聖者の出陣④
絶命したコーツの遺体を前に、パッキィとルキは略式で黙祷を捧げた。
実を言えば、今すぐにでも暴動を阻止しなければならない。けれどレイダースの隊長として、人間として、何より仲間として、コーツの遺体を無碍にできない自分がいた。
パッキィは異変に気付く。残されたコーツの片腕の先、指に傷がある。歯形だ。
「コーツ、ごめんなさい!」
言うなり、パッキィはコーツの遺体に剣を突き立てた。
いつか言っていた『オレが殺られたら腹を調べろ』というコーツの遺言通りに、胃から取り出されたのは、胃液にも溶けない特殊防水用紙。
8 水 墓 聖者
コーツが命がけで調べた全てだ。
「必! 殺!」
ザヘルの右の人差し指と中指が、両の鼻の穴に突っ込まれ、蠢かされる。引き抜いたそれには、糸を引く粘着性の汚物が付着していた。
「禁じられた大人の遊戯!」
ザヘルはその指で、カーダに目潰しを放つ。
「ぬぁぁぁあああっ!」
急速に接近し、拡大され、視界を埋め尽くす鼻クソ。鼻血で黒く変色し、鼻毛に装飾されたそれを前にしては、さしものカーダも悲鳴を放って飛び退かざるをえなかった。
その先で、カーダの全身が猛火に呑み込まれた。ザヘルの攻撃によって誘導されたカーダは、むざむざとマリオが仕掛けた罠に嵌ってしまったのだ。
カーダが思い起こしたのは、アブルの相手をしていてマリオを見失っていた数分間。
「私が目を離した、あの数分で仕掛けただとっ!」
驚愕と苦痛の絶叫を巻き上げたカーダは、カテゴリsの能力で炎を消火。高熱で白濁した眼球が超速度で再生して視力が回復、瓦礫の上から見下ろしてくるマリオを睨む。
「さすがに話し合いで解決しそうにない手合いだが、その方が単純で楽だな」
鼻クソの拭い先を探して巡らされていたザヘルの視線が、不意に止まる。ザヘルは人差し指の鼻クソを天誅くんに、中指の鼻クソを薬中くんに、それぞれ擦りつけた。
「げぎゃぁぁぁ!」「ぐぼぉぉぉぉ!」
おそらく現在のカルギアでも最強の戦力が、二粒の鼻クソによって撃沈する。
「必! 殺! 師匠波、右! 左!」
さらにザヘルの両脚が、天誅くんと薬中くんを高速で蹴り出した。天誅くんが脳天の斧からカーダの背骨に激突し、続いて薬中くんがカーダの右腕を肩口からもぎ落とす。
負傷を抱えながら、カーダが高速移動を開始。と同時に足裏で罠の起動釦を踏み、マリオに接近した頃には、真横からの瓦礫の砲弾に直撃される。
カーダの心理を把握し、十重二十重に敷き詰められた罠の地雷原。
「これが噂のマリオ地獄さ」
被弾直後のカーダに、さらにマリオが超臨界流体の水球を投げつける。カーダは無数の手足を閉じて防御し、高温に熱された手足の表面に水ぶくれが広がる。
全ての手足を防御に使用し、さらに右腕をなくしたカーダの右側面に、アブルが出現。寄棲獣の拳を右脇腹にめり込ませ、カーダの内臓を破壊。
口腔から血の瀑布を撒き散らしつつ、カーダの笑みと戦意は些かも衰えない。アブルの頭を摑んでコンクリ壁に叩きつけ、磁力を発生させて義肢ごとマリオを吸い寄せる。
カーダの半身から生やされた無数の手足が、マリオの全身を強打。砕けた義肢の破片と血液が、花吹雪のように舞い散った。明らかに戦闘不能に陥ったと思われるマリオに、カーダは即座に追撃を敢行。無数の手で必殺の貫手を嵐と放つ。
その貪欲さが命取りとなった。アブルとマリオが行動不能になれば、カーダはマリオのトドメを優先する。全てマリオの予測通りだ。
カーダの指先がマリオに到達し、その瞬間、マリオの全身から放たれた槍がカーダの全身を串刺しにする。マリオの両腕両脚から液体爆弾が、胸元から血液が、それぞれカーダの五部位を突き刺す。
それでもカーダは止まらない。血化粧に彩られた凄絶な笑みを広げ、全身に突き刺さった五本の槍を物ともせずに前進。自分で自分の肉体を破壊しつつ、渾身の膂力で、
「これで終わりだよ」
マリオの冷たい宣告。液体爆弾と血液中の水分が液体のまま化学分解され、液体水素と液体酸素の混合液となり、カーダを内側から凍結させる!
