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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第二話
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愛憎の歪んだ世界①

 それは炎だった。ごうごうと渦を巻く、生命力を具現化したように躍動的な烈火。

 マルベリウス収容所に緊張が走ったのは、その日の早朝であった。

 マルベリウス収容所は北極圏も程近い絶海の孤島に建造された牢獄だ。外界から隔絶され、脱出は困難。凶悪犯罪者が最後に行き着く場所として有名である。

 最初の異変は、計器が飛行物体の接近を捕捉したことだった。即座に警備員が掻き集められ、塀の上部と広場にて耐空陣形を築く。

 依然あらゆる周波数での応答も無視し、ついに飛行物体は目視距離まで接近。

 それは炎を身に宿した怪鳥、不死鳥であった。

 不死鳥が羽ばたくたびに、翼から千切れた炎が火の粉となって舞い踊る。荒々しく、しかし幻想的に、炎の霊鳥は収容所の上空を旋回していた。

 不死鳥が急降下。警備員に迎撃させる暇を与えず、コンクリの地表に激突。爆散!

 炎そのものたる不死鳥の欠片が飛び散り、被弾し引火した警備員が、情けない悲鳴を上げて地面を転げ回る。

 警備員に動揺と恐怖が広がり、悲鳴と怒号が上がるのを尻目に、炎の肉塊となったはずの不死鳥に変化が起きていた。

 飛散した炎が粘液の蠢きで移動し、再び一箇所に集合して巨大な猛火となっていた。火炎は両の脚で立ち上がり、上体を起こし、力なく両腕を垂らす。燃える炎の頭髪は、天を突く橙炎の怒髪。双眸は蒼炎の火球、吐き出されるのは蒸気の息吹。

 立ち上がった不死鳥の残骸は、全身を炎で構成した魔人となっていた。

 体が燃え続ける音を除けば、物静かな男だった。

 炎の魔人が無造作に、右手を天に伸ばした。掲げた掌からさらに炎が発生し、成人の背丈を優に越えた火柱を燃え上がらせる。

 男を敵と判断し、警備員は警棒を手にした。数人の警備員が男へと飛びかかり、警棒を振り下ろし、突き出し、男の頭部や頚部や腹部をめった打ちにする。

 全身を殴打された男は、しかし微動もせずに平然としていた。炎で構成された男の肉体が、警棒を素通りさせていたのだ。

 熱波が発生し、男を中心に炎の輪が描かれた。それは男が手にした火柱の残滓だ。

 男を取り囲む警備員の胴体に火線が走り、発火。火柱の通過点を境界に、警備員の上半身が落下する。高熱で断面が炭化し、出血すら許されない。

 男の手にした火柱が金属の輝きを放っていた。炎が硬化し、波打つ刃の剣、フランベルジュが形成されていた。

 男が一歩を踏み出し、さらに炎の剣を一閃させる。炎の剣は警棒を易々と切断。警備員の首筋に食らいついた剣は、刃の鋭利さと炎の高熱で頚骨をも瞬時に焼き斬る。

 祝杯の始まりを告げるコルク栓のように、無数の生首が次々に宙を舞う。

 炎の獰猛さと、舞踊の洗練さ。まるで演劇の一場面を切り取ったように、男が剣をふるうたびに炎が舞い踊り、刃が隼となって飛び交い、警備員の命が燃え尽きていく。

 殺戮を続ける間も、男は無言のままだった、


「大将、こっちは終わった」

 一面の焼死体と瓦礫に埋め尽くされた牢獄で、炎の男は携帯を取り出していた。

 男の体から火種が飛び火し、収容所が炎上していく。割れた酒瓶から葡萄酒が零れ、糊で整えられたシャツは無残に乱れ、賭博場を彷彿させる緑の羅紗台も破壊されている。

 まるで上流階級の別宅と言っても過言ではない品揃えであった。その全てが最高級品であり、同時に無価値な燃焼物となっていた。

 マルベリウス収容所の実態は、脱獄不可能の牢獄とは程遠い。牢獄として建造された難攻不落さを利用し、闇社会の大物が一時の休息を堪能する別荘として改造されていた。

 本来の対象である凶悪犯罪者も収容されてくるが、それは偽装の面が強く、さらには引き抜きのために顔を広める目的すらある。

 将来有望な凶悪犯も、闇社会の大物も、目を瞑っていた警備員と職員も、分け隔てなく何もかもが燃えていた。

 男の目的は二つあった。一つは大物犯罪者の別荘と名高い収容所の破壊。

「それと悪い報せだ。一足遅かった」

 男は左手で書類を握っていた。どうやらもう一つの目的は達成できそうにないらしい。

 男の手にした書類は、とある囚人の死亡記録。しかしこの収容所にあって、死亡記録ほど信用ならないものはない。

 それはつまり、囚人の非合法な引渡しを意味していた。

「ああ、これで確信した」

 鉄格子の嵌った窓ごしに、男の視線は遥か南方を射抜いていた。男の視線の先、水平線には薄っすらと、大陸の起伏が寝そべっている。

「全ての発端は、カルギアにいる」

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