闘争1
「やめろ!」
瞬時に廊下の空気がピンと張り詰める。数人の目撃者たちは喧騒の細い糸が張り巡られた様な空間の中で動けずに俺たちを凝視していた。
「何、マジになってんだ、お前」
先程までリカと談話していた男は、半分小馬鹿にした表情で冷たく笑って言い放った。
この男の言動がいちいち鼻にかかるのは、今に始まったことではない。だが今度ばかりは許せなかった。頭の中が沸騰して、冷静な判断が出来ない。怒りの衝動に身を任せた結果、先の大声が期せずして放たれたのだ。
こいつは前からリカに付き纏っていた一組の男子生徒だ。
俺とリカは二組なのでこの男とはほとんど接点がない、はずだった。この男がリカに声をかけるまでは。
それを皮切りに男はしつこくリカと絡もうと移動時間や昼休み、放課後までいちいち二組に入り浸っては俺達の様子をうかがっていた。正確には俺の監視が解かれるのを今か今かと待っていたのだ。
だが生憎、俺はいつまで経ってもこの男がリカと接するのを許す気はなかった。それを見抜いてか男はリカ1人の時を狙って頻繁に話しかけるようになった。リカは誰に対しても穏やかで優しいので男にも何の警戒もなく―俺に接するように柔らかな空気を纏って応対した。
そして今日も俺がリカのもとに辿り着く前に廊下でリカと会話しているのが遠目から見えた。百歩譲ってそこまではいい。リカは俺だけのものじゃ無いのだから。
が、何を思ったのか男はいきなりリカの腰に手を伸ばし、抱きすくめるように体を寄せた。
リカはきょとんと大きな瞳を丸くしていた。遠くでそれを見た俺はたまらず駆け出し男の背中に殴りかかりありったけの声で叫んでいた。
「冗談だろ、ただの。こんなんでマジになって馬鹿じゃねぇの」
「冗談でもやめろ!リカをなんだと思ってやがる!」
「お前こそリカとずっとくっついて、何なんだよ気味悪ぃ。お前こそリカをなんだと思ってんだよ、自分だけの所有物か?」
「リカを物みたいに言うな、お前の物みたいに扱うな!」
かっとなった頭はすぐには冷めない。今までの鬱憤もあって俺と男はいよいよ本気で闘争の空気を匂わせていた。