道化師の出逢い
リカと初めて出逢ったのは、高校の入学式だ。
初めて触れる高校の机、見知らぬ他校の中学から来たクラスメートたち。誰も彼も緊張と僅かな期待、一抹の不安を纏いながら騒がしく初めての交流に躍起になっていた。
リカは、そんな張り詰めた空気の中とても穏やかな表情でピシっと姿勢を正し椅子に腰掛けていた。まるで喧騒や緊張などどこ吹く風で、柔らかな息吹を纏っているように、澄んだ瞳をしていた。
俺はというと、配られたプリントに目をやってぼうっとしていた。あと2,3日もすれば幾許かの人数で派閥ができていくのだろうと、ぼんやりとプリントの文字を目で追うでもなくただ凝視して時間が過ぎるのを待っていた。
ただどうしても、リカ―この時は名前も知らなかったが―の纏う優しげな静寂が、俺の心に留まっていた。そんな時。
「ねぇねぇ、マコト・・・さん?でしょ?」
女子が声をかけてきたので、俺はぐいっと思い頭をあげて声の主に振り返った。数人の女生徒が、新品の制服に身を包んでいかにも浮かれているように見えた。
「ウチの知り合いが言ってたんだけど。マコトって子が同じクラスに居るって。あ、知り合いっていうのは同じ部活で仲良くなった子なんだけどね」
何だか嫌な予感がした。中学の時を思い出して、道化師を必死で演じてきた自分の過去をほじくり返されるのではないかと。
「でね、すっごく面白い子だって聞いて。女子なのに自分のことを”俺”っていうんだって?あとよく皆を笑わせる事してたとかさ、色々」
嫌な予感ほど的中するもので、とうとう消したい過去の傷跡に触れられてしまった。しかしもうシラをきることは許されないと、目の前の女生徒のにやついた表情が如実に物語っている。
高校でもまた、ピエロを演じるしかないのだろうか。中学の時と同じように。でなければ俺の存在意義も、学校での居場所も確保できまい。ある程度の人々と上辺だけの関係を続かせていけば、独りぼっちで弁当を食べる事もあるまい。しょうがないことなのだ。
「参ったな、もう俺の噂が流れてるのか、俺も有名になったもんだね」
と、ニカッと歯を見せて笑ってやった。造り物の笑顔。だが女生徒たちは満足気に笑っていた。やっぱり、面白そうな人、同じクラスだしこれからよろしくね、等早口で捲し立ててきゃっきゃと手を取り合い去っていった。
それからというものの、俺はまた贋造物の道化師を演じきって自分の安売りに必死だった。クラスメートを沸かせる事はどこの派閥にも属せない俺にとって唯一の処世術だったのだ。
馬鹿をやって笑わせて。そんな無理を3年間続けるのかと辟易していたが表情は常に明るく振る舞わなければならない。これが苦痛だった。
俺は事あるごとに皆を笑わせ、その一方でリカを見ていた。勿論気付かれないように。暗闇の中で一点の光があるとすれば、何者にも侵されないリカの穏やかさだった。
今思えば、リカはそんな俺の心の内を見透かしていたのかもしれない。
「マコトちゃんだよね。ねぇお昼一緒に食べてもいいかな」
それから数日後、リカは俺に話しかけてきた。
「ホントはずっと話してみたかったの。私はリカ、よろしくね」