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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第八話
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ヒトの限界③-②

 アブルザヘルが踏み込むのと同時に、ザハが右腕から羽の針を、左腕から三種の息吹を放射! しかし全ての攻撃が、アブルザヘルを通過する。

 アブルザヘル本来の能力である、空間穿孔が発動。炎と冷気と毒霧と羽の針と空気分子すらすり抜けて、ザハの懐に到達。硬質の外殻に包まれた右拳に、寄棲獣並みの膂力を籠め、達人の動作で振り抜く。

 腹部に直撃を受けたザハは、あり余る威力を押さえ込めずにふっ飛ばされた。ガ山の斜面を転げ上がり、ガイ湖の浅瀬に落下する。直後に踏み潰しにきたアブルザヘルから、飛び跳ねて退避する。

「僕は筋力も防御力も格闘能力も、アブルやザヘルと比べると平均化されて弱体化している。けれど短所も平均化されて解消されている。

 平均対平均、結構いい勝負になると思うよ」

 立ち上がり、態勢を整えるザハ。口の中の血と泥をまとめて吐く。

「貴様が攻撃をすり抜ける直前と、私に攻撃を加える直前に、僅かながら風の動きを感じた。これは貴様の体積が消えて出来た真空地帯に空気が流入し、逆に出現する直前に周囲の大気を障壁系の能力で排除する必要があったためだ。道理として、障壁による空間確保が困難な地中や物体の内部には出現できない」

 それが可能なら、ザハの体内に直接出現し、脳なり心臓なり寄棲獣を破壊すればいい。

 アブルザヘルの空間穿孔は、正確には消失と出現ではなく、空間に穴を開け、そこを通過する能力だ。しかし観測上は同一の現象であり、ザハの見立ては限りなく正しい。

「加えて外圧の消失による内圧の急激な膨張、呼吸の不可能さ、各種慣性の消失などから、一瞬から数秒間のごく短時間しか消失していられないはずだ」

 たった一度の攻防で、ザハは空間穿孔をそこまで見抜いていた。厳しい顔をしたアブルザヘルがザハに指を突きつけ、

「僕は自分の不利になることは、聞かなかったことにする主義だ。お前も言わなかったことにしろ」

 とんでもなく横暴な無茶振りだった。

 夜の闇が一層深くなる。燃え尽きる直前の蝋燭が一際強く燃えるように、大津波の前に巨大な引き潮が起こるように、太陽が昇る直前こそ、夜が最も深くなる時間帯なのだ。

 夜が、明けようとしていた。

 アブルザヘルとザハの姿が掻き消え、直後に両者の中間に出現。それぞれの頬にそれぞれの右拳が入り、さらにアブルザヘルの左膝がザハの胸に、ザハの左拳がアブルザヘルの腹部に突き刺さっていた。

 両者が後方に弾き飛ばされ、アブルザヘルの体がガイ湖の湖面で水切りをし、ザハは巨木を数本も背中で破砕して停止する。

「お前は強いだけだ。そして正しいだけだ。

 ヒトは醜く、汚らしくても生きていける。地を這い、泥を啜ってでも生きていける。ヒトは自己を曲げ、妥協する弱さがなければ生きていけない!」

 アブルザヘルはカテゴリaの浮遊能力で空中に静止し、水面を蹴立てて疾走。自らの右腕を剣に変えて左手に持ったザハの横斬りを、背面跳びの要領で回避。ザハの背後に回り込み、延髄へ振り向き様の回し蹴りを放つ。

「弱さは罪だ。ならばヒトの存在そのものが、ヒトを生み出したこの世界こそが原罪。

 だからこそ世界を浄化しなければならない!」

 墓装束の隙間から墓虫の腹足が無数に飛び出し、アブルザヘルの全身を突き刺した。アブルザヘルの口腔と全身から血潮が迸る。強引に押し進めた蹴りの軌道が逸れ、ザハの左上腕骨を粉砕。頚骨を折られた二つの犬頭が絶命。

 ザハは苦痛に隻眼を明滅させながら、鴉剣を飛翔させて自分の腹部に突き刺す。能力でザハの肉体を通過した切っ先が、アブルザヘルの腹部に突き刺さる。同時にアブルザヘルの腕もザハの背に突き込まれ、内臓を破壊し、腹へと抜ける。

