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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第七話
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聖者の出撃③-②

「では最後の問いだ。お前らの首魁はどこにいる?」

「さぁてね、その辺に埋まっているんじゃないかい?」

 腕を組み、悠然と含み笑いを漏らすカーダ。攻撃的なはずのカーダが悠長とした態度なのも、むしろ時間稼ぎの一環なのだとすれば頷ける。

 だがその我慢も限界を迎えていた。カーダの黒瞳が闇より黒く堕ちていき、瘴気のような殺気が放出される。恐ろしいというよりも、生理的嫌悪に似たおぞましさが漂う。

「さてでは、そろそろ遅めの晩餐と洒落こもうか」

「どちらかというと、早めの朝餉ではないか?」

 カーダとアブルが駆け出し、接近し、それぞれの胸元へと回し蹴りを叩き込む。アブルが片腕を掲げて防御し、カーダは無数の腕を伸ばして受け止める。

 一転、カーダはアブルの脚を摑んで投げに変化。弧を描いたアブルが背中からアスファルトの路面に叩きつけられ、無数の腕が貫手となってアブルに降り注ぐ。転がって逃げるアブルを、指を破壊し拳を砕き手首をへし折りながらカーダは執拗に追いかける。

 アブルに固執するカーダに、側面からパッキィが奇襲。両手剣で必殺の刺突を放つ。

 カーダの視線は、パッキィを違えていなかった。右腕で左半身から生えた亡者の腕を摑み、引き抜いて振り抜く。突如として出現した人体の鈍器に、パッキィは回避も退却も不可能と判断。一太刀目で亡者を上下に分断し、返す刃をカーダに向け、

 パッキィの喉首を、カーダの掌が強打した。五指を閉じて首を摑み、片腕一本でパッキィを持ち上げる。アブルが救出に駆けつけるより、カーダがパッキィを縊り殺す方が遥かに早い。カーダの五指に膂力が籠められ、

 背中を襲った衝撃に、カーダは思わずパッキィを取り落とした。間に合わぬと目算していたアブルが、カーダの背中に体当たりをかましていた。

 三者が衝撃にふっ飛ばされ、もつれながら転がっていく。

 アブルの行為は、体当たりと表現するのには語弊がある。アブルは全身から黒煙を燻らせ、外殻の強度を超過した衝撃に亀裂を生じさせていた。

 アブルのさらに後方には、鬼の形相となったマリオ。マリオが最大出力での爆撃を親友に見舞い、砲弾にしてカーダに飛ばしたのだ。

「ザヘル、僕は怒ったぞ。お前のそれは優しさじゃなくて、ただの隠蔽と逃避だよ」

 回転から逸早く脱出し、攻勢に移ろうとしたカーダにマリオが飛びかかる。爆破で加速させた飛び蹴りを頬に食らいながら、カーダもマリオの胸板に拳をぶち込んでいた。

「やはりキミとは雌雄を決する定めにあったようだな、ヒガンバナ教主! そこの機能不全よりも楽しませておくれよ!」

 喜悦を浮かべたカーダが、マリオを攻め立てつつ二人から離れていく。

 一足遅れてアブルとパッキィの回転も止まり、目を回すパッキィをアブルが抱きかかえる。パッキィは焦点の合わない視線でアブルを見つめていた。

「ザヘル……」

 パッキィの唇から、恋人の名が零れ落ちた。

 今しも殺される寸前に陥った極限の状況で、恋人を求めているのかとアブルは考える。

 しかしパッキィの脳裏に蘇るのは、風呂上りの楽しみにと冷蔵庫で冷やしていた物体が消えてなくなっていた絶望の光景。

「よくも私の牛乳プリン食ったな!」

 パッキィの拳が、アブルの鼻頭に根元まで埋まった。

「……どうして殴る?」

「あ、ゴメン。走馬灯的な何かに触発されて、つい」

「そうかぁ。『何か』の『つい』で殴られたのかぁ」

 釈然としないアブルを置き去りにして、パッキィはマリオの加勢に駆け出した。

 しかし何だろう、この状況は。親友には罵られ、敵には侮蔑され、兄弟の恋人には殴られる。理不尽なまでの不条理に見舞われた心境だ。

 アブルははたと気がついた。

(あれ? これ、私は何も悪くなくね?)

