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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第八話
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ヒトの限界③-①

 カルギア北市街では、大勢の市民が絨毯のように横たわっていた。爆発の余波に巻き込まれ、波濤の直撃を受け、一様に苦痛の呻きを出している。

 最大の危機は、転じて好機となっていた。

 ガッシーの暴挙によって、本来なら溺死するはずの暴徒が生き残っていたのだ。そして自身の苦痛で暴動どころではなくなっている。

〈アグレイの指先計画〉は、今この瞬間、確実に進行を停止させていた。

 パッキィに指示され、ルキ、レイダース職員、警察、軍隊が負傷者の救護にあたる。

「本当に、水をぶっかけられて止められちゃうなんて……」

 パッキィは呆れたように呟いた。



「一つ疑問なのだが、」

 靴裏で水を踏み、ザハが左手の鴉剣で裂帛の突きを放ち、右手の地獄犬を怒涛の速度で振り下ろす。アブルの右肩の外殻が鴉剣に破砕され、貫通し、縫い止められ、地獄剣が左半身を縦断。全身の外殻が飴細工のように粉砕されて飛び散った。

「どうして貴様は我らの邪魔をする? 貴様自身が、自分を世界から外れた存在だと認識していたはずだ」

 ザハが吐血。双剣の攻撃をものともせずに接近したアブルが、ザハの腹部に拳を見舞っていた。腐肉の肉片と汚液の血を撒き散らし、ザハの体が押し返されて後退する。

 二次元である線の攻撃を無効化できるなら、三次元である面と立体で攻撃すればいい。

 ただそれだけのことだが、ザハの超人的な体術によって、面も立体の攻撃も防御され続けていた。二つの防御系統の併用によって、能力の弱点を巧みに隠していたのだ。

「そうだ、確かに俺は世界と生きることをやめた。とっくの昔に」

 表層に出現したザヘルは、血反吐を吐き出して膝を着いた。吐血が水流に混ざり、赤い流れとなる。しかし満身創痍の肉体に反して、瞳で燃えるのは確固とした戦意の炎。

「けれどな、この世界には俺の大切なヒトが、思い出が残っている」

 決着がつかない。

 ザヘルでは回避しきれず、アブルの外殻は破壊される。例え拳が届いても、ザハの超絶の体術に受け流され、浅くしか決まらない。着実に攻撃を当て続けるが、しかしザヘルが与える負傷よりも、ザハから貰う負傷の方が重かった。

 対するザハの、白骨と土気色の表情に変化はない。元々死体族の感覚は鈍く、痛みをあまり感じていないのだ。それでも度重なる負傷に、地獄剣を地に立て足腰を支える。

 ザハは攻略法を見つけられても一向に防御を行わない。むしろ手数を増やして攻撃される数を減らしにきた。二人の攻撃が届くのも、防御主体から攻撃主体に変じて、回避率が落ちただけにすぎない。

