でるように洗う。
母は平然としているが灯は、寒さに歯をガチガチと鳴らしていて、唇は青くなっていた。
2人は、池から上がり、手ぬぐいで身体の水分を拭く。
衣類をまた身にまとい、寒さで死にそうな2人は駆け足で、先ほどの玄関に戻った。
そこには父と兄の姿はなかったが、先ほどと同じ場所に、ぼうっと、お七が立っていた。
「寒かっただろう。さあさあ、早くおあがり。暖かい部屋で環坊ちゃんと美味しそうな坊やが待ってるよ」
お七の言うとおりに、灯と母は玄関から家の中に入る。
お七が廊下を歩き始めたので、2人は付いて行く。
廊下がとても長い。
そして、灯1人だと迷子になりそうなくらい屋敷は広かった。
廊下を歩いていると、障子が閉まっている部屋から、コソコソと話し声が聞こえた。
『おや、お鈴ではないかい?』
『ああ、本当だ。美味しそうな生娘も連れてるよ』
『あの娘、さっきの坊主よりも美味しそうだなぁ』
『あれは食べちゃだめなのか?』
『お屋形様がだめだと言っていただろう』
『そうだ。勝手に食べたら消されるぞ』
『それはやだねぇ』
『ちょっと味見するのもだめかい?』
『阿呆、見てみろ、あの娘。環の坊主とお鈴の子供だ』
『ああ、本当だ。よく見てみたら、似ているじゃないか』
『なら味見も出来ないね』
『ああ、残念だ』
『残念だ』
『舐めるのもだめかい?』
『こりないやつだなぁ、お前は』
クスクスクスと、数人の笑い声が部屋の中から聞こえた。
灯は寒気を感じて、母の服をつかみ、口を開いた。
「わ、私たち以外にもお客さんがいっぱい来てるんだね」
母は、その言葉に首を傾げたが、「ああ、灯は耳が良いから聴こえたのね」と呟いた。
前を歩いていたお七は、ピタリと止まり、灯のほうへ振り向いた。
「おやおや、お嬢ちゃん。あのモノ達の声が聞こえたのか。それは、とても、いいことだ」
お七はそう言って、細い目を薄っすらと開き、舌なめずりをした。
囲炉裏のある部屋に案内された。
父と兄が囲炉裏のそばにいた。
灯は兄を見ると、慌てて兄のそばに寄り、兄に身体をつけ、隣にぴったりと座る。
そして囲炉裏のほうへ手を伸ばし、暖を取る。
「なんかあったのか?」と兄が問う。
「もー、散々だよー。お母さんにいきなり池につき落とされたし、この屋敷、人がいっぱいいてなんか怖いし」と灯がブスッとした顔で言った。
「禊だから、しょうがないじゃない」と母も父の隣に座り暖を取っている。
「ああ、さっきどっかに行ってたのは、禊をしに行ってたのか」兄は静かにそう呟いた。
父は黙り込んでいて、囲炉裏をぼうっと見ていた。
「失礼致します」
障子の向こうから女の子の声が聞こえた。
「どうぞ」灯の父が返事をする。
灯達のいる部屋の障子が、静かに開いた。
そこに膝をついていたのは、着物姿の女の子だった。
女の子は目を伏せていて、中に向かって一礼した。
「夕餉の準備が出来ました。ご案内致します」
父が立ち上がる。
灯達はそれに続いた。
着物姿の女の子に案内されて、行き着いた部屋には、お膳が並んでいた。
そして、部屋の上座には着物姿のストイックな雰囲気の壮年の男性が胡座をかいていた。
その男性の隣には、男性とそっくりな、しかしどこか愛想が良さそうな青年が座っていた。
その青年に見覚えのある灯は、どこであったんだろう、と首を傾げた。
青年は灯を見て、にこりと笑う。
「あ!迷子になった時に助けてくれた人!」
と、灯は手を叩いて思い出した。
最近の出来事だ。
灯の帰宅途中、拍子木を鳴らしながら追いかけてくるいたずらっ子から灯は必死に逃げていた。
その時に偶然会ったのが、この青年で迷子になった灯を元にいた道に連れて行ってくれたのだ。
ここにいるということは、灯の血縁者なのだろうか。
「なんだ、灯が会った着物の男は、息子の方だったのか・・・」と父は、灯の様子を見て、呟いた。
壮年の男性に、薦められるままに灯達は座り、夕餉をいただくことになった。
「兄貴、小夜さんは?」
父が壮年の男性に問いかける。
壮年の男性は、どうやら父の兄だったらしい。
「体調を崩している。相変わらず、体が弱くてな。お前達に会うのを楽しみにしていたんだが・・・」
