ヒトの限界①-②
「その膂力で、」
地獄犬が三本刃の大剣に変化。馬の大きさの剣を片手で小枝のように操るザハが、真正面から繰り出されたイェルの刺突、パッキィの斬撃、マリオの蹴りを同時に受け止めて防御。三人の膂力の合計を、それ以上の剛力で押し返す。さらに逃げるマリオの片脚を摑み、旋回。周囲全ての墓石に、マリオを背中から激突させて粉砕させる。
「その速度で、」
ザハに走り込んだパッキィが、全身の双剣と機構剣と短剣を投擲し、さらに両手剣で高速剣を放つ。応じてザハも鴉剣を一閃、一動作としか見えぬ高速の四連斬撃で剣を撃墜。最速必中の高速剣を、さらに超高速の剣技で先制して潰す。パッキィの左脇腹から右肩までを逆袈裟に斬り上げ、切断された胸鎧が軽い音を奏でて落下した。
「その技量で、」
血を滴らせる胸を押さえて後退したパッキィと入れ替えに、イェルが真横からザハに刺突を放つ。ザハは白骨化した右前腕が掲げ、橈骨と尺骨の間に大太刀の切っ先を差し込み、根元まで突き入れる。連動してザハ自身も風車のように回転し、イェルを回転に巻き込み、投げ技に移行。空中に弧を描くイェルに、複合技として鴉剣の斬撃を放つ。背中から墓土に墜落したイェルの、右腿から右肩までが一直線に切り裂かれる。
「さらに近中遠万能で、」
遠距離からイェルの大太刀、中距離からマリオの液体水素、近距離からパッキィの剣による同時攻撃。刃と変じた地獄犬の口から炎と冷気と毒霧がイェルに降り注ぎ、地面を転がって逃げるイェルの右脇腹を投擲された鴉剣が貫通。墓虫の鉄球が液体水素の奔流を遡ってマリオに激突し、高速剣を地獄剣で弾いて返す刃でパッキィを攻撃。
攻撃の間隙を突いてマリオが水刃を飛ばし、ザハの頭頂部から上唇までを両断。
「ダメ押しに不死身だと!」
ザハは何事もなく、頭部を両側から押しつけて接合させる。傷口すら残らない。
だが傷痕が残らないとは、不死身の秘密は能力にあると如実に語っていた。
イェルの大太刀と地獄剣が交錯し、白刃が上空に弾かれる。得物を手放したイェルがザハの懐に入り、拳を硬く握って、
「アレクサンドルが死んだそうだな」
イェルが動揺し、動きを鈍らせたのは、一瞬にも満たない僅かな時間だった。
だがそれだけの隙があれば、ザハはいつでも必殺の一撃を繰り出せる。
ザハの振り下ろした地獄剣がイェルの肉体を駆け抜け、三本の裂傷を刻みつける。イェルは膝から崩れ落ち、大量の血塊を吐き出す。
「レックスとの負傷を抱えたままで、私に対抗できるはずがないだろう」
ザハはイェルに背を翻す。大粒の涙を零して駆け寄るマリアを見逃し、向かってくる三人に対抗する。
小手を掲げてマリオの拳を受け止めたザハ。同時に逆の手で鴉剣を持ち、パッキィの高速剣を防御。跳ね上げた膝でザヘルの手刀を弾く。ザハの拳が振り下ろされ、頬に直撃を受けたマリオが地面に叩きつけられる。鴉剣の刀身から無数の羽が針となって飛翔し、パッキィの全身に突き刺さって流血。犬の姿に戻った地獄犬の背にザハが摑まり、ザハの両脚と、地獄犬の両後ろ肢による、都合四つの蹴りがザヘルの全身に突き刺さる。
ザヘルは両肩から両脇腹に交差する創傷の口を開かせ、滝のように流血。
ザヘルの視線はザハの攻撃でも、自身の負傷でもなく、イェルの容態を追っていた。泣きじゃくる妻に抱き締められ、息子に見守られ、イェルはぎこちない苦笑を浮かべる。
「すまん、後は任せる」
ザヘルに全てを託し、イェルはマリアの腕の中で眠るように気を失う。
父の重傷と戦線離脱を目にしたザヘルは、日向にいるような朗らかさで笑っていた。
「…………断りたかったのに……」
心の底から絞り出した、痛切なまでの告白だった。
「私が言っていいのか疑問だが、貴様はヒトとして間違っている気がする」
横殴りの斬撃を放つザハ。ザヘルが平面障壁で、マリオが義肢で、パッキィが剣で防御するが、凄まじい膂力に押し切られてふっ飛ばされる。
もつれ合いながら転がる三人は、壁に激突して停止。
「いくつか分かったことがある」
地面に寝転がったザヘルは指を立てる。冷静な声を裏切り、頭はパッキィに膝枕されていたが。
「奴は宿主の能力と、全く別系統の能力を同時に行使している。
生物を得物に変化させる能力と、不死身の能力。どちらも生物に関係しているからカテゴリgだと誤解しそうだが、脳を破壊されてまで生きていられるはずがない。不死身の能力は超再生とかの類じゃなく、おそらく特殊な回避能力だ」
「とすると、僕の前で死を偽装したのも同じ能力だったと考えられるね」