 マリオに隠していたのも、カーダの前に現れもしないのも、パッキィの好物を盗み食いしたのも、全部ザヘルの所為ではないか。

 そうと気付いた途端、ザヘルへの責任追及は三者への怒りに転換された。何でザヘル本人ではなく、アブルに皺寄せしたのだと。

「おい、お前ら!」

「「「黙れハゲ!」」」

 激戦を繰り広げる三人は、邪魔だとばかりにアブルに暴言を浴びせる。

 それは言葉の綾だと、分かりはするんだ。しかし絶対に踏んではいけない地雷を、三人がかりで踏んでしまったのも事実で。

「お前ら……」

 大地が鳴動するような、地の底から魔物が這い上がってくるかのような怖気が走る。

 アブルの全身から放出された憤怒と憎悪の圧力が、鎖を引き千切った猛獣の形相をしているようにも見えた。

「お、ま、え、らぁぁぁ……」

 三十も半ばとなれば、そりゃ抜け毛が気になるのは当然だ。なのにソレを言うのか。

「人が黙って聞いてりゃ、言いたいこと言ってくれやがって……」

 もう、その男がアブルだとは誰も思っていなかった。外殻が分解されて体内に戻り、銀髪が白髪混じりの濃紺に変化する。普段はやる気なく垂れ気味にされている両目は、今は濃紺の暗黒となって吊り上がっていた。

 ザヘルの喉から、激怒の咆哮が迸る。

「人様の狸寝入りを妨害するとは、お前らどういう了見だ!」

「「「むしろこの局面で狸寝入りしているお前こそどういう了見だ」」」

 敵味方入り乱れてツッコまれた。しかし!

「色々と面倒臭そうだったから投げ出したんだよ!」

 ザヘルは即座に逆ギレを返す。

 アブルとザヘル、能力を発動するには二人の意識が覚醒していなければならない。能力が使用できた時点で、アブルは薄々、ザヘルが知らん振りしていると気付いていたが。

「それからお前も、死人の山を目の前にして我を失うな」

 寄棲獣の食欲に支配され、涎を垂れ流しのマリア。ザヘルが足首を摑み、逆様に吊るし上げる。ワンピースが根元まで裏返って、下着どころか洗濯板の胸まで露になった。

 腕の一振りで投げられたマリアが、パッキィの腕の中に飛び込まされる。さすがに頭から胸鎧に激突したら洒落にならないと、後ろに跳んで衝撃を殺すパッキィ。腕の中で涙と涎と鼻水まみれになったマリアを見つめ、咎める視線をザヘルに向けて、

「! 分かったわ!」

 ザヘルの視線だけで意を汲み取り、駆け出していく。

「ああ、衝撃を殺す動作で距離を開けさせて、『ここは任せて暴動を止めろ』か。中々どうして、頭もキレる」

 解説と賛辞を口に出し、カーダはくつくつと笑みを漏らす。

「ザぁ、ヘぇ、ルぅ」

 聞こえてきたのは、ザヘルならざる憤怒の声だ。マリオが悪鬼の形相でザヘルを睨み、ザヘルも凶獣の表情でマリオを睨みつける。親友同士の間に、一触即発の空気が満ちる。

 そこへ聞こえてきた声は、呑気を通り越しで場違いであった。

「まあ兄ちゃん、一本やってきな」

 地べたに広げられた風呂敷、そしてその上に並べられた数々の注射器。

 唐草模様の風呂敷で頭を隠した流しの薬売りさんは、半開きの口から涎を垂れ流していた。左右の眼は別々の方向を向いて瞳孔が開いている。

「…………どうして師匠がここに?」

 どう見ても、ザヘルが十代の後半に師事していた師匠そのものだった。

 大陸最強と呼ばれる三流派の格闘術、その頂点に君臨する三人こそ三拳王である。

 ザヘルの目の前にいる黒猫のぬいぐるみこそ三拳王の一人、海王拳その人であった。

「少年よ、親友とは殴り合って分かり合うものだ。存分に殴り合うがいいクマー」

 頭の上に斧をトサカらせ、熊のぬいぐるみが威風堂々と言い放つ。

 三拳王の一人、天王拳だ。

「へ? あの、マリオと殴り合うつもりはないですけど?」

「バッキャロィ!」

 天誅くんがザヘルの頬をぶん殴った。ほぼ瀕死のザヘルに残された生命力が、顔汁となって飛び散った。

「折角の高説を無駄にしやがってこの馬鹿弟子が!」

 ザヘルは目の前の二人が師匠だと確信する。(この世に人様を殴る呪いの人形が、二体以上あってたまるか)と。

「では、どうするつもりだったんだい?」

 ザヘルの胸倉を摑むマリオ。その双眸は怒りの烈火に燃え上がり、憎悪の汚泥に濁り切って、重油の沼を見ているようだ。

 対するザヘルは、常と変わらぬのん気さ加減。

「カーダのことは、言おう言おうと思っていたけど、ド忘れしてました。すまぬ」

 あっけらかんと、悪びれもなく詫びられて、マリオも毒気を抜かれたような呆れ顔。

「お前のその性格は、死んでも直らない気がするよ」

 呆れ笑いを浮かべたマリオと、皮肉げな笑みを零すザヘル。それぞれの視線が水平に移動し、カーダを見据える。

「取りあえず、お前への対応は保留だ。その代わり憂さ晴らしに付き合え」

「うむ。そのまま一連の記憶をなくしてくれることを切に願う」

『ややこしい事態のはずが、お前の所為でなし崩し的にどうでもよくなってしまう。何と言うか、いつもこんな感じだな』

 散歩に繰り出すような気楽さで言い合い、二人はカーダに向かって歩き出した。

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