 ザヘルの脳裏に、数時間前に戦った男の絶望と苦悩の表情がよぎる。

 ありふれた不幸だった。彼は答えを出せず、ザハは創世記からの再開という答えを出した。そしてザヘルは不幸の肯定と受容、現状の続行という答えを出した。

 答えを出したからには、死んではいられない。再び生きねばならない。

「そして俺は、俺自身を取り戻す。まずはお前らの野望を阻止して、あの日に止まった時間を再び取り戻す」

 戦闘の場に聞こえてきたのは、チリンチリンという鈴の音。二人の視界に飛び込んだのは、猛烈な勢いでガ山の斜面を登ってきた自転車だ。

「定食屋の仕入れ車を舐めるものじゃない」

 肩で息をし、酸素欠乏に陥ったマリオが加勢。勢力の均衡が若干だがザヘルに傾く。

「……余力を残す余裕はなくなったか」

 ザハはマリオの加勢にも、然したる脅威は感じていない。ザハの視線は南方、カルギアの北門に向けられていた。

 水流に運ばれた土砂の撤去を終え、カルギア北門が閉まり始めていた。寄棲獣の侵入を抑えるための強固な門だけに速度は遅く、完全に閉まり切るのに数分はかかる。

 数分間だけこの場を凌げばザハの目論みは崩れる、ザヘルたちに圧倒的な優位。

 だからこそザハは、己の全てをこの数分に注ぎ込む。

 地獄犬に跨ったザハ。右肩に鴉が留まり、墓装束をまとい、四体の生物が融合を開始。

 犬の首の部分に人間の上半身が接続され、ザハの輪郭が四足二腕の異形となった。左肩と左前腕の上下に犬の顔が配置され、腹部には巨大な口腔が開く。右腕全体が漆黒の羽毛に覆われ、前腕は翼を生やし、指先は嘴と爪に変化。さらに全身を墓の外殻が装甲し、無数の腹足を蠢かせる墓虫の胴体が、犬の尻から尾となって伸びる。

 ヒトの限界を超えるため、ザハはヒトならざる化け物に変じていた。

「逆に聞くが、お前がそこまでする理由はなんだ?」

 髪の毛を掻き、ザヘルは白けたように呟いた。全力でぶつかり合いながらも、ザハの原動力が理解できない。精神的外傷でも、金銭でも名誉でも、そして信念ですらない。

「理由は明白だ。そうしなければ、私は私でいられない。世界を破滅させることが、私が私に課した役割で存在意義だからだ」

 それは誰もが有する苦悩だ。ヒトとして生まれたからには、何かを成さねばならないという強迫観念。ザハの導き出したその答えが、たまたま世界の破壊だっただけ。

 普段は自動で発動する能力を手動で発動させ、ザハは右腕を分離させる。鴉と一体化した右腕が翼を広げて飛翔し、天空から羽の驟雨を降り注ぐ!

 羽は針となり、全てを削り散らす鑢の雨となる。ザヘルとマリオは別方向に逃走。

 鴉はマリオを追い、ザヘルの前にはザハが出現。ザハの左腕が突き出され、三つの犬の口から炎と冷気と毒霧の放射。外殻が生成され、アブルが腕を交差させて防御。

 炎と冷気と毒霧を放射しつつ、ザハの左拳が下から突き上げられて防御を抉じ開ける。後ろ肢で地を蹴ったザハが、二本の前肢で飛び蹴り。胸元の外殻が破砕し、肋骨のへし折れる凄絶な音が連鎖する。呼吸器付近の損傷によって、熱線までも封じられる。

