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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第八話
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ヒトの限界②

 両目を血走らせ、道徳も倫理も無視して、命惜しさにカルギアから脱出せんとする暴徒どもは、ついに唯一の脱出路である北門に到達していた。まるで巨人の侵入を阻むために存在するような巨大で重厚な門が、重い音を立てて開いていく。今この瞬間、彼らの未来は安泰と希望に満ち溢れていた。

 安堵の表情を浮かべたまま、暴徒の先頭集団は爆発に呑み込まれて挽き肉となった。

 北門で始まった爆発は連鎖し、直線で伸び、ガ山に到達。地中で起こった爆発によって、地面には巨大な溝が生まれていた。

 唯一の脱出路であるのなら、そこに仕掛けが施されているのは当然だ。北門を開いたのに連動して、起爆する仕組みになっていたのだ。

 レックスがピルペリヴに潜伏していた最大の理由。それこそがガッシー調査の名目で、ガイ湖とカルギアを繋ぐ水路を建造することにあった。

 そして最後の爆発。ガ山の山腹に巨大な穴が開き、ガイ湖の底が抜けた。溢れ出した圧倒的な貯水が、凄まじい水音の流れとなって、暴徒の表情を絶望へと沈めた。



「カルギア市の面積は約五〇〇平方㎞。対するガイ湖の面積は約二〇平方㎞、平均水深は一五〇m。さて、これだけの莫大な水量が市内に流れ籠めばどうなるかな?」

「よくて激流に流されて障害物に追突死、悪くて溺死ね」

 カルギア市とて排水設備がないわけではない。だが三立方㎞という水量は、許容範囲を大きく逸脱している。単純計算で市内全域の水深が六mとなる。

 市内の低標高地域は完全に水没。また寄棲獣の侵入を抑える強固な外壁と門が妨げとなって、水の排出を極力邪魔する。

「母さんと親父は高い建物に避難を……」

 そこまで言って、ザヘルは愕然とした。今のカルギアに、三階建て以上の建造物など存在しない。全て破壊されているからだ。

 ザハはそこまで計算して、背の高い建造物を軒並み破壊したのだ。非難場所を奪い、さらに建造物の瓦礫で水深を嵩増しするために。巨大な体積を有する成体寄棲獣を大量に呼び込んだのも、同じ理由で。

 市内全域が水の底となる。それ以前に北門に集まっていた暴徒は、怒涛と雪崩れ込む水の衝撃に生き残れはしない。

 それでもザハは、この災害を生き延びる宿主の出現を渇望していた。

「宴たけなわだ!」

 ザハが上体を大きく反らし、手に入れたばかりの牛槌を投擲する。

 新品を投げ捨てる行為が、収入なしの金銭感覚に打撃を与えた。放心するザヘルを引きずってパッキィが逃げ出し、飛び起きたマリオもとんずらこく。

 ムツヅノウシの屍骸から飛び降り、地面に着地したザハの靴裏で水が跳ねる。既に市内全域に水が回り始めていた。

 ヒトには止められぬ災害に、それを起こしたザハに、全員が絶望と畏怖を覚えずにはいられなかった。


 そして数分後、ついにカルギア市が沈没することはなかった。市内全域を浸したのは、僅かに足首までの水量。

 骨の覗くザハの顔に困惑と動揺があった。アブルの拳と激突した地獄剣にも力が入っていない。左手を腹腔に突っ込み、取り出した望遠鏡でガイ湖の方角を覗き、絶句。

 ガイ湖の排水口に、ガッシーが詰まっていた。目撃報告にあった三十mを超える、四十mの巨体が栓になっている。

「うわぁ、ホントにいたんだ……」

 地元民のパッキィも放心気味に呟く。マリオも同様の表情。

 どれだけ綿密に計画を詰めようが、未確認生物まで視野に入っているはずがなかった。

 人知を超えた災害は、ヒトならざるものによって未然に防がれたのだ。

「ふ、ふざ、ふざけるなぁぁぁぁぁーーーーっ!」

 ザハの激昂が爆発した。

 四足の獣に戻った地獄犬にザハが跨る。墓虫は墓の装束へと変化し、鴉が飛翔。

「ヒトでないものが、ヒトの行為に干渉するんじゃないっ!」

 ザハの隻眼に揺らめくのは凶暴性と嗜虐性。腹を蹴られた地獄犬が疾駆を開始。

 全ての手勢と仕掛けを出し切った今、ザハ自身が赴いてガッシーを排除するしかない。

「速さを手に入れるため四足歩行に戻るとは、退化の極みだな」

 それに対し、アブルは鼻を鳴らして、ゆっくりと歩き出した。向かった先は、攻撃的なまでに禍々しい形状と、アブルと同じ瑠璃色に塗装された車体。

 ホライゾンに跨ったアブルが、ガイ湖を見上げる。

 アブルの視界に映るのは、根元から倒壊し、傾斜したビル。前方のビルが支えとなって、斜めに固定されている。

 倒れたビルの壁面に車輪を乗せたアブルは、硬質硝子を叩き割って加速装置を起動。

「ヒトが望めば、空すら飛べるのだ」

 単車の後部から炎が噴射! 大型化すれば宇宙にさえ飛び出せる推進器が、傾斜したビルを発射台にして、飛翔爆弾となった単車を射出! 周囲の景色が色の爆発となり、濁流となって置き去りとなる。