「終わりだと? この程度で私が終わるかよ!」
そう言ったカーダの顔面までもが凍結し、全身に霜が貼りついて、ついには氷像と化した。凍える墓標となったカーダ、その眉間からさらに大太刀の切っ先が出現。
「誰がどう見ても、お前は終わっている」
大太刀が脳髄から股間まで斬り下げられ、カーダを両断。カーダが左右に傾斜し、路面に激突して、粉々に砕けて散った。
「美味しいところだけ持ってくな」
「老い先短いんだから、華ぐらい持たせろ」
片目を瞑って冗句を飛ばすイェル。レックスとの激戦によって立っているのも厳しい重傷だが、息子の前で膝をつくまいとする矜持で体を支えていた。
「ここにくる途中、西部市街で成体寄棲獣が全滅しているのを見たが?」
「それは僕の協力者の仕業さ」
エルリオンを指し、マリオが述べる。
三人に違和感が広がる。
誰もが〈アグレイの指先計画〉の最終段階だと体感しているこの局面に、どうして寄贈者が出てきていない? 寄贈者はどこで、何をしている?
最後の欠片を埋めるべく、コーツの遺書を携えたパッキィとルキが走ってきた。
「暴動をどうにかしろよ」「方法が皆目見当つきません」
パッキィの行動に苦言を呈したザヘルに、当のパッキィはしれっと答えた。
強引に武力鎮圧するにしても、圧倒的に人手が足りない。また武力鎮圧によって斜跳効果を起こし、レベル8が生み出されてしまう可能性も0ではなかった。
コーツの遺言に視線を落とし、全員が首を傾げる。
「『8』はレベル8のことだよね? でも『水』と『墓』と『聖者』って何?」
「うむ、これはやはり、水をぶっかけろという意味じゃな」
再びのマリアの提案は、五人によってなかったことにされた。
『父上も何かありませんか? …………父上、どこを見てらっしゃる?』
「ザヘル、あの墓……」
イェルの視線は、先ほど略式埋葬の行われた共同墓穴を見つめていた。
共同墓穴? いや違う。誰が見てもその墓穴の面積は個人用で、しかも土が乾き切っていなかった。
墓穴を埋めるには場違いすぎるカルギア崩壊直前の夕刻に、誰かが墓穴を埋めたのだ。
そうと気付いた瞬間、大太刀が墓土目掛けて投擲された。先端で墓土を削って潜行し、鮫の背鰭のように滑走し、墓石の手前で鍔まで埋まる。
沈黙、そして轟音。
大量の墓土が真上へと跳ね上がって空に飛び、地表をぶち破って棺の蓋が舞い上がる。
「おめでとう。正解だ」
墓穴から這い出てきたのは、平凡な青年だ。皮膚が真っ黒に腐り果てて桃色の筋肉と内臓を曝け出し、筋肉すら溶け崩れて白骨までをも覗かせている。心臓には大太刀が突き立てられ、背中まで貫いていた。左の眼窩は空洞、右の隻眼が爛々と周囲を眺める。
服装も大量生産された、神学系の学生服。無神論を象徴するように、胸元に飾られた十字の意匠が一直線に両断されている。
どこにでもいる平凡な、死体族の青年だ。
「お前は……!」
ザヘルは思い出していた。数日前、パッキィが攫われる直前、時間稼ぎに尋問かましてきた新米巡査を。
「お前だと!」
イェルは青年を知っていた。ハヤト級の情報網をもってせねば、顔と名前すら知りえない人物だったからだ。青年を表す異名はいくつかある。〈寄贈者〉、〈亡者の王〉、〈死人〉。中でもこの場合に問題視されるのは、〈聖者〉という呼び名。
「やはり、お前だったのか」
マリオの表情が硬質化する。ヒガンバナを扇動するには、幹部でなければならない。エルリオンはパキフィリアに敵対するはずがない。ライフニールとロゼッタは死んだ。そしてライフニールの死体の脇には、身元不明の死体が転がっていた。
「やれやれ、死んでいるのも楽じゃない」
行方不明のはずの王室守護八将、ザハ・アンデバインはそうぼやいた。




