プロローグ
「もう夕陽になってる。私、この色がすき。明るい橙色に褐色が差して綺麗」
「俺は完全に日が落ちた夜の方が好きかな」
知ってる、と言って目の前の可憐な少女―リカという名の女―は、口元に笑みを浮かべて俺の目を見つめた。放課後の教室は日が欠け始め、残っている生徒は俺とリカだけだった。
リカの笑顔は心地良い。凍える旅人を癒す絹毛布のようにふわりとした暖かみを含んでいる。
俺とリカは、暫くの間お互いの目をじっと見つめて子供のようにふふっと笑い合っていた。
俺達はこうして、何でもない時間を二人で共有しては時がゆったり過ぎるのを楽しんでいる事が多いのだ。
「私が夕陽の色を好きって言った意味、分かる?マコト」
おもむろにリカが喋った。小ぶりな薄紅色の唇から紡がれた言葉。
紅い日差しがリカの均整のとれた顔半分を染め上げていて、オブジェのような神々しさがあった。
俺はと言うとリカの発した言葉の真意を計りかねていたが、ただ何となく夕陽の持つ叙情的な雰囲気が彼女の心に留まったのではないかと憶測していた。
「さぁな、単純に景色が綺麗、じゃダメか?それとも恋人が逢瀬を始めるのにはうってつけの美しい舞台を演出しているからとかか?」
マコトらしい答えだね、と言ってリカは大きな漆黒の瞳を細めて微笑んだ。
俺らしい、といえば確かに俺らしい。気障で半分巫山戯たジョークのような回答。
「正解は」
リカの細い手が頬の横に添えられ、二人きりしか居ないというのに内緒話をするように俺の耳元に近づいてきた。
リカの言動はコロコロと俺を翻弄する。
それが心地よくて俺もつい体をリカの方に寄せた。
赤い夕陽の染め上げるこの空間は世界に二人っきりしか居ないみたいで。
「色素の薄いマコトの大きな瞳の色と、そっくりだからです」
リカがそっと、甘い声で囁いた言葉に俺は耳まで夕陽に負けないくらい赤くなってしまった。