 ザハの背を蹴って、アブルザヘルは腹足の呪縛から逃れた。二人はよろめくように体勢を崩し、距離を取る。

「それでも僕は、俺は、私は、この世界で生きる! この世界の一部として生きて、足掻いてやる!」

 円を描くように間合いを測っていた二人が、何の脈絡もなく接近した。

 先に仕掛けたのはザハ。疾走し、剣に変化させた右腕に速度を乗せ、裂帛の突きを放つ。さらに能力で右腕を切り離し、飛翔させて加速させる。剣の先端がアブルザヘルの腹部に突き刺さり、背中へと貫通。

 そうと見えたのは、ザハの一撃が速すぎるための錯覚だ。鴉剣は空間穿孔したアブルザヘルをすり抜け、瞬時に出現したアブルザヘルの背後で握り潰される。

 それこそがザハの狙い。どんな能力も、停止と発動を同時には行えない。

 ザハの腹部、正確には犬の胸郭が膨張していた。アブルザヘルが出現するのと同時に、ザハの腹部の口腔から咆哮が放たれる。咆哮は衝撃波となり、湖面を割り、地表を砕いて、アブルザヘルを打ち砕く!

「ホライゾン!」

 衝撃波が到達するより刹那だけ早く、アブルザヘルが叫んでいた。

 主の音声によって自律起動したホライゾンが、アブルザヘルの正面に出現。障壁を張り、衝撃波を受け止めて完全防御。

「超! 必! 殺!」

 アブルザヘルが摑んでいたのは、乱入されると面倒臭そうだったので、戦闘開始直後にどちらからともなく袋叩きにして気絶させていた銅の爪のチン。萎れた主とは対称的に、額のリーゼントは雄々しくそそり立っていた。

「毒リーゼント!」

 リーゼントの起源は古く、その原型は古武術の中に見られる。まず前方に伸ばされた髪形は、相手との間合い、方向を正確に測る。また先鋭的な形状は相手に恐怖と威圧感を与え、その厚みは攻撃を受けた際の衝撃緩和の役割も兼ねるのだ。

 数々の修練を経て凶器と化したリーゼントの破壊力は凄まじく、近年においてもごく稀に、打撃・打突用武器として使用する者が見受けられる。

 さらにチンのリーゼントは、毒髪と呼ばれる暗殺拳の流れを汲んでいた。数々の毒を詰め込んだ壷を日々突いているチンのリーゼントは、それ自体が猛毒と化しているのだ。

 アブルザヘルはそのリーゼントを、左から右に投げ捨てた。

 ザハが目を剥く。アブルザヘルの奇天烈に面食らった、のではない。最後の一手として毒霧を吐き出そうとしていた犬頭が、かつての主人を目で追って外側を向いたのだ。

「んな怖い技が、出せるかぁっ!」

 旋回しつつ跳躍したアブルザヘルが、右腕のないザハの右胸へと、左の拳と膝、右の裏拳と踵と、高速の四連打を叩き込む!

 ザハの肋骨がへし折れ、肺が潰され、内臓が破壊され、口から血塊が迸る。衝撃は凄まじく、ザハの巨体も放物線となって飛ばされていた。

「なぜだ、なぜ私は負ける? ヒトでないものに、ヒトの未来を決められる?」

「世界を滅ぼすなど、ヒトに出来るわけがない。仮に可能だとしても、絶対に不可能だ。

 なぜならお前の存在もその思想も、所詮は世界の一部だ。一部では全部は超えられない。魚や鳥や獣や虫、草木や花、海や山や空、お前はこの景色全てを敵に回したんだ」

 ザハにはもう、指先を動かす力すら残っていなかった。口元が干乾びた笑みに歪む。

「……所詮この程度が、ヒトの限界か」

 ザハの呟きは空に吸い込まれ、体は湖面に落ちる。断末魔の水柱が天へと逆流し、光の飛沫となって霧散した。

 ザハの最後を見送り、技を決めた体勢のまま、数秒間停止していたアブルザヘル。周囲を見回して、「いや、ここで朝日が昇ってくるべきだろう?」と呟き、白目を剥いてぶっ倒れた。

 朝日が昇ってきたのは、それからしばらく経ってからであった。

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