少女と神、あるいは娘と残酷な主
家に帰るのは憂鬱だ。
リカと出逢ってから、その温もりに触れたせいで一層惨めな気持ちになってしまう。光を知った代償に影も付いて来たように。
「挨拶くらいしろ」
ドアノブを開け、靴を脱ぐときに挨拶はしたつもりだったがこの男には聞こえなかったようだ。
怒りの鬱憤を晴らすための獲物がようやく戻ってきたので、男は玄関先にわざわざ出向いて苦言を垂れた。
俺は黙って俯くしかこの場を治める術を知らないとでも言いたげに、しょんぼりと頭を垂れた。
そうやって落ち込んでいるふりを続けたら男の怒りは冷めるのではないかと錯覚して。
だが逆効果だった。
「何だその表情は、陰気な顔ばかりして何か文句があるのか」
散々繰り返された対話。だが男の態度はその日によって落ち着きを見せることもあれば逆に火山が噴火することもあり、俺にはどう対処すべきかまるで分からない。誰かこの気まぐれな男の取扱説明書でも持ってきてくれ。有り金全てはたいてやるのに。
「私に何か言うことがあるだろう」
これ以上何を望んでいるのかほとほと分かりかねる。
だがこの男に逆らってはいけない。それだけは決してしてはならない禁忌だ。この狭く薄暗い空間では男は神のようにふんぞり返っている。実際この場を統治している絶対権力者はこの男だ。禁忌を犯すと天罰が下る。
男は慣れた手つきで俺の制服のボタンを外すと、その下にあるブラウスのボタンにも手をかけてきた。
俺はじっと石像のように固まっている。
そうして生身が露呈される。ひんやりとした空気が、痣だらけの体に堪える。
「痛いか」
男は節くれだった手を、俺の痣に直接押し当てて聞いた。
俺は刺すような痛みに、うっと息を飲み込み耐えた。反応してはいけない。この男は面白がっている。
―リカに会いたい。今すぐにでも―
夜が明けるまでの闇は永く無限にも感じられるのだ。