神妙な顔で顎に手を添え、記憶を掘り返すマリオ。上下逆様になって壁にもたれかかっているので、間抜けな構図だった。
「ザハは飛び抜けて強いわけじゃない。
膂力も止められない程の強さじゃないし、速度も捉えられない程の速さじゃない。個々の能力は俺たちの長所と比べると、若干だが下回っている」
「確かにザヘルの格闘技術に、私の速度、マリオさんの手数に、アブルくんの馬鹿力、単体同士では私たちの方が勝っているわ。
けれど彼は、高速の、馬鹿力を、技術で、多様に出してくる。全ての能力が高水準だから、総合力では私たち一人一人とは比べ物にならない遥か上にあるのね」
パッキィは冷静に分析しつつ、左手はザヘルの耳を穿っている。手持ち無沙汰というより、習慣として定着した無意識な行動だった。
「要は俺たち一人一人の長所を一〇、総合力を五〇とした場合、奴の長所は八程度しかないが、総合力では一〇〇以上になる計算だ」
例えばザヘルの場合は、近接での格闘能力が高い反面、筋力や生身の防御力は人間並みしかない。逆にアブルの場合は、筋力と防御力が高い反面、回避力はないに等しい。
ザハにはそうした長所がない反面、短所もないのだ。
この局面になるまでザハが出てこなかった理由は明白だ。最終計画によってカルギア市民が絶滅寸前に陥らなければ、彼と拮抗する宿主は出現しなかったからだ。
「奴は本気を出していない。恣意的に戦闘を長引かせ、時間稼ぎをしている」
「私の能力の正体、ここまでの仮定はほぼ正解だ。普通はそこまで推察する前に絶命しているのだがね。では一つ、興味深い事実を教えてやる」
そこでザハは一拍置いた。言葉の衝撃を増幅させる演出すら、時間稼ぎの一環として。
「私のレベルは、3++だ」
レベルの低いザハが四人を圧倒するのは、ありえない可能性ではない。
レベルは能力を中心に設定されている。なぜなら人間の身体能力や戦闘技術など、爆裂の一発や光線の一筋によって、容易に無力化できるからだ。
おそらくザハの能力は査定が低く、身体能力や戦闘技術も突出した長所を持たないため、レベルは低く見積もられているのだろう。
長所は持たないが、得物に変化する生物と連携を駆使し、能力による不死身、圧倒的な総合力。ザハはレベル3++というより、準レベル666と表現するのが適切だ。
緊張を漲らせる二勢力の琴線に触れたのは巨大な足音、そして破砕音。天に届かんばかりの土煙を巻き上げ、建造物も道路も無視して市街を一直線に突っ切る巨体。
横手のビルを突き破って出現したのは、六本角の牛型成体寄棲獣。
ルキの顔から血の気が引いた。
「あいつの角に引っかかってる布、ハダンの服だ……」
ルキの言葉でパッキィが視線を上げ、目を見開き、唇に手を当てて絶句。
ルキは仲間の成体化と死に、いつか自分に訪れるであろう結末を垣間見て恐怖する。彼が寄る辺としたアリエッサはもういない。ではどうやって、恐怖に打ち勝てばいい?
ムツヅノウシの拳が持ち上がり、吊り天井となって落とされる。ザハが押し潰され、地面に亀裂が生まれた。
「私は肉よりも野菜が好きなのだがね」
ムツヅノウシの喉に、上下逆様となったザハが立っていた。喉から首の後ろに突き抜けた地獄剣を支点として。ザハが首の外周に沿って背中へと移動し、半回転した刃によって、ムツヅノウシが断頭される。
ザハの手がムツヅノウシの生首に伸び、能力を行使。生物の肉体構造に強引な強制干渉を行い、組織を変化。ムツヅノウシの頭部が巨大な槌へと変形する。
その一連の行為が、アブルに能力の正体を直感させた。
『キメラかっ!』
世界で最も有名なのは、無論宿主の能力だ。固有の名称を持たず単に〝能力〟と呼称される点が、世界各地での呼び名の多様性と、生活への浸透具合を表している。
対してキメラ能力はそれほど著名ではない。生物の組織を自在に操るこの能力が、一般に普及していないのにはいくつか理由がある。
第一に、能力の強弱が変化させる対象に左右される点。戦闘力を強化したいのならば、強大な生物を配下にするか、討って屍骸を操るしかない。しかし強大な生物の助力を得るに必要な戦闘力を、高位の宿主なら能力単体で発揮できるのだ。
第二に、生物を自在に変化させるこの能力も、カテゴリgなら容易に模倣できる。
不死身の能力と、キメラ能力の併用により、ザハは王国有数の超戦士として結実した。
「正解だ」
答え合わせに付き合うザハは、四人など見ていない。ザハの視線の先、遠すぎて虫の洪水に見える人の波が、ついに北門に到着していた。
「だが、もう遅い。時間切れだ」