 蹴りの威力で後退しつつ、アブルはザハに背を向ける。蹴りの衝撃を旋回の初期動作として利用し、攻撃した直後のザハに、ザヘル必殺の肘鉄が横薙ぎの一撃を放つ。

 ザハの右前肢が宙を舞った。へし折れ千切れた断面から、滝のように出血する。

 弾かれたようにザハは後方跳躍。マリオが死角から放った踵落としを回避し、墓虫の尾を蛇腹剣のように振り抜いた。

 二人の間に割って入ったアブルが、墓虫の尾を横腹で受け止め、腕を回して拘束。脇腹を腹足で抉られるのにも構わず、全ての膂力を傾けて墓虫の尾を引き千切る。

 アブルの陰からザハ目掛け、液体水素の波濤が放たれた。ザハの躊躇は一瞬、左腕から炎の息吹を放ち、液体水素と相殺。即座に水素爆発が起き、三人を弾き飛ばす。

 大津波のような爆風に押されながら、水路の傾斜を利用してザハが踏み止まる。溶鉱炉に飛び込んだかのような熱量で墓虫の装甲を熔解させながら、隻眼を周囲に巡らせる。

 足元を濡らす水流が蒸発し、周囲は濛々とした水蒸気に呑み込まれ、何も見えない。

 水蒸気? いや違う。そもそも水蒸気は無色透明である。白く見える雲や霧の正体とは微細な氷や水滴であり、固体であり液体である。

 つまりこの空間は、マリオの掌の上にも等しい。

 ザハの前方の濃霧が裂け、不可視の何かが高速接近。不可視、すなわち平面障壁。

 平面障壁がザハの左肩から右横腹までを切断し、能力で切り離されたザハの上半身が宙に飛ぶ。さらにザハの上半身にザヘルが先回りし、渾身の膂力を右拳に籠める。

 だのにザヘルが目にしたのは、ザハの笑み。同時に激痛が体を貫く。振り向いた先で、背中から右胸へと貫通した鴉剣を目撃。堤防が決壊したように、口唇から血が溢れる。

 マリオがこの濃霧を探知機としたように、ザハも上空を旋回する鴉と神経を接続し、天空からの視線で戦況を把握していたのだ。

 ザヘルの背後から飛んできたのは、引き千切られたはずの墓虫の尾。傷口が能力で切り離した平面ではなかったため、千切れた部位は本体の意思である程度の操作が可能だという、墓虫の生態を完全に失念していた。

 墓虫の尾が背中から胸部を貫き、致死量を越える血液が滝となって放出される。

 ザヘルの目は、血の気の失せたマリオの顔を凝視していた。

「なあ、ザヘル」

 マリオは血に濡れた手を伸ばし、ザヘルの頬に爪を立てる。唇は青く、顔色も蒼白。しかして瞳には燃え盛る意思の炎、憎悪があった。

「僕を生かしたのがお前の罪だ。だからお前は生きろ。それがお前の罰だ」

 吐血がザヘルの顔を汚す。そしてマリオの瞳から、全ての感情が燃え尽きた。

「ああ、分かったよマリオ」

 マリオはザヘルを庇ったわけではない。許せなかったからこそ、親友の命を代償に生き延びさせ、苦しめる道を選択したのだ。

「俺は、私は、僕は、お前の友情と呪縛を忘れない」

 彼最大の特異を上げるとすれば、それは肉体の変移性だ。

 彼の兄は中途半端な人間体と、中途半端な寄棲獣体の両方を有していた。

 彼の弟は人間と寄棲獣の中間の姿だった。

 だが彼だけが、完全に近い人間の姿と、完全に近い寄棲獣の姿を持っていた。両極端な肉体を自在に扱うには、人格が一つでは足りなかった。そのために彼は本来の人格を二つに分け、それぞれ人間をザヘル、寄棲獣をアブルに担当させた。

 二つに分離した肉体と人格が統合され、再び彼に戻っていく。

「何もかもが面倒臭い。立っているのも面倒臭い、目を覚ましているのも面倒臭い、息をしているのも面倒臭い、生きているのも面倒臭い」

 外殻が弾け飛んで崩壊。両手両足、腹部と腰部、肩甲骨周辺と背骨、そして首元だけに外殻が残され、それ以外の表皮は瑠璃色に変色して硬質化していく。両手両足に残された外殻は、まるで手袋と靴のよう。後ろ腰の外殻が形状を変化させ、燕尾状となる。

「僕は遠慮深いから、あまり表に出たくないんだけどねぇ……」

 濃紺の頭髪が両耳の上で硬化し、獣耳に見えなくもない形状の突起となる。

 生物の雄を区別する一般的な外見上の特徴として、角がある。それは寄棲獣も例外ではない。だがザヘルにもアブルにも、その特徴はなかった。

 だから彼に角があるのは、むしろ当たり前なのだ。

「第一に面倒臭い。第二に僕の性格は周囲に迷惑をかける。第三にアブルもザヘルも自我を失うのを恐れている。第四に面倒臭い。そして面倒臭い」

 顔の右半分はザヘル、左半分はアブル。外殻と瞼が仮面のように半面を覆っている。

「だけど可愛い弟連中が苛められたら、お兄ちゃんが出てくるのは当たり前だろう?」

 ザヘルの本質が怠惰と無関心、アブルの本質が激情と非情であるなら、必然的に彼の本質は、その両者を併合したものとなる。

 上半身と下半身と右腕を接続したザハが、彼を見下ろしていた。墓虫の尾は生命活動を終えて、ただの肉片となっている。

「取りあえず、お前は近年最高に面倒臭いから死ね」

 アブルザヘル。それが彼の本来の主人格であり、本当の名前。

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