 十数分後、ガッシー前の水路。緩やかに水の流れる浅瀬に、八本の棒が突き立っていた。近寄ると瑠璃色と、白骨と腐肉と、毛皮の脚だと分かる。

 着地に失敗したアブルがザハを巻き込んで、ガイ湖の水路に墜落していたのだ。

「どうやら着地機構に整備不調が起きていたらしい」

『頼むから、定期点検はしてくれ』

 ザヘルは涙声だった。

 ザハが立ち上がり、地獄剣をアブルに向ける。アブルの背後にはガッシーの巨体。

 ガッシーは巨大だった。眼球だけでも一抱えはある大きさで、口の中には人が住めそうな空間すらある。そしてガイ湖の水量に押し潰されても歯牙にかけない頑健さ。

 ガッシーの正体は、水竜であった。竜族には世界中を放浪する習性があり、おそらく親竜がガイ湖を訪れた際に産卵し、去ったのだろう。

「退け。ソレを排除して計画を遂行する」

「お前はアグレイが実在していると、本気で信じているのか?」

「歴史的事実と証拠なら山のようにある。だがアグレイが人類の歴史に出現したのは、中世以前が最後だ。確固とした文献があったとしても、自分の目で見て耳で聞いていないから、誰も真実だとは思わない」

 アグレイにレベル8を寄贈させるわけにはいかない。

 全世界で唯一、寄棲獣に寄生する寄棲獣であり、数百年前に世界と敵対して五つの国を焼き払ったとされる神話上の存在、レベル0アグレイ。カテゴリaのaとは、アグレイの頭文字なのだ。

 幼体寄棲獣は加齢しないため、アグレイが生存している可能性はありえる。

 伝説では、当時アグレイが寄生していたのはレベル7の宿主。もしもアグレイがレベル8の宿主を手に入れたとしたら、その脅威は計り知れない。

 己の命が目前でやり取りされているにも拘らず、呑気に鼻提灯を膨らませるガッシー。

「ひと~つ、人を探して三千里」

 どこからともなく、声が聞こえてきた。

「ふた~つ、不憫な子供の仇討ち」

 ザヘルもザハも、その声には聞き覚えがあった。だからこそ全身を鳥肌が這い回る。

「みぃ~っつ、見た目は老人、中身は乙女」

 鼻提灯が破裂し、ガッシーが開眼。鋭い眼光を迸らせ、異界との門のような口を開く。

「よぉ~っつ、呼ばれてなくても、」

 ガッシーの口の中に座るのは、修行僧のように胡坐をかいた老人。長い白髪がガッシーの舌の上にまで垂れ下がっていた。

 老人が首を回転させる。連動して白髪も歌舞伎のように振り回され、遠心力で一直線に伸ばされる。老人が前方に首を折り、反動で白髪も前方に固定され、一本角のようなリーゼントとなる。

「銅の爪のチン参上!」

 その場に微妙な空気が流れた。

「いつか出てくるだろうと思っていたが、よりにもよって今なのか」

「あれだけの攻撃を受けたら、死んでおくのが人としての作法だろうが」

 げっそりと呟いたザヘルに、げんなりとしたザハが続く。昔の主人の出現に、地獄犬も困惑した鳴き声を発する。

「ふはははははは、あの日、そこな小僧にワンちゃんを奪われ、湖に落とされたワシは、ワシを捕食しようとする水竜と戦う羽目になった。戦いは凄まじく、三日三晩続いた。

 そして今、ワシとこ奴は『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ関係になったのよん」

「いや、聞いてねーから」「さっさと失せろ」

 ザヘルもザハも、ガッシーに続く予定外の闖入者を憮然と追い払おうとする。

「そうはいかぬが世の定め!」

 しかし両者と因縁のあるチンが引き下がるはずがない。ガッシーの口から進み出て、

「げぶはぁっ!」

 口からどころか、全身の穴という穴から血を噴き出した。

「どうやら小僧と水竜との連戦で、ワシの体は限界のようね。無念」

『じゃあ何しに出てきたんだ』と、ザヘルの両目は雄弁に語っていた。

「しかし生涯最後の宿敵と決めたゲルザヘル、見す見す小僧に横取りされるのは癪よ」

 熟練の老兵の偏執的かつ変態的なしつこさに、ザヘルはいい加減にうんざりしていた。

「お聞きなさい、ゲルザヘル! 小僧の能力は、肉体に断面を作ることよ!」

 ザヘルとアブルは合点がいったとばかりに頷いた。

『なるほど。私の門と同系統の、カテゴリaによる空間接続能力か。

 おそらく攻撃が決まる瞬間に自動で発動し、首を落とされる前に自ら切り離したのだ。剣が貫通したのも、予め空けられた通路を通っただけに過ぎない』

「外からだと離れているように見えても、内側からは繋がった状態ってわけだな」

「だからどうした? 私の能力は単純で、侵食率は微々たるもの。そして肉体内部には他者が能力を展開できないため、貴様の能力消去は効かぬぞ」

 ザヘルが炎と化したアレクを血肉に戻せたのは、肉体と能力の境界が曖昧になっていたからだ。格下の能力といえど、肉体自体に能力を発生させているザハには通用しない。

 だが、ザヘルが浮かべたのは笑みだった。口の両端を吊り上げ、不敵に笑う。

「いや、今のでお前の攻略方は把握した」

 ザヘルとアブルが戦闘能力でザハより優位に立つことはない。だが、王室守護八将といえど二十年も生きていない若造、ザヘルとアブルの経験には太刀打ちできない。

「お前では俺には、俺たちには勝てない。…………と、いいなと思っている」

「では勝ってみせろ。貴様には無理だがな」

 そして、二人の激突が始まった。

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