壮年の男性は苦笑して、そう答えた。
「それよりも、お前達に娘がいたなんて知らなかった。なんで、教えてくれなかったんだ。梓が気づかなければ、ずっと知らないままだったかもしれない」
壮年の男性が、灯を見て、次に隣にいる青年を見た。
青年の名前がきっと梓なのだろう。
「教えても、ろくなことはないからな」
父は吐き捨てるようにそう言った。
「まぁ、そう言ってくれるな。子供達が訳が分からないと言ったような顔をしているぞ。自己紹介でもしようではないか」
そう言った壮年の男性は、灯達の方に顔を向けた。
「はじめまして、だな。私は、環の肉親の兄で、名前は静だ。よろしく頼む。鈴は久しいな」
灯の母は「お久しぶりです」と、手をついて一礼する。
「これは、私のせがれだ。名は梓。歳は24になった」
紹介された青年は、にこりと微笑み、一礼して挨拶をした。
「叔父上、叔母上、お久しぶりです。梓です。従弟、従妹もよろしく」
灯の父はまじまじと彼を見て「大きくなったなぁ」と呟いた。
「息子の蓮です」
灯の兄がペコリと頭を下げて言う。
それにならって、灯も慌てペコリと頭を下げて、「娘の灯です。よろしくお願いします」と挨拶をした。
それからは、親は親でお酒を飲みながら、子供は子供で、それぞれ会話をしていた。
「2人とも何歳なの?」
「俺は20歳で、灯は16歳。大学生と高校生だ」と灯の兄が答える。
灯は、ときおり相槌を打ちながら、夕餉をもくもくと食べる。
そして、お腹がいっぱいになり、次は眠気が襲ってきた。
今日はいっぱい動いたのだ、しょうがない。
それに、いち早く気づいたのは、兄だ。
「灯、眠いのか?」
灯はコクンと頷く。
その様子を見ていた、従兄弟が笑って言った。
「蓮君も疲れただろう?2人とも休んだらいい。寝室に案内するよ」
従兄弟の言葉に甘え、お酒を飲む父と母と叔父に挨拶をして、灯達は寝ることにした。
寝室には既に一組の布団が敷かれていた。
「灯ちゃんはここで寝てね」
従兄弟はそう言うが、灯は首を横に振った。
「怖いから、お兄ちゃんと一緒に寝る」
「おい、灯。家じゃないんだぞ」兄が睨んで灯に言う。
「家じゃないから、怖いんだもん」
兄はため息をつく。
「わかった。蓮君の布団をこちらに持ってくるよ。蓮君、布団を運ぶのを手伝ってくれ」と従兄弟が苦笑して言う。
「ああ」と兄は答える。
「灯ちゃんは寝てていいからね。おやすみ」
従兄弟は優しくそう言う。
「うん。おやすみ。お兄ちゃん、絶対来てね」と灯は言うと、2人は出て行った。
布団の横にある、浴衣に着替えて、布団の中に入り込む。
あ、お風呂入ってない。
けど、水浴びしたから、いいか。
そう思いながら、灯はすぐに眠りについた。
翌朝、灯とその隣に寝ていた兄は、父に叩き起こされた。
荷物を抱えた父は何故か、異様に不機嫌だ。その隣には、眠そうな母が立っていた。
起きた灯と兄に、父は開口一番にこう言った。
「こんなところにいてられるか。とっとと家に帰る。準備しろ」
理由を聞く暇もなく、急かされて、灯と兄は着替えて、自分の荷物を持った。
足早に玄関に向かう父を追いかけながら、「挨拶とかしなくていいの?」と灯が聞いたら、父は鼻で笑い、「そんなのしなくていい!」と言った。
玄関にはお七がニンマリと笑って、立っていた。
「もう帰るのかい?残念だねぇ。次、来る時は、お嬢ちゃんは白無垢を着ているのかもしれないね。ああ、楽しみだ」
そう言ったお七に、父はギッと睨みつける。
「そんなわけあるか!こんな家、2度とこない!」
父は吐き捨てるように言った。
そして、灯たちは、屋敷から去ったのであった。
帰りの新幹線で、隣にいる兄に、灯はコソコソと耳打ちをした。
「ねぇねぇ、何しにお父さんの実家に帰ったのかなぁ?」
兄は「さぁな」と答えた。
その表情は父と同じく、不機嫌そうであり、灯は首を傾げた。
そんな灯が、
ネコマタと
お七さんと
ヒソヒソ話にびびった
そんな2日間の話。
灯視点では多くの謎が残るので、近々、この話の兄視点、父視点を執筆